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輪廻する一輪の花  作者: 零夜 純
第一章 日常は儚く脆く 前編
9/11

7 閃く刃

 ――――一条の閃光が、世界を貫く。


 まだ、あの夜に起きた真実はすべて聞いていないけれど。

 それでも、わかる。感じる。

 その煌めきは、あの日、あの夜に見たものと同じものだと。


 ――絶望の闇を、希望で照らし。

 ――忍び寄る暗闇を、切り裂く閃光。


 立花の前に立ちはだかった人影は、流れるような動作で手にした刀を横なぎに振るう。

 風を引き裂き、空間をも断ち切るかのように。

 林の隙間から差し込むわずかな月明かりに反射し、刀身が白く閃く。


 瘴気を全身に纏い、漆黒の毛並みを逆立たせ、荒々しく吐き出すどす黒い気炎は闇夜を漂う。

 最後の力を振り絞るかのように獲物に飛びついた化け物は、目の前の新たな()を認識する。

 飛び出した勢いそのままに、立花たちを苦しめた狂犬は、新たな乱入者の放つその剣閃を迎え撃つ。


 暗黒を具現化したような狂犬の牙と。

 光明を顕現させ闇を切り払う鋼の刃。

 光と闇。

 白と黒。

 二つの輝きが、命の火花を散らしぶつかり合う。


 金属同士が勢いよく激突する甲高い音が、粛然とした公園内を反響する。

 白銀の火花が散り、夜空に一瞬男の顔を浮かび上がらせる。

 狂犬の刃と刀が拮抗し制止するも、すぐさま押し負けた化け物が思いきり後方へとはじき返される。

 もう幾度目かわからないが、狂犬が四肢を投げ出し地面をバウンドしていく。

 ひゅん、と刀を振りぬいた男はそれをそのまま上段に構え、敵を見据える。

 

 

