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輪廻する一輪の花  作者: 零夜 純
第一章 日常は儚く脆く 前編
3/11

1 出会い=再会=初対面

 「うぁ~、やっと終わったぁ……」

 立花は椅子の上で思いっきり伸びをし、凝り固まった体をほぐす。

 時刻は、午後四時ほど。窓の外へと目をやると、日も落ち始め雪が降り始めている。

 みんな、この時をどれほど待ちわびたことだろう。

 教室を見渡すと、クラスメートは様々な表情を浮かべている。

 安堵する者、不満げな顔の者、天に祈りをささげるポーズをとったまま動かない者。

 そんな中、先生は悠然と机の間を練り歩き、プリントを回収していく。

 

 プリント――否、それはただのプリントではない。

 みんなの汗と涙が染み込んだそれは、多くの学生に恐怖と諦観を植え付けるテストの答案という紙だ。

 

 みんなの解答用紙をまとめ終え、先生は教卓の後ろに仁王立ちする。

 容姿と性格の不一致が生徒に人気な我らが担任、はげ大名こと江島先生だ。

 彼は、固唾を飲んで見守る生徒たちを見まわし、堂々と宣言する。

 「はいみなさん、これで学年末テストは終了です。お疲れ様」

 その瞬間、クラスの心が一つになったことは言うまでもない。


 

 「立花、お疲れ~」

 「いやほんとに疲れたよ……」

 放課後。これ以上学校になんていられるか、と帰る準備を進めていると後ろの席の莉奈に話しかけられる。

 手に持っていた筆箱をかばんにしまい、後ろを振り向く。


 莉奈は珍しい髪質をしていて、薄く紅色が混ざっている。

 邪魔だから、という理由でショートにしているその髪から覗く瞳にも、黒にほんのり赤がさしている。

 また、細く整った顔立ちと、起伏の少ないスレンダーな体、そしてその性格からはボーイッシュな印象を受ける。

 彼女は、唯一といっていい“炎の夜”以前からの知り合いだった。

 クリスマスの日、旅行に行っていた彼女と家族は難を逃れた。

 そのかわり帰る家を失ってしまったが、今もたくましく生きているらしい。

 

