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第十一話 ロックスターへの道

ここへ来て、話は大きく動き出します。

 真人に作って貰った曲の作詞の為、翔子は軽音部顧問であり、海外生活の経験もある英語教師、真鍋の元へ足繁く通っていた。

 翔子は教師などあまり好きではなかったが、この真鍋だけは気兼ねなく話ができる大人として信頼を寄せていたのだ。

 そして紫陽花が色づき始めた5月も終わり頃、翔子はその時を迎える。



 「やったー! ついに完成!」

 「だー! うるせーな! どこだと思ってんだ?」



 教師の待機所も兼ねている英語科準備室で作詞に打ち込んでいた翔子は、その完成に両手を上げて歓喜し、驚いた真鍋が文句を言う。



 「先生のおかげよ! 私が書いたとは思えないくらい凄い詞が書けた!」



 翔子ははしゃぎ過ぎて、座っている真鍋の背中に抱き着き、完成した詞を見せようとする。



 「わー! うっとおしいな!」

 「先生も見てよ! この詞最高じゃない!」

 「俺が見ながら作ったんだから、知ってるっつーの!」

 「だけど見てよ~!」



 真鍋は翔子を振り払うと、「シッシッ!」と手を振る。翔子は真鍋のそっけない態度に頬を膨らませるが。



 「まーな、ロックとかよくわかんねーが、お前らしさがシンプルに伝わってくるいい詞なんじゃねーの?」

 「でしょ~! 早く真人にも見せよーっと!」



 褒められてニンマリしながら、部屋を出ようとする翔子に真鍋は忠告する。



 「ったく、英語の勉強の方もそれだけ熱心にやれっつーの! 進路とかも考えてんのか?」

 「善処するわ! 私、先生が顧問で良かった。ありがと!」



 喜び勇んで英語科準備室を飛び出していく今の翔子にとって、「廊下を走ってはいけない」などというのは最早都市伝説でしかない。

 放課後の生徒が疎らな廊下を、颯爽と駆け抜けて行く翔子に見惚れる男子生徒と一部の女子生徒。教師の口からは罵声が飛ぶ。

 そんなことは全く意に介さず、廊下を一気に走り抜けた翔子は、部室の近くでばったり真人と鉢合わせる。



 「ま~こ~と君! 会いたかったわ!」

 「うわ! 何、高岡さん? キャラがおかしいよ・・。」



 困惑する真人の腕をギュッと握りしめると、翔子は急ぎ部室へと入っていく。

 放課後の部室はいつものように賑わっていて、翔子は更にテンションを上げる。



 「みんな~、お~疲れ!」

 「なんだ、翔子? やけにハイテンションだな?」

 「・・・酔っ払いみたい。」



 異様なテンションに少し唖然とする茉希と杏奈。男性陣は別のことが気になるようだ。



 「なあ翔子、安藤と腕なんか組んじまって、お前らそういう関係だったっけ?」

 「め、メシア!? まさか安藤先輩と!?」

 「い・・いやぁ、ぼ・・僕は廊下で急に絡まれて・・あの☆△◇×!」



 晴斗は冷静を装いながらも気が気でない様子で、陸に限ってはあからさまにショックを受けている。

 当の真人は、訳もわかなぬまま部室まで引っ張って来られて、顔を真っ赤にして言葉を濁らせた。



 「そんなことどーだっていいのよ! 私と真人が作った曲が完成したんだから!」

 「え? 本当に!?」



 ここまで来て、真人は事の真相を理解する。そして無邪気に得意げな顔をする翔子を見て、真人はゆっくりと微笑んだ。



 「で、どーなんだよ? 聴かせろよ翔子!」

 「・・・気になる。」

 「待ってて、今デモを聴かせてあげるから!」



 皆が注目する中、翔子はウキウキしながらギターの準備をする。

 いつものように、祖父の形見であるレスポール・カスタムを首からかけ、シールドをアンプに差し込む。アンプに電源を入れると、「ブーン」とノイズが走る。翔子は簡単に音の調整をして、皆が良く見えるようにギターを構えた。

 「ジャーン」と大きなストローク音が部室に走り、翔子は口を開いた。



 「曲名は、“ウィー・コールド・イット・ア・マジック”よ!」



 皆にそう告げた翔子は、ゆっくりと繊細にギターを弾き始める。

 真人が作ったその曲は、山深い小さな沢のように穏やかでありながら、生命の持つ力強さを内に秘めていた。そのメロディーは心の内側を躍動させるような、皆初めての感覚だった。

 そして翔子は、この曲に生命の息吹を与える。翔子の柔らかく温かい歌声が、メロディーを通じて皆の心を満たしていくようであった。

 


