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第一話 彼女のレスポール

 ほぼ一年ぶりの投稿です。

前作「THE TIN SOLDIERS~おもちゃの兵隊とロックンロール~」

https://ncode.syosetu.com/n7630ct/

のスピンオフですが、ちょっと違うテイストになっていると思います。独立した話なので、こちらだけで読んで頂いても問題ありません。

 よろしくお願いします。

 「高校生の春休みなんてものは、3コードのロックソングに匹敵するくらい短い。」



 そんな皮肉めいたことを考えながら、一人の少女が新緑の色づき始めた朝の通りを、颯爽と走り抜ける。

 長く綺麗な髪を風に靡かせ、街を走る少女にすれ違う人々は目を奪われる。

 シュッとした端正な顔立ちにモデルのようなすらりと伸びた手足。高校生離れしたその美人には、あまり似つかわしくないギターのハードケースを背負い、普通の女子高生であればファンシーなぬいぐるみやキーホルダーの付いているであろうスクールバッグには、大好きなロックバンドのステッカーや缶バッジ。

 自他ともに認めるロック女子であった高岡 翔子、高校2年生16歳の春である。



 「少しやばいかな、近道しよ!」



 と言いながら翔子は得意気に笑い、通りの公園へと方向を変えて入っていく。

 ジャングルジムやブランコを横目に見ながら、公園の奥にあるフェンスに駆け寄ると、近くにある木を蹴って、自分の背丈よりも高いフェンスの縁に手を掛ける。

 春の日差しに照らされた少女の美しいシルエットが、鮮やかに宙を舞った。



 「・・・ん!?」



 フェンスの反対側へ着地する瞬間、翔子は人影が目に入り、体勢を崩す。

 何とか空中でバランスを立て直そうとするが、背負っていたギターケースをフェンスに引っ掛けてしまい、背中に良くない感触を覚えた。

 フェンスの向こう側に辛うじて着地し、間もなく異変に気付く。彼女が背負っていたギターケースはぱっくりと口を開いていたのだ。

 どうやら朝急いでいて、ちゃんと蓋がロックされていなかったようだ。

 


