第五話 ザ・ライブ!
五話にして初めてライブする話です。
あっという間に二日が過ぎ、翔子たちは新入生部活動紹介当日を迎える。軽音部でも朝から機材の準備に大忙しであった。
まだまだ部に馴染んでいない真人は、慌ただしく動き回る部員たちを新鮮そうな目で見ていた。
「おーい、そこのマーシャル一緒に運んでくれ!」
「まだドラム運んでないのか?」
「エフェクターどこやったの?」
物珍しそうに辺りを見回す真人に、
「何お前ボーっとつっ立ってんだよ?」
と茉希がおっかない顔で真人を睨み付ける。
真人は目下に現れた茉希に気付き、慌てて謝った。
「ご・・ごめん! 何したらいいかな? (やっぱりこの子怖い!)」
「安藤! 悪いけどこれ運ぶの手伝ってくれ!」
「あ、相葉君、それを一緒に持てばいいんだね!」
晴斗が手の空いていた真人に声をかけた。これで茉希にもうどやされないと真人は安堵する。
軽音部に入らなければ、四方や関わることもなかったであろう晴斗であったが、彼はまだ上手く打ち解けられない真人にも優しかった。
少し抜けてはいるが、イケメンで誰にでも優しい晴斗は人望があり、まさに部長らしい存在だ。
真人と晴斗は重い機材を二人で体育館へ運ぶ。しかし部室を出た瞬間であった。
「うわぁー!」
大きい音と悲鳴に驚いて、翔子たちは廊下へと走った。
そこには倒れて左手を押さえて顔を歪める晴斗と、それを見て右往左往している真人がいた。
「晴斗、一体どうしたの!? 大丈夫!?」
「わ・・悪い、機材は無事・・ッツ!」
「機材じゃなくて、あなたの方よ!」
しゃがんで心配そうに晴斗を見つめる翔子。ただオドオドする真人を茉希が再び睨み付ける。
「お前何やってたんだよ! ちゃんと持ってたのか!?」
「いや・・ぼ・僕は・・・。」
「違うんだ、俺が躓いたんだよ! 安藤は悪くない!」
真人に詰め寄る茉希を、晴斗は痛みに堪えながら制止した。
翔子は事故の責任云々よりも晴斗の体を案ずる。
「そんなことより保健室行きましょう! 何かあったら大変よ!」
晴斗は他の男子部員に付き添われて保健室へと向かう。
皆が晴斗の怪我を心配していたが、杏奈が切実な問題を呟く。
「・・・ギターいない。」
晴斗の怪我が大したものじゃなかったとしても、最早ライブへの出演は絶望的だ。
翔子は俯いて考え込む。今日やる予定であった曲を弾けるギタリストは、軽音部内でも晴斗だけであった。
「どうしよう・・・急だけどやる曲変えるしか・・・!?」
ふと顔を上げた翔子は真人と目が合う。真人は翔子の表情を見て何だか嫌な予感がした。
「真人、あなた弾けるわよね?」
「え・・・?」
「私たちの練習を見て、こっそり弾いてたの知ってるのよ。」
「いや、それは・・・。」
翔子たちが部活動紹介の準備をしている間、手持無沙汰な真人は晴斗のギターを何気なくコピーしていたのだ。
翔子は不敵な笑みを浮かべて真人を指さした。
「あなたのギターは飾りじゃないでしょ?」
真人は体を硬直させて動揺を隠せない。それを見ていた茉希が堪り兼ねて翔子を制止した。
「何言ってんだよ翔子!? こいつほとんど練習もしてないのにできるわけねーじゃん!」
「真人ならできるわ。」
茉希の口の悪さもこの時ばかりは真人にとって助け船に思えた。しかし真人は覚悟を決める。
「・・・わかったよ。僕で良ければやってみるよ。」
「よし、決まりね!」
偶然の事故であったにせよ、誰もが考えもしなかった。まさか軽音部にほぼ無理矢理連れてこられたばかりの真人がこんなイベントに出ることになってしまうなど。
晴斗を怪我させてしまった負い目と翔子の勢いに勝てず、真人は不安を抱えながらもライブに出ることを決意したのだった。
★
若干のトラブルはあったものの、何とか翔子たち軽音部は会場設営を終えてリハーサルに入る。
物々しい緊張感の中、顔の強張っていた真人に翔子が微笑みかける。
「落ち着いていきましょう。」
「う・うん!」
音出しをしている茉希のベースの重低音がビンビンと伝わってくる。杏奈も見事な手さばきでドラムを打ち鳴らし、地響きを立てていた。翔子と真人のギターも音に問題はない。
