表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
輪廻する一輪の花  作者: 零夜 純
第終章 天高く舞い上がる夢の残滓
1/11

0 終わりへと導かれていく少年

 時は20XX年、二月。

 魔獣(イーター)という存在が恐怖され、畏怖され。

 一部では、祀られ、崇められ。

 今や世界を構築する“常識”の一つとして知れ渡った時代。

 気温が氷点下に達した、とある日の日本の中心、東京。

 その年最大の雪が降りそそぐその光景は、幻想的な雰囲気を醸し出している。

 混沌とした世の中に、しんしんと零れ落ちる空の欠片。

 ――一瞬。

 瞬きにも満たないそのわずかな時間。

 東京を駆け抜けていた、一陣の風が――止む。


 都内中心部の、某所。……が、都心にはとても見えない荒廃した空間。

 整備されていた道路は、アスファルトが剥がれ落ち。

 天を突かんがばかりにそびえたっていたビルは、崩れ落ちコンクリートやガラスの山と化し。

 申し訳程度に植えられていた鮮やかな緑の木々も、燃え尽き灰となり。

 それはまるで絨毯爆撃のあとのような、何もない閑散とした更地。

 かつて栄華を誇っていた都市は、盛者必衰の理を示すが如く消え失せている。

 少しずつ、少しずつ。そんな場所に、白い天の綿が積もっていく。

 激戦の跡地を、やさしく包み込むように。


 白一色へと変化していく風景の中、染められぬ黒点が一つ、二つ。

 氷の結晶が舞い落ちるこの地に、自らが冷えることをいとわずに膝をつき少年に体温を分け与える少女がいた。

 二人が身に着けているのは、遠目でもわかる漆黒のコート。

 それぞれの全身を包み込み、左胸には歪な魔方陣が描かれている。

 二人が羽織っているものは同じコートだが、少年の方は……傷だらけ。

 特殊な繊維で編んだコートには、至る所に裂け目が走り、ちぎれている。

 まさに、満身創痍を体現したような、戦いの激しさを彷彿とさせる姿。


 ポタッ……ポタッ……


 少年の力なく垂れた腕を、赤い液体が伝う。

 純白の地面に、紅の波紋を広げていく。


 『―――――――――――――』


 少女が、なにか呟く。

 不思議な、不自然な“重み”の籠った言葉。


 『―――――――――――――』


 それはそう、呪文、とでも呼ぶべき文言。

 少女が、丁寧に詠唱を終える。

 その刹那。

 ――轟ッ!!

 ()()()()空間から、突如炎の塊が出現する。

 否。それは、紅蓮の炎を纏った、全長4、5メートルの巨鳥。

 罪の浄化、再生、そして輪廻という意味を持つ、伝説の霊鳥・不死鳥(フェニックス)

