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ここのところ雨の日が続いている。

傘は常に濡れていて、鼻を寄せると少し臭った。衣替えの期間だけれど、校門をくぐる生徒に夏服に袖を通している者は見られない。春美は肌寒さの中で初めて梅雨を実感した。中学生になって二度目の梅雨だ。

けれど、今は雨など気にしていられない。今朝から腹痛が酷い、その思いだけが心中を埋めていた。春美は乱暴に傘を傘立てにさしながら、こんなことで一日をやり過ごせるのか不安になる。ため息混じりに、薬を飲み忘れた自分が悪いのだ、と言い聞かせる他なかった。

教室でも夏服は見られない。鞄から数冊の教科書やノート、参考書などを取り出し、机の中へと詰め込む。普段なら丁寧に作業する所だが、今はそんな気になれない。はみ出してぐちゃぐちゃとする教科書達を見て見ぬふり。すぐに机に顔を伏せ、瞼を閉じる。幸い朝のホームルームまでには時間がある。眠ってしまえば気が紛れるかも知れない。


何故こんな思いをしなくてはならないのか。苛立たしさと共に思ってしまうのだ。

私が女の子だから、男の子だったら−−−−。

「春美は女の子なんだから、変身ベルトなんて必要ないでしょう?」

両肩を握る力は弱弱しい。なのに払う事が出来ない。ただ黙って俯くしか無かった。お母さんの瞳に涙が浮かんだ。謝ろうと顔を上げる。と、大きなうさぎのヌイグルミに見下ろされている。うさぎは右の拳をグッと握り締め、私の腹めがけて飛来させ−−−−

…た所で目が覚めた。

「大丈夫?すごい顔してるけど…」

見慣れた友人の顔に安堵する。けれど、それは腹部を襲う激痛が現実のものだと思い出すきっかけにもなった。心なしか眠る前よりも酷くなっているような気がする。

「お腹痛くて…二日目なんだよね。」

愛想笑いで答える。余裕がない今、上手く笑えていたとは思えないが。

「うわ、どんまい。あっ、薬飲む?今持ってるよ」

言うとドット柄のポーチから二粒入りの薬を取り出す。春美はそれを左の手で受け取る。そのついでに横目で時計を見た。

「ありがとう。まだ時間あるし飲んでくる。本当に助かったよ。」


時間は五分程しか経っていなかった。眠っていたのはもっと短いはずだ。それなのに随分と長い時間を過ごした。どこからが夢で、どこからが自身の記憶なのか。それは春美自身にもわからなかった。

廊下に設置されている水道の近辺には誰もいない。この寒さでは当然だ。水を欲する必要がない。春美は一番右端の蛇口を捻る。びちゃびちゃと音をたてて、水が底に打ち付けられる。蛇口を上に向け、口を寄せる。触れそうで触れない距離、水を口に含む。上を向いて薬を口内へ落とす。普通は順番が逆だと指摘された事があるが、特に変えるつもりはない。昔からの習慣だ。

ため息を一つ。春美はそのままトイレへ向かった。

鏡に映る、髪の長い少女。その長さを忌まいましく思う。髪の毛だけではない。赤いそれも、腹痛も、胸の膨らみも、何もかも。

別に変身ベルトが欲しいわけじゃない。



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