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第二話 弱虫ロック

第二話です。宜しくお願いします。

 4月というのは出会いの季節である。

 翔子らの通う県立岩巻高校でも、新入生が希望に胸を膨らませ、高校生としての新たな一歩を踏み出そうとしていた。

 そんな折、一人の新一年生が入学式の日を迎える。

 ヘアワックスとスプレーで細部まで丹念にセットした髪に少し剃り過ぎの眉毛。明らかに高校デビューを意識した少し痛い少年の名前は、吉良川 陸。高校生となった彼には、大きな野望があった。



 「とにかく何か目立つ部活に入って活躍してモテる! そしてかわいい彼女をつくって、更にモテる!」



 少年は異性の気を引く為に並々ならぬ決意をうちに秘め、それが既に明後日の方向に舵を取り始めてしまっていることに気付く由はなかった。

 そんな吉良川少年の前を横切る女子高生三人組。ギターケースを背負っているせいか、一際目を引く。

 先頭には端正な顔立ちに抜群のプロポーション、綺麗な長い髪を風に靡かせる少女。学校一の美女にして学校中の憧れの的、高岡 翔子だ。

 陸はその衝撃に脳天を滝に打たれたようであった。鞄を地面に落として、



 「メ・・メシアだ!」



 と目をパチクリさせてそっと呟いた。

 ただ茫然と陸はその場に立ち尽くし、この出会いに運命のそれを感じる。

 そして次の瞬間、彼の決意は固まったのであった。



 「・・・ロックの時代だ!」



 陸にはギターとベースの違いすらよく分かってはいなかったが、そんなことはどうでもよかった。愛する女性に近づく為に、ただそれだけの為に彼は軽音部に入ることを決心した。 

 ただ一つ言えるのは、この出会いは確実に一人の少年の運命を狂わせ、夢と希望に湧く高校生活の第一歩を大きく踏み外させたということだ。

 翔子に見惚れていた陸は、ふと視線を校舎の方に逸らすと、一人の男子生徒が三人くらいの柄の悪い男子生徒に絡まれている光景が目に映る。

 その男子生徒は校舎裏の方に無理やり連れていかれる様子だ。



 「・・・ああいうのには関わらないに限るぜ。そんなことより俺のメシアは・・・?」



 視線を翔子の方に戻そうとする陸であったが、既にそこには彼女らの姿はなかった。

 


 「え・・?」



 爽やかな朝の登校風景のその影で、校舎の裏は緊迫していた。

 ワイシャツの裾を出し、ズボンをパンツが見えるギリギリまで下した如何にもな感じの三人組の男子生徒たちは、一人の男子生徒に詰寄る。

 少しもっさりとしたおかっぱみたいな短髪にジョン・レノンみたいな丸眼鏡・・・。翔子と同じクラスの安藤 真人であった。

 柄の悪い三人組の一人が真人に向かって、



 「お前みたいのが生意気なんだよ!」



 と只ならぬ感じで恫喝する。

 怯える真人。メンタル面ももやしであれば、腕っぷしも弱い。新学期早々、朝から大ピンチであった。

 三人がじりじりと壁際の真人に詰寄っていく。

 こういう時、普通であれば腕っぷしの強い一匹狼的な転入生みたいのが助けにくるものなのだが・・・。



 「あなたたち、ずいぶん楽しそうじゃない。私たちも混ぜて貰えないかしら?」

 「あ? うるせー! 邪魔だからどっか行っ・・・!?」



 三人の不良たちが振返ると、そこには腕組みをして仁王立ちをする翔子たちの姿があった。

 慌てふためく不良たちを翔子は睨みつけ、更に問い詰める。



 「私の友達に何か用かしら? まさか手出そうってんじゃないわよね?」



 正に蛇に睨まれた蛙のように、三人の不良たちは、



 「滅相もありません! ただ彼と友達になりたいな~なんて・・・あはは・・では!」



 と言いながらそそくさとその場を逃げ出していく。

 無理もない。翔子を敵に回すということは、学校中の生徒を敵に回すのとほぼ同義であるのだから。

 そして翔子たちは、腰を抜かしてその場に座りこける真人の元へ歩み寄った。



 「大丈夫!? 安藤君?」

 「う・・うん・・。」



 情けない真人の姿に茉希と杏奈は呆れ顔である。



 「あいつらもあいつらだけど、女に助けてもらうなんて、情けねーな。」

 「・・・根性見せろ。」

 