 地に伏せ草が顔をなでるのを感じながら、立花は見上げる。

 真っ暗な視界の中月光を背負うようにして現れた、その人影をぼんやりと眺める。

 死を覚悟した立花の前に、一人の男が降り立つ。


 ぼさぼさの髪。

 着崩したTシャツとジーンズ。その右手には、黒い皮手袋。

 いつもの眠たげな表情はその面影もなく、戦場を駆ける戦士を思わせる表情。

 手にした日本刀は、何よりも頼もしく見え。


 「よ、立花。間に合ってよかった」


 宵月、晃。

 五年前、身寄りのない立花を引き取った親戚。

 五年間もの年月、自分を偽り続けた戦士は今。

 あの日、あの夜と同じように。

 そう軽快に言って、笑った。



 「大丈夫……では、なさそうだな」

 晃は、二人の容体をざっと視認する。

 葵の方を見た時わずかに申し訳なさそうな表情がよぎるが、それもすぐさま振り払う。

 「晃、お姉ちゃんが……」

 自分は、情けないほどに無力だ。

 けれど、晃なら、何とかしてくれるかもしれない。


 「あぁ――っと、その前に、あいつを片付けるか」

 がさがさ音を立てながら、ゾンビのように再び立ち上がる狂犬。

 体には葉っぱが付着し、風が吹けば死んでしまいそうな姿。

 「今、楽にしてやるよ」

 慈しむような表情を見せ、刀を水平に構える晃。

 右半身を後ろに引き、腰を落とす。

 それだけで気迫が、威圧感が一変する。

 まるで自然と一体化し一本の大木のように不動の姿勢をとった晃に、瀕死の化け物は弱弱しく吠える。


 時が止まったかのような二人の間に、終わりを告げる風が吹き。

 「安らかに眠れ――雷閃」

 晃が、踏み出す。

 ザァッ、という地を蹴る音がした次の瞬間にはもう、化け物へと肉迫する。

 草木をなびかせ、風を追い抜き。

 まるで雷のように、瞬きの内に狂犬へと接近し。


 ――一閃。

 白銀の煌めきが、弧を描く。

 居合のように放った剣撃が、正確に敵の胴体を分断する。


 「グル……アァ」

 静止した時の中、狂犬が小さな断末魔を上げる。

 身に纏っていた瘴気も、黒い毛並みも、徐々に青白く変わっていく。

 仄かに輝くそれは、命の輝きのように儚く力強く(またた)く。

 ちりちりと身を焦がすように、青白い光は犬の体を広がっていく。

 そして、輝きが全身に行き渡った時。


 ――サラサラ……と。

 砂が風に吹かれ飛んでいくように、狂犬は消えていく。

 この世の法則に逆らうように、天へと昇っていく。

 はるか上空に浮かぶ月に吸い込まれるように、生い茂る木々の合間を抜け昇っていく。

 ざわざわと草木が揺らめく音が、それを見送る。


 こうして多くの人を殺し、喰らい、己の糧とし。

 立花と葵を苦しめた、化け物は倒れた――が。



 「お姉ちゃん、起きて! 起きてよ!」

 重大な問題が一つ、残ったままだった。

 「おい、しっかりしろ!」

 晃がどこかへと刀をしまい、走り寄ってくる。

 「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」

 徐々に重みを増していく――自分を支える力を失っていく姉に、必死に呼びかける。

 ――喉が、枯れてもいい。だから、お姉ちゃんに届いてくれ!

