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第八話 祖父が愛したメロディー

基本UKロックの方が好きなんですが、最近昔のアメリカのロックもよく聴いてます。

同じ英語を喋っていても、やはり違う国なんだなと思います。

 幼少期の翔子には楽しみがあった。

 夏休みなど学校の長期休みになると、アメリカ人である祖父ジャックが車に乗って迎えに来るのだ。

 移り行く景色を見ながら祖父が住む町まで行くのが、翔子にとって何より楽しみだった。

 そして祖父が乗っている古びた車のカーオーディオからは、エルヴィス・プレスリーやボブ・ディラン、ザ・バーズなど、古き良きアメリカンロックが流れてくる。それはロックに興味を持ち始めた翔子にとって、最高の教科書であった。



 「これいい曲! おじいちゃん、これなんてバンドが歌ってるの?」

 「あー、これは、ザ・バンドだよ。」

 「だから、なんてバンド?」

 「ザ・バンドさ。」

 「・・・おじいちゃんも知らないのね。」

 「・・・。」



 流れていたのは、ザ・バンドの曲であった。“バンド”という名前のバンドがあるとは思わず、ジャックを困らせる翔子。

 そんな翔子にいつも優しく微笑みかけてくれる祖父ジャックが、彼女は大好きであった。



 祖父の家に着き、翔子が降り立った町は、いつ来ても見るもの触れるもの全てが新鮮だった。誰が住んでいるのか分からない家々に、名前も知らない人々。友達もいないが、いじめっ子もいない。そこは数ヵ月に一度来ることが許された楽園だったのだ。

 翔子が持っている黒いレスポール・カスタムは元々ジャックのもので、同時にジャックは翔子のギターの師匠である。

 元々ミュージシャンを夢見たジャックにとっても、ただでさえかわいい孫が、自分の好きな音楽に興味を持ってくれることが堪らなく嬉しかったらしい。

 


 「おじいちゃん、もう手が痛い!」

 「もっと練習したら、そのうち痛くなくなるさ。」



 幼い翔子を膝の上に乗せ、優しくギターを教えるジャック。翔子には忘れえぬ温かい思い出だ。

 結局、優しかった祖父ジャックは、翔子が中学一年の時に病気で他界してしまうが、ジャックのレスポールカスタムを受継ぎ、翔子は祖父が果たせなかったロックスターになることを夢見る。



 ――ジャックが他界してから、翔子がかつての楽園に訪れることはなかった。



 季節は5月となり、段々と温かくなってくる。

 たまの休日、朝起きた翔子は、いい天気であった為、気分転換にいつもの里山に散歩へ出る。

 キャップを被ってジーンズにミリタリーシャツといういつものようにラフな格好な翔子は、両手を上げて空気を思い切り吸い込む。

 そこにある景色は、特に珍しいわけでも雄大なわけでもない。ただいつも翔子をスピリチュアルに気分にさせてくれた。



 「ん? 何か聴こえる!」



 どこからともなく聴こえてくるメロディー。このシュチュエーションはどこかであったような気がする。

 翔子はそれを思い出し、耳の音を頼りにメロディーが聞こえてくる方へと向かう。

 小さな沢の辺の大きな岩に座ってギターを奏でる少年。そんな少年はこの町広しといえども一人しかいない。



 「なーにやってのよ、真人!」

 「うわぁー!!」



 例によって、後ろから真人を脅かす翔子。真人は前につんのめって踏ん張った。

 