 「まあまあ」と二人を宥める翔子だが、真人はゆっくりと立ち上がって、



 「ごめん、ありがとう・・でも大丈夫だから・・・。」



 とどこか余所余所しい態度でその場から歩き出した。

 翔子は真人のその態度に違和感を感じていた。



 「おかしいな、仲良くなれたと思ったんだけどな・・・。」

 「で、翔子、あいつ一体誰なんだ?」

 「・・・初対面。」



 ★



 教室での翔子と真人も、放課後の軽音部室で打ち解けた面影はそこになかった。

 あれから何日かはもう少し距離が近かったのだが。

 相変わらず、翔子の周囲には色々なクラスメイトが集まってくるが、真人の周囲は閑散としている。

 このクラスには翔子の他に、わざわざ真人に話しかけようとする者などいない。ただ一人を除いては。



 「安藤君! ちょっと先生にプリント持ってくるように頼まれたんだけど、一緒に手伝ってくれない?」

 「う・・うん、わかったよ。」



 真人に声を掛けたのは、委員長というあだ名がしっくりとくる眼鏡をかけたおさげの女子であった。

 彼女の名前は新渡戸 実希。正真正銘のクラス委員長である。



 (あの子、眼鏡を取ったら、かわいい系だ・・・。)



 その光景を見ながら、翔子はふとそんなことを考えていた。

 クラス委員の立場以上にそのやり取りは親密に見え、好奇心と共に少し嫉妬心が芽生えてくる。もちろん、それは男女のというよりは、友達としてのものだったのだが。

 その日の放課後、クラス委員の仕事で一人クラスに残っていた新渡戸 実希という少女に、翔子は初めて声を掛けてみた。



 「お疲れ様。一人で大変そうね。私も手伝おうか?」

 「高岡さん? ううん、もうすぐで終わるから大丈夫だよ。」



 実希はハッとした様子で翔子の方を振向くが、ニコッと笑うと丁重に翔子の申し出を断った。

 近くの席に座って、翔子は何気ない様子で更に実希へ問いかける。



 「安藤君とずいぶん仲いいのね? 付合い長いの?」

 「中学が一緒なだけだよ。安藤君てほっとくと孤立しちゃうから・・・。」



 丁寧に返答する実希に、翔子は感心してこう返答する。



 「新渡戸さんて、優しいのね。」

 「そんなことないよ、私にできることをしてるだけだもん。高岡さんももしよかったら、仲良くしてあげて。安藤君ロック大好きだから。」



 翔子は軽く溜息を吐いて、フッと笑って上を見た。



 「知ってるわ・・。だけど私とはあんまり仲良くはしたくないみたい。」



 真人の余所余所しい態度に、翔子は少し不安を感じていた。このまま友人として距離を詰めていっても、どんどん離れて行ってしまう気がしていたのだ。

 そんな翔子を見て、実希はクスッと笑い、



 「そんなことないよ。・・・ただ安藤君には高岡さんが眩し過ぎるんだと思うの。」



 と言って、翔子を励ました。

 この少女は見た目通り、イメージそのままのいい人だ。実希の柔らかな人間性に、少しもやっとした心を癒された翔子は、



 「ありがとう。また話しかけてみるわ。」



 とお礼をいうと、暫く何気ない会話をして、教室を後にする。

 クラス委員の仕事を終えた実希も翔子に別れを告げると、その後一人教室を後にした。

 翔子はいつものように、茉希や杏奈の待つ軽音部の部室へと向かう。

 


