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輪廻する一輪の花  作者: 零夜 純
第一章 日常は儚く脆く 前編
6/11

4 失われし記憶、非日常の欠片

デート(?)シーンなんてなかったんです。

 時は午後六時ごろ、夕暮れ。

 太陽も沈みかけ、最後のあがきと空を見事な紅色に染め上げる。

 学生や社会人も帰路に就き、夜の街が形成される境目の時間。

 陰と陽が交じり合い、何かが起こりそうな刻限。

 そんな中、一日町を巡り公園で休憩をする二人がいた。

 

 「ん~、今日はよかったね~」

 備え付けのベンチに座り、うんと大きく伸びをする葵。

 白い肌が消えゆく夕日を浴び、幻想的なシルエットを浮かび上がらせる。

 相変わらずその美貌は視線を集めるのか、公園に来ていた人々はみなすれ違うたびに彼女に目を向ける。

 「立花も楽しかった?」

 しかし、そんな視線をものともせずに彼女は、同行してきた弟に話しかける。

 「う、うん、楽しかったよ」

 一方、自分の姉とともに自分にも注目が向けられていることに一抹の落ち着かなさを感じつつ立花は答える。

 「堂々としてればいいのよ、堂々と」

 葵はベンチに座りなおそわそわし続ける弟にクスリと笑う。

 「わ、分かった……」

 答える立花も、つられてわずかに微笑みが漏れる。


 徐々に賑わいを失っていく公園。

 子供たちは親に連れられ家へ、学生は夕飯を食べにうちへ帰る。

そうして人口が少なくなった公園には――一部の人のみが居る空間へと変貌していく。


 「…………」


 皆が一様に男女ペア、互いが寄り添うようにしている二人組を、人々はこう呼ぶだろう。

 すなわち――カップルと。


 「……」

 立花たちを見る視線が激減したことからか、立花の感じていた形容しがたい妙な感覚はなくなる。

 だがしかし……今度は、全く別の感覚が立花を襲う。


 「ん……立花、どうしたの?」

 姉は弟の微妙な変化に気付いたのか、問いかける。

 「いや、なんでもないよ」

 心配させまい、と思った素早くそう答えるが、心の中に残った違和感は消えない。


 だが立花は、その違和感は決して悪いものではなく……逆に、その感覚に安心している自分に気付く。

 なんだろう、これは。

 この焼けるような気持ちは、一体なんだろう。


 「でも、やっぱり少しさびしくはなるね……」

 葵は、遠く空を見上げつぶやく。

 その言葉に呼応するように。

せっかく会えたのに。そんな気持ちが立花を突き動かし口を開かせる。

 「帰らないで……もっと、一緒にいたい」

 あまり言うつもりはなかったのに。

 今は、なぜかその言葉がするりと喉から這い出る。

 「もう、わがまま言っちゃダメでしょ。……私だって、ここにいたいよ」

 言い聞かせるようにそう言う葵。

 「――なら……!」

 「でもね、あの日(・・・)から私を育ててくれた人に、まだ恩返しができてないの。こんな私を大学に行かせてくれたお礼は、ちゃんとしなきゃ」

 「……」

 姉の律儀な性格を知っている立花は、それ以上何も言えなくなる。

 なんとか、説得したいのに。

 言葉が見つからず、頭の中をぐるぐる回る。

 「それに、またいつでも会えるんだよ。私は、どこにも行ったりしないから」

 どこにも。それは両親が二人を置いて他界してしまったことを暗示しているのか。

 私は、突然死んだりしない。だから、大丈夫。

 根拠も何もない。

だがそう言い切る姉に、立花はまた胸の奥が熱くなる感覚に襲われる。


 再び二人の間に訪れる、静けさ。

 風が吹き木々をさわさわと揺らす心地よい音が鳴る。

 「――そういえば、まだ言ってなかった、よね。帰る前に言っておかなきゃと思ってたんだけど」