 「た、高岡さん! 普通に登場できないの!?」

 「真人ったら、ほんの挨拶じゃない!」

 「心臓に悪い・・・。」



 呼吸を整えている真人に翔子は問いかける。



 「ここよく来るの?」

 「う・・うん。ここに来ると不思議とインシュピレーションが湧いてくるんだ。」

 「わかる! 私もここに来ると、なんか凄く気分が落ち着いて、不思議な気分になるの!」

 「うん。特に曲を作る時なんかにね。・・・そういえば、頼まれてた曲、一応作ってみたよ。」

 「ほんと!?」



 最近のいざこざで忘れていたが、翔子は真人の言葉に目を輝かせた。何しろ、翔子たちのバンド始まって以来のオリジナル曲だ。



 「聴かせて聴かせて!」

 「うーんどうしようかな・・・。じゃあ、このヘッドホンかけてみて。」



 その場に体育座りをした翔子は、真人がしていたヘッドホンを頭にして、興味津々な顔でギターを見つめた。

 真人は少し恥ずかしそうに弦をストロークし、曲のデモを弾き始める。

 両手をヘッドホンに当てて耳を澄ます翔子は、真人の精神世界が入り込んでくるのを感じた。

 その曲は、今ある周囲の自然のように、ロックと呼ぶには余りに穏やかで、それでいて力強く、生命力に満ち溢れていた。

 翔子は目を閉じて、真人のギターに聴き入る。まるで自分の体が、生い茂る緑や沢の流れに溶け込んでいくみたいであった。



 「きれいな曲・・・なんか懐かしい。」



 まだそれは曲の骨格に過ぎなかったが、翔子を満足させるには十分だった。

 真人が曲を弾き終わると、笑顔で彼の両手を握り締める。



 「凄い凄い! あなたって天才!?」

 「い・・いや、僕は別にそんな・・ていうか近いよ。」



 真人は顔を赤らめて目を逸らす。翔子に曲を褒められて嬉しいんだか、手を握られて恥ずかしいやらで、何が何だか分からない。



 「も・・もう曲は出来たから、歌詞は宜しくね。」

 「・・あ! 忘れてた。」

 「・・・。」



 そういえば勢いで、詞は自分が書くと言ってしまったことを思い出す翔子。それはそれで良いのだが、正直こんな曲の詞を書く自信が彼女にはなかった。

 