 熱い(しずく)が、頬を伝うのを感じる。

 自分の顔は、今血と涙でひどい有様だろう。

 それでも、そんなこと気にしてなんかいられない。

 「も……う、うるさ、いよ……りっか」

 そんな時、わずかに。

 耳元から、姉の声が聞こえる。

 「お姉ちゃん!」

 必死に、立花は返す。

 聞こえてるよ、と。

 だから、行かないで、と。


 「――葵、少し動かすぞ」

 晃の声が聞こえ、不意に自分にかかる重圧が消失する。

 それと同時に、自分が寝転がる隣に何かが横たわる音が聞こえる。

 晃が、立花の上から葵をどかしたのだろう。

 そうしたのちすぐさま、晃は葵の負傷した部分を見つめる。

 立花も体の不調などとうに忘れて起き上がり、姉を手当てしようとする晃をすがるように見る。

 「晃! お姉ちゃんは……」

 長年一緒に過ごした親戚(・・)の、その今まで見たこともないような、難しい表情。

 それにつられ、立花は姉の傷跡へと視線を移し――絶句する。


 大きく抉られた腹部。

 赤と黒に塗りたくられた、姉の変わり果てた姿。

 血液はとめどなく溢れ出し、骨や内臓は露出している。

 どうして生きていられるのかさえ、素人目にはわからないような。

 一流の医者でさえ、匙を投げそうな状態。

 こんな状態じゃ。どう見ても――


 「りっ……か」

 葵のか細い声は、弟を悲観させまいとしているのか。

 どこまでも自分のことよりも、立花のことを考える姉。

 死にそうなのは、自分の方なのに。

 なんでそんな、安心したような顔で見つめているのか。


 死なせたくない。まだまだ一緒にいたい。だから。

 ――助からない、という言葉を無理やり飲み込む。


 「晃……!」

 自分には、もう何をすればいいのかわからない。

 でも、この人ならば。

 俺ができない何かを、してくれるんじゃないか。

 「何でもするから……! だから、お姉ちゃんを助けて……!」

 一縷の希望にかけ、晃に呼びかける――



 「いや、もう……」

 ――希望は、あっさりと砕かれる。

 「あと数分で戻る(・・)だろうが、それまで保たないだろうな……」

 首をふり、諦めたように立ち上がる晃。

 そして、踵を返しどこかへと歩いて行こうとしてしまう。

 「おい……!」

 それが、どこか腹立たしくて。

 最善を尽くしたようにも見えない、ただ突き放しただけのようなその態度に。

 「待てよ……! まだ……!」

 怒りで我を忘れ、呼びかける。

 ざわざわと心が騒ぎ、右手に熱がこもっていく。

 公園内を吹き抜ける風がそれに呼応するように強くなる。

 そんな立花に対し、晃はただ一言

 「諦めろ」

 とだけ返す。

 冷徹に。冷酷に。冷血に。

 立花は拳を握りしめ、大きく振りかぶり――


 ――りっ、か


 冷や水を浴びせられたように、我に返る。

 そうだ、今はこんなことをしてる場合じゃない。

 「そうだ、落ち着け。右手のそれ(・・・・・)に踊らされるんじゃない。それと……」

 横たわる葵を、見る。

 「最後くらい(・・・・・)は、一緒にいてやれ。――すまなかった」

 そう言い、晃は夜空を見上げる。


 「りっ……ケホッ」

 びしゃ、とおびただしい量の血が飛び散る。

 「お姉ちゃん、もうしゃべらないで……」

 声を出すのも、もうつらいのだろう。

 言葉を話すたびに、苦しそうにうめく姉はもう見ていられない。

 「ううん……私は、助からないから……」

 それでも彼女は、言葉を紡ぎ続ける。

 命を削ってでも伝えたい、意思があるから。


 「りっか、会いに来るの、遅くて、ごねんね……」

 たった一人の、家族なのに。

 寂しい思いをさせてしまった。

 そして、これからもさせてしまうのだろう。

 それを思うと胸が苦しくなる。

 「いいよ……だから助からないなんて言わないでもっと一緒にいよう……?」

 「だめよ、りっか、そんなわがまま……」

 葵は悲しげに微笑む。

 「晃、さん」

 「なんだ」

 「立花のこと、よろしく、お願いしますね」

 「あぁ、任せろ」

 晃は、月を眺めたまま答える。

 「立花は、俺の命に代えても守ってやるよ」

 その口調はとても強いものだった。

 「ありがとう、ございます」

 そして、葵は再度立花の方向(・・)を見る。

 もはや見えていないのか、焦点も合っておらず、おぼろげに宙を漂うばかり。

 「立花、手、握って……」

 「あぁ……」

 か細い手。華奢な指。

 徐々に、熱を失っていくのを感じる。

 二人でいた時は、あんなに暖かかったのに。

 あんなに、心強かったのに。

 「……」

 葵が何か、小さく呟く。

 その言葉は、それまでよりもずっと、途切れ途切れだった。

 それでも、聞き取れた。なぜなら。

 「俺もだよ、お姉ちゃん……」

 二人とも、同じ気持ちだったから。

 もやもやしていた自分の気持ちに気付くと同時に、後悔の念が押し寄せる。


 ――なぜ、今頃なのか。

 ――なぜ、気付くのが、こんなに遅かったのか。

 ――もっと早く気が付けていたら。

 ――いや、たとえ気が付いていたとしても、この結末ならば誰も報われないだろう。


 「でも、立花」

 「な、に……?」

 いろんな気持ちが、歯止めを失ったかのように溢れ出す。


 「私の、ことは、忘れて」


 「……え」

 なんで、の言葉が出る前に姉は、続ける。

 「私がこうなったのは、立花のせいじゃない。だから、気に病んじゃだめ」

 「でも、忘れろなんて……」

 「立花の未来には、たくさんの人が、待ってる。そこで、私が、足を引っ張るのは、ダメだから」

 それに、と葵は付け足す。

 「莉奈ちゃんのことも、よろしくね」

 ここで、何故彼女の名前が出てくるのか。

 一瞬困惑するも……先ほどのつぶやきから、意味を理解する。

 「そ……んなの……」

 「後ろは、振り返っちゃ、だめ。前を、向きなさい。だから……忘れて」

