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第四話 軽音部

少し間が空きましたが、第四話です。

 学校が始まって最初の土曜日、朝早めに起きた翔子はジーンズにミリタリージャケットというラフな格好で散歩に出る。

 朝の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んでご機嫌な翔子は、鼻歌を歌いながら通りを進む。何だか心地が良くて少し距離を歩いてみたくなり、郊外の里山へと足を運ぶ。

 歩くと大体30分くらいの自然公園は、町の人々の憩いの場である。とはいってもこの時間に人気はなく、聴こえてくるのは山の方から流れる小さな沢のせせらぎだけで、心落ち着く時を過ごさせてくれる。



 「んー! 気持ちいいな。」



 翔子は腕を大きく上げて深呼吸をする。

 思ってみれば、二年生になったばかりだというのに、通り魔の事件に巻き込まれたり、新しい友達は救急車で運ばれたりと色々慌ただしい。ちょっと自然にでも触れてリラックスしようと思っていたのだ。

 目を瞑って耳を澄ます翔子。穏やかな沢のせせらぎに交じって、何か別な音が聴こえてきた。



 「これメロディーよね?」



 不思議に思って、翔子は音が聴こえる方に歩みを進める。段々近づくにつれ、音は鮮明になっていく。自然に存在するはずのないその音は、どうやらギターの音のようだ。



 「こんなところでエレキギターって。でもきれいな曲・・・。」



 音の正体はアンプラグドで弾かれているエレキギターだった。そのメロディーは目の前に流れる沢の音に消え入りそうであったが、清らかで美しく、何だか心に染みわたってくる。

 そして翔子はついに音の発信源をつきとめる。小さな沢沿いの大きな岩の上に腰を掛け、ヘッドホンをしながらギターを弾く少年。どこかで見たような少しもっさりした頭に丸メガネ、これは紛れもない。



 「安藤君!?」

 


 ギターを弾いていたのは、先日通り魔の一件で病院まで付き添った安藤 真人だった。そういえば、ギターを弾けるなんて一言も聞いてない。いや、勝手に弾かないと決めつけてしまっていた。

 翔子は少し悪戯心が芽生え、まだ翔子の接近に気付いていない真人の背後にそっと忍び寄った。



 「わっ! こんなところで何やってんのよ!」

 「うわぁぁぁ!!」



 真人を脅かそうと、背後からいきなり両肩を叩く翔子。真人は驚き、大声をだして前につんのめった。



 「危ない!」



 とびっくりして沢に落ちそうになる真人を、翔子は慌てて抱き寄せた。



 「ごめん! びっくりさせ過ぎちゃったかな?」

 「た・・高岡さん? あの・・・。」

 「ん・・・?」

 「ち・・近い・・ていうか、くっついてるというか・・・。」



 翔子が真人を後ろから抱きしめている形になってしまっており、真人はいきなりのことに赤面して言葉が上手くでない。



 「大丈夫、大丈夫! 私そういうの気にしないから。」

 「い、いや・・・こっちは気にするし・・・。」



 あっけらかんとした翔子は、真人の言葉を受けてやっと体を離した。真人は恥ずかしくて翔子の顔が見られない。

 翔子にとっての関心は、そんなことよりもギターの方だ。



 「あなたギター上手いじゃない! なんで言ってくれないのよ!」

 「あ・・いや・・・聞かれてなかったし。」

 「まあいいわ、今の曲何かしら? ザ・ヴァーヴっぽいけど少し違う・・ライド・・ベルセバでもないし・・・。」

 「多分考えてもわからないかと・・・。」 

 