 「そうね・・・少し歩きながら考えましょ! 真人、今日この後時間ある?」

 「う・・うん。特に大丈夫だけど?」



 この日、翔子には行かなければならない場所があった。彼女のルーツにも繋がる、幼い頃の大事な場所。



 「少し遠いんだけど、ちょっと付き合って。」

 「え? 付き合うってどこに?」

 「私の好きだった場所よ。」



 真人はギターを背負うと、翔子と共に駅へと向かう。



 かつて祖父ジャックの車に乗ってよく行ったその町は、長いトンネルや大きな川を越え、どこか別の世界みたいな場所だった。

 今となってみれば、その町は電車で一時間ほどで、大都会というわけではなく、かといって田舎でもない。年配者の多く住む古い町だ。



 「あ、見て真人! あの建物、ビートルズが描いてあるでしょ! まだあったんだ。」



 二人はその町へ行く電車に乗る。窓の外を眺めながら無邪気にはしゃぐ翔子を、真人は微笑ましく思えた。

 そして程なくして、二人は翔子の祖父ジャックが昔住んでいた町に降り立つ。

 あの頃のままとはいかないが、そこは確かに数年前までよく訪れていたあの町だった。

 翔子は当時は持っていなかった携帯電話を取り出し、嬉しそうに辺りの写真を撮る。



 「あんなビルなかったな。少し来ない間に変わっちゃうものね。」



 童心に帰って楽しそうな翔子を見守るように、真人はゆっくりと追いかける。



 「おじいちゃんが住んでいた町・・だったっけ?」

 「そうよ、いつもここに来るのが楽しみで仕方なかったの!」



 駅前を離れて、二人は祖父ジャックの家があった方へと向かう。

 どこも珍しくない並木道に古びた大型スーパー、近所の子供が遊ぶ何の変哲もない小さな公園。翔子はそこに幼い日の自身の姿を見ていた。

 やがて二人は、昭和な雰囲気のレトロな住宅街にさしかかる。



 「えーと、この辺だったっけ。」



 まだ小学生だった時の記憶を辿りながら、翔子は祖父の家があった場所を探す。町の再開発で辺りには工事中の看板が多く見受けられた。

 そうして翔子は特徴のある赤い屋根の商店を見つける。確か祖父の家はこのすぐそばであったはずだ。



 「えーと、あれかな?」



 翔子が目を向けた先には、真新しいマンションが建っていた。

 真人は少し気まずそうな顔で翔子に問いかける。



 「ここが・・おじいちゃんの・・うち?」

 「ううん、ここに古い貸家があったの。もう無くなっちゃったみたい。」

 「あ・・ごめん。」

 「いいのよ、何年も前の話だもの。残ってる方が不思議だわ。」



 申し訳なさそうにする真人に、少し無理した様子で微笑みかける翔子。

 再開発の影響で、翔子が幼い日に訪れていた懐かしい祖父ジャックの家は、小ぎれいなマンションへと変貌していた。翔子はしばらく立ち尽くし、時の流れを感じる。



 「折角付いてきてくれたのにごめんなさい。何か肩透かしね。」

 「そんなことないよ! 歩いてみて、僕も素敵な町だと思った!」

 「無理しなくていいのよ。」



 慌ててフォローする真人を見て、翔子はクスッと笑う。

 そういえば、真人はずっとギターを背負ったままで汗ばんできている。いくら5月といっても、晴れの日に物を背負って歩けばかなり暑い。



 「そうだ、ちょっと汗流していかない?」

 「え・・? あ、汗流すって、あの・・その・・!?」



 翔子の提案に真っ赤な顔で狼狽する真人であったが、翔子は首を傾げて不思議そうに答える。



 「何って、銭湯よ。おじいちゃんとよく行ったの。何想像してたの?」

 「いや、あ! 銭湯ね! 僕あんまり行ったことないからわかんなかったよ! ・・・ははは。」



 邪まなことを考えてしまっていた自分を悔いる真人。



 「それじゃ決まり!」



 と、翔子は再び幼い頃の記憶を頼りに歩き始める。苦笑いしながら真人は追いかけた。



 「笑っちゃうわよね。おじいちゃん、アメリカ人なのに銭湯が大好きだったの。」

 「へー、あっちの人って人前で裸になるの抵抗ありそうだけどな・・。」

 「銭湯に行くと、色んな人と仲良くなれるんだって。毎日裸の付き合いしてれば、それわね。」



 祖父ジャックの思い出話を語りながら、二人は路地を抜けて行く。

 地元民でなければおおよそ辿り着けないであろう、古い住宅街の一角にその銭湯はあった。

 誰もが想像する古い日本の銭湯。そんなステレオタイプな佇まいに興味津々な表情をする真人。



 「ここはまだあったみたいね。さあ、入りましょう!」

 「あ、うん!」



 木の札の下駄箱に牛乳の入ったガラスの冷蔵庫、番台には高齢のおばあさんが腰かけている。外見だけでなく、中身も絵にかいたようなレトロな銭湯だ。

 タオルも石鹸も何も持ってきていない翔子は、番台に座っているおばあさんに借りられるかを聞こうとする。



 「あの、石鹸とタオルありますか?」

 「・・はい?」

 「石鹸とタオルはありますか!」

 「・・はい? 何ですって?」

 「石鹸とタオルは!」

 「・・そんなに大きな声で言わなくても分かりますよ。石鹸は一個百円で、タオルは三百円で貸しますよ。」



 おばあさんとのやりとりに悪戦苦闘する翔子であったが、とりあえず手ぶらでも入っていけそうだ。

 入浴料、石鹸一個と貸タオル代を支払った翔子は、真人にどうすればいいかを案内する。



 「入浴料と貸タオル代だけお願い。」

 「石鹸は?」

 「勿体ないじゃない。後で投げるわ!」

 「え、それって、高岡さんが使ったやつを!?」

 「何、嫌なの?」



