2 それぞれの目的
呆気にとられた莉奈、初対面なのに懐かしいという相反する感情に困惑する立花、そして彼に抱き付き泣き出した雪のように美しい少女。
そんな三人を、凍った時の呪縛から解き放ったのは
「――なんだこの状況……」
外が少し騒がしかったので、どうしたんだろうと様子を見に来た晃のそんな声だった。
「え、立花、えと……姉……?」
莉奈の戸惑いの声が白の世界に響く。
それでも、抱擁を交わす二人は動かない。
晃は抱き合う二人を見つめる莉奈、という状況を脳内で整理する。
「……えっと」
彼は頭を掻き、必死に導き出した解答を迷うことなく口にする。
「修羅場……」「違います!!」
莉奈は、視線を二人に釘付けさせたまま叫ぶ。
その瞳は、心なしか悔しそうだった。
*
「……ふぅ」
晃が出したお茶を一服。全員が心を落ち着ける。
晃の家、その小さい居間に四人が座り込む。
ここまでに、十数分。
人の心とは、あわただしく落ち着きのないものである。
「――お茶、ありがとうございました」
誰もが口火を切るのをためらう中、少女は淑女然と言う。
「いえいえ、どういたしまして」
晃も、珍しく丁寧な口調で答える。柄に似合わず緊張しているのか。
「……で、結局あなたは何者なの?」
莉奈が、警戒心をむき出しにして問いかける。
はたまたそれは、ただの嫉妬心なのかもしれないが。
「そうね、ではまずは私から自己紹介と行きましょう」
肝心の少女は、そんなものどこ吹く風と聞き流しあしらう。
彼女は毅然とした態度で晃の方を向き、話し出す。
晃は一瞬たじろぐも、年長者としてのプライドかまっすぐ少女を見返す。
「私の名前は、神裂 葵です。年は19、京都在住、大学生です。そして……」
湯呑みを持ち上げ一口飲み喉を濡らし、莉奈の方を一瞥しすぐに晃へと視線を戻す。
「立花の姉です」
「――それは」「へぇ、私は聞いたことなかったけどなぁ?立花に姉がいたなんて」
晃が何かを言おうとし、それを遮る形で莉奈が食いついてくる。
「それは俺も聞きたかったことだ。俺たち、初対面のはず、だよな……?でもなんだか、不思議とそうでもない感じがして……」
立花が、思案顔で言う。
「……」
晃は晃で、何かを考えているのか難しい顔をしながら葵を見つめている。
三者三様の視線を受け止め、葵は語る。
「……それは、無理もありません。なぜなら、私でさえこのことを知ったのは数日前だったのですから」
苦々しげに表情を変える。
後悔や自責の念を浮かべ話す彼女に、しかし三人の反応は違った。
「「……え!?」」
晃は考え事をしている最中で正しくは二人、だったが。
「数日前……!?え、どういうこと?」
「それは……」
葵は、言葉を濁す。自分でも詳しくはわかっていないのか、それとも言えないことなのか。
「私も、最初は半信半疑でしたが……今日、立花に会って、間違いないと確信しました。それに」
葵は、いったん言葉を切る。
「……正しくは、“知った”ではなく“思い出した”ですけどね」
「思い出した……?」
忘れていたのか? 自分の、家族のことを?
炎の夜ですべてを失い、それでも残った唯一の肉親を?
もし葵の話が本当のことなのだとすれば、――いや、あの感覚からすれば、本当のことなのだろう――自分も、忘れていたというのか。
今でも忘れない。あの骨すら残らなかった両親の、葬式の日。
子供ながらに覚えた、天涯孤独という絶望に染められたあの日々。
それもすべて、自分が忘れていただけのことだったのか……?
あの夜から生き残ったと思われる、姉の存在を……?
「詳しくは、後で話すわ。長い話になりそうですしね」
苦悩する立花を心配そうに見ながら、そういい、先を促す。
「それよりも、あなたたちは? 私の立花がお世話になっているようですけど」
莉奈に目をやり、挑発的に一部語句を強調する。
「私の名前は、紅葉 莉奈です。立花と同い年で、幼馴染です」
莉奈も負けじと言い返す。
二人の間に火花が散る――かと思いきや。
「幼馴染……!?まさか、あなたもあの夜を……!?いやでも、嘘……?」
驚愕に染まる葵の顔。
驚くのも、無理はない。あの災害の生存者は、ごくわずかだったのだから。
だがしかし、葵の驚き方は何か“違う”気がした。具体的にどこが、とまではわからなかったが。
「え? “炎の夜”のこと? 私は、あの時……この街にいなかったから」
少し申し訳なさそうに言う。
彼女が帰ってきて伝聞したこと、見た風景。
あの凄惨な光景は、忘れたくても忘れられない。
ましてや、それを体験した者にとっては。
「そう、……運がよかったわね」
葵は目を伏せ言う。
「それで、あなたは? 見たところ、社会人のようですけど」
矛先を向けられたことに気付かず考え込む晃の脇腹を立花はつつく。
「ん?俺?そうだなぁ……」
言葉を区切り、立花の方を見る。
ま、いっか、と小さくつぶやき、葵の問いに答える。
「立花の、遠い親戚、ってとこだな」
「親戚……?」
葵は、いぶかしむように晃へと視線を向ける。
うちに、親戚はいないはず……と、呟く。
「え?いやだって現に……」
親戚でもなければ育ちざかりの孤児を引き取ろうなんて人はそうそういまい。
「お名前は……?」
そんな立花の言葉を受け、確認しようとするが。
「宵月、晃」
その名前を聞いた彼女の反応は、劇的だった。
大きく目を見開き、雷に打たれたように呆然とする。
「まさか、あ……」
「そ、俺が今まで立花の面倒見てきたの」
いつものひょうひょうとした口調で言う晃の目は、鋭かった。
葵が何を言おうとしたのかわからないが、その先は言わせまいとする強い意志を感じる。
「保護者として、“危険もなく”、“安全面に気を使って”、普通に育てたぜ?」
「…………ありがとうございます」
しぶしぶ、という声を絞り出す葵。
この様子だと、葵は晃に会ったことがあるらしい。
だが、どこで……?
