魔族
本日4話目
どうやら男は、魔族の瞳を持つノクリアに、ノクリアの方から構って貰いたいようだ。
男は人の姿より犬の姿をとる事が多くなった。はっきりと理由を言わないが、どうも、犬の時は撫でてもらえる、と思っているようだ。
正直なところ、変な魔族だ。と、ノクリアは思うが、撫でて欲しいという無言のアピールだと思うと、妙なおかしさを覚えてしまう。
分かった、撫でてやるぞ、という気分になる。
無言の要望通り、撫でてやっている時に思わずクスリと笑みがこぼれた時は、犬もそうだが、ノクリア自身も驚いた。
まさか、魔族相手に笑うなど。
お互い目を丸くして見つめ合ったので、お互い気まずくて目をそらした。
それもこれも、お前が撫でて欲しがっているからではないか。
***
「犬の姿の方が、良いか?」
ある昼食時、味と食べ方に適応してきたノクリアに、人の姿の男が真面目に確認してきた。
「何がだ? 歩く時の話?」
とはいえ、すでに基本的に犬の姿になっているではないか。
歩きながら時折頭を撫でてやると明らかに機嫌がよくなる。まるで平和な世の散歩だ。ノクリアも移動を楽しんでいる。
「いや・・・何をするにも」
どこか言い出しにくそうにする態度に疑問を覚える。
人の姿が必要だと相手が判断する以外、犬の姿を取っているようなのに、さらに何を確認したいのか。
男はまた言い出しにくそうにしてから、俯いて言った。
「すまないが・・・力を貰いたい。生気を分けてくれ」
「良いが・・・どうやって」
ノクリアの返事に、男はためらいがちに顔を上げた。
「初めに貰ったではないか。あれだ」
「どれ・・・あぁ、抱きしめる?」
「違う。いや、抱きしめつつで良いのだが」
ノクリアはじっと様子を見た。本気で気まずそうだ。
もう随分共にいる。相手がノクリアを気遣っている事はすでに十分わかっている。
「・・・私にできることなら言ってくれ」
なのに、相手はなぜか辛そうにキュと眉を潜めて俯いてしまった。
困ったな、初めに何か特別な事をしただろうか。
襲撃とネコと。
そういえばネコはあれから見ない。もう随分と離れてしまって、会う可能性も無くなった気がする。
また戻れば会うかもしれないが。ただ、そこまで話すほどの事もないな、とも思う。
「・・・すまない。力が足りない」
男が正面に寄っていた。
どうしてだか辛そうで寂しそうだ。
何を、ノクリアからしてもらいたがっているのだろう。
撫でて欲しい時も、この者は言葉では言わないのだ。ノクリアが気づかないと、寂しそうにチラとノクリアを見ながら、犬の姿で少し離れて拗ねていたことがあった。
詫びるような瞳が近づいてきた。
「あ」
とノクリアは一言を上げた。思い出したのだ。キスされたのだと。
ノクリアの一言に男がビクと動きを止める。
必要なのだろう? なぜ止めるのか。
「良いよ」
と言うと、男が驚いた。それなのに一瞬また迷ったように瞳が揺れ、なぜだか悲しそうになった。
何か答えを間違えたのか。
思っている間に、男にそっとキスをされた。
じっと見つめる。
息をまた奪われると思ったのに、今度は呼吸を塞がれている。息苦しくなってきた。
吸うなら早くしてくれ。
苦しくて眉をしかめると、ふと離れる。ハッと呼吸をすると、また唇を重ねられた。
先ほどの一度では呼吸が十分では無かった。苦しい。
胸を押すと離された。
男から距離をとって横を向き、ケホケホとノクリアはむせた。嫌がらせかと思う程苦しかった。
袖口で口元を拭いながら、
「栄養補給はできた?」
とノクリアが振り返ると、男は口を引き結んで悲しそうにしていた。
どうしてだろう。
「すまない、何か足りなかった?」
尋ねると、首を横に振って、
「いや。もらえた」
と言った。
だが様子を変だと思う。返事も妙に子どもっぽい。
そういえば前にキスされたときの男の尊大な態度と言ったらなかった。なのに今は妙に弱々しい。
ノクリアを守りすぎて、弱体化しているとでもいうのだろうか。
心配になる。
「大丈夫か?」
と目を覗き込むとフィと目をそらされた。ノクリアは焦った。
「どうすれば良い」
「ノクリアは」
と男は言った。
「なんだ」
と急いで答えるのはノクリアだ。なぜこんなに焦ってしまうのか。
「好きになった男は、いるか?」
言葉に出してから、見つめて来られた。真剣な顔だ。
「好きな、男?」
とノクリアは呟いた。
色恋の話のようだ。なぜ今。