 真人の意味ありげな物言いに翔子はハッとする。翔子が聴いてわからない曲などよっぽどマニアックな曲かもしくは・・・。



 「ひょっとしてオリジナル!?」

 「う・・うん。一応。」

 「曲が書けるなんて凄いじゃない! しかもいい曲!」



 曲を作れない翔子にとって、真人の才能は無条件にリスペクトできた。翔子の素直な賛辞に真人は照れくさそうに喜ぶ。

 しかしこのことを翔子に知られてしまったことが、ある意味真人にとって命取りとなってしまう。



 「で、あなた部活は?」

 「いや、・・帰宅部だけど?」

 「じゃあ、月曜日から宜しくね。入部届け出しとくから。」

 「え? あの・・・高岡さん?」



 何だかトントン拍子に話を進めていく翔子に真人はついていけない。



 「それから! もう友達なんだから高岡さんは無し。翔子ね! 私も真人って呼ぶから。」

 「あ・・はい・・・いや、そういうことじゃなくてね。これって拒否権は・・・?」



 ロックが絡むと翔子は性格が変わる。何よりもロックが好きな翔子が、こんな才能を持ったギタリストを易々と手放すはずがない。

 翔子はにこにこと笑いながら真人を追い詰める。真人はそんな翔子に勝てる気がしなかった。



 「う~ん、何て言えばいいのかしら。まあとりあえず、一週間のうち8日は私に従いなさい。」

 「出た! ノエル・ギャラガーの名言!」



 こうして真人は、翔子の恫喝にも等しい勧誘に為す術もなく承諾させられ、自分には場違いと思っていた軽音部へ入部することになってしまったのだった。



 ★



 週明けの月曜日、いよいよ新一年生への本格的な部活動の勧誘が始まる。

 翔子の在籍する軽音部もその例外ではなかったが、あまり無条件に門戸を開いておくと楽器の全く弾けない生徒が押し寄せてしまう為、仕方なく入部にある条件を設けていた。



 “楽器が全くできない方はご遠慮下さい。”



 ロックは自由であるべきだと考える翔子にとっては、あまり好きではないルールであったが、場所や機材にも制限がある。その為軽音部の勧誘は至って控えめであった。

 新一年生でもない真人が翔子に引っ張られて、放課後の活気づいた軽音部の部室へやってきた。学校一の美女が連れてきたこの珍客に部員一同は注目する。



 「あ、この前の気絶眼鏡じゃん!」

 「・・・いじめられっ子。」



 既に顔を知っている茉希と杏奈は真人に反応する。まあ、散々な言われようだ。

 学校には初めて持ってきただろうギターケースを背負い緊張して縮こまる真人を尻目に、翔子はニコニコしながら大々的にこの冴えない少年を紹介する。



 「皆注目! 凄腕の新人を紹介するわ! さあ、真人!」

 「あ・・あの・・・安藤 真人です。」



 真人の人見知りは最高潮だ。自分とは全く違う十数人の煌びやかな軽音部員たちに囲まれて、前を直視できない。

 それでも翔子は、そんな真人などお構いなしである。



 「ギターの腕も凄いけど、真人は曲が作れるのよ!」

 (ちょっ! これ以上ハードル上げないで・・・。)



 翔子のこの紹介に、部員たちはざわつき始める。



 「へー、人は見かけによらねーな。」

 「・・・ギャップ萌え」



 既に真人のことを知っていた茉希や杏奈を筆頭に、真人への関心が高まり、ニンマリしながら部員を紹介しだす。



 「もう知ってるかと思うけど、まず私のバンドのメンバーを紹介するわ。こっちのツンツン頭がベースの樂本 茉希ね。」

 「あ・・宜しく。(なんか髪型とメイクはパンクだけど、ちっちゃくてかわいい子だな。)」



 小動物みたいで愛らしい茉希に、真人は張りつめていた気持ちを和らげ、笑顔で背の小さい彼女を見る。



 「ああん? なんだお前、ニヤニヤ見下ろしてんじゃねーよ。」

 「ええっ!?」



 茉希は歯をギリっとして真人を睨みつけた。

 それはケージ中にいる可愛らしいハツカネズミへ不用意に手を出し、指を噛まれてしまったような感覚だ。見た目はハツカネズミというよりはハリネズミだが。



 「いや、ごめん! そんなつもりじゃ・・・。(口悪! かわいくない・・・。)」

 「まあまあ、茉希は口悪いから気にしないで。こっちのぱっつんの子がドラムの岡井 杏奈ね。」

 「よ・・宜しくお願いします!」



 続いて杏奈を紹介された真人は、茉希での失敗を踏まえて丁重に挨拶をする。一方の杏奈は無言のまま顔を近づけて、真人の顔を覗き込むように見た。



 「あの・・・何か?」

 「・・・好きなの?」

 「へ・・?」



 主語のない杏奈の唐突な質問に戸惑う真人。彼女は微笑を浮かべる。



 「・・・好きなの?」

 「は・・はい!? す・す好きって・・え?(ダメだ、この子全然わからない! 苦手だ。)」

 「はいはい、杏奈は不思議ちゃんだから真に受けないでね。」



 混乱する真人に翔子がフォローを入れる。その後数人の女子部員を紹介してから、今度は男子部員の紹介となる。



 「で、あいつが二年生だけど部長の相葉 晴斗ね。見た目チャラいけど、いい奴だから。」

 「宜しく・・・。」

 「おいおい、見た目チャラいは余計だろ! 安藤っていったよな、宜しくな。」



 翔子の言う通り、少し長い髪をヤンチャに浮かせた見た目はチャラそうだが、背が高くて感じのいい爽やかな少年だ。軽音部に三年生はいない為、二年生になったばかりのこの相葉 晴斗が部長をしている。

 “高岡 翔子に一番近い男”と揶揄されることもある彼は、小学校からの同級生で、翔子にとって最も仲の良い男子であった。何より部員の中では群を抜いてイケメンであり、事実学校でも女子からの人気は抜群だ。