 ためらいがちに、葵は口を開く。

 「……?」

 熱がいまだに冷めない立花には、主語の抜けたその台詞の意味が伝わらず疑問符を頭に浮かべる。

 「私が、記憶を取り戻した経緯と理由。そして」

 そこで葵はいったん言葉を区切り、立花へと視線を向ける。

 姉に見詰められた立花は、自分でもなぜかわからないが顔が赤く染まるのを感じる。

 夕日が二人を照らし、別世界に迷い込んだような錯覚をさせる。

 だが肝心の姉は、よほど緊張しているのか弟の変化には気付かず言葉を続ける。

 それは、なによりも立花を困惑させ。

 また、またこの数週間にわたり長らく心の端に残っていた問だった。


 「炎の夜の真実(・・)について。あの日、何が起きて、どうして私たちが離れ離れになったか。今、教えてあげる」



 夕刻の訪れを示すように、カラスが己の存在を誇示するように鳴きながら空を舞う。

 騒がしい空とは正反対に、立花はしんと黙り込み姉の言葉を待つ。

 「あれは、五年前のクリスマス」

 意を決し、葵は語りだす。

 「私たちは両親と一緒に、ささやかなクリスマスパーティーをしていたの。今思えば、それが両親たちとの最後の思い出だったのだけれどね。そして――」

 「そして……?」

 「はるか遠くの家で、爆発が起きた。とても、考えられない規模のものがね。何百メートルも離れているはずなのに、まるで目の前で爆発が起きたかのような音と振動だったわ。思い出すと、今でも震えてしまうほどの」

 ぶるっ、と肩を震わせる少女の手を、立花はとっさに握る。

 「……ありがとう」

 それで震えも少し緩和されたのか、例を言うと彼女はまた話し続ける。

 「私たちは驚き、恐怖した。なんせそんな爆発が起きたのだから。そして――爆発もまた、それだけでは終わらなかった」

 ぎゅっ、と立花の手を握る力がわずかに強まる。

 「何回も、何十回も、何百回も。そして、なによりも――その音が、少しづつ、でも確実に近づいてきていたの。だから、私と立花は家の中で隠れていて両親が外へ様子を見に行ったの。そして――」

 ぎゅうぅ、と痛いくらいの力が、立花の手に伝わってくる。

 その反応から、立花はその先を容易に想像することができた。

 もはや、顔すらぼやけて記憶の彼方に押しやられていった両親の姿。それでも、自分の生みの親、育ての親であったのには変わりがない。

 しかし、姉が苦痛を乗り越え必死に話そうとしているのだ。現実から目をそらすわけにはいかない。

 姉の手をそっと、安心させるように握り返す。

 「両親は、私たちに“逃げろ!!”と叫んだ瞬間、新しく起こった爆発に巻き込まれ死んだわ。一瞬で、跡形もなく、消し炭に。遺骨どころか塵すら残らないほどにね。それを、私たちは家の中から何もすることができずに見ていたわ。呆然とね。あの時は……何が起こったのか理解できなかったのでしょうね」

 その通りだろう。たった数分前まで、一緒にいた肉親が突然死ぬなんて……理解したくても、できない。特に、まだ幼かった頃の自分なら。

 「次に起こった、ズン、という地響きで私は我に返った。いいえ、我に返った、というより体がやっと動かせるようになった、というべきでしょうね。なんせ状況は全く理解できていなかったのだから」

 一拍を置き、葵は話し続ける。

 「だけど、お父さんお母さんの遺言……というより最後の言葉、っていうのかな。あの“逃げろ”って言葉に導かれるように、私は立花の手を取って走り出したの。

 外に出た時にまず襲ってきたのは、強烈な熱気。それと、崩れたがれきとかでほとんどの道がふさがれていた。そんななか、私たちは“何”から逃げればいいのかもわからないまま、走り続けた。唯一、いつまでもどこまでも鳴り響き続けたあの地響きのような足音から遠ざかるように、とは思っていたけど逃げている方向なんてわからなかった」