 「やばい! 私のギターは!?」



 翔子は冷や汗をかいて辺りを見回した。



 「・・・え!?」



 青ざめる翔子の視線の先には、うつ伏せになって倒れ込む少年と思しき姿があった。

 倒れ込むその者の伸ばす手の先には、黒のエレキギター。紛れもなく翔子のギターである。



 「・・・ううう。」

 「ちょっと、あなた大丈夫!?」



 慌てる翔子を背に、キャッチしたギターを大事そうに抱えてゆっくりと立ち上がったのは、翔子と同年代であろう少年だった。

 女子としては高めな翔子より若干高い位の背丈で、クセ毛で少しもっさりとしたおかっぱみたいな頭にジョン・レノンみたいな丸眼鏡。風変わりであるが、大人しそうな男子だ。



 「あ、ありがと。ギターを守ってくれたのね。ていうかその制服? うちの学校?」



 その少年は微笑んでゆっくりと翔子の元へ歩み寄る。

 濃い緑のブレザーにチェックのズボンは、翔子の通う高校の制服であった。



 「あ、危ないところでした。・・・ビンテージのレスポール・カスタム・・・とてもいいギターですね。」

 「あなた、ギター分かるの!?」



 少年は翔子のギターをまじまじと見て、目を輝かせている。意外な反応に翔子は身を乗り出す。

 ある程度エレキギターを知るものでなければ、そんな言葉は出てこない。翔子は少年に興味を示し、強張った表情を和らげる。



 「そうでしょそうでしょ! いいギターでしょ!?」

 「え、ええ・・・。」



 ギターを褒められて嬉しそうに意気込む翔子に圧倒され、少年は苦笑いしてたじろいだ。

 その少年に興味を持った翔子だが、学校に遅れそうなのを思い出し、慌ててギターを受け取り、ケースにしまう。



 「やば! ごめん、ありがとね! あなたも急がないと遅刻するわよ!」



 翔子は再びギターケースを背負うと、その少年に走りながら手を振る。

 少年は翔子の勢いに圧倒されながらも、手を軽く振りかえしてはにかんだ笑顔を見せたようだった。

 少年に別れを告げて、再び走り出した翔子は川辺の巻き道を学校へと向かう。

 翔子は重いギターケースを苦にもせずに風を切る。体力的にも彼女は女子高生離れしていた。思ったより余裕の到着だ。

 軽く汗ばんだ翔子に、



 「あ、翔子!」



 と聴き慣れた声が掛かる。目をやる先には、二人組の女生徒の姿があった。

 小さな背格好とは対照的なスパイキーなショートヘアに、きつめなアイシャドウのパンク少女と、それよりも若干高い背丈にパッツン前髪のロングヘア。こちらも個性的なメイクのメタル系女子高生だ。