 「こんなんで疲れてたら、来年どうすんのよ?もうこの時期、高校受験始まってるよ?」

 「うわ、嫌なこと思い出させないでよ……」

 立花は現実から逃れるように、再度窓の外に目を向ける。

 あぁ、雪景色きれいだなぁ。もう少し積もんないかなぁ……。

 「こら、もうそんなんじゃだめだしょ?晃さんにも迷惑かかるよ?」

 莉奈はがっ、と立花の顔をつかみ強制的に自分の方へ向かせる。

 「うわ、ちょ、」

 莉奈の顔が急接近し、狼狽する。

 自分を見つめる、吸い込まれそうな瞳。

 ざわついた心を表に出さないように目をそらす。

 「いいだろ別に、今日くらいは。テスト終ったばっかなんだし」

 「はぁ、……今日だけだからね?」

 そう言い、莉奈は立花を掴んでいた手を放す。

 「心配すんなって。また今回みたいに勉強教えてくれればどこでも行けるよ。莉奈教えるの上手いし。」

 「……ん、じゃあ今度はもっと厳しくいくからね?」

 急にさっきの行為が恥ずかしくなったのか、顔を伏せながら言う。

 「おう、覚悟はしてるぜ」

 莉奈は、その答えに満足したのか俯いた状態のまませかせかと荷物をまとめ始める。

 話はこれで終わりかなと思い、立花も自分のバッグに向き直る。

 「それにね」

 クラスメートたちの喧騒を聞きながら黙々と支度を進めていると、背後でぽつり、と莉奈がつぶやく。

 「どうした?」

 振り返らず、手を動かしながら言葉を待つ。

 「私も、立花と同じ高校行きたいから」

 勇気を振り絞るための数秒の間を置き、発された莉奈の言葉は。

 「おーい立花、今日雪降ってっし雪合戦でもしようぜ~!!」

 というクラスメートの声にかき消され、立花には届かなかった。

 「いや、今日はいいや。予定入ってるし、すまんな悠斗」

 「え~、まじかよ~。今日こそは俺の秘技三連バーストを見せてやろうと思ったのに」

 ちなみに名前通りに小さな雪玉を三つ同時に持って投げる技らしい。

 「まぁまぁ、今度でいいよ。あと秘技なら実践まで隠せよ」

 「“隠すなど臆病者のすることだ!”って昨日漫画で言ってたからな」

 「能ある鷹は爪を隠すって知ってる?」

 胸を張って言い張る悠斗に、莉奈が突っ込む。

 声音から、どことなく不機嫌さを感じるが……気のせいであって欲しい。

 「え、まぁそれはそれ、これはこれってことで」

 あっけらかんと言い放つ。

 “お前の覚悟はその程度だったのか”って同じ漫画の同じキャラクターのセリフがあった気が。

 「ま、いっか。また今度遊ぼうぜ、じゃあな」

 手を振り、別の友人を勧誘しに行くクラスメート。

 俺たちの方から走り去りながら、おぉ莉奈怖ぇ、と呟いてたのが本人の耳に届いてないといいんだが。

 「じゃあ、俺たちは帰るか」

 莉奈に声をかけ、教室の扉へと歩いていく。

 「……」

 莉奈は無言で立ち上がり、すねたように顔を伏せたまま俺のあとをついてくる。

 「そういえば、さっきなんて言ったんだ?」

 スライド式のドアを押し広げながら、莉奈に問いかける。

 「……知らない」

 莉奈が後ろ手で閉めた扉からは、ガチャッ、と大きな音がした。



 「おー、寒っ」

 言葉とともに、白い息が天へと昇っていく。

 両手に買い物袋を携え、スーパーから外へ歩きだすと襲ってきたのは強烈な温度差。

 肌を刺すような冷気に、体が熱を逃がすまいと委縮する。

 「あと一か月くらいの辛抱だね」

 莉奈が傘を差しながら言う。

 「そうだな……これが春前の最後の雪だと思えばそれも感慨深いものだな」

 春からは受験生か……やだなぁ。

 「立花、ん」

 先のことを考え少し憂鬱としていると莉奈が傘を差しだしてくる。

 「さんきゅ」

 両手がふさがっている俺は、素直に傘の中に入る。

 雪を踏みつけざくざく音を立てながら、いつもの道を歩いていく。

 「今日は、ありがとな。俺んちで祝ってくれて」

 「気にしないで、私が好きでやってることなんだから。それに、男二人ってのもむさいでしょ?」

 「……確かに」

 立花は、晃と二人でのパーティーを思い浮かべる。

 ……うん、ないな。

 「いや、ほんとに助かる。それにいくら晃でもパーティーメニューみたいなのは作れないだろうしな」

 そう笑いながら言う。


 「おっと、すみません」

 傘と雪で若干視界が悪くなっていたのか、反対側から歩いてきていたサラリーマン風の男と肩がぶつかってしまう。

 「いえいえ、こちらこ……」

 そ、と続けようとしたその瞬間、立花の身にそれ(・・)は起きた。

 ――ザ……ザザ…………ザ……

 「……!?」

 突如頭を走り抜ける、ノイズ。

 音量も決して大きいわけではない。それなのに、異様な存在感を発する。

 「?」

 男は、急に挙動不審になった立花のことは気にせず、通り過ぎていく。

 「立花……?」

 莉奈が、顔を覗き込んでくる。

 莉奈にも聞こえていない、このノイズ。

 だがそれよりも、奇妙なのは。

 ――なぜ、この右目から発生(・・・・・・)しているように感じるのだろうか?

