ステージ0
とりあえず更新
秀久は頬をさすりながら幼女へ近づき、目の前でしゃがみこむとポイントデバイスを取り出した。
ポイントデバイスはレイナが持つ物と同じだが、秀久のは赤いラインが入っている。小首を傾げる幼女に、秀久は頭を優しく撫でるとデバイスを出すように促す。
「あの……」
「ほら、俺のに翳して。ポイント移せないだろ?」
「そんな、それはお兄さんが……」
「元々このポイントは合谷が君から奪って行った分がある。それに、君みたいに幼い女の子が参加するなんて……何か理由があるんだろ?」
笑顔を向ける秀久に幼女はぐずぐずと表情を歪める。
「……ただ、取り戻したかったんです」
「取り戻したかった?」
「……お父さん……と……お母さん……が……私にくれた大切な……う、ひく、……」
「……そうか……」
レイナも傍らにしゃがみ込み、優しく幼女の頭を撫でる。幼女の瞳からボロボロと涙がこぼれ落ち、二人に抱きつき、声を上げて泣いた。
……この娘が取り戻したかったのは……、もしかしたら
「……ひく、う、……あああ!お母さん、お父さん……会いたい、会いたいよぉお!うわあああん!」
「……クリエタワールドは何でも叶えれる世界。……でも、……探し人に会うには膨大なポイントがかかる……」
「小学生にも上がらない内から……こんな……」
苦痛な表情で拳を作る秀久を、レイナはそっとその拳を握る。二人の中で涙をボロボロ零す幼女。だが、このポイントでは――
「なあ、……君が取り戻したかったのはやっぱり」
「……う、ぐす……はい、くまさんのぬいぐるみです」
――ワッツ?
「な、なあレイナ……、一度失ったぬいぐるみって見つけること出来るのか?」
「思いが強かったら、……復元されるから大丈夫だけど」
幼女の発言に呆気に取られる二人。うっかりも良いところだ。秀久に至っては行き過ぎた考えに自分で悶え、幼女が首を傾げていた。
「あの、お兄さんは……」
「気にしなくて大丈夫。……それより、今頃クリエタワールドは解禁されてるから、また狙われない内に早く」
「はい!……あの、ありがとうございます!」
「ううん、……頑張ったのはあっちのお兄さんだから」
「お姉さん、あそこにいる彼しさんによろしく伝えてください!」
「へ!?」
頭を下げ、レイナの言葉を聞く前に去って行く幼女。ゴムで結ってある髪が揺れ、闇夜に消えて行った。
レイナはため息をつくと、未だに悶える秀久をちらりと見る。
「彼氏……か」
夜空を見上げ、一番星が輝く。自分のカードを取り出し、秀久をまた一度見ると無言でしまう。
やめておこう、……ポイントはリセットされてるし、秀久は挑戦権を失っている。それに……、学生証が同じということは……。
「あああああああ!?」
「!?……い、いきなり何!?」
「着替え……どうしよう」
こいつは……、人が悩んでいるというのに。
レイナはぷるぷると体を震わせ、拳を握る。
「……ポイント全部渡してしまったから挑戦権無いし……、ああああもう!賠償金の馬鹿野郎!」
「自業自得だよ!この厨ニ男!」
「ごぶら!?……て、誰が厨ニだ!?」
「自分が一番分かってるでしょ?……痛いなあ」
「お前なぁ!?」
――何あれ
――喧嘩する程仲良いらしい、よくやるよなあ
――最近のカップルはよく喧嘩するんだね
「「……」」
周りから聞こえる声に秀久とレイナの頬が紅潮し、慌ててそっぽを向く。
そうか、ゲームは終了してるから、この光景は普通に見えている。保険がかからないのだ……。
だが同時に、彼、秀久の戦いは同じプレイヤーに目撃されていた……。
『……覚醒か、……面白そうだね』
口の端を上げ、その場を去る者。何かを考えながら溶ける者、そして興味深そうに彼らを見る者……。
そして、ピエロの格好をした男が、じっとレイナを眺めていた。
「……仕方ねぇ、我慢して帰るか」
「あ、ちょっと待って」
「何だよ……言っとくけど俺がゲームに参加してたのは此処じゃな――」
「うん♪これでよし」
乱れていた襟を直し、ご満悦に微笑むレイナ。秀久は慌てて顔を逸らし、レイナは小首を傾げる。
じーっと秀久を見つめ、彼から冷や汗が流れる。
「何で目を逸らしてるの?」
「……、あ、ははは……」
「まあいいや、じゃあ、明日学校でね」
「え、あ……、おう」
軽く手を振りながら逆方向へ向かって行くレイナ。秀久は軽く手を挙げていたが、何かに気づいたのか慌てて戻って来る。
「方向間違えてた……」
「おい」
秀久の不憫も折り紙付きだが、レイナのうっかりも中々のものだ。
だが、月が輝く夜の世界へ消えて行く彼女の姿はとても煌めいていた。
「まるで、……お姫様だな」
「ね、君!」
「ん?」
後ろからかけられた声に振り向くが誰も居ないのではないか。首を傾げていると、袖をぐいっと引っ張られる。視線を下に下ろし、さっきの幼女とは別の幼女がニコニコと微笑んでいる。
「小さいな……ふぐお!?」
「ごめ~ん☆手が滑っちゃった」
てへと舌を出しながら足を引っ込める幼女。腹部を押さえながら、秀久は青い顔で幼女にあははと苦笑いを浮かべる。
「ボクはこう見えて高校生、君と同い年だからね?」
「嘘ぉ……、てか、いきなり何だよ?」
「そう、それ。……君、自分が何をしたか分かってる?」
何を……――
「格好良かったよ!まるでヒーローみたいでさ!」
「ヒーローって……俺はただ」
「ボク、雅 遥香……ね、君に同行していい?」
「はあああ!?」
――突如覚醒した俺のクリエイタカード。
それは、これから始まる物語の序章だった。