 (気晴らしに、何かすっきりするやつ一曲やろうかな。)



 そんなことを考えている矢先、部室に着いた翔子は、何やら物騒なことを耳にする。



 「やべーよ翔子! なんか刃物を持った通り魔がこの辺りに出たらしいぜ!」

 「・・・暴漢。」

 「え・・嘘?」



 茉希と杏奈の言葉に自分の耳を疑う翔子。部室内は男子も女子も、このショッキングな話題に騒然としていた。

 その直後、校内放送で、



 「学校付近に通り魔が発生した為、生徒は暫く校内に待機するように。」



 との放送が流れた。

 その放送を聞いて、翔子の顔は青ざめる。慌てて茉希と杏奈に、



 「ごめん! 私大事な用事思い出した!」



 と言って、部室の外へ走り出す。

 翔子のただ事でない様子を見た、茉希と杏奈は、



 「どーしたんだよ翔子!? 外に出たら危ねーって!」

 「・・・危険。」



 と翔子を止めようと後を追いかける。

 この時翔子の気に掛かっていたのは、教室で別れた実希のことであった。

 あの様子では、校内放送が流れる前に学校を出てしまっているであろうし、通り魔の存在を知っていたはずもない。状況からして一人で帰る様子であったし、翔子は本能的に彼女の身の危険を感じていた。

 


 「確か家は灰戸公園の方だっていってたな。何も無ければいいけど・・・。」



 灰戸公園は学校からそう遠くない。そのことも相まって、普段は学校帰りの岩高生たちの憩いの場であった。

 翔子たちは五分もしないうちに公園付近まで走り、到着する。 

 どんよりとした曇り空で、この時間にしては、少し薄暗くなってきていた。

 辺りを見回す翔子。特に変わった様子はないようだ。



 「ここら辺は大丈夫そうね。新渡戸さん無事に帰れたみたい・・・。」

 「はあ・・はあ・・、翔子何なんだよ!?」

 「・・・・・・疲れた。」



 いきなり部室を飛び出した翔子を、ここまで追いかけてきた茉希と杏奈は息を切らせながら、翔子を問質す。

 と、その時であった。



 「わぁぁ!!」



 という叫び声と共に、翔子たちと同じ高校の生徒と思しき男子が、公園の入り口で尻餅をついて後ずさりする姿が目に飛び込んだ。

 翔子たちは慌ててその男子生徒の元へと駆け寄る。



 「どうしたの!?」

 「(メ・・メシア?)あ・・あああ・・・あれ!」



 男子生徒は今朝翔子のことを見ていた吉良川 陸であった。もちろん翔子にはまだ面識はない。

 陸は翔子の登場に顔を赤らめるも、目の前の事態に、声を震わせながら公園の中の方を指さす。

 数十メートル先には、普段は鳩が歩き回る長閑な公園に不相応な、ぼさぼさの髪に無精髭を生やし、包丁を振りかざす男が。おそらくあれが通り魔だ。

 そしてその通り魔の男の視線の先には、泣き叫ぶ小さな男の子と、座ってその子を庇おうとする如何にも真面目そうな眼鏡をかけた少女の姿が。 



 「新渡戸さん!?」

 「やべーぞ! 早く警察呼ばねーと!」

 「・・・通報。」



 戦慄する翔子たち。通り魔の男は、



 「ぐぎ・ぎぎゃ・・ぐぎゃ!」



 と言葉にならない奇声を発して、実希と男の子に今のも襲い掛かりそうだ。

 緊迫した状況に誰も身動きが取れない中、翔子たちの後ろから誰かが実希と男の子の方へ駆け出して行くのを見た。


 

