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第六話 復活者

やっとできました。物語は佳境を迎えます。

 ――そう、再び仮面を被り、彼は蘇ったのだ。

 


 新入生への部活動紹介が終わり、軽音部もいつもの活動へと戻っていた。

 ライブの準備で左腕を怪我した部長の晴斗であったが、幸い軽い打ち身ですぐに治るという話で皆安堵する。

 波乱のライブであったが、軽音部のオープニングアクトは一年生に衝撃を与え、楽器経験者の一年生がちらほら部室へ訪れるようになっていた。

 そんな折、満を持してある一年生男子が野心を胸に軽音部の門戸を叩く。



 「フ・・・ここが俺の夢の舞台か。」



 まだ真新しい買ったばかりのギターケースを背負い、剃り過ぎた眉毛にワックスでこれでもかとセットされた髪の毛。翔子が以前暴漢事件の際に公園で出会った吉良川 陸少年である。

 陸は部室の扉を軽やかにノックして開ける。乱雑に置かれた機材に地を這うようなコード類、楽器を持った煌びやかな高校生たちが陸の目に映った。部員たちは彼に注目した。



 「こんにちは、入部希望者かな?」

 「はい! 一年の吉良川です!」



 部長の晴斗が陸に気さくに声をかけると、陸は待ってましたとばかりに快活に答える。

 晴斗と会話をしているようで、その目の先には明らかに翔子の姿があった。普通に考えて失礼極まりない。


 

 「で、君はどのくらい経験あるの?」

 「はい! 初心者です! ていうか買ったばっかで何も弾けません!」

 「え?」



 自信満々に答える陸。晴斗は表情を曇らせた。軽薄な陸は軽音部への入部条件など全く見ていなかったのだ。



 「ごめん、未経験者は入部できない決まりなんだ。」

 「そうですよね! ・・・て、え?」

 「何か弾けないとダメなんだ。」

 「・・・それじゃあ、俺は入部でき・・ない?」



 晴斗は申し訳なさそうな顔をしてコクリコクリと頷いた。部室に変な空気が漂う。

 陸はあまりの衝撃にその場へ膝を落とした。



 「お・・・俺の青春が・・・。」



 なけなしの小遣いをはたいてギターまで買ったのに、陸の夢はスタートラインに立つ前に見事に打ち砕かれた。

 本気で落ち込む陸に誰も声を掛けられない。見かねて翔子が陸の元へ歩み寄る。



 「初心者なのにギターまで買ってくるなんてやる気あるじゃない!」

 「メ、メシア!?」



 夢破れかけた少年の頭上にメシアは降臨する。陸は翔子の顔を神々しそうに見上げた。



 「ねえ、晴斗、私たちが面倒見るから入れてあげてくれない? 茉希も杏奈もいいでしょ?」

 「うちは翔子が良ければいい。」

 「・・・同じく。」

 「まあ、翔子がそこまで言うなら仕方ないか・・・。」



 陸の表情がパアッと明るくなった。翔子のおかげで彼の青春は首の皮一枚繋がったわけだ。

 膝を落としていた陸に翔子は微笑みかける。



 「誰だって始めは初心者よ。教えてあげるから、あなたのギター出してもらえる?」

 「は・・はい!」



 翔子に言われ、陸は喜び勇んでギターケースを開ける。

 ケースから取り出されたのは、まだ使用感のない美しいブラウンに輝くボディー。



 「かっこいいベースね!」

 「べ・・ベース?」

 「あなたベースがやりたかったのね!」

 「え・・あ・・はい!」



 ちなみに陸はギターとベースの違いなどわかっていない。弦が太くて少ないので弾きやすそうという短絡的な理由で、彼はそれがベースだともつゆ知らずに購入していたのだった。



