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日々

本日3話目

移動手段は、ひたすらに徒歩だ。


無人の乗り物は道中で目にした。鉄の箱。家に車輪がついているようだ。これがこちらの世界の移動手段なのだという。

動いているところが見たかった。

世界に正しく辿り着いていないから、ノクリアには見る事も利用する事も出来ないそうだ。

使命とは関係ないから、構わない。と、己をなぐさめる。


毎日、男が目指す場所に向かって歩く。

毎日歩き続けている。どうやら遠方に目的地があるようだ。

生き延びるという使命以外持たないノクリアには具体的な予定がない。だから何日かかろうが構わない、と途中で思い直した。

むしろ時間がかかった方が、日々の目的になって良い気さえ、してきた。


***


ノクリアの本来の瞳を見て以来、男はノクリアに穏やかな態度のまま。それどころか、何かを思い、憂いさえ見せるようになった。

話したいのに、ノクリアは人間だから、思うままに話すのを躊躇うのだろう。


時折、男が緊張を見せて周囲を見回し、ノクリアを隠す。

物陰で、男は霧になってノクリアを覆う。

ノクリアは、静かにしている。


男の言っている事が全て本当なのかは疑わしい。

けれど、初めに襲ってきたカギ爪は、ノクリアにとって決して友好的な存在ではない。

万が一ノクリアが襲撃で血を流してしまえば、匂いがさらに魔族を呼び寄せてしまうという。

本来の力を持たない男には到底隠すことができないと言われている。


霧になってノクリアを隠した後は、なぜだか男は大きな犬の姿を取る事が多かった。

その方が危険を察知しやすいと男は言うが、犬の時は会話が少ないから、ひょっとして力の消費量の関係かもしれない。


ある時、霧の姿から犬に変わったものの、彼は道を進もうとせず、そのまま物陰で伏せてしまった。

ノクリアには言わないが、恐らく消耗が酷かったのだろう。

霧に包まれてしまうので、男が霧でノクリアを隠しながら何をしているのか、ノクリアは把握していない。

だけど隠すために、色々と力を使っているのかもしれない。申し訳なく思う。


伏せている犬の傍に寄り、ノクリアも座り込む。

ノクリアが傍にいるのを確認して、犬は目を閉じてしまった。


いたわりと感謝の気持ちが湧き上がるのは自然な事だ。

ノクリアは目を閉じて伏せる犬の頭を撫でてやった。これで力が回復するとは思えないが。

犬はピクピクと耳を動かし、片目だけあけてノクリアを見た。

フゥ、と長い息を吐いて、犬はさらに力を抜いた。


***


犬と霧の姿が連続で何度も続いた後の事だ。


どうやら動くのが億劫らしい。犬は完全に歩を留めた。

もの言いたげにノクリアを見るが、限界らしく、目を閉じる。


「大丈夫か? 少し休んでは・・・。決して目立つことはしないから」

聞こえているか分からないが、ノクリアは犬に小さな声で話しかけ、頭を撫で、横たえている身体も撫でてやる。こうすると少し緊張がゆるむようだと、今までの観察から判断している。


やがて、今までに無かったことに、犬から寝息が聞こえ始めた。

完全に眠ったことにノクリアは内心驚いたが、それもこれも自分を守ろうとして疲労困憊だからだろう。

眠りを邪魔しないように、静かに座り込み傍にいる。そっと撫でた。


しばらくの後、やっと目を覚ました犬は、ノクリアがいるのに気付いて驚いていた。


そんなに驚かなくとも。

いつも守ってくれているのだ。弱って寝入っている時に、見守るぐらいは当然だ。

それに自分にはこれぐらいしかできることがない。

無言でノクリアが撫でると、パチパチと犬が瞬きをした。


急に犬がそっぽを向く。

機嫌を損ねたのか、と驚いていると、チラチラとノクリアを気にしている。


「さては・・・照れたのか?」

きちんと確認したくて尋ねてみると、フィと犬は向こうに顔を向け、それからキュルリと姿を変えた。

久しぶりに、人の姿だ。

背中を向けていたのが、振り返る。


「ずっといたのか?」

「当たり前だ」

「そうか」

そうだ。ノクリアが一つ頷きを返す。


男は何かを言いかけてまた口を引き結び、それから聞いてきた。

「犬の姿の方が、好きなのか」

「え? いや特に・・・」

どちらが好きなどという事はない。なぜそんな質問を。


気まずそうに相手の目が泳ぐ。

「犬の方が、お前は私によく触れる」

頭も撫でるではないか。などと言葉を足した。


ノクリアは瞬きをした。

「そうかも、しれない」


魔族なのに妙に人間らしいな、とノクリアは思った。

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