 「翔子! あいつ!?」

 「・・・いじめられっ子。」

 「嘘!?」



 翔子たちはその光景に我が目を疑う。

 怯える実希と泣きじゃくる男の子の元へ駆け寄り、通り魔の方を向いて両手を広げたのは、真人であった。

 戸惑う茉希と杏奈、そして陸。しかし翔子だけは、一呼吸おくと、ニヤリと笑い、



 「何だかんだ言っても、男の子じゃない・・。」



 と真人の悲痛な表情を見て呟いた。

 どれほどの覚悟、どれほどの勇気なのだろうか。あの臆病な少年が、健気に少女と子供を守る為に飛出したことに翔子は感銘を受け、何だかどこか懐かしい気持ちになった。。



 「あー! マジやべー! 警察ってどうやって呼ぶんだっけ!?」

 「・・・110番か119番?」

 「ダメよ、間に合わないわ!」



 通り魔の男がいよいよ目の前の真人たちに襲いかかろうと、包丁を大きく振り上げ、一歩踏み出した瞬間であった。



 「翔子待てよ! おい!」

 「メシアが!」



 茉希の静止も聞かず、翔子は全速力で公園の中へと駆け出した。

 通り魔に向かって凄い勢いでダッシュする翔子に、男の子を抱きかかえる実希が気付いて、



 「高岡さん! 来ちゃダメ!」



 と大声で呼びかけるが、既に通り魔は翔子の数メートル目前であった。

 一斉に鳩が羽ばたく音を聴き、通り魔の男がやっと翔子の接近に気付いて、



 「ぐぎゃー!!」



 と奇声を上げて振り返るが、もう遅かった。

 次の瞬間、翔子は腕を大きく振り上げると、そのしなやかな体は、空に羽ばたく鳥のように高く跳ね上がった。



 「翔子が飛んだ!?」

 「・・・翔子だけに?」

 「メシア!? み・・・水色だ!」



 通り魔の男の背丈ほども跳び上がった翔子の姿に、流石の通り魔も動転し、反撃する間もなく、翔子の膝が顔面に激突する。



 「ぎ・・・ぐ・・・ゃ・・・。」



 鮮やかに着地する翔子。彼女のジャンピング・ニー・アタックに、通り魔の男は持っていた包丁を落とし、か細い声を上げてその場へフラフラと倒れ込んだ。

 それを見て、慌てて翔子の元へ駆け寄る茉希、杏奈、そして陸。



 「だ、大丈夫か翔子!? てか、死んでねーか、こいつ?」

 「・・・通り魔殺し。」

 「メ・メシア、恐!」

 「殺してないわよ! のびてるだけ。顎に入れたから、軽い脳震盪ね。」



 とりあえず通り魔を倒した翔子は、深呼吸して真人と実希の方を向く。

 そこには仰向けに倒れた真人と、その傍らで心配そうに寄り添う実希の姿があった。



 「ち、ちょっと新渡戸さん! 安藤君どうしたの!?」

 「急に倒れ込んだの・・。多分驚いて気を失っただけだと思うけど・・・。」

 「そ・そう・・・。でも救急車よばないとね。」



 翔子は安心して胸を撫でおろす。

 茉希と杏奈は気絶している真人の前で座り込むと、興味深そうに見つめた。



 「本当にお寝んねしてやがるぜ。全く、カッコつけるなら最後までやれよな・・・。ま、それでもちょっと見直したけどな。」

 「・・・努力点。」



 二人は笑みを浮かべ、実希も目を潤ませながら、



 「高岡さん、安藤君も・・・本当にありがとう。」



 と翔子に礼を告げる。

 そんな折、ようやく警察官が公園に到着し、倒れている通り魔の身柄を確保する。

 警察官に押さえられ、フラフラと連行されていく通り魔。こうして狂気を絵に描いたように凶悪そうな通り魔は、何の見せ場もなく駆けつけた警察官にあえなく御用となった。



 「君たち、大丈夫だったかい? それにしても、誰がこの男を倒したんだい?」



 警察官の問いかけに、皆が翔子の方を向くが、翔子は気まずそうな顔をし、たまたま隣に立っていた陸の肩に手をやった。