 「僕の曲がこんな風になるなんて・・・凄く温かい。」

 「何だこれ・・いつまでも聴いてたい。」

 「・・・気持ちいい。」

 「やっぱりお前は、大した奴だな・・・翔子。」

 「流石俺のメシア。」



 それは、半径5メートルにも満たない空間に広がった不思議な一体感。ギターの音色と翔子の歌声がそこに溶け込み、皆をどこか思い出の彼方へ誘って、やがて静かに終りを迎える。

 演奏を終えた翔子は、ゆっくりと顔を上げて皆の反応を求める。しかし皆固まったままで拍手すらしない。



 「あの・・・あんまりだったかな・・?」



 気まずい雰囲気に、翔子は唇を噛みしめた。と、次の瞬間。



 「すげーよ! 翔子一体どうやってこんな曲書いたんだよ!?」

 「・・・たまげた。」

 「いい曲だったぜ! 翔子!」

 「うおー! メシア!!」



 翔子自身かなりの自信作とは思っていたが、皆の予想以上の反応に少し気恥ずかしくなって真人の方を見た。



 「あ、皆ありがと! だけど元々真人が作ってくれた曲だから、真人が凄いの!」

 「そんなことないよ。僕は種を植えただけなんだ。この曲をこんな風に芽吹かせたのは、君の力だよ。本当に素晴らしかった。」

 「も、もう、何かっこつけてんのよ!」



 真人の素直な賛辞に、翔子は下を向いてはにかむ。

 しかしそれは、紛うことなく真人と翔子、この二人が作り上げた美しき名曲であった。

 


 ★



 皆の高評価を受けて、翔子はご満悦のまま一人帰路に就いていた。翔子の鼻歌が晴れ渡った夕暮れの空に消えていく。

 決して大したことではない。ただ何とも言えない充足感に、翔子は浸っていた。

 いつも通る川辺を抜けて、翔子は街中へと入っていく。見慣れた景色、通り過ぎ行く人々。この時の翔子には全てが美しく映っていた。

 そして翔子は、先日オープニングアクトで演奏したライブハウスへと着く。

 何でも、こないだの演奏を気に入ってくれたみたいで、翔子に良い話があるとのことだ。



 「あ、ライオット・シティー・ガールの高岡さんだよね? 君に会いたいって人が来てるんだ。」



 ライブハウスのスタッフが、店に入ってきた翔子に気付いて呼び止める。



 「え? 私に?」



 不思議そうな顔をしてスタッフの顔を伺う翔子。何やら店の奥の方から人を呼んでいるみたいだ。



 「はじめまして。君が高岡 翔子さんだね?」

 「あ、はい。どちら様ですか?」

 「僕はエレファント・ストーン・ミュージックの水谷っていうんだけど、君に会いたかったんだ。」

 「エレファントって、確か大手のレコード会社さんですよね?」



 ラフなジャケパンにノーネクタイのブルーのシャツ。いかにもやり手という感じのその男は水谷と名乗った。

 エレファント・ストーン・ミュージックは言わずと知れた日本のメジャー・レーベルで、数多くのアーティストが在籍している。



 「いきなりで申し訳ないんだけど、君はプロになりたくないかい?」

 「プロですか?」

 「この前のステージを見て、ビビッときたんだ。君ならきっと、今の音楽業界にはいないようなスターになれる!」



 翔子は突然のことに目を丸くした。もちろん彼女にとって、ロックスターになるのは小さな頃からの夢である。だが、まだ彼女にとってその夢は遥か遠くの道の先で、実感が湧かない。