 「だ、大丈夫」

 そう莉奈に言い、もしかしたらさっきの男が何かしたのか、と思い後ろを振り向く。

 その男は、なんの変哲もないスーツを着て、普通のビニール傘を差した、なんの違和感もない人だった。

 

 ――その男の頭上に、不気味に笑う髑髏が浮かんでいたこと以外は。


 「!?」

 目をこすり、何度も確認してみる。

 それでも、けたけた笑う髑髏は、消えない。

 「え……?」

 必死に、数秒前の記憶を掘り起こす。

 確かに、ぶつかったときにはあんな髑髏はいなかったはず。

 「本当に大丈夫なの、立花?」

 莉奈が、心配そうに聞いてくる。

 頭が疑問符に満たされていくように感じた立花は、逆に莉奈に問い返す。

 「莉奈、あれ、なにに見える……?」

 髑髏を恐る恐る指さす。

 それに対する莉奈の答えは。

 「え、あのおじさん?それともあのちょっと太ったおばさん?……それともあのきれいな女の人?」

 莉奈が、最後だけトーンを落として言うが、立花はそんな機微を感じれる状態にない。

 「……」

 もう一度、宙に浮かぶ髑髏を見てみる。

 あれが見えていたら、あれに注目しないはずがない。

 立花本人にしか、見えていないもの。

 ――それなら、無理に心配させる必要もない。

 「……いや、気のせいだった。ごめんごめん」

 髑髏を注視しながら、莉奈に返す。

 「ふぅん、ならいいんだけど。」

 声がだんだん低くなっていっているのは、気のせいだろう。

 髑髏を浮かべた男も、少しすると雪景色と人ごみの中へ消える。

 ノイズも、いつの間にか止んでいる。

 過ぎ去ってみれば、単なる見間違えだったのではとさえ思えるほどに。


 もうすぐ、次の角を曲がれば立花の家に着く、そんなとき。

 「……あ、もしかして、さっきのって!!」

 謎のノイズと髑髏のことなど脳裏の端へと追いやられたころ、莉奈が言う。

 「……え、何か分かったの!?」

 そもそも何について話しているのか理解するのに、数秒を要する。

 「うん、それって、あれでしょ?思春期特有の……」

 思春期!?

 あの禍々しい髑髏に似合わない言葉。

 何を言い出すのか、と待ち構える。

 はたして、彼女の口から出てきたのは。


 「“中二病”ってやつでしょ!!」


 「……いや、違う。絶対に」

 「えー、だって、そうじゃない?急に頭抑えたり虚空を見つめたり……」

 「だから、そういうのじゃないって!」

 「いや、でも……」

 わーぎゃー、と言い合いながら家へと通じる最後の角を曲がる。



 最初に気付いたのは、莉奈の方だった。

 彼女が口をつぐんだのを見て、何かと思い立花もその視線の先を追う。


 立花の家の前には、雪の妖精が立っていた。


 もちろん、本物の妖精なわけがない。

 だがそう思わせるほどに、彼女は美しく、神秘的だった。


 長く、艶やかな黒い髪。

 羽織っている純白のコートと、空から舞い降りる雪に対する黒髪のコントラストがさらにその美しさを映えさせる。

 傘も持たずに立っていた彼女は立花たちの視線を感じたのか、二人の方を振り向く。

 人形のように美しい顔立ち。ほくろなど一つもないきめ細かい白い肌が、雪と相まって人形らしさを際立たせる。

 そのぱっちりと開いた黒い瞳が、立花を捉えた瞬間――彼女は立花へと走り出す。


 「立花、立花!本当に立花なの!?」


 歌うような、透き通った声が響く。

 少女は、いまだに動けないでいる立花へと走り寄り……思いっきり抱き着く。痛みが走るほど、強く。

 「……え、」

 莉奈は、それで魔法が解けたように動き出す。

 だが突然のことに何をすればいいのかわからず、立花と少女との間で視線がぐるぐる回る。

 立花は、衝撃的な出来事の連続に少女になされるがままとなっている。

 初対面の、少女。なのに、どこか懐かしい感じがするのは、なんでだろう。


 「立花、会いたかった!!もう絶対に、一人にしないから……!!」


 少女は、抱き着いたまま、感極まったかのように泣き出す。

 感動の再会(・・)を、喜び。祝い。幸せを、噛みしめ。


 「お誕生日おめでとう、立花……!! お姉ちゃんが、迎えに来たよ……!!」


 誰かは、わからない。

 記憶の奥深くを探しても、彼女が誰なのか、わからない。

 それでも。

 なぜか、心が痛い。

 

 立花の目からは、いつの間にか涙があふれ出していた。



 冬も終盤の、移り変わりの季節。

 それは、出会いと、喜びと、――の季節。


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