 「ベースは私弾けないから、お願い茉希、教えてあげてくれない?」

 「めんどくせーな、まあ、翔子の頼みなら仕方ねーか。」

 「・・・?」

 「おい、一年! うちは手加減しねーから覚悟しとけよ!」

 「あ・・はい・・って、ええー!?」



 茉希は陸を不機嫌そうな顔で睨みつける。陸はまだ状況を理解できない。ついさっきまで憧れの翔子に直接ギターを教えて貰えるはずだったのに。

 運命は無常だ。あのとき楽器屋でギターさえ買っていれば、彼の運命はまた大きく変わっていたのかもしれなくもない。

 一段落ついて、晴斗が翔子に問いかける。



 「で、この一年生翔子の知り合いなのか?」

 「え、知らないわ。初対面よ。」

 「ええー! (ガーン!)」



 以前暴漢事件の際に公園で陸に会っていたことを、翔子はすっかり忘れ去っていた。陸は再び肩を落とすのだった。

 そんな陸の気持ちなどしるはずもなく、翔子は自分たちのバンドの話に話題を変える。



 「そういえば、茉希、杏奈、来週の土曜日知り合いのライブハウスでオープニングアクト頼まれたわよ!」

 「久々のまともなライブだな! で、どこと対バンすんだ?」

 「・・・ヘッドライナーは?」



 茉希は翔子の話題に目を輝かせて食いつく。物静かな杏奈も出演バンドが気になるようだ。



 「えーと何組かいたと思うけど、確かヘッドライナーは皆仮面を被ってる聞いたことないバンドだったかな。」

 「仮面? なんだそりゃ、コミックバンドか?」

 「・・・色物っぽい。」

 「まあ、よくわからないけどスリップノットかなんかのパクリじゃないの。」



 翔子たちはその得体の知れないバンドについて散々な言いようだ。言いたい放題の彼女らに意外な人物が声を掛けた。



 「それはザ・レザレクションだよね。」

 「え? 真人知ってるの!?」



 部室の奥で翔子に頼まれた作曲に励んでいた真人が、三人の会話を聞きかねて割って入る。



 「最近出てきた名前も顔も一切秘密の4人組のバンドなんだけど、今アンダーグラウンドなロックシーンで人気みたいだよ。僕もそのくらいしか知らないけど。」

 「ふ~ん、いずれにしても今度のライブでどんなもんかわかるわね。ありがとう真人、楽しみにしてるわ!」

 「うん、いいバンドだといいね。」



 謎の仮面バンドの話も楽しみとして胸に秘め、翔子たちライオット・シティー・ガールは次のライブの打ち合わせを始める。

 今回のライブに翔子の幼少期に深く関わる出会いが待っていることを、彼女はまだ知らない。



 ★



 あっという間に一週間が過ぎ、翔子、茉希、杏奈の三人は彼女たちがオープニングアクトを務めるライブハウスにいた。

 ライブのリハで楽器の雑音が鳴り響く中、リハーサルを終えた彼女たち三人は、他のバンドに目をやるが、ヘッドライナーであるザ・レザレクションの姿はどこにもない。

 翔子は気になって、他に出演するバンドのメンバーに聞いてみることにした。



 「あのすみません。ヘッドライナーのバンドってまだ来てないんですか?」

 「あー、レザレクションね? あの人たちリハもしないんだよね。」

 「見たことあるんですか?」

 「一度だけね。見た目のインパクトもあるけど、あの演奏と曲のクオリティーは異常だね。まだ出てきて間もないのに、プロのミュージシャンにもファンがいて、お忍びで見に来てるみたいだよ。」

 「へー、凄いんですね!」



 どうやらその仮面バンドの実力は本物らしい。翔子が聞いたバンドの青年もザ・レザレクションを見るのを楽しみにしているようである。



 「君たち、オープニングアクトやる女子高生のバンドだろ? 緊張すると思うけど、がんばってね。」

 「はい、ありがとうございます!」



 その青年に丁寧にお礼を言って、茉希と杏奈の元へ戻る翔子。

 どうやら今日のライブは、ザ・レザレクションだけが注目されている様子だ。翔子はこの状況にある野心を抱いて不敵な笑みを浮かべた。



 「仮面バンドを喰ってやりましょう。」

 「そうこなくっちゃな!」

 「・・・私たちが主役。」



 三人はそう決意して開演の時間を迎える。観客が次々にライブハウスの中へ入ってくる。

 普通の観客に混じって、帽子やサングラスを身に着けて明らかに変装しているだろうプロミュージシャンらしき客もちらほらだ。

 