真人は自身のギターであるフェンダー・テレキャスターを握りしめ、翔子は真人が大丈夫だと確認すると、自信のレスポール・カスタムを構えてマイクの位置を調整する。
「じゃあ、合わせてみるわよ! 準備はいい?」
「ああ、いつでもいいぜ!」
「・・・オールOK」
「うん、大丈夫!」
翔子は自らの掛け声とともに暴力的なギターサウンドを響かせる。その音に真人のギターの音が重なり、茉希のベース、杏奈のドラムが一体となってまだ人が疎らな体育館に響き渡った。
その場にいた軽音部員を含め、他の部活の生徒たちも息を呑んだ。皆が翔子たちの演奏に注目をする。
間髪入れずに翔子は英語の歌詞を歌い始める。曲はブリット・ポップ期のUKロックバンド、エラスティカの『スタッター』であった。
「す・・すげぇー・・・。」
「ま、マジかよ!」
「さすが女子軽音部・・・見た目だけじゃないな。」
「た・高岡さんかっこいい!」
自らの作業を忘れて体育館中の生徒がその躍動感溢れる演奏に見惚れてしまっていた。
翔子の堂々たるギタープレイとボーカル、ガサツな茉希は意外に繊細にベースを弾く。一番驚くべきは杏奈のドラミングだ。普段クールな彼女の面影はなく、何かに取つかれたようにドラムを打ち鳴らす。メタル好きというだけのことはある。最早狂気の沙汰だ。
そんな個性的な女子に囲まれても真人のギターは、初めて合わせたとは思えないくらい見事に溶け込んでいた。
(不思議。何か凄く自然な感じ・・・。)
(中々やるじゃねーか。)
(・・・いい。)
無事リハーサルを終えた翔子たちは、新入生部活動紹介の本番を迎える。
体育館に集まった一年生たちは、これから発表される色々な部活動に心躍らせていた。
「ねえねえ、何部に入る?」
「テニス部かな。」
「あの超絶美人がいるのって軽音部だろ? 俺入ろうかな?」
「やめとけ、ライバル多いし、お前何も弾けないだろ?」
楽し気に騒つく一年生たち。その中には以前公園で翔子たちと出会った吉良川 陸の姿もあった。
「フッフッフ・・・、部活動紹介など見る意味もない。俺の入る部活は既に決まっているのだから・・・。ギターも買ったし、準備は万端だ!」
ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべて呟く陸に、周囲の生徒は気味悪がった。
そんな一年生たちの様々な声が渦巻く中、体育館の照明が落とされ、静かに開演の幕が上がり始めた。
幕が上がりきると、眩しいくらいの照明がステージ上の翔子たち四人の姿を照らしだす。
「何あれ? すげー美人!」
「軽音部か、女の子かわいいな!」
「何やるんだろ?」
「かっこいいね!」
体育館中から一年生たちのキラキラとした眼差しが向けられる。
ギターを構えて目を閉じていた翔子は、ゆっくりと目を開けて会場を見る。茉希と杏奈は得意げに笑い、真人は明らかに緊張しており、顔を引きつらせた。
「さあ、行くわよ!」
「腕が鳴るぜ!」
「・・・叩きたい。」
「どうしよう・・・凄い人だ。気が遠くなる・・・。」
騒つく体育館へ風穴を開けるように翔子のギターの轟音が駆け抜ける。一年生たちは静まり返った。
真人のギター、茉希のベース、杏奈のドラムが合わさり、翔子がパンキッシュにボーカルを乗せる。
「な・・滅茶苦茶かっこいいぞ・・・。」
「英語でよくわからないけど、ただ凄いとしか・・・。」
「高岡先輩・・・かっこいい・・・。」
「洋楽? ていうか皆激うま。」
「ふ・・・流石メシア。」
ほとんどの生徒はこの曲を知らないし、正直歌詞の内容すらわからない。ただこの曲はロックがロック足らん所以をシンプルに体現していた。それは無条件に「かっこいい」ということだ。
余りの凄さにポカンとしたいた一年生たちであったが、サビを向かえる頃には会場の盛り上がりは最高潮に達していた。
「やっぱ俺、軽音部入ろうかな?」
「やめとけ、見た目も演奏もレベル高すぎだ。」
「あの小さなツンツン頭の先輩かわいいな!」
「ドラム激しすぎじゃないか!?」
「だけど、あの眼鏡の人浮いてない?」
「翔子様・・・。」
翔子たちの演奏に一年生たちは大いに沸き立っていた。皆が今回のオープニングアクトが大成功に終わることを疑わなかったが、翔子はある異変に気付く。
(あれ・・・何か音が変?)