弟のことも、つい先日“思い出した”ばかりだというし。
会うタイミングなど、どこであったのだろう。
無言で牽制しあう二人。
葵の糾弾するような視線を、悠々と躱す晃。
完全に蚊帳の外の二人は疑問符を頭に浮かべ、互いを見合う。
しばらく、静寂が場を満たす。
ふと葵は視線を逸らし立花を見つめ、考え込むように目を閉じる。
そして逡巡の末結論を導き出したのか、少女は切り出す。
「立花を……私の大切な弟を、こんなところに置いてはおけません。立花、お姉ちゃんと一緒に京都で暮らそう?」
すぐさま、空気が凍り付く。
「「え……?」」
立花と、莉奈の声が重なる。
「私と一緒に、京都へ帰ろう? お金などの心配もしなくていいよ。お姉ちゃんが全部何とかするから」
「待って待って!それって……」
莉奈が、彼女の言葉を慌てて遮る。
「はい、何でしょう?」
「いつから……?まさか、すぐとかじゃ……」
「いえ、出来るだけ早く移動する予定にします。これ以上ここにいては……」
ちら、と晃の方を見、視線を莉奈へと戻す。
「何に巻き込まれるか、わかりませんからね」
おいおい失礼だなぁ、と晃は軽く笑う。
「でも……」
それでも、食い下がる莉奈。
葵は、あくまでも冷静に答える。
「やっと会えた、唯一無二の家族なんです。それを、今まで通り離れ離れに暮らせと?」
「……」
助けを求めるように、立花と晃の方を見る。
その眼には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「立花は、どう思ってるの……?やっぱり、」
そこから先は、言葉が続かない。
口にしてしまうと、実現してしまいそうで。
遠くへ離れて行ってしまいそうで。
「俺は……」
黒と赤、二つの視線を受け、立花は返す。
「正直、今は驚きの方が大きくて、わからない。だから……」
「考える時間をくれ、か。大丈夫だ立花、その必要はない」
突然、晃が立花の言葉に割り込む。
彼らしからぬ、その強い主張に立花と莉奈は黙り込む。
「――それはどういう意味ですか?」
「そのままの意味さ。立花は、ここに残る。そうだな、お前もここに住むか?」
その言葉に、莉奈は表情を輝かせ晃を見る。
敵の敵は味方、ということわざの通り。
「理由を聞いても?」
「強いて言うならそうだな、俺には立花が必要だからだ」
にはいかず、ぴしり、と莉奈が固まる。
まさかの第三勢力であった。
「いやいやいや待て待て莉奈お前そういう意味じゃないから落ち着けちょっとおい」
慌てたように弁明する晃。
立花もいつの間にか距離を取っている。
「だから、俺のにも目的があるんだよ。もちろん、立花を危険にさらす気はさらさらないが」
やけくそ気味に訂正するが、立花の距離は縮まらない。
一回地に落ちた信用は、取り返すのに膨大な時間を要するだろう。
「どんな目的ですか?」
「言えない。お前にも言えないことの一つや二つ、あるだろう?」
きっぱりと、言い放つ。
何か思い当たる節があるのか、それについては言及せず、考え込む。
「……いいでしょう。ただし」
立ち上がり、ビッと晃を指さす。
「私も立花の考えがまとまるまで、ここに住まわせてもらいます」
宣戦布告をしてきた葵に対し、晃は座ったまま返す。
「おういいぜ?いつまでもここに住むがいいさ」
「わ、私も……」
「はい?」「ん?」
「何でもないです……」
自らも名乗りを上げようとするが蛇ににらまれたように委縮する莉奈。
それにしても。
「――当事者である俺はそっちのけなのね……」
と呟く立花の声は、にらみ合う二人と一人には届かない。
標的を狙い定める虎を思わせる眼光を放つ葵。
それを悠々と睨み返す竜のような余裕を見せる晃。
その二人の間でおろおろするハムスターのような莉奈。
……なにはともあれ。
家族が一人増えて、これからもにぎやかな毎日になりそうだな、と立花は他人事のように思った。
やっぱり動きが少ないと書きにくいですね。
まだまだ自分が未熟な証拠だと思うので頑張っていきたいと思います。