 「あの、すみません。凄いありがたいお話だと思うんですけど、メンバーとかにも相談してみないと・・・。」

 「ああ、ごめんごめん、この話は君だけになんだ。」

 「私一人だけですか?」

 「うん。今のバンドはできなくなってしまうけど、君にとって悪い話ではないはずだ。すぐにじゃなくていいから、考えておいてくれないかな?」



 視線を彷徨わせながら、翔子は水谷の差出した名刺を受け取る。

 考えの定まらないまま、逃げるようにライブハウスを出た翔子は、自宅へと向かって歩き出した。

 暗闇の中を俯きながら進む翔子を照らす、街灯の薄明り。さっきまでの晴々とした気持ちが嘘のようだ。



 「・・どうしたらいいんだろう?」



 物憂げに歩みを進める翔子の前に大きな人影が映った。気配に気付いて、彼女は顔を上げる。



 「いくらお前でも、夜道を女が一人で歩くのは関心しないな。」

 「き・・君、佐々木君?」



 翔子の前に立ち塞がったのは、先日川辺で会った佐々木 蒼太であった。相変わらず、その外見は高校生離れしていてプロの格闘家のようだ。



 「浮かない顔をしてるな。なんかあったのか?」

 「うん、ちょっとね。でも大したことじゃないから、大丈夫よ!」

 「そうか、喧嘩以外じゃあんまり力にはなれないが、何かあれば言ってくれ。」

 「見た目は変わっちゃたけど、やっぱりあなたは優しいわ。ありがと、佐々木君! またね!」



 翔子は蒼太に微笑みかけると、手を振って別れを告げる。足を速める翔子を見ながら、蒼汰は口元を緩めた。



 「ホントに、ぞっこんですな~♪」



 翔子が去ると、立ち尽くす蒼太の背後の暗闇から気に障るような女の声が聞こえてくる。

 60年代のヒッピーを彷彿とさせる外見のその少女は、疑う余地もなく、生きるサマーオブラブこと矢須 汐里だ。



 「お前は本当に神出鬼没だな。一体何が目的なんだ?」

 「言ったでしょ? あたしは美しいものをみたいだけなんだって。その為なら、どこへでも行ってやるわ♪」



 いつものように飄々とした汐里を、少し面倒そうに見下ろす蒼太。彼女は更に突っ込んだ問いかけをしてくる。



 「あなたこそ、本当は翔子の傍に行きたくて行きたくて仕方がないんでしょ? 彼に遠慮でもしているのかしら?」

 「まさかあいつらにあんな因縁があったとはな。俺に入り込む余地なんてねーよ。」

 「あなた、彼のことも大好きだものね♪ でも、あなたも難しく考えすぎ。もっと人生楽しまないと♪」

 「そんな風に生きられたら、こんなんなっちゃいねーよ・・・。」



 夜空を見上げながら、蒼太は徐に歩き出す。そんな彼の大きな後姿を眺めて、汐里は不敵な笑みを浮かべた。



 「・・でも、あなたのその不器用な生き方、美しくて好きよ♪」



 ★



 翌日、翔子は何だかもやもやした気持ちで一日を過ごし、今日も賑やかな部室へと入って行った。

 翔子の浮かない顔に気付いた茉希と杏奈が早速声を掛ける。



 「何だよ翔子? 昨日はあんなにご機嫌だったのに、また何かあったのかよ?」

 「・・・便秘か?」

 「違うわよ! 実は・・・。」



 翔子は二人に申し訳ないと思いながらも、昨日のライブハウスであった話の顛末を伝える。



 「ふざけんな! どういうことだよ!?」

 「・・・馬鹿翔子。」

 「ご、ごめんなさい! だ、大丈夫・・私断るつもりだから!」



 二人の剣幕に圧倒される翔子。そうだ、翔子は仲間を裏切ることなんて絶対にできない。



 「ちげーよ! なんで断んだよ! ロックスターになるのは、お前の夢だっただろ!?」

 「・・・翔子の夢を叶えるべき。」

 「でも・・・。」

 「こんなチャンスもうあるかわかんないんだぜ!? うちらのことを理由に断んなら、絶対納得しねーからな!」

 「・・・翔子の夢は私たちの夢。」



 二人の思わぬ後押しに少したじろぐ翔子であったが、結果的に迷いの大部分は解決された。



 「ありがとう。茉希、杏奈! まだ実感湧かないけど、今度話を聞いてみようと思う!」



 翔子の前向きな発言に表情を和らげる茉希と杏奈。こうでも言わないと、翔子は絶対に踏み切れないということを二人は知っていた。

 もちろん二人にしてみても、翔子とバンドができなくなって平気な訳がない。ただそれ以上に翔子という存在は、彼女たちにとって憧れであり、希望であったのだ。



 「何だよ何だよ? 俺にも教えてくれよ! 翔子プロになるのかよ?」

 「まだ決まってないわよ!」



 晴斗が少し茶化した感じで話へ割り込んでくる。翔子は面倒くさそうに晴斗の顔を手で遠ざけた。

 そして晴斗の横には、少し寂しげに微笑む真人が立っていた。



 「・・高岡さん、おめでとう。君はいつかそうなる人なんだと思ってた。」

 「話が早いわよ! まだ私、何にもなってないから!」

 「君と一緒に曲が作れて、・・楽しかったよ。」



 真人の別れを思わせる言葉に、翔子は目頭が熱くなるのを感じた。その瞳からはじわりじわりと涙が溢れ出てくる。



 「ああ! 安藤が翔子を泣かしやがった!」

 「・・・先生に言ってやろう。」

 「ちょ! 僕のせい!?」

 「もう・・・な、泣いてないわよ!」



 涙を拭った翔子の前に示された道。翔子は大切な仲間と離れ、期待と不安が入り混じったその道を進むことを選んだ。

 そして翔子のその選択は、少女と仮面の少年を再びステージの上へと引き合わせる。

そして話は大詰めへと向かいます。

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