 「今日ってレザレクションの他に何が出るんだっけ?」

 「うーん、正直興味ないからわかんないや。」

 「最初ってガールズバンドか?」

 「女子高生みたいだよ。」

 「目の保養くらいにはなりそうだな。」



 観客は案の定ザ・レザレクション目当てが大半で、あとはついでに見るだけといった感じだ。

 翔子はその様子を遠くから見て胸が高鳴っていた。



 「さあ、茉希、杏奈、行くわよ!」

 「ああ!」

 「・・・御意!」



 所々穴の開いたTシャツとジーンズにスタッズベルトが光るパンクな茉希、細身の黒の上下といかついネックレスで固めた杏奈、そしてジーンズにミリタリーシャツというラフないでたちな翔子たち三人は威風堂々とステージへと登る。

 会場は異様な光景にざわつき、一応の歓声が起こる。



 「ボーカルの子すげー美人じゃね!?」

 「なんか三人とも微妙にジャンルが違くて面白いな。」

 「俺はベースのパンクの子のがかわいくていいかな。」

 「ドラムのちょっと病的な子も気になるな。」

 「いずれにせよ、女子高生がどこまでやるか見ものだ。」



 予想通りのリアクションだ。皆女子高生だと思って至る所から黄色い声援が飛び交う。

 それにさらに拍車をかけるように翔子は観客を煽った。



 「こんばんわ! 私たちはライオット・シティー・ガールでーす! 楽しんでいって下さいね!」



 翔子を知っている者にとっては、気持ちの悪いくらい媚びた声と態度で挨拶をする。その猫なで声に茉希と杏奈は背筋がゾッとした。

 しかし案の定観客は、美少女現役女子高生の登場にロックを見に来たことを忘れて歓喜する。



 「とりあえずマジかわいいな!」

 「これはこれでいいかもな!」

 「女子高生パねーわ!」

 「演奏は大目にみてやるか。」



 翔子はギターを構えて二人に合図を送る。翔子の表情が変わった。



 「脳天ブチ抜いてやるわ。」



 次の瞬間、杏奈のスティックの音と共に、今までの黄色い空気を切り裂く目の覚めるような高速ビートが会場を疾走する。

 観客たちは目の前で奏でられるメロディーに口をあんぐり開ける。



 「なんだこれ、全然かわいくねー!」

 「メロコアか!?」

 「この曲確か、バッド・レリジョン?」



 翔子たちが一曲目に選んだのは、メロディックハードコアパンクのパイオニアであるバッド・レリジョンの『アイ・ウォント・トゥー・コンカー・ザ・ワールド』であった。直訳すれば“世界を征服したい”という意味で、パンク好きな茉希の選曲である。正に今回の彼女たちの野心を表現するのにぴったりな楽曲だ。

 観客たちは見事に予想を裏切られ、皆背筋に電撃が走ったような感覚を覚えた。更に追い打ちをかけるように翔子の力強い歌声が炸裂する。



 「か・・かっけー!」

 「これはギャップ萌え・・というか反則だろ!」

 「レザレクションだけを見に来たけど、お前らいいぞー!」

 「ギタリストの子、ギターも歌もすげーな!」

 「パンクの子もベースうめーし。」

 「ドラムの子完璧にトランスしてるぜ!」



 彼女たちの意表を突いた演奏で観客たちは完全に心を掴まれた。

 速弾きを物ともしない堂々とした翔子のギタープレイに男顔負けのパンキッシュなボーカル、見た目とは裏腹に丁寧にそれでいて躍動感のある茉希のベース、何かに憑りつかれたように頭を振りながら激しくドラムを打ち鳴らす杏奈。全てが規格外であった。

