こっちを見るな!
「ふんふふん~♪」
鼻で歌いながら、春峰那月は通学カバンに手をつっこみ、自宅のカギを探していた。
「…と、あったあった」
カギを取り出して、玄関ドアのカギ穴に差し込みひねる。カチャンという音がした。
那月はドアを開けて家に入った。
「ただいま~!」那月の少し高い声が廊下に響いた――が、那月はそれに答える者がいないことを知っている。
「……」
いつものことだが、やっぱり寂しい。
那月は、ドアのカギを閉めた後、玄関で革靴を脱ぎ、フローリングの廊下を進む。
台所で手洗いうがいをすませ、着替えるために自分の部屋に向かう。
私服に着替えた後、脱いだセーラー服を壁掛けハンガーに戻す。
「…よし!」
那月は居間に向かった。
ソファに置いた通学カバンを開け、中から灰色の袋を取り出す。
そうして、傍の四角いテーブルに置く。
カーペットに腰を下ろし「さあて…開封しますか!」
那月は、灰色の袋に入っていた物を取り出した。
手と同じくらいの厚さがあるプラスチックのパッケージ。
書かれているタイトルに、那