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輪廻する一輪の花  作者: 零夜 純
第一章 日常は儚く脆く 前編
5/11

3 葵との日々

 姉(?)との電撃的な再会、それから数週間。

 葵はこの家に少しの間居候させてもらうこととなり、三人での暮らしは始まった。

 彼女はえらく家庭的で、料理や洗濯、掃除など男性陣二人がめんどくさがっていたことを進んで行った。

 葵曰く、泊めさせてもらうんだから最低限のけじめは必要、とのことらしい。

 そのあとボソッとあの男に借りを作りたくないしね、とも言っていたが。

 やはりどうも葵と晃は馬が合わないらしく、いつもいがみ合っている。

 今日の朝食ですら、目玉焼きには塩か醤油かで言い争っていた。

 ……実は仲いいんじゃないか?などと思ったりもするが。

 また、莉奈もよく葵とにらみ合っている。正確には一方的に莉奈が睨んでいるだけで葵はそんなこと歯牙にもかけていないのだが。

 二人の間で、何かあったのだろうか。女子同士気が合いそうだと思ったんだが。


 そして――葵は、いまだに理由を話してくれない。

 あの“炎の夜”についてと、葵が記憶を失い、取り戻した経緯を。

 晃も、俺を必要と言ったその理由を、語ろうとはしない。

 何度話を聞こうと思っても

 「……いつか、話すから待って」

 とその都度お茶を濁されてしまう。

 「今はまだ話す時ではない」

 晃に至ってはそうドヤ顔で熟練の老戦士風に言ってくる。

 なので、こちらも少しもやもやしたまま日々が過ぎ。



 「えー、それでは終業式を終えます。きりーつ」

 暖かくなり始めた陽気が、体育館の窓から差し込む。

 「ほら立花、起きて! 先生に怒られちゃうよ!」

 頬をぺちぺちと叩かれるが、幼馴染よりも眠気を優先させたのかまどろみ続ける立花。

 「気を付けー」

 愛すべき強面担任、はげ大名こと江島先生が一人だけぽつんと座り込む生徒に気付き、歩み寄る。

 そして、その少年の肩に手をやさしくぽん、と置き。

 「……んあ? ――――ひぃ!?」

 バスケットボール部顧問。その名に恥じないほどのごつごつした手の感触に、ようやく立花は目を覚ます。

 あの日以来何の異常もない右目をまぶたの上からごしごしこすり、安眠を妨害した戦犯を確認し。

 内面は菩薩の如く、外面は夜叉の如く。そのキャッチフレーズで有名な担任の顔を寝ぼけ眼で見た結果、思わず小さな悲鳴を上げる。

 「れーい」

 「神裂、後で職員室に来なさい」

 「は、はい……」

 僅かに震えながらそう答える立花に、莉奈は。

 「――はぁ」

 もう、と小さくつぶやきながら、連行される彼についていくのだった。

 時は三月後半、待ちに待った終業式のこと。


 「やっと終わった……」

 職員室の扉を閉め、教室へと歩く。

 「だから昨日言ったでしょ、早く寝なさいって」

 ずっと職員室の外で待っていたらしい莉奈が、後ろからついてくる。

 夢の世界から強制送還されてから十分近く。

 江島先生のことだからすぐ終わるだろうな、と思っていたがまさかの副担任乱入、そこからは地獄の説教タイムだった。

 来年受験なんだから~とかお前はいつもいつも~とか。

 この後学活が無かったらもっと長引いていたに違いない。

 「そうなんだけどね……」

 話しながら階段を上がり、廊下を歩いていく。

 「ただいま~」

 「お、立花おかえり~」

 教室に着くと、立花が連行されるのを目撃していたクラスメートが笑いながら出迎える。

 みんな、明日からの連休が待ちきれないのか浮足立っている。

 「ほら、席につけー。終学活始めるぞー」

 いつの間にか教室まで来ていた江島先生が、みんなを着席させる。

 窓の外に目を向けると、ちらほらと桜の蕾が。

 本日も、平和です。



 「「えぇ!? どうして!?」」

 立花と莉奈の少し寂しそうな声が重なる。

 場所は、立花の家。

 二人の前には、教科書やノートが広げられている。

 学校が終わったからと言って勉強を忘れてはいけないのが学生である。

 「ごめんね、立花。でも大学を辞めるわけにはいかないから……」

 葵は、悔しそうに言う。

 「え、ってことは……」

 「そう。とても残念だけど、来週には帰る予定なの。もともとここに来たのは、半信半疑な記憶を確かめるためだったんだし。そんなに長居する気はなかったんだけどね」