 明らかに異彩を放つ彼女たちは、翔子の所属する軽音部のバンドメンバー、パンク好きなベースの樂本 茉希とメタルをこよなく愛するドラムスの岡井 杏奈だ。



 「二人ともおはよ! あっという間にもう2年生だね。」

 「たく、春休みってはえーよな。こないだ終業式終わったばかりだってのに! な、杏奈?」

 「・・・同感。」



 翔子が親し気に挨拶をすると、茉希は気怠そうに杏奈に同意を求めた。相変わらず口の悪い茉希に、クールで無口な杏奈はそっと返答する。

 春休みであったと言っても、バンドの練習の為、頻繁に会っている彼女たちに久しぶりといったいった感じはなかった。

 三人はいつものように翔子を先頭に校門をくぐる。校庭の桜の花は満開を迎えており、楽し気に校舎へ向かう生徒たちの登校風景を舞い散る花びらが彩る。

 翔子たちが校門に入ると、他の生徒たちは歩みを止め、彼女たちに注目した。



 「女子軽音部だ。相変わらず凄いオーラだな!」

 「先頭のが高岡 翔子だろ? めちゃくちゃいい女だよな。」

 「俺は断然樂本さんだ。あのかわいい顔で罵倒されてみたい。」

 「岡井さんもミステリアスで素敵よね。」

 「翔子様、今日も凛々しくてお美しいわ!」

 「同じ女子なのに見惚れちゃう!」



 通り過ぎる翔子たちを見て、周囲の生徒たちから羨望の声が沸く。

 彼女たち三人は、軽音部のスターバンドである。中でもギター・ボーカルの翔子はその美しさと相まって、男女を問わず学校中の憧れの的であった。



 「いつもうるせーな! うちらが通るだけで周りでごちゃごちゃ・・・。」

 「まあ、バンドが注目されるんなら悪い話じゃないでしょ。」



 騒がしい周囲に悪態をつく茉希を、翔子が微笑みながら窘める。

 そんな賑やかな朝の生徒たちの進む先には、歓迎されない極悪な番人が立ち塞がっていた。

 一体どこで買ってきたかわからないレトロなジャージにサンダル履き、型で取ったような角刈りで強面の男性教師が竹刀を片手に仁王立ちしている。



 「うっわ、最悪! 生活指導の石川じゃん! うちあいつ超嫌いなんだけど!」

 「・・・生理的に無理。」



 時代錯誤も甚だしい生活指導教員の登場に茉希と杏奈は露骨に嫌な顔をする。

 翔子は微笑んで軽く挨拶を交わし、何事もなかったかのように通り過ぎようとするが、



 「ちょっと待て、お前ら!」



 と石川は素通りしようとした翔子たちを呼び止める。まあ、当然と言えば当然だ。



 「何ですか、先生?」

 「何ですかじゃない! よくわからん化粧にバッジや安全ピンだらけの鞄、お前らツッコミどころ満載だ! 一体何しに学校来てるんだ!」



 顔を引きつらせ、後ずさりする茉希と杏奈であったが、翔子は鼻で笑い、人差し指を立てた。



 「先生~、お化粧をしちゃいけないなんて校則にはどこにも書いてないですよ。」

 「お・・俺は常識的な話をだな!」

 「それに他の子のギャルメイクはいいんですか? 先生の好みですか?」

 「ぐ・・・!」



 翔子の思わぬ返答に少し戸惑う石川であったが、話題を変えて巻き返しを図る。



 「そういえば高岡、お前スカート短か過ぎじゃねーか? それは校則違反だぞ!」



 得意気に顎を突き出す石川。それに対して、翔子は上着の裾を持ち上げて含み笑いを見せた。



 「あら先生、私スカート短くなんてしてませんよ。」

 「な、何!?」



 石川は目を丸くして翔子のスカートを凝視した。

 相対する二人を茉希と杏奈が横から眺めて呟く。



 「先生のが身長高いのに翔子のが足なげーじゃん。」

 「・・・短足。」

 「ぐぐ・・・!」



 石川は拳を握りしめ、赤面する。

 翔子のプロポーションは典型的なモデル体型であった為、他の生徒に比べて相対的にスカートが短いような錯覚を覚えてしまう。更には石川自身の足の短さもあり、とても滑稽な光景であった。