ふと右を向く翔子。そこには微動だにしない真人が立ちつくしていた。明らかにおかしい。
「ストーップ!!!」
翔子は調度間奏中であった曲を大声で止めた。一年生たちは騒然とする。
「なんだなんだ!?」
「せっかくかっこよかったのに!」
「眼鏡の人動いてないよ!」
慌てて真人に駆け寄り、翔子は心配そうに彼の顔を覗き込んだ。
「真人、どうしたの? 大丈夫!?」
真人は翔子の問いかけに返事もせず、ただ会場を見つめて固まったままだ。そこに更に茉希と杏奈も駆け寄って来た。
どんなに声を掛けようが、目の前で手を振ろうが、真人は反応を示さない。
「翔子、こいつ立ったまま気絶してるぜ!?」
「・・・びっくり。」
「う、嘘!?」
★
そこでは数百人の一年生がこちらを好奇な目で見つめ、目を閉じても聴き取ることができない雑然とした声が耳に刺さった。
顔の筋肉は痙攣を起こし、頭から血の気がスーッと引いていくような感覚を真人は覚えていた。気が付けば景色は真っ白だった。
次に彼が意識を取り戻すと、体は横たわっていて温かく、白いカーテンが目に映った。目覚めたばかりでフワッとした気分だ。
「・・・ここ・・天国?」
真人が呟くと、カーテンの向こうで人影が動く。
「なーにが天国だ! 天国なのは頭の中だけにしとけっての!」
「・・・え!?」
カーテンが開かれ、現れたのはベースの茉希であった。いつものように怒った顔で真人を睨みつけている。
真人は慌てて体を起こし、辺りをキョロキョロと見回す。ここでやっと自分が保健室に運ばれてきたことに気付く。
「たくよ、毎度毎度気絶しやがって! お前のせいでライブは滅茶苦茶だっつーの!」
「ご・・ごめん。」
目覚めたばかりの真人に容赦なく罵声を浴びせる茉希に対して、とりあえず真人はひたすら謝ることしかできない。しかしいくらなんでも目覚めのカンフル剤としては刺激が強すぎだ。
「よくわかんねーけど、お前のその変な体質治しとけよ!」
「う・・うん・・・ごめん。」
「フン、じゃあな!」
言うだけ言って、茉希は保険室を後にする。真人は冷や汗をかいて固まっていた。
そのやり取りを後ろで見ていた翔子が、クスクスと笑いながら真人へ歩み寄る。後ろにはドラムの杏奈もいるようだ。
「真人、大丈夫そうね?」
「う、うん。迷惑かけてごめん。」
「昔からなの?」
「うん・・・。人前で何かやるのが苦手で、本当はクラスで教科書読むだけでも頭が真っ白なんだ・・・。」
「ああ・・・なるほどね。」
翔子は始業式の日の真人の自己紹介を思い出す。どうやら真人は救いようのない極度のあがり症のようである。
「やっぱり僕、軽音部なんて無理だよ。皆に迷惑しかかけてないし・・・。」
「それはどうかしらね? ね、杏奈?」
「え?」
俯いて弱音を吐きだした真人。翔子は離れて座っていたドラムの杏奈に問いかける。
杏奈は静々と立ち上がって、無言のまま真人の元へ歩み寄る。そしてベッドに手を掛け、前かがみになって真人の顔を覗き込んだ。
「ちょ! な・何!?」
「・・・よしよし。」
顔を赤らめて動揺する真人の頭を杏奈は優しく撫でだす。もう真人は気が気ではない。
「や、やめてよ、小さい子じゃないんだから!」
恥ずかしさのあまりジタバタと後ずさりして真人は杏奈から離れる。杏奈は無表情のままだが、心なしか残念そうだ。翔子はそれを見てケラケラと笑っていた。
「どうやら杏奈は真人のこと気に入ったようね。茉希もあれはあれであの子の愛情表現なんだから。」
「・・・君のギター好き。」
「だけど僕は・・・。」
何だか煮え切らない真人の態度に、翔子はいつものように得意げな顔で真人を指さす。
「そんなに簡単に辞められたら困るわ。だってあなたには私たちに曲を作って貰うんだから!」
「へ?」
「大丈夫よ、詞は私が書くから!」
「・・・安心。」
「ええー!?」
翔子と真人の波乱ずくめの二年生初ライブは幕を閉じた。こんな出来事でさえも、物語はまだ序章に過ぎないということを彼らに知る術はない。
そして真人の苦難はまだまだ続くのであった。
次はまだ未定ですが、なるべく早めに更新できるようにします。