 晴斗は微笑みながら真人に握手を求めた。真人は慌てて服で手を拭いて握手を交わす。 

 その他の部員の紹介も終わり、晴斗が部長として、新入生の部活動紹介について話し始める。



 「今度の新入生部活動紹介だけど、軽音部がオープニングアクトやることになったぜ!」

 「本当に!? 最高のステージじゃない!」



 晴斗の言葉を聞いて、翔子は身を乗り出して興奮気味だ。

 部活紹介は新入生を体育館に集めて、主だった部活が自身の部の紹介をしていく絶好の自己主張の場である。



 「で、こういうのは実力と華やかさを考えて、翔子たちのバンドにやってもらうけど、いいよな?」

 「もちろん私たちがやるわ! 茉希と杏奈も問題ないでしょ?」



 晴斗からの提案に意気はやる翔子。二人も当然乗り気だ。



 「一年生の度肝を抜いてやろうぜ!」

 「・・・楽しみ。」



 何の問題もないようだが、新入生部活動紹介は明後日だ。明らかに時間がない。



 「でも晴斗、部活動紹介の話って何も言ってなかったよね?」

 「あっははは・・・。悪い、顧問の真鍋から何やるか考えておくように言われてたんだけど、忘れてたわ。」 

 「相変わらず抜けてるわね・・・。」



 翔子は苦笑いして溜息を吐く。どうも抜けたところがある晴斗だが、気のいい奴で憎めない。



 「まあいいわ。一発刺激的な奴をブチかましましょう! 今回はギターもう一人欲しいから、晴斗お願いね!」

 「ああ、わかった!」

 


 話題は完全に新入部員の真人のことから、新入生部活動紹介へと移ってしまっていた。

 盛り上がる部員たちを眺めながら立ち尽くす真人に、翔子は得意げな顔をする。



 「真人は初めてでしょ? 私たちライオット・シティー・ガールの二年生初ライブよ!」



 真人ははしゃぐ翔子たち軽音部員たちを新鮮そうに見つめる。がやがやと騒がしい軽音部の日常的な風景だ。



 「そういえば真人、顧問の真鍋は知ってる?」

 「うーんと、見たことあるくらいしか・・・。ちゃんと挨拶しないとね。」



 翔子は話題の蚊帳の外にならないよう真人に話しかける。真鍋は軽音部顧問の英語教師だ。



 「別に緊張しなくてもいいから。35歳独身のしがない中年グータラ教師だし。」

 「・・・ずいぶんな言いようだね。」

 「は!? 真鍋って独身だったの!?」



 晴斗が食いつく。真鍋の身辺に関しては、軽音部員でも詳しく知るものは少ない。

 茉希と杏奈も割と興味あり気である。



 「でもよ、この歳まで独身て何かあったのかな?」

 「・・・気になる。」

 「なーんにもなかったから、独身なんでしょ!」



 翔子は二人の問いかけにクスッと笑いながら答える。真人は真鍋の言われように同情すら覚えた。



 「おーい高岡、ずいぶんとクソ素晴らしい紹介ありがとな。」

 「あ、先生いたの?」



 その賑やかな部室に一人の男性教師が気怠そうに現れる。

 クタクタのスーツに無精髭、ぼさぼさ頭の何ともみすぼらしい教師。軽音部顧問の真鍋であった。

 翔子の失礼極まりない発言に対して、真鍋は不服そうに答える。


 

 「いたのじゃねーよ! 大体俺はまだ34歳だっつーの! ところでお前ら部活動紹介で何やるか決まったのか?」

 「あ、今決まったところよ。」

 「は? 今って、本番明後日だぞ?」

 「大丈ー夫! 誰が演奏すると思ってんのよ!」


 

 翔子と真鍋にとってこれはごく日常のやりとりだ。むしろ翔子はこの真鍋に教師として好感すら抱いている。要は売り言葉に買い言葉である。

 半ば呆れた真鍋の問いかけにも翔子はいつも通り自身満々だ。真鍋は溜息を吐いた。

 


 「高岡、お前だから心配なんだけどな。」

 「どういう意味よ!?」

 「頼むからあんまり問題起こすなよ・・・。」



 何とも覇気のないこの脱力教師に真人は緊張した面持ちで近づいていき、ぺこっと頭を下げた。



 「おお、お前安藤じゃねーか。」

 「先生、僕のこと知ってるんですか?」

 「まーな、まさかロックやってるとは思わなかったがな。」



 授業すら受けたことのない自分のことを知っていた真鍋に真人は驚き、何だか幸せな気持ちとなった。

 真人は嬉しくなって、真鍋に興味深げに問いかける。



 「先生は何か楽器やられるんですか!?」

 「あー、俺ロックとかよくわかんねーから。ははは。」

 「・・・。」



 こうして図らずも、真人は軽音部へ入部することとなった。

 それは真人にとって大きな波乱の幕開けであったのだが、それは次のお話しで。

次回はもう少し早めに更新します。

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