 真人は赤面して顔を横に振る。そういうことに無頓着な翔子は、真人にとって少し刺激が強かった。

 さっきから挙動不審な真人に再び首を傾げて、翔子は女湯へと向かう。



 「じゃあ、先に出たら、ここで待ってて。」

 「あ、う、うん!」



 真人も邪まな想像ばかりする自分を戒めつつ、初めての銭湯に心躍らせた。

 脱衣所にはいると、そこでは地元の年配者たちが世間話をしながら涼んでいる。

 ギターを隅に置き、服を脱いで眼鏡を外した真人は、慣れない様子で浴場へと向かった。



 「凄い、テレビとかで見た通りだ!」



 カラカラと入り口のガラス戸を開けた先には、数列並んだ簡素な洗い場、その先に三つのお風呂があり、そして真正面には、所々はげた大きな富士山の絵だ。



 「確か体を洗って入らなきゃいけないんだよね。」



 洗い場に腰かけ、桶にお湯を溜めた真人は、石鹸を持っていないことに気付く。



 「真人! 石鹸投げるよー!」

 「え!? あ、えーと、ちょっと待って!」



 翔子の声が浴場の壁に反響して、マイクを通したみたいに大きく聴こえてくる。

 真人はその声に反応して立ち上がり、慌てて上が女湯に繋がっている壁の方へと向かった。

 間髪入れずに、壁と天井の間隙を縫って白い石鹸が飛んでくる。真人は右往左往し、足を滑らせながら何とかそれをキャッチした。



 「危ない危ない・・・って、え?」



 石鹸を受け取って周囲を見渡すと、おじいさんたちがニヤニヤしながら真人のことを見ている。

 真人は恥ずかしさのあまり、急ぎ洗い場に座って頭からお湯を被った。

 罪悪感に苛まれながらも、翔子から受取った石鹸を使って体を洗った真人は、湯船へと向かう。

 何の躊躇もなく一気に足をお湯に突っ込む真人であったが。



 「あああっつ!!」



 余りのお湯の暑さに大きな声を出してしまう。周囲の視線を気にしつつも、水道に手をかける。



 「嘘でしょ? こんな熱いお湯に平気で浸かってるとか。」



 真人は気持ち良さそうに湯船に浸かるおじいちゃんたちを尻目に、水で埋めている箇所にゆっくりゆっくりと入る。

 このくらいの温度であれば、何とか入れそうだ。肩まで体を浸からせ、周囲を見渡す真人。

 そこでは時間がいつもよりゆっくりと流れているような、今の自分の周りにはないノスタルジックな景色に包まれる。

 そして壁一つ隔てた向こうの女湯にいるであろう翔子のことを想像し、またもや邪まな罪悪感に苛まれ、顔を口までお湯に浸けた。



 「ダメだ、もう出よう・・・。」



 一足先に風呂から上がった真人は、番台の前の椅子で熱った体を冷ます。

 起きてるんだか寝ているんだか分からないような番台のおばあさんを眺めながら、真人は翔子があがってくるのを待った。

 程なくして、タオルを首から下げた翔子がご機嫌そうに鼻歌を歌って、女湯から出てくる。



 「あ、真人待った?」

 「い、いや、べ・・別に!」



 艶やかな肌と少し湿った髪。風呂上りというのは、妙に女性を色っぽく感じさせる。それが翔子であれば、尚更だ。

 真人が赤くなって翔子を直視できずにいると、置物みたいな番台のおばあさんが何かに反応して突然口を開いた。



 「その歌・・・あの人がよく歌ってた歌だね・・・。」

 「あの人って?」

 「何て言ったかな・・。ジョン・・ジェームス・・・いや・・・。」

 「もしかしてジャック!?」

 「あーそうそう、よく来てくれた外人さんがいてね・・・。」



 翔子が歌っていた鼻歌は、ザ・バンドのオールド・ディキシー・ダウンだった。祖父ジャックのことを思い出しながら、彼がよく口ずさんでいた曲を無意識に歌っていたのだ。

 そのおばあさんは魔法が解かれたかのようにジャックのことを喋り出す。



 「確かね・・たまーに孫の小さなかわいい女の子を連れてきてね・・。」

 「それ、それ私です!」



 翔子は祖父の話題に感慨深そうに答えた。おばあさんも少し驚いた様子だ。



 「・・キレイになったね。いくつになったんだい?」

 「16歳です。」

 「・・いつも嬉しそうにあんたの話ばかりしてたよ。あともう少しで孫に会える、一緒に歌ったり、ギターが弾ける・・・また新しい曲を仕込むんだってね。」



 翔子はそのおばあさんの発言にただ無言で立ち尽くす。

 大好きだった町は変わり始め、祖父の家も無くなってしまった。だが、祖父ジャックがこの町で暮らした記憶はまだここにあったのだ。

 真人がその話を聞いて、翔子へ歩み寄った。



 「僕には、君のおじいちゃんがどんな人だったかはよく分からないけど、ただ君のことを本当に愛していたんだね。」



 翔子のグレーの瞳からは、自然と涙が溢れ出ていた。

 懐かしく心地よいメロディーは、翔子の脳裏に祖父との思い出の日々を鮮やかに蘇らせる。進むべき道を見失いそうになった翔子が、再びこの町に来て、探し求めていたものはこれであったのかもしれない。

 


 「私、まだやれるわ。ありがとう・・おじいちゃん。」



 傷ついた翔子は、祖父ジャックとの思い出を胸に涙を拭った。そして彼女は進む。祖父が愛したあのメロディーと共に。



 「真人、今日は付き合ってくれて助かったわ。おかげでいい詞が書けそう!」

 「うん、楽しみにしてる!」


 

 祖父ジャックと楽しい日々を過ごした翔子は、再び彼の車で自宅へと向かう。それは幼い日のある夏休みの思い出。暗闇を照らす街灯と古き良きアメリカンロック。

 翔子はその音色を聴きながら、シートへもたれかかり、やがて眠りに落ちていた。   

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