 周囲の生徒たちもそのやり取りを見て、クスクスと笑い出す。



 「プッ・・見ろよあれ。」

 「ハハ・・・悲惨。」

 「高岡さんスタイル良すぎだろ!」

 「石川先生涙目・・・プッ!」



 晒しもの状態の石川は、周囲を見回してフルフルと震えた。もうよしておけばいいのに、振り上げた拳の引っ込みがつかない。



 「ぐ・・! もういい! 手荷物検査だ! そんなでかい楽器ケースに何を隠しているかわからんからな!」

 「何も隠してねーよ!」



 執拗な石川に茉希が苛立ち始めるが、翔子は手を横に上げてそっと静止する。

 翔子は徐に背中のギターケースを前に下し、自分の前で開いて見せた。



 「はい、何も隠していませんよね? ギターだけです。」

 「おい、ちょっと見せてみろ!」



 蓋を閉じようとした翔子に石川が詰寄り、無神経にギターに手を掛けようとしたその時であった。



 「触らないでっ!!!」



 それまで淡々と応対していた翔子は表情を強張らせ、怒鳴り声を上げた。

 周囲の生徒たちは突然の大声に凍りつき、流石の石川も後ずさりをして動揺を隠せない。

 ギターケースを閉じて再び背中に背負った翔子は、胸に掌をあて、真剣な眼差しで石川を見つめた。



 「・・すみません、先生。だけどこのギターに触るってことは、私の体に触るのと同じ事です。先生は女性の体を何の躊躇いもなく触るんですか?」

 「ぐぐぐ・・・!」



 翔子の最もらしい弁解に圧倒される石川。周囲の生徒たちも騒めき始める。



 「石川の奴、高岡さんの体に触ったのか?」

 「は? セクハラじゃん!」

 「最っ低・・・。」

 「翔子様が穢れる!」

 「・・・なんて羨ましいんだ。」



 いき過ぎた翔子の論調もあり、周囲の生徒たちには話に尾ひれが付きまくりで伝わっていた。

 キョロキョロと辺りを見回す石川。最早教師としての威厳は風前の灯だ。



 「もういい! さっさと行け!」

 「はい。ご苦労様です。先生!」



 翔子は石川に微笑みかけると、茉希と杏奈にアイコンタクトをして再び校舎へと歩みを進めた。

 真っ赤な表情で憤りを隠せない石川。翔子たちが通り過ぎた後も、生徒たちはちらちらと石川の様子を伺っていた。



 「お前ら! 何見てんだ! さっさと教室へ行け!」

 「ひー! 八つ当たりじゃん!」



 石川の癇癪に生徒たちは一目散に教室へと向かう。

 一部の教師にやっかまれながらも、翔子は学校中の生徒から憧れや尊敬の念を集め、高校生活を謳歌していた。

 こうして、清々しい春の新学年スタートという日、翔子は自らの伝説に新たな1ページを刻んだ。



 ★



 始業式が終わり、高校二年生となった翔子は新たな教室へと向かう。

 クラス替えで、これまでの友人とは離れ離れとなり、茉希や杏奈とも別のクラスであった。

 翔子は浮かない顔で座席表を見るが、新しい席は窓際で後ろ。景色良し、南向き日当たり良好で教師の目も適度に届きにくい絶好の位置であった。悪くない。



 「軽音部の高岡さんでしょ? 宜しく!」

 「今日の朝凄かったね!」

 「石川たじたじだったじゃん!」

 「・・・うん、皆宜しくね!」



 学校中で翔子を知らない者などいない。新しいクラスとなって彼女の存在に気が付いた者は、必然的に周囲へと集まった。

 多少圧倒されながらも、翔子は笑顔で新たなクラスメイトたちの歓迎に応える。正直少し面倒くさい。

 そんな賑やかな窓際から遠く離れた廊下側の片隅に、ひっそりと席に着く一人の生徒の存在に翔子は気付いた。



 「あ・・あの子!」

 「どうしたの高岡さん?」



 翔子の目のやる先には、朝来る時に出会った男子の姿があった。

 ハッとする翔子であったが、他の生徒たちの手前、その場は声を掛けられない。

 数分し、担任教師が入ってきてホームルームが始まる。

 しばらくすると恒例の自己紹介タイムの時間だ。皆が皆、自分の名、趣味、新たな意気込みなどを語っていく。

 翔子はというと、やはり朝ギターを拾ってくれた男子のことが気になっていた。

 そうしているうちに、彼の自己紹介の順番となる。彼は息を潜めた草食動物のように静々と立ち上がった。



 「・・あ・あん・・あん・・・。」



 滅茶苦茶緊張しているようで、言葉にならない。これではただの喘ぎ声である。

 クラス中からドッと笑い声が沸き、彼は赤面して最早自己紹介どころではない。



 「プッ・・なんだあいつ!?」

 「キャハ! マジ受ける!」

 「ハハハ・・あの顔で下ネタか?」



 翔子は頭を抱えた。見てるこちらが恥ずかしくなってしまう。

 収集のつかなくなったクラスを、担任教師が手をパチパチと叩いて鎮める。

 彼は蚊の鳴くような声で何とか自己紹介を続けた。



 「あ・・安藤・・・真人です。えーと・・宜しくお願いします。」



 彼の自己紹介が無事終わり、翔子は胸を撫でおろすと、少し笑って窓の外を見つめた。



 「飛行機雲か・・・。」


 

