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輪廻する一輪の花  作者: 零夜 純
第一章 日常は儚く脆く 前編
2/11

プロローグ 炎の夜

 「ハァ、ハァ、ハァッ」

 走る。

 燃え盛る大地の中を。


 「ハァ、ハァ、ハァッ」

 走る。

 焼け散る草木の合間を縫って。


 「ハァ、ハァ、ハァッ」

 走る。

 崩れ落ちる家屋を避け。


 「ハァ、ハァ、ハァッ」

 走る。

 散乱した血肉を踏み越え。


 赤。紅。朱。緋。

 赤、赤、赤、赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤。

 赤一色に塗りつぶされた世界。


 「カハッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ」

 走り続ける。

 あらゆるものが無情な赤に彩られた視界を、突き進む。

 何のために。どこへ向かっているのか。いつまで走り続けなければならないのだろうか。

 そんな問いに答えてくれるものなど、いなかった。


 ある年の、平和なクリスマス。

 聖夜に突然現れ全てを赤に染めていったそれ(・・)から、逃げるように。

 視線を向ければ、そこにかつてあったものたちも。

 ――冒険ごっこをした細道も

 ――友達と遊んだ公園も

 ――長年過ごした家でさえ

 なにもかも。その視界に映るものはすべて破壊しつくした怪物(・・)


「ハァッ、ハァ、ハァ、ハァッ」

 幼い体で、何十、何百メートルと走り続ける。

 手を振り、足を突き出し、一歩でも遠くへ。

 もうとっくに体力は尽きているはずなのに――何かに腕を引かれるように、変わり果てた街を進む。


 「……!?」


 不意に、崩落した建物の一部に足を取られる。

 足に限界が来ていた少年は、そのままバランスを崩し道路に身を投げ出してしまう。


 「……、…………!!」

 少年の体は、前進していた勢いそのまま地面を転がる。

 アスファルトに体を打ち付け、血がにじんでいく。


 「…………」

 全身を襲う鈍痛にもがき苦しみ、まだ小さなその体を赤ん坊のように丸める。

 痛みに涙が滲んできた彼の瞳に、それ(・・)が映る。


 一歩一歩、緩やかな足取り。

 されど、決して逃げきれず。

 足を踏み出すごとに、希望が失われていく。

 ――それは、この街を地獄の業火で包み込んだ者の、影。


 数分、いや数時間にも感じられたその歩みは、地にひれ伏す子供の前で止まる。

 絶望とともに見上げると、それ(・・)は。

 禍々しく、それでいて雄大な。

 人智の及ぶ範囲を、はるかに超越した。

 そう、それはまるで。

 「神」か「悪魔」のような――


 「…………ッ!!」

 幼い心に深々と突き刺さる、威圧感。

 まるで蛇を前にした蛙のように、体の芯からすくみ上がる。


 「……!……!」

 必死に叫び、痛みなど無視して地面を這おうとする。

 しかし己の意思とは反対に、石のような手足は微動だにしない。


 「―――――――」

 それ(・・)は何か言い、そして幼子へと手を伸ばす。

 目の前で両親を殺した、その腕を。



 無残に広がり、焼け野原と化した故郷。

 ――人は、何のためにうまれてくるのだろう。

 儚く散っていく、無数の命の花。

 ――人の命は、何故有限なのだろう。

 死が、目前に迫ってくる。

 ――人は、死んだ後どこへ行くのだろう。

 急速に、混濁していく意識。

 ――誰か、俺に答えを。

 ――――教えてくれ。



                     一条の閃光が、世界を貫く――――



 「!!!! …………はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 朝。

 窓の外から聞こえる、スズメの歌声。

 カーテンの隙間を縫うようにして差し込む太陽の光。

 炎も飛び散った血肉も一切見当たらない、見慣れた自分の部屋。

 「おい、大丈夫か?」

 寝起きのぼんやりとした視界に映った人影が、心配そうにのぞき込んでくる。

 「はぁ、……ふぅ。いや、なんでもないよ。また、あの日の夢を見ただけ」

 涙のたまった目元を拭い、息を整える。

 全身から噴き出した嫌な汗が、頭を冷やし動悸を静めていく。

 「……そう、か」

 目の前に立った影、(よい)(つき) (あきら)が安心したような声を出す。

 早めに起きて朝食を作ってくれていたのか、台所に明かりがついている。

 「まぁ、大したことないならそれでいい。」

 そう言って、俺の同居人は手に持ったタオルをふわり、と投げてくる。

 「ほら、寝汗すごいぞ?まだ朝メシ出来てねぇからシャワー浴びてこい。」

 ……確かに、服が肌に張り付いてしまってちょっと気持ち悪い。

 「サンキュ、じゃお言葉に甘えて」

 タオルを手に取り、わずかな疼きを発する右目を押さえ立ち上がる。

 

 「あぁ、晃」

 「ん、なん?」

 「おはよう」

 「おはよう、立花」



 蛇口をひねり、少しぬるめのお湯を出す。

 「ふぅ……」

 気持ちいい。

 強張った体が、ほぐされていく。

 悪夢を見た後に生じる体の鈍さ、緊張が解けて汗と一緒に排水溝へと流れていく。

 ……悪夢、と言えば。

 キュッ、と再度蛇口を捻り流れ出す水を止める。

 椅子に座り込み、鏡に反射した自分の瞳を見つめる。

 片方だけ、濁った色をした自分の目。

 これはあの夜、五年前のあの日に負った、怪我だ。

 忘れたころに見る、あの悪夢。

 あれは、ただの夢ではなく――過去の、記憶。

 