 オリジナル曲こそ持たないが、男性・女性バンドを問わず、翔子のカバーは時にオリジナルを凌ぐような完成度を見せた。



 「歌ってるの女の子なのに、グレッグ・グラフィンに全然引けを取ってない!」

 「本当に女子高生か!?」



 自分たちに全く関心もなかった観客たちの心へ、その3分にも満たない高速のパンクソングは十二分に衝撃を与えて終わりを迎える。



 「あの子たち、レザレクションに喧嘩売ったな!」

 「来てよかったぞ! 女子高生!」

 「早く次聴かせろー!」



 翔子の思惑は最高の形で果たされた。その後彼女たちは観客の心を鷲掴みにしたままメタルやオールドロックのカバーを演奏してオープニングアクトを終える。



 「ありがとうございまーす! またどこかで会いましょう!」

 「うおー! また見にくるから、絶対やれよ!」

 「お前ら最強の女子高生だ!」

 「かっこよかったな! 惚れちまったぜ!」

 「携帯教えろー!」



 翔子たち三人は大歓声に手を振りながらステージを降り、途中次に演奏するバンドとすれ違う。さっき翔子が声をかけた人のバンドであるが、浮かない表情で、凄くやりにくそうだ。

 完全に今回のイベントを掌握した翔子は、ステージを見上げて得意げに微笑む。



 「さあ、来なさい仮面バンド、あなたたちの実力を見せて貰うわ。」



 翔子たち三人は後続のバンドをステージの入り口から眺めながら、ザ・レザレクションの登場を待つ。それなりに盛り上がってはいるが、観客はやはり物足りなさそうだ。

 皆の期待と嫉妬、思惑が渦巻く中、彼らは静かにその場へと現れた。

 ステージを見ていた翔子はその異様な雰囲気に後ろへ振り向いた。そこには黒いM-51モッズパーカを羽織い、フードを被った四人組が立っていた。それぞれ違った個性的な仮面を被っており、物言わぬそのいで立ちに翔子たちは一瞬恐怖を感じる。



 「何これ、軽くホラーじゃない・・・。」

 「気持ちわりー奴らだな。」

 「・・・死神。」



 そう、鎌を持っていればまるで死神のような装いであるが、そのバンド名は日本語で“復活者”と呼ばれる。彼らこそ今アンダーグラウンドなロックシーンで密かに人気を集める仮面バンド、ザ・レザレクションであった。



 昨年の夏、突如としてシーンに降り立った正体不明の仮面バンドは、その奇抜な見た目と変幻自在な神がかった演奏で、既存のロックシーンに満足できないコアなロックファンを中心に、一部のプロミュージシャンをも魅了した。

 メンバーは全員が年齢、生い立ち一切不詳で、キッスのポール・スタンレーのような目に星のある白い仮面のギター・ボーカル「サイケ」、色鮮やかな和風の狐の面を被ったベーシストの「エモ」、チェーンソーを持った殺人犯みたいな仮面を付けたドラムの「コア」、妖艶なベネチアンマスクをしたキーボードの「シンフォ」という四人組だ。

 唯一分かっているのは、サイケとコアが男性で、エモとシンフォが女性であることぐらいである。



 翔子たちは彼らの雰囲気に圧倒され、無言のまま一歩下がって道を開ける。

 前のバンドが演奏を終えて戻って来ると、彼らは一言も喋らず、粛々とステージへ向かった。

 観客たちは待ちかねたザ・レザレクションの登場に我を忘れて沸き立つ。



 「来たー!!」

 「俺はこの日を2か月待ってたんだ!」

 「お前らの為だけに今日来たんだからな!」

 「最初の女の子たちはかわいくて凄かったけどな。やっぱメインディッシュは最後だな!」

 「今日も頭の中ぐちゃぐちゃにしてー!」



 会場の空気が一気に変わる。淡々と準備をする彼らであるが、その反応はまるで本物のロックスターの登場のようである。いや、彼らは観客にとってそれ以上のものだったのかもしれない。

 


 「ちょっと、出て来ただけでこれって・・・。」



 翔子が冷や汗を流したその時、今まで聴いたことのない大轟音が翔子の五感に襲い掛かる。

 それは無秩序、混沌、世界の終りのようなただただ荒々しい歪んだ音の嵐であった。観客たちからは待ってましたとばかりの歓声が沸く。

 そしてただ行先の見えないその嵐の海に、神が降臨したかの如く、美しく幻想的な歌声が浮かび上がる。



 「こ、これって、シューゲイザー? で、あれって・・・。」



 正にそれは、80年代に英国で生まれたロックの一ジャンル、マイブラやライドなどのバンドで知られるシューゲイザーのような曲だ。

 しかしそれは既存のシューゲイザーを超えた危険な音のドラッグみたいだった。観客たちの脳ミソを激しく揺さぶり、歓喜を通り越して狂気にも似た声が上がる。最早これは単なる音楽ライブではなく、言うなれば“啓示”であった。