 つい、居心地がよくてね、と二人に聞かせる気はなかったのか小さく呟く。

 「でも……」

 せっかく、再会できたんだし。もっといてほしい。

 その言葉は、()に迷惑がかかるといけない、という感情に抑えられ、出てこない。

 そう。立花はしばらく一緒に暮らしていて、それを理屈抜きで感じ取っていた。

 彼女は、確かに立花の姉だと。

 一緒にいると、心が安らぐ。大きな何かに守られているような感覚が得られる。

そんな優しい感触が、すでに立花の心の中には芽生えていた。

 「大丈夫よ、立花。また、いつでも会えるから」

 そのわずかな感情の機微を見抜いたのか、葵が慈しむように言う。

 「私は、いなくならないから」

 葵は、そう言い聞かせるように呟く。

 何を思ってその言葉を放ったのか。それはもちろん――幼いころに他界してしまった親のことだろう。

 「……むぅ」

 完全に置いてけぼりの莉奈は、見つめあう二人に姉弟以上の感情はないと思いつつも頬を膨らませる。

 思っていても、感情がそれについてくるかどうかは別問題なのである。

「――そこで、一つ提案……というよりはお願いがあるのだけれど」

 不意に葵は、莉奈へと向き直る。

 「……?」

 突然のことだったからか反応が遅れる。

 気にせず、というよりそもそも莉奈に話しかけているのは確認(・・)を取るためだけなのだろう。葵は話し続ける。

 「明日、丸一日立花を貸してもらうわよ、もともとあなたのものではないのだけれど」

 「……何するんですか?」

 乙女のセンサーが何かを感知したのか、思わず語気が強くなる。

 「まぁ、少しの間会えなくなるのは確かだし、立花と思い出でも作ってこようかなって」

 「……それって、」

 「そうね」

 そこで一旦言葉を切り、莉奈へと顔を近づける。

 「言わばデートみたいなものかしらね。立花も行きたいでしょ?」

 そう莉奈にだけ聞こえるように言い、挑発するように彼女を見る。

 「……」

 ぐぬぬ、という心の声が聞こえてきそうなまま、言い返せずにいる莉奈。

 「うん、もちろんいくよ」

 単純に姉に誘われたことが嬉しいのか無邪気に、立花は答える。

 それがまた、莉奈の心をざわつかせていく。

 「……ふん」

 悔しげに鼻を鳴らす幼馴染を、立花は理由が分からないまま見ていた。



 そして、当日。

 「行ってきまーす」

 「適当に楽しんで来いよー」

 立花と葵が出かけるのを、晃となぜか今日も家に来ていた莉奈が見送る。

 「莉奈も今日はお出かけ?」

 莉奈がなぜか外出用の服を着ていたことから、疑問に思った立花が問いかける。

 「……ま、まぁね。私も用事が出来たから」

 ギクッ、と体を強張らせた後、ごまかすように答える。

 その視線は宙を漂い、顔はなぜか誰もいない食器棚のほうへと向かれ声は上ずっている。

 「「…………」」

 晃と葵は、そんな様子の少女を呆れたようなもの言いたげな目で見つめる。

 しかし、肝心の立花は。

 「そうなんだ、じゃあ莉奈も楽しんできてね」

 姉とのお出かけのことしか頭にないのか幼馴染の意味ありげな態度に気づかない。

 「……はぁ」

 莉奈は、落胆するようにため息をつくが、気を取り直して二人を送り出す。

 「行ってらっしゃい」

 「うん、じゃあまたね」

 「また会いましょう」


 「――さて、それじゃあ私も」

 「おい」

 「なんですか、晃さん。私には大事な用事が……」

 「やめとけ莉奈、ばれたら嫌われるぞ」

 「――くぅ……」

 「まぁまぁ、今日くらいは良いだろ、もう帰るみたいなんだし。お前はおとなしく家でじっとしてろ」

 「……はぁい」

 しょぼくれた莉奈は、とぼとぼと家を出ていく。

 「気を付けて帰れよ~」

 「…………」

 晃は手を振りながら、彼女がちゃんと帰路に()いたことを確認し空を見上げる。

 空は一点の曇りもなく、青く晴れ渡っている。はるか西の方にはちらほらと雲が見えるが、絶好のデート日和、すがすがしい休日の朝である。

 だが、しかし。晃は何やら不穏な気配を感じ取ったのか、表情をわずかに険しくさせる。

 「なんか、今日は嫌な雰囲気がするな……念のため準備はしとくか」

 遠い空に浮かぶ雲を眺め、晃は呟く。



 この日、何かが始まり。

 何かが終わろうとしていた。


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