儀式
違う世界から、魔王を倒すことのできる強者を召喚する。
それは古代から、人類の最終手段として行われてきた。
だからこそ、未だに魔族の脅威にさらされながらも人類も保つ事が出来ている。
一方で、英雄召喚には問題点も多々あった。
召喚に成功する事が難しい一方、帰還させる術はそれ以上に不安定だという事だ。
『魔王を倒すことのできる』という条件で召喚するために、帰還は『魔王を倒した』という条件を満たしていなければならない。
そして、条件を満たしていたはずなのに、帰還する術の発動に失敗する事がある。
むしろ、成功半分、失敗半分。
失敗してしまえば、約束が違うと怒りに支配された勇者が反乱を起こし、国が崩壊した時代さえあった。
また一方、例えば性格に著しい問題があり勇者の任を放棄するような者を召喚してしまう事もあった。
この場合、相手がどれほどの暴挙を行っても、召喚側には、相手を帰還させる術が一切ない。
時代が進むにつれて、これら問題は顕著化した。
だから、召喚者側は、召喚術の向上に努めなければならなかった。
***
「ノクリア。気をしっかり持って。必要なものごとは、あなたはすでに手にしています」
「はい」
召喚術を今から行う。
7日をかけて慎重に構成された魔方陣の中心に、薄灰色のフードを被るノクリアは言葉短かに答える。
「必ず、私の使命を全う致します。必ずや。そして、遠く離れた地においても、術が成功し、人類の悲願が果たされるよう、毎日祈りを捧げます」
ノクリアの決意表明に、真剣な硬い表情のまま、じっと目を見つめて頷きが返される。
「目薬は。忘れてはいませんね」
「はい」
「たくさん持ちましたか。レシピは忘れていませんか」
「持っております。ご安心ください」
「イフェル。もう下がりなさい。詠唱に入る」
ノクリアの前、魔方陣を崩さないようにと術で宙に浮いているイフェルに、魔方陣の外のものが声をかけた。
「はい」
イフェルは答えながら、それでもじっと宙からノクリアの瞳を見つめた。
ノクリアは、イフェルたちを安心させるために笑んだ。どうしても、ぎこちなくなってしまったけれど。
「必ず、生きて、戻ります」
「必ずですよ」
「はい。必ず。それが私の使命なのですから」
「ノクリア! 私は」
「イフェル、下がれ! 巻き込まれたいのか!」
宙にいたイフェルが、グイとひっぱられたように魔方陣の外に出された。誰かがイフェルに術を使ったのだ。
『発動:英雄召喚:人質との交換』
直後、声が一つになり空間全てを震わせた、ような気がした。
召喚陣、地から天へと光と風の粒が舞い上がる。
どうしてだか、イフェルの声が聞こえた気がした。
『待っています。生きていて』
はい。必ず。
ノクリアは、胸の内で答える。
勇者が魔王を倒し、間違いなく元の世界に戻れるように。召喚する勇者の世界で死なずにいること。それが使命。
召喚では術は不安定だった。原因を考えて、今の世は結論に至ったのだ。
等価交換。一方的に招くのではない。人間同士を交換する。
だから。死んではならない。勇者が確実に元の世界に戻ることができるように。戻すことができるように。
それが、交換として差し出される、選ばれた者・・・この今においては、ノクリアの使命なのだ。
世界を離れることで、世界を救う一端を担う。
ノクリアにあるのは、己も重要な役割を果たしているという、一種の高揚感だった。