 あの光景は、いまでも夢で出てくる。

 周囲が炎に包まれ、その中を一人(・・)で意味も分からず走り続ける夢。

 でも、一人じゃなかったんだ。

 「そして“何か”から逃げる際中、立花は、がれきに足を取られ、転んでしまったの。

ここまで(・・・・)は、あなたも覚えているでしょう?」

 そう、ここまでは姉が一緒にいたということを除けば、今でも覚えている。

 はたして、この先に何があったのだろうか。

 立花は、思わず固唾を飲み込む。

 「動けなくなった立花を、負ぶっていこうか、ということも考えたんだけどね。当時の私にそんな体力はなかったし、残ってもいなかった。かといって、唯一残った肉親を置いて自分だけ逃げるなんてことはしたくなかった。そうして、何とかする打開策を考えていた時に――

――あれは、来たの。炎の夜を引き起こした、犯人(・・)は」

 「“あれ”……?」

 およそ犯人()を形容するにはふさわしくない言葉に、無意識のうちに口が動く。

 そんな立花に葵はうなずき返す。

 「そう、あれ(・・)。なぜなら……あれは、人ではなかったのだから。怪物、妖怪、魔物。そう言ったほうが相応しい何か(・・)だったのだから」

 「……!」

 チクッ、と記憶にはないその姿が頭をよぎる。

 葵と再会した日の朝……いつもとは少し違った夢に出てきた、あの化け物。

 「地面を揺るがしながら近づいてくるその足音の正体も、そいつだったの。そいつは、腕を一振りするだけで、地面を破裂させ、大気を焦がし、すべてを炎に染め上げていった」私は、そいつが近づいてきた時、もうどうしようもないと思ったわ。どう見ても言葉なんて通じそうにないし、せめて立花だけはと思って」


――言いかけたその瞬間。

「……!?」

 「え……!?」

 異変はいつにもなく急に、起きる。

 世界が反転するような感覚が突然、二人を襲う。

 天と地がひっくり返り、体が奇妙な浮遊感に満たされる。

 しかしそれもほんの一瞬。すぐさまそも浮遊感は消え、世界は平常運転に戻ったかのように平然としている。

 公園にいたカップルたちにも同じ感覚があったのか、公園全体が少しざわつく。

 「なんだったの、今の……って立花!?大丈夫!?」

 そう、一瞬のことだった。少なくとも、ほかの人にとっては。

 しかし、立花には、連続して別の(・・)異常が訪れていた。


 ザ…ザザ……ザザザ


 それは、ノイズ。

 いつか一度だけ立花を襲ったその音が、以前よりもはるかにその存在感を増して、再び右目から鳴り響く。

 ほんのわずかに痛みを感じ右目を押さえながらうつむく立花の耳を、心配したような葵の悲鳴が打つ。

 「だ、大丈夫……」

 なんとか声を絞り出し、痛みが引くのを待つ。

葵を安心させるために、立花は顔をあげ――そして、のどの奥から湧き上がる悲鳴を懸命にこらえる。

 「本当に大丈夫なの……?」

 そんな様子の立花の顔を覗き込む葵の頭上には。


 「う……、そ……?」


 同じくいつか見た、不気味な髑髏が立花をあざ笑っていた。



 それと同時に。

 「キャーーーーーーーー!?」

 公園に、一際高い悲鳴が響く。

 一人の女性が指差す方向に導かれ、みなが視線を向けた先には。


 どす黒い気炎を体中から吹き上げる。

 犬のような形をした、犬とはとても似つかない、何か(・・)がいた。


 「グルルゥウアアアアアアアアアアアア!!」


 雄叫びを上げる黒い犬、さらに湧き上がるいくつもの悲鳴。




 太陽が、沈み。

 絶望が、上る。


 恐怖の宴が、始まる。


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