 翔子の見上げた先には、一本の飛行機雲が遥か遠くの空まで伸びていた。

 その何気ない光景を眺め、翔子はこの2年生のスタートに不安というよりは、根拠のない期待を感じていたのだった。



 ホームルームが終わり、皆それぞれに帰ったり、部活へ行く為の準備を始める。

 翔子は興味本位に安藤 真人と名乗った彼の下へと向かってみることにした。



 「えーと、安藤君だっけ?」

 「・・・はい!?」



 まるで電気でも通ったかのように真人は体を震わせ、翔子の顔を見る。



 「今朝はギターを守ってくれてありがとね!」

 「ああ・・いいえ・・そんな、守っただなんて・・・。」



 翔子は満面の笑みでお礼を言うが、真人は恥ずかしさから俯いたままで、ちゃんと会話にならない。

 軽く溜息を吐くと、仕方なく翔子は屈んで真人の顔を下から覗きこんだ。



 「おーい、下向いたままじゃお話できないわよ!」

 「うわ! ごめんなさい! ごめんなさい!」



 驚いた真人は慌てて顔を上げ、恐る恐る翔子の顔を見つめた。

 真人の反応に、翔子はまるで自分が肉食動物かいじめっ子か何かになったような感覚だ。これ以上怯えさせないように、言葉を選んで慎重に優しく接する。



 「あなた、ギター好きなんでしょ?」

 「あ・・はい!」

 「今日のお礼がしたいの。良かったらこの後軽音部の部室に来なさいよ。私のギターにも興味あるんじゃない?」



 その言葉を聞いて明らかに真人の目の色が変わるが、どうしたらいいか分からず、視線を変えて頭を掻いて見せた。

 はっきりしない態度に翔子は痺れを切らせ、顔を近づけて真人の顔に人差し指を向ける。



 「もう! 行きたいの? 行きたくないの?」



 真人は立ち上がり、少しのけ反ってコクコクと無言のまま数回頷いた。



 「じゃあ、決まりね! 早速・・・?」



 翔子は目線を真人から外すと、クラス中の生徒たちが二人に注目していることに気付く。



 「何だあいつ? 高岡さんから話しかけられてるぞ!」

 「嘘! 知り合い?」

 「ゆ・・許せん!」



 その気まずさに翔子は真人に手を振り、そそくさと教室を出て行く。



 「部室で待ってるから! 後で遊びに来てよね!」



 翔子の足取りは軽快であった。少々人見知りな感はあったが、身近にロックやギターのわかる友人がいるというのは気分のいいものだ。

 クラスでの新たな出会いに、この頃の翔子は、只々小さな期待感に胸を膨らませていた。



 ★



 翔子が教室を出てから数時間が経ち、轟音の鳴り響く賑やかな軽音部の部室にも、一日の終わりを告げる様に夕日が差し込んでくる。

 一人、また一人と部員たちは帰路についていく。



 「やべー、今日バイトだった! 翔子、戸締り頼む!」

 「・・・遅刻。」



 バンド仲間の茉希と杏奈もバイトの時間を思い出し、翔子に別れを告げると慌てて部室を出て行った。

 つい先程までの賑やかな部室とは対照的に、無造作に置かれたギターケースやアンプにスピーカー、床に広がる沢山のケーブル類に夕日が当り、何だか物寂しい雰囲気を醸し出す。

 一人残された翔子は、腰に手を当ててゆっくりと溜息を吐いた。



 「ライブの後のロックスターもこんな感じだったりね・・・。あの子、やっぱり来なかったか・・・。」



 翔子はふと真人のことを思い出す。考えてみれば、あんな人見知りで物静かな少年が、一人でこんな騒がしい来たこともない軽音部の部室など入れるわけがない。

 引っ張ってでも連れてくるべきであったと反省し、翔子は部室を出る。

 


 「・・・え!?」

 「あ・・・!?」



 そこには軽音部の部室を、物欲しそうに見つめる真人が立ちつくしていた。

 真人は驚いて、一目散に廊下の角へと走り去ろうとする。



 「ちょ、ちょっと逃げないで!」



 翔子が慌てて呼び止めると、真人は立ち止まり、恐る恐る振返った。

 苦笑いして真人に問いかける翔子。



 「あなたもしかして、ずっとそこに立ってたの!?」

 「な、なんか・・・学校の中なのに別世界みたいで、・・凄いなって・・・。」



 真人は何だか不器用そうな笑顔で軽音部の部室を見上げる。

 翔子はやれやれといった感じで表情を和らげると、真人の目の前に人差し指を立てた。



 「眺めているだけじゃ、欲しいものは手に入らないのよ。」



 そう言って真人の腕を掴むと翔子は部室の中に連れ入れた。

 動揺する真人であったが、軽音部の部室に置かれた機材や楽器が目に留まり、見慣れぬ光景に目を輝かせて辺りを見回した。

 翔子は先程しまった自分のギターを取出し、肩にストラップを通す。アンプに電源が入ると電気ノイズの音が部室に走った。



 

 ビクッとして真人が振り向くと、そこにはロックギターの代名詞とも言われるギブソン・レスポールの上位機種、レスポール・カスタムを構えた翔子の姿があった。



 「よーし、いっちょやりますか!」



 そう言って、口にヘアゴムをくわえると、翔子は自分の長い髪を後ろに束ね、慣れた手つきでポニーテールを作る。

 そのレトロでグラマラスな漆黒のギターボディと、それに見劣りしない翔子の威風堂々とした姿、そして初めて目にする翔子の美しいうなじに真人はゴクリと唾を飲み込んだ。

 真人の反応に気をよくした翔子は、弦を軽くストロークしてみせた。レスポール・カスタム独特の太い音色が部室に響き渡り、真人は背筋がゾクッとする。



 「す・・・凄い! 凄い音だ。これが“ブラック・ビューティー”の二つ名で呼ばれて、ジョージ・ハリスンやジミー・ペイジ、スラッシュとかが使ってたギブソン・レスポール・カスタムなんだね!」

