告白
本日2話目
ノクリアの警戒を気に留めていない様子で、男はまた道の先を見る。時折、周囲を見回す。
「・・・お前は、この場所では、喰われるのを待つしかない」
「なぜ私を助けてくれる」
ノクリアは苛立ちを覚えていた。魔族に命を助けられているからだ。しかも、瞳のせいで打ち明けられているのもノクリアには腹立たしかった。自分は正しく人間であるというのに。
問いに、男はフッと自嘲した。
ノクリアを見て、それからジィと見つめて来る。
恐らく、この瞳はこの男にとって見入る価値があるのだろう。
非常に、忌々しい。
「・・・あいつに喰われるなど、腹立たしいからだ」
と男は答えた。
「詳しく教えてもらいたいのだが」
「・・・こちらに送り込まれているものは多いと言う事だ。私は、他が喰うのが腹立たしい」
眉間に深いしわが刻まれる。どうやら本当のことらしかった。
「・・・私を喰うと、どうなるのだ。・・・何か起こるのか?」
勇者に危害が及ぶのだろうか。ならば絶対に食べられてはならない。
「・・・思いの外多くを教えてやっている。だから私の希望をさらに叶えろ。良いか?」
「・・・希望とは? また抱きしめたいというのなら、その程度なら構わない」
我慢も必要だ。なにより情報はこの相手からしか今のところ得られない。
嘘だろうが本当だろうが、まずこの男しか会わないのだ。
「ではこちらに」
手を伸ばされる。やはり身構えながらも動かないように己に言い聞かせた。
魔族だと分かってからは嫌悪感が募ってしまう。
「・・・私は、還りたいたいのだ。ノクリア」
ノクリアを両手で抱きしめて、男は告白してきた。これは本音のように、思える。
「どこへ」
「故郷に決まっている。皆どうしているだろうと、焦がれる」
「・・・魔族も、故郷を惜しむのか?」
「・・・我々が惜しまないはずはない。愚かな人間ですらそうだろうに」
「・・・」
しばらく無言になる。躊躇ったが、ノクリアは静かに確認した。
「私の目をみると、故郷を思い出すのか」
「・・・そうだな」
と男は意外にも素直に肯定した。
抱きしめていたのを少し距離をあけてノクリアの瞳を覗き込む。
何かを言いかけて、男は口を引き結んだ。
きっとノクリアに打ち明けるには、真実すぎるのだろう。
ノクリアは魔族ではなく、ただのエサとなる人間なのだから。
思いついて、尋ねてみる。
「私を食べると、還ることができる? 他のものたちも、そうなのか?」
妙な話だ。ノクリアは口に出したことを後悔した。
戻りたいのに戻れないなど、まるで罰のようだ。
・・・最も、ノクリア自身も同じ境遇かもしれない・・・
男はノクリアの様子を見つめて、また指の背でノクリアの頬を撫でた。
「お前は人間なのだろう。だから話すことは憚られる」
瞳に見入るくせに何を言うのか、とノクリアは不快気に見上げた。
「お前を、食べられそうにない。・・・他のものに喰わせる気もない。・・・困ったものだ」
魔族らしくなく、まるで人のように男は笑んだ。
***
他に食べさせたくないから、ノクリアを守るのだと男は言った。
きちんと異世界にたどり着いていないから、食べ物も、男を介して受け取ることしかできないという。
男は正しく異世界にたどりついているそうだ。網が張られる前から、こちらにいると言っていた。
男の話が本当かどうか。だが、男と一緒にいるしか生き延びる術がないように、思える。
これほど住まいが立ち並んでいるのに、男以外に、出会う者が無いからだ。
問題を先送りにしているだけとも気づいているが、ノクリアは一先ず男と共にいる。
一方、男は本来の力の十分の一も持てていないのだという。
理由は詳しく教えてくれない。ノクリアが人間だから、つまり敵であるからだ。
話さない理由がそれなら仕方がない、とノクリアはかえって納得を覚える。
本来の力を取り戻すためにノクリアを連れて行きたい場所がある、と男はある日打ち明けた。
ノクリアを守るためにも、本来の力は必要だという。
その理由が真実なのかは、疑わしいと思っている。
ところで、あれからネコには会えていない。
ネコの事を尋ねると、男は顔を歪めて不機嫌になる。なぜだか仲が悪そうだ。
ひょっとして、男は、ノクリアが気付く前にネコを追い払っているのかもしれない。
とはいえ、瞳を見て以来、男は妙に物静かで、とても魔族らしくない。
魔族とは、もっと理解できない残虐さをもっているもののはずなのに。
そういえば、とノクリアは気づく。
実際に、これほど魔族に接したことなど、今までなかった、と。