 幼いころの、過ぎ去りし記憶。

 小三の冬、十二月二十五日。

 喜びにつつまれていた街を突如襲った、災厄。

 今も忘れはしない。見渡す限りの業火と、肌が焼けるほどの熱波。

 その日俺は、全てを失った。

 家族も。友達も。住む場所も。何もかも。

 でも、俺だけはあの大火災から助かることができた。

 ()()に、助けてもらえたおかげで。

 右の瞳も、その時に負傷したらしい。

 煙にやられ、失明にまでは至らなかったが、今でも少し妙な疼きが走ることがある。


 「…………ん、あれ?」

 原因不明の、大火災。真相はいまだ解明されないまま、過去の遺産として放棄された事件。

 その時、火災に巻き込まれ全てを失った少年。

 あってる、はずだ。

 「でも、夢……」

 今日の見たあの日の記憶は、いつもと少し違っていた。

 どこが、とまではわからない。

 でも、誰かに手を引かれる感触。それは、うっすらと残っている。

 いったい、誰のものなのだろう。

 ……そもそもどんな夢だったっけ?


 「まぁ、いっか」

 過去は、記憶は劣化し、風化していくもの。

 あれから、五年もたった。僕はもう親の顔もうっすらとしか思い出せないし、街も当時の華やかさを取り戻しつつある。

 感傷的な気分を振り払うべく、頭を振る。

 髪から跳ねた水しぶきが、壁をうち軽い音が鳴る。

 「今日もテスト、がんばるか」

 暗い過去より、明るい今。

 試験に遅刻なんてしないためにも、早く朝食を食べてしまおう。



 「お、立花おかえり、もうメシ出来てるぞ。」

 風呂場から出ると、居間の机の上にはすでに朝食が並べられていた。

 作り終わって立花を待っている間暇になったのか、席に座って携帯をいじっている晃。

 「手伝えなくてわるい」

 「気にすんな、ほら早く食うぞ」

 「「いただきます」」

 晃の対面に座り、食べ始める。

 トーストにハムエッグ、サラダに牛乳。

 いつものらりくらりとしているこの(ひと)が、こんなまともな朝食を作るなんて、いつまでたっても信じらんないな。

 「んぁ?なんだ?」

 視線に気づいたのか、フォークをほおばったままこっちを向く。

 「いや、何でもないよ」

 「……それならいいんだが。なんか失礼なこと思われた気がしてな」

 「そ、そんなことないよー?」

 そう言い、会話を打ち切るように口に食べ物を詰め込んでいく。

 うん、やっぱりなぜかおいしい。


 ――晃は、火災のあと俺を引き取ってくれた、叔父。もともと一人暮らしをしていたらしく、またモットーが“体は資本”らしいので、ごはんには手を抜かない。

 年は、二十代前半。ぼさぼさの髪と、精悍なのにどこか気の抜けたような顔立ちが特徴的。俺を引き取る前は、各地を転々としてお宝さがしのようなことをしていたらしい。本当かどうかは知らないが。

 

 「……ごちそうさま」

 「おう、食器は適当に流しに置いていてくれ」

 「うーい」

 一足先に食べ終わった晃は、また携帯で何かをいじっている。

 「それにしても、お前今日テストなんだろ?早く支度しないでいいのか?」

 家では仕事をしている素振(そぶ)りをあまり見せない人にはあまり言われたくないが、しょうがない。

 「いまするとこだよ、もうすぐ莉奈が……ってほら」

 

 ピーンポーン


 ちょうどその時、部屋に誰かが来たことを告げるチャイムが鳴る。

 「はいはーい」

 晃が、めんどくさそうに応じる。

 「おはようございまーす、晃さん。立花、起きてますかー?」

 ドア越しに、元気な声が聞こえる。

 「寝てるよー」

 「寝てないから!適当なこと言わないでよ……」

 いいかげんなことを言う晃に文句を言いつつ、ドアを開ける。

 「おはよう立花、相変わらず寝癖ひどいよ?」

 数少ない、幼馴染が笑顔でそんなことを言う。

 「おはよう、そして俺はさっきシャワー浴びたばっかなんだが?」

 そんなに俺の髪質はすごくない。はず。

 「はは、冗談冗談。真に受けないでよ」

 からからと軽快に笑う莉奈につられ、俺も吹き出す。


 みんな笑顔で笑いあえる平凡な一日が、今日も始まろうとし。

 そして今日で終わろうとしていた、そんな朝。



 遠く離れたビルの上に、紅蓮のコートを纏う者がいた。

 人のようで人ではない、そんな不思議な存在感を放つ人影。

 ふと彼は、さんさんと輝く太陽を眩しげに見上げ、呟く。


 「約束の時は来た。面白いものを見せてくれよ?」


 眼帯をした右目に手を当て、にやりと笑う。

 そして彼はコートを大きくはためかせ、身を翻し……影に溶けるように、消えた。


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