 泣き出しそうな表情の葵。

 忘れられるのは、怖い。

 本当に、自分が消えてしまうみたいで。

 それでも。弟の足かせにはなりたくないから。


 そんな表情を見せながらも、忘れろと伝える姉の覚悟。

 立花は。

 「わかっ……た……」

 涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、答える。


 「ケホケホッ、……立花」

 葵が、空を見上げ呟く。

 最後の力を振り絞るように。

 「え……?待って、まだ、まだ……!」

 立花は、いまだに受け入れられない。

 まだ、14でしかないのだ。肉親の死を、しかも二度目の。

 それでもお構いなく。時間は残酷に、訪れる。


 「愛……して、る」


 ふっ、と。その言葉を最後に、握りしめた手から力が抜ける。

 「お姉ちゃん……?」

 再会してからのいくつもの記憶が、走馬灯のように流れる。

 「お姉ちゃん……!」

 雪の中で、感動の再会を交わした時。

 寒いのに、暖かかった姉の体。

 「ねぇ……!」

 晃と、莉奈と、四人で。

 楽しく、笑いあえた日々。

 「お願い……! 行かないで……」

 二人で、街を歩き遊んだ。

 たった数時間前のことなのに、もう何年も前のことのように感じる。


 そして――ポウッ、と。


 葵の足に、青白い明かりが灯る。

 それは一秒ごとに、どんどん上へと昇っていく。


 「これ……!!」

 あの黒い犬を倒した時と、同じ光景。

 まさか運命は、姉の遺体まで奪っていくつもりなのか。


 「だめ……!」

 右手は姉とつないだまま、その輝きの進行を止めようと左手を伸ばす。

 それでもお構いなく、青白い明かりはその範囲を広げていく。


 「とまれ……! 止まってくれよ……!」

 懇願するように、輝きを押さえつける。


 「やめろ、無駄だ」

 晃の声を無視し、押さえ続ける。


 「止まれ……頼むからぁ……」

 青白い光はついに、葵の全身を包み込む。

 三人へと降り注ぐ月光。

 葵を祝福するように煌めき、そして。


 ――サァッ、と。


 手から、感覚が消える。

 握りしめていた手が、虚しく空を掴む。


 ――そこにはもう、やさしい姉なんていない。

 ――そこにはもう、自分を支えてくれる人なんていない。

 ――そこにはもう、愛する人は、いなかった。


 「うああああああああああああああああ!!」

 喉よ裂けよとばかりに叫ぶ立花。

 天へと昇っていく青白い残滓が、そんな立花を見守る。

 本当に、天涯孤独になってしまった。

 もう誰も、もう誰も、もう誰も。


 パキ……パキ、パキ……


 その時、何かがひび割れる音が、公園内を響き渡る。

 空間が軋むかのような、音。

 「やっとか……」

 晃が呟くと、同時に。


 パリィィィイイン


 ガラスが砕けるような音とともに、世界が反転するかのような感覚が、二人を襲う。

 そう。それは、あの狂犬が現れた時と同じ。

 元の空間に戻ってきたという、合図。


 だが立花には、そんなことどうでもよかった。

 それを目標に、先ほどまで頑張っていたというのに。

 共に喜べる相手が、いなくなってしまった。

 自分一人だけ、生き残ってしまった。


 「立花、帰るぞ」

 いつまでも起き上がらない立花に、声をかける。

 それでも立花は、動かない。動けない。

 この場から離れたら、葵が完全にいなくなってしまうような気がして。

 足が、棒にでもなってしまったかのように。


 「おい、立花」

 優しげに、だが棘のある声で晃は言う。

 「なんだよ」

 「お前の姉は、なんて言った?」

 「……う、るせぇ」

 「なんて言った?」

 「黙れ」

 「なんて言った!?」

 晃は、立花の襟をつかみ、無理やり自分の方を見させる。

 「ほら、言ってみろ」

 鋭い眼光が、立花の赤く腫れた眼を射抜く。

 「そんなの……」

 「あ?」

 ギン、と立花も負けじと晃を睨み返す。

 世界のすべてを呪うように。

 自分の運命を呪うように。


 「忘れられるわけねーだろ!!」


 立花は、獰猛に吠える。

 悪いのは晃ではないと。晃に言うのはお門違いだと心ではわかっている。

 それでも――叫ばずには、いられない。


 「好きだったんだよ! どうしようもなく、血のつながった姉だとわかっていても! 両想いだって、最後にわかったんだよ! 最後の最後になって、やっと……それが!」

 「それで、お前はあいつの思いを無碍(むげ)にするのか?」

 烈火のごとく沸き起こる激情が、急速に収まっていく。

 「……そ、れは」

 「あいつも、同じ気持ちだっただろう? それなのに、あいつは涙を呑んで忘れろと言った。お前はその気持ちを、残された意思を捨てるのか?」

 「……でも」

 「あぁ、すぐに理解しろってのもつらいのはわかる。だから」

 晃は、そこで一旦言葉を切り立花を掴んでいた手を放す。

 そして、先ほどとの表情とは一変、慈しむような表情で立花を抱きしめる。

 「いくら悩んだっていい。いくら迷ったっていい。最後に、前を向いて歩ければそれでいいんだよ」


 後ろを、振り向くな。

 前を、向け。

 葵の残した言葉。


 それが、心の中に浸透していく。


 葵とはまた違う暖かさに、安心感が満たされていく。

 兄がいたら、こんな感じだったのだろうか。

 まどろみにも似た感覚に、身をゆだねる。


 「帰ろうぜ、立花。積もる話はたくさんあるからな」

 「……あぁ」

 「幸い、時間はたっぷりあるんだ。とりあえずは、疲れを癒そう」

 

 晃は立花から離れ、もう一度笑いかける。


 そうして二人は、公園から足を踏み出す。



 ――立花は、後ろを振り返らなかった。


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