 「そ・・そうよ! いい音でしょ!」



 突然饒舌になった真人に少し驚きながらも、翔子も素直に喜び、二人とも子供のように笑った。

 そして目をキラキラと輝かせる真人に、



 「お礼って言ったら何だけど、あなたになにか一曲弾きたいの。何か好きな曲、リクエストはある?」



 と、不意に翔子は提案をする。真人は右往左往して、



 「えーと・・・僕洋楽しか聴かないし・・・多分・・・。」



 と自信なさそうに下を向いて声を震わせるが、そんな真人に翔子はムッとした。



 「馬鹿にしないでよね! 私は小学校の頃から洋楽ロック聴いてるんだから!」



 そう反論して、翔子は真人に詰寄った。翔子の不機嫌な表情は、彼女が思っている以上に相手を畏怖させる。

 苦笑いしながら後ずさりする真人は、恐る恐るリクエストを出した。



 「ご・ごめん! えーと・・・じゃあ、ザ・スミスで何か・・やって・・・くれないかな?」

  


 そう言って、真人は申し訳なさそうに翔子の顔を見上げる。

 相変わらず顔を強張らせる翔子に、真人は目を瞑るが、次の瞬間、



 「いいじゃない! 私もスミス大好きよ!」



 とニンマリしてギターに手を掛ける。



 「じゃあ、私の好きな曲でいいわね!」

 「・・・ううん。」



 翔子は喜び勇んでギターの弦をストロークする。

 その翔子の黒いレスポール・カスタムからは、どこか物寂しく、そして美しいメロディーが奏でられた。



 それは、80年代英国における伝説のバンド、ザ・スミスの代表曲『ゼア・イズ・ア・ライト・ザット・ネヴァー・ゴーズ・アウト』であった。

 詩人モリッシーの危なげで切ない、満たされない若者の心情を描いた物語を一人の少女が弾き語る。

 翔子の物憂げで柔らかな歌声が曲に妙にマッチし、真人も予想していなかった見事なカバーであった。

 真人は少女が奏でる美しき名曲に我を忘れて聴き入っていた。

 そこには学校一の美人だとか、名も知られぬ少年だとか、最早男女の壁すらもない。ただ単にロックを愛する少年と少女、そして5分にも満たない一曲の儚い歌があった。

 曲が静かに終わりを迎えると、真人は一呼吸おいて、渾身の勢いで手を叩いた。



 「ギターも凄いけど、高岡さんも凄い! 女の人のカバーがこんなに合うなんて思わなかったよ!」



 拳を握りしめて興奮気味で翔子の演奏に賛辞を贈る真人。翔子はフッと口元に笑みを浮かべるが、少し寂しげな表情で、



 「ありがとう・・・。」 



 と呟いて、彼女が提げているレスポール・カスタムを見つめた。

 真人は翔子の反応に不思議そうな顔をするが、翔子はそのまま話を続けた。



 「これ・・おじいちゃんのギターなんだ。」



 翔子の祖父はニューヨークでュージシャンを目指していたアメリカ人であった。そんな翔子の祖父は夢半ばで日本人の祖母と出会い、その夢を諦めて日本へと渡った。

 その端正な顔立ちや日本人離れしたスタイルは、翔子がクォーターであることに大きく所以していたのだ。

 そして翔子は幼い日にある出来事がきっかけで祖父が使っていたギター、レスポール・カスタムを受継ぎ、心にある夢を抱いた。



 「私、ロックスターになるの!」



 翔子の突拍子もない発言に口を開けて唖然とする真人。

 調子に乗って、言わなくていいことまで言ってしまったと、翔子は少し後悔して、



 「今、絶対馬鹿にしたでしょ・・?」



 そう言って真人に食ってかかるが、彼は冷静に戻るとニコッと笑ってこう答えた。



 「高岡さんなら信じられちゃうな・・・。」

 「もう、誰にも言わないでね!」



 こうして高岡 翔子と安藤 真人は出会った。

 その出会いはこの物語において、ザ・スミスを結成したモリッシーとジョニー・マーの出会いよりも、大きな意味を持つのだが、それが分かるのはまだまだ先の話である。

 ここまで読んで頂いた方、どうもありがとうございます。次の更新は1週間程度後を予定しています。

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