 陸はいきなり翔子に触れられ、ドキッとする。



 「彼がやりました! 物凄い正拳突きで一撃ノックアウトです!」

 「えー!?」



 もし本当のことを話せば、翔子は一躍ヒーローかもしれないが、これ以上変に目立ちたくもなければ、警察の事情聴取も面倒だ。

 翔子の荒唐無稽な言動に周りは顔を見合わせ、当の陸は右往左往して、翔子の顔を見る。

 翔子は小声で、



 「ごめん! お願い!」



 と囁き、小さく微笑んだ。

 陸は最初、翔子の真意が理解できなかったが、彼は彼なりの論理をフル回転させ、結論を導き出す。



 (メシアは何で自分の手柄を俺に・・・? つまり俺の顔を立ててくれたってことで・・・。ということは・・・メシアは俺に気がある!?)



 翔子の思惑は、大いなる誤解をはらみながらも実現し、ここに勘違いヒーローを生み出すことになった。



 「いやー! 子供と女の子が危なかったんで、もう必死でした・・あはは。」



 目を泳がせながら、必死にその場を繕う陸。翔子以外の女性陣は呆れ顔だ。

 そして彼女らの関心は、警察官へ得意気に嘘八百を並べる陸から、未だ気絶したままの真人に向かうのであった。



 ★



 よどむ景色、朦朧とする意識の中で、真人はどこからともなく流れてくるメロディーを耳にする。それは儚げで美しく、そしてどこか懐かしかった。 

 おぼろげなメロディーはやがてはっきりとした歌となって真人を目覚めさせる。

 見慣れない照明に、あまり好きではない薬っぽい臭い、そして柔らかで心地よい小さな歌声。

 目覚めた真人はベッドに横たわっていて、その傍らには座って窓の外を見ながら、囁くように口ずさむ翔子がいた。



 「・・・ルー・リード・・・『パーフェクト・デイ』・・・。」

 「あ!? 安藤君、起きたの!?」



 真人はゆっくり起き上がると、状況が分からず、辺りをキョロキョロと見回す。



 「僕は一体? ここは?」

 「もう、公園で倒れてから全然起きないから、救急車呼んで、大変だったんだから! 命に別状はないみたいだけど、大丈夫なの?」

 


 ホッとした表情で身を乗り出す翔子。真人は自分が病院に運ばれたことを知り、同時に公園での出来事を思い出した。



 「に、新渡戸さんは・・・あの男の子は!?」

 「大丈夫よ。通り魔は逮捕されたし、男の子もお母さんと家に帰ったわ。新渡戸さんは警察の事情聴取に残ってくれたの。」

 「良かった・・・。」



 翔子はにっこりと笑って、ことの顛末を説明し、皆の無事を告げる。真人は表情を和らげた。

 真人が救急車で病院に搬送される際、実希が警察の事情聴取を受けていた為、真人のクラスメイトとして翔子が同乗することとなった。

 とは言ったものの、真人と知り合ったばかりの翔子には、救急隊に質問されても分からないことだらけであったのだが。



 「病院の人呼んで来るね。もうすぐご両親も来るみたいだから。」

 「・・・あの歌・・・ルー・リードの『パーフェクト・デイ』だよね?」

 「やだ、聴こえてたの!? ごめんなさい、不謹慎よね。」



 無意識に口ずさんでいた歌を真人に指摘されて、翔子は少し気まずそうな表情を見せる。

 真人は感慨深そうに前を見つめて、哀愁に浸る。



 「本当にキレイな曲だよね・・・。僕も大好きなんだ。」



 翔子は再びにっこりと笑って、真人の呟きに返答する。



 「昔ね、この曲を歌ってくれた人がいたの。」

 「おじいちゃん?」

 「違うわ。何か変わった男の子で私と同じくらいだと思ったけど、昔過ぎてどこの誰だったか覚えてない・・・。ただ、他の子たちにいじめられてた私を助けてくれて、私にロックを教えてくれたの。」