 「もっとだ! もっとかき回してくれ!」

 「もう明日死んでもいい!」

 「あっはははは!」

 「気持ちいいー!!」



 茉希と杏奈もその異常な観客の反応に少し引きつつも、彼らの演奏に呑まれていた。



 「す・・すげー、こんなバンド初めて見た。」

 「・・・もうダメ。」



 呆然とする二人の横で、翔子はあることに気付いてギター・ボーカルのサイケを直視して瞳を見開いた。



 「あのギター・・・間違いない!」



 顔も知らない、声ももう変わってしまって分からない。ただ彼が弾いている年季がかった真っ黒いストラトキャスターは、忘れようにも絶対に忘れられない。細かい傷の位置までくっきり覚えていた。



 その後数曲演奏し、ザ・レザレクションの狂気のライブは翔子たちに強烈なインパクトを与えて終焉を迎えた。そして冷めやまぬ歓声に何か応えるでもなく、彼らは翔子たちの見ているステージの入り口の方へと静々と歩いて来る。

 彼らが進む道を遮るように翔子はサイケの元へと踏み出し、胸に手を当てて瞳を潤ませた。



 「あなた、トラ君でしょ!? 私よ、メイよ! ずっと会いたかった・・・。」



 突然道を塞いだ翔子に警戒したエモがさっと前へ出るが、サイケは片手でそっとエモを制止して翔子の前に立つ。

 

 

 「久しぶりだな、メイ。」

 「ロックやってればいつか絶対に会えるって信じてた。約束覚えてる?」

 「すまない。ずいぶん昔のことであまり覚えていないんだ。」

 「そ・そうよね・・。10年も前じゃ仕方ないわ・・・。」



 愛想笑いを浮かべて俯く翔子。茉希と杏奈は様子のおかしい翔子を心配そうな目で見つめる。

 彼女の10年は今この瞬間の為にあったと言っても過言ではない。それほどトラと呼んでいた少年の存在は翔子の中で大きなものであったのだ。

 だが実際に再会したトラはあの頃の彼とは別人のようになってしまっていた。



 「私は今でも信じてる。ロックは無敵の魔法なんだって。あなたはあの頃からずっと私のヒーローだったの。」

 「そんなことを言っていた時期もあったな。俺も子供だった。」

 「どういうこと?」

 「60年代、ロックは世界を変えられるものだと人々は本気で信じていた。だけど時が経って、そんなものは子供の夢だったのだとわかってしまったんだ。ロックに世界は変えられないし、ましてや魔法などでもない。」

 「何であなたがそんなこと言うのよ・・・?」

 


 消え入りそうな声で翔子は聞き返す。かつて太陽のようであった少年は、凍てつく氷河のような言葉で翔子の思い出を打ち砕いた。



 「かつてジョン・ライドンは言った。“ロックは死んだ”のだと。子供の夢はいつか覚める。ロックも大人になるんだ。俺たちと同じように。」

 「そうかもしれない・・・。でもあなたからだけは聞きたくなかった!」

 「ああ、だけど俺は昔の俺じゃないんだ。勘弁して欲しい。」



 俯いてふるふると震える翔子の横を、何も言わずにザ・レザレクションのメンバーは通り過ぎていく。

 状況を理解できない茉希と杏奈は、申し訳なさそうに翔子へ問いかけた。



 「なあ、あいつ知り合いなのか翔子?」

 「・・・酷いこと言われた?」



 涙が零れぬよう、顔を上げると無理矢理作った笑顔で翔子は二人に答えたのだ。



 「ごめん、きっと人違い・・・夢だったの。」



 幼い頃、少女に魔法を授けた少年は、少女に夢の終りを告げた。言いようもない思いが噴き出す中で、翔子の幼少期は本当の意味で終わりを迎える。

次回更新未定ですが、ちゃんと終りまで頑張ります。

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