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昼休みになり、友人が寝てしまった。これ幸い、と借りていた本を返すために図書室へ向かう。春美は普段、放課後に利用している。と同時に昼休みには滅多に利用しない。
今回借りた本は半分で飽きてしまった。恋愛要素が濃く、あくびが出そうな内容だったのだ。読む本は慎重に選ぶべきだ、と反省する。
図書室は、階段を一つ上がるとすぐに見えてくる。階段を登りきるとすぐに扉が見えた。折り紙で作られた魚やイカなど、海が映されている。他にも西瓜や団扇など、夏らしい装飾だ。
躊躇うことなく、扉を開く。それでも、さほど大きな音はたたなかった。あまり利用者はいない。ぽつりぽつり、と四方に数人の生徒がいる程度だ。
カウンターには慣れない手付きで、作業をする生徒。その隣で彼を指導している女性。ぱっと見、四十代前半だろうか。女性が春美の存在に気がつく。年相応な人当たりの良い笑顔を浮かべると、春美に向かい手を振る。
「春ちゃん、いらっしゃい。珍しいわね、昼休みに来るなんて」「ちょっと暇だったから」
春美はカウンターの方へ歩み寄る。そして、傍らに挟んでいた本をカウンターに置く。それを済ませると、すぐにその場を立ち去る。
何か面白い本はないか、と背表紙を眺めてまわる。しかし、残念ながら、目を引かれるものがない。がっくりと肩を落とす。
諦めて教室に戻ろう、そう決めて回れ右。どん。ぶつかった。その僅かな衝撃でよろける。すると、突然右の手首を掴まれる。おかげで後ろに倒れることはなかった。すぐさま簡単な謝罪の言葉をのべる。それから、ゆっくりと顔を上げる。相手は随分と背が高い。その為、顔を仰ぐような姿勢になる。見覚えのない、男子生徒だった。丸坊主の頭と、少し広めの肩が印象的だ。
「井川じゃん、久しぶり。中学入ってから会うの初めてだよな?」笑顔を向けられるも、全く覚えがない。
相手も春美の困惑した表情に気がついたらしい。笑顔の中に少しだけ影を落とす。罪悪感が産まれる。しかし、全く覚えがないのだ。こればかりはどうしようもない。
もう一度、男子生徒を眺める。生憎、春美には丸坊主で肩の広い知り合いなんていない。必死に思考を巡らせる。ふと、頬へ目が行く。日に焼けてはいるが、頬は丸く、ピンク色。実に柔らかそうだ。
「…もしかして、村野?」恐る恐るに尋ねる。
「そうだよ。気づかなかった?」素直に頷く。春美の知る村野は、小学生時代の同級生。それも、皆の弟、なんて呼ばれていた少年だ。女の子に間違われる事がある可愛い少年。びっくりした、と率直な思いを口にする。
「中学入ってから身長伸びてさ。あと野球部入ったから筋肉もついたしね」どこか誇らしげに胸を張る村野。その姿は記憶の中にいた村野ではなくなっていた。
「井川はあんま変わんないな。身長伸びてる?」言いながら、優しく頭を叩かれる。身長を確かめられているのだ。その行動に春美は腹立たしさを覚えた。
春美の頭は彼の胸辺りまでしかない。事実、ここ何年か身長の変化はほぼ無いに等しかった。
「ぼちぼちだよ」「強がんなって」「本当だよ、ぼちぼち伸びてます」
「嘘クセー。まあ、でもしょうがないだろ----」
村野は正論を述べた。否定しようのない、正論を。それを受け入れられなかった。それはきっと、春美がおかしな子だからなのだろう。