 「まるでヒーローみたいだね・・・。」

 「そうね、あの頃の私にとってはヒーローだったわ。」



 それは翔子がまだ小学校にあがったばかりの、淡くて優しい遠い日の思い出であった。

 その男の子はいつの間にか翔子の前からいなくなってしまっていたが、その出会いは翔子がロックに目覚めるきっかけとなり、彼が奏でた曲は翔子の心に強く刻まれていた。



 「不安な時とか元気のない時に歌うと、なんか落ち着くの・・・。だからつい無意識で歌っちゃって。」



 下を向いて少し照れくさそうな顔をする翔子に、真人は彼女が普段見せない意外な一面を知る。

 そんな翔子を見て、真人はクスっと笑う。それに気付いて翔子は少しムッとし、思い出したかのように詰め寄る。



 「そういえば、ここんとこ私のこと避けてたでしょ?」

 「え!? えーと・・・そんなことないよ・・多分。」



 明らかに狼狽する真人。翔子は顔を近づけて更に問い詰める。



 「嘘よ! 教室で声掛けてもそっけないし、新渡戸さんとかと話す時と全然違うんだもん。軽くショックなんだけど。」

 「いいや・・・それは・・。」

 「私のことそんなに嫌いかしら? せっかくロック好きの友達ができたと思ったのに・・・。」



 翔子は自分の思っていたことを洗いざらい話す。竹を割ったような翔子の性格が、真人には清々しかった。

 真人は気まずい表情で白状する。



 「だって君みたいな人が、僕みたいな奴と友達だったら迷惑なんじゃ・・・。」

 「は? 何言ってるの?」

 「今朝の人たちだって、“お前が高岡さんと仲良くするなんて生意気だ! 立場をわきまえろ!”って・・・。」



 真人の返答に翔子はイラッとする。しかしそれと同時に、真人が翔子のことを、別に嫌っていたわけではないことに内心ホッとしていた。



 「もう、そんなくだらないこと考えてたの!? なんであんなクソヤローたちに、私が誰と仲良くするかを決められなきゃいけないのよ!」

 「う・・うん・・・。」



 翔子も真人も、今で言うスクール・カーストと呼ばれる世界の中で生きている。そのヒエラルキーの頂点にいる翔子と、おそらく下層にいるであろう真人の関係は、既に歪を生んでいたのだ。

 キッと真人を睨みながら、翔子は、



 「ノエルが言ってたでしょ! あなたはどこへだって行けるの!」



 と、オアシスの『ホワット・エヴァ―』を持ち出し、真人に喝を入れる。



 「でも、もしそんなしがらみが本当にあるんなら・・・。」



 不意に翔子は、俯く真人の胸を目がけて右の拳を突き出した。

 もろに拳が胸に入り、真人は、



 「ううっ・・!」



 と嗚咽を出す。

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする真人を見て、翔子はにっこりと笑う。



 「そんなのぶっ壊せるのが、ロックじゃない!」



 それを聞いて、真人は下を向き、お腹を抱えて笑い出した。

 翔子は赤い顔をして問質す。



 「ちょっと、何がおかしいのよ?」

 「あはは・・・ごめん、だけど君は口を開けば、ロックのことばかりだ・・・。」

 「仕方ないでしょ! ロック馬鹿なんだから!」



 翔子と真人は、声を上げて笑った。

 すれ違っていた二人の心を、ロックは再び溶け合わせる。

 翔子は恋愛感情とは少し違う、例えるなら感動する曲に出会った時の様な何とも言えない高揚感を感じていた。ロックが結び付けた、頼りなくて危なっかしい、弱虫だが勇気を秘めたこの少年に。

次回は1週間程度で更新予定です。

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