 その身から放たれる熱で、辺りの雪を溶かし下に秘められた爪跡をあらわにしていく。

 「……………………………」

 少女が、少年に身を寄せたまま傍らに立つ不死鳥(フェニックス)に、声をかける。

 主の(めい)をうけ、炎の鳥はバサッと幾重にも輝く翼を広げる。

 すると、黄金色に煌めく火の粉とともに、やさしい光が放たれる。

 熱波は二人へと降り注ぎ、傷ついた少年から一時も離れない少女ごと、四肢に浸透していく。

 途端に、少年の全身を覆っていた傷がみるみるうちに癒えていく。

 裂傷はふさがり、流出していた血は止まり、断たれた筋繊維は癒着していく。

 まさに、不死鳥(フェニックス)の“再生”を想起させる光景。

 いかなる傷も命さえあれば治せる、そんな恐るべき神の御業の一端を目の当たりにしつつも――少年を想う彼女の顔にかかる影は、晴れない。

 やがて、不死鳥はその優美な翼をたたみ、光を収める。

 少年は、服はぼろぼろのままであったが傷一つない状態になっている。

 それなのに。

 少年は、顔面蒼白で今にも息絶えてしまいそうな弱弱しい姿のまま体を弛緩させている。

 病気や、怪我などではない。

 そのようなもの、不死鳥(フェニックス)の“再生”の前では、塵芥に同じ。

 ――彼の体からは、“あるもの”が失われていた。

 それは、“生命力”とも、“人に与えられた時間”ともいえる、致命的なもの。


 ……不意に。

 悲しみが涙となり、少女の瞳から流れ落ちる。

 ハッ、とそのことに気付いた少女は、片手で溢れ出す液体をぬぐう。

 ぬぐったそばからまた流れていく涙を、何度も何度も。

 干上がることのない悲しみで、コートの袖を濡らし続ける。

 「ぐすっ……ひぐっ……、うぅ……」

 白に塗りつぶされた無音の世界に、少女の押し殺した嗚咽が響く。

 二人以外、だれも存在しないかのような世界。

 「う、ぐ……」

 少女が泣く声を聴き、目を覚ました少年はうめき声をあげながらだらりと垂らしていた手を少女の濡れそぼった頬へと伸ばす。

 赤く腫れた目から降りる線をなぞり、少女の手を柔らかく握りしめる。


 『すべてが終わるその時まで、もう泣かない』


 いつか、少女が少年と交わした約束。

 「ったく、こんな時くらい素直になれっての」

 少女は、いつもと変わらない少年の態度に悲しく微笑み、弱り切った少年の体に縋り付く。

 「ただ……」

 弱った体に鞭をうち。

 少年は言葉を紡ぎだす。

 「最後にもう一つだけ、約束してほしいことがある。」

 刻一刻と迫る終わりの時を感じながら、語り続ける。

 ――それはかつて少年の腕のなかで死んだ、兄であり師であり友人だった“彼”のように。

 それを知ってか否か、“最後”という言葉に身をこわばらせる少女。

 少年は、それを感じ取り強く抱きしめ返す。


 「これからは……今度こそ、何があっても泣かないでくれ。

  もう俺は、お前の隣で涙をぬぐってやることはできないんだから。

  だから、きついかもしれないが……これを、最後の涙にしてくれ」


 ――じゃないと、俺も安心して死ねないだろ?

 そう言いながら、少年は。

 弱弱しくも……笑っていた。

 「……うん」

 その最後の約束を心に刻み付け、うなずく。

 それを見て少年はもう一度微笑み、少女をあやすように頭をなでる。

 「ありがとうな、――――――――――」

 少女の名前を呼ぼうとしたのだろう。

 だが無情にも、その瞬間……別れは訪れる。

 パァ、と少女をなでていた手が青白く輝き、指先から徐々に光の粒子となって消えていく。

 「……もう、か」

 輝きが、指先から手へ、手から腕へと広がっていく。

 遺体すら残らない、綺麗な……そして残酷な、死の訪れ。

 超常の力を持ち、そしてそれを使いすぎた者への罰。

 もしくは――戦うことを義務付けられた者たちの生涯に対する、“安息”という名の救い。

 ぎゅう、と一際強く抱きしめる。

 お互いがお互いの体温を、命の暖かさを確かめるように。


 サラサラ……


 手が。足が。少しづつ、天へと還っていく。

 青白い軌跡を描きながら、暗闇の寒空へと昇っていく。

 「じゃあ、な。俺の、分まで、強く……生きろ」

 最後に残った力で紡ぎだした、一言。

 去りゆくものが、残されるものへと継承される、意思。


 ――それと同時に。


 儚く、少年の体が輪郭を残さず砕け散る。

 白黒の世界に、ほんの一瞬だけ青白い煌めきを残して。


 

 「立……花……?」

 呆然と、広大な世界に一人取り残された少女は呟く。

 彼を――愛する人と、過ごしてきた日々を思い出しながら。


 「立花……? ねぇ、立花、立花ぁ……?」

 信じたくない、信じられないと少女は呟く。

 覚悟はしていたはずなのに――溢れ出す感情を抑えきれずに。


 「立花……、ひぐっ、行かないで、立花、立花ぁぁぁぁぁああああああああああ!!」

 そして少女は、慟哭を上げる。

 感情を、爆発させる。

 恥も、外聞も、全てをかなぐり捨てて――泣き叫ぶ。

 喉が、潰れるまで。

 涙が、枯れるまで。

 平和だった彼らの世界を、壊した――彼女と立花を引き裂いた者を、呪うように。

 立花との最後の約束を、果たすため――強く生きると、決めた。


                  *


 一人の少年の、死。

 愛し、愛され。

 憎み、憎まれ。

 惑い、惑わされ。

 狂い、狂わされ。

 壊し、壊された。

 平凡であった日常を、いともたやすく反転させられた、一人の人生。


 これは、「死」という誰にでも起こりうる結末へと導かれる――悲しい物語。

 激動の時代を生き抜いた少年の。

                ――ハッピーエンドになりえなかった、お話。


読んでいただきありがとうございます。

これからも読んでいただけると幸いです。

誤字脱字の報告、感想等お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