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雨の中、昨日と同じデパートへ向かう。母は毎年の事で、留守番をしている。プレゼントを買いに行くのだと知って、気を使っているようだ。パーカーとジーンズの姿に母は何か言いたげではあったが、それが成されることはなかった。
珍しくもない見慣れた景色。助手席からの景色も、後部座席からの景色も大差はない。
無性に、隣で運転をしている父の声が聞きたくなる。特に意味などないし、ただの暇つぶしだ。
「お父さんは男の子が欲しかったんでしょ?」
自分でも何故この話題を選んだのか、謎だ。春美はいたたまれなくなり、視線を窓の外へ向ける。運転中の父がこちらを向くはずがない。そうは思っていても、気恥ずかしさと、触れてはならない部分に触れさせようとしている罪悪感を隠したくなったのだ。
「あー、うん。」 父はなんてことない口調で答えた。その後、父自ら話し始める。
名前も考えてた。春生まれだから、春のつく名前にしたかったんだ。で、いざ産まれたら女の子。俺は女の子でも平気な名前だと思ったんだけど、りっちゃんが許してくれなかった。女の子らしい名前じゃないと可哀想だって。それで考えた結果、春美になった。
「別に名前の由来聞いたわけじゃないんだけど…」「まあまあ」「で、なんだったの?」「何が?」「お父さんが考えてた名前」
赤信号にひっかかる。初めて父と目が合った。父はゆったりと薄い唇を動かす。はるき。春が喜ぶって書いて、春喜。
目を細めて笑う姿、不思議と綺麗に見えた。
目頭が熱くなって、慌てて窓の外へ視線を移す。
「昨日ね、人形みたいって言われたんだ」「唐突に話題変えるなよ。別にいいけどさ。」「どう思う?」「言ったのってりっちゃんだろ?人形みたいに可愛いってことじゃない」
ほっとした。やっと確信出来たのだ。心にかかっていた霧が晴れていく。
信号が青になり、再び車を走らせる。前を見つめる父。ぽつり、と。
「人形みたいに好き勝手に扱えるんだ、可愛いに決まってる」
背筋が凍り付いた。今どんな顔をしているのか、見たくなかった。父のも、自身のも。窓の外はなんてことない普通の世界。それでも酷く冷たい雫に当たる。
父は前を向いている。前を。
「お前、嫌なものは嫌って言えよ。家族なんだから、りっちゃんだって聞いてくれるよ」
窓を閉められる。危うく首を挟みそうになる。風邪ひくぞ、と叱られた。
「本当は今みたいな服がいい、」
違う。長い髪の毛じゃなくて、存在を主張する胸じゃなくて、もっと、もっと、もっと。
ワンピースなんか着たくない。見るだけで腹の中で何かが暴れるんだ。でも、
「女の子に彼氏にしたいタイプとか言われても嬉しくなかった」一度もないんだ。一度も。女の子と付き合いたいなんて思ったこと。
父の大きな手が頭に触れる。やっと気がついた。私は今、見られては、知られてはいけない場所を晒しているのだと。父を見た。相変わらず前を向いている。
「そろそろ着くぞ、 」
もし、気のせいでないのなら。もし、そうなら、父は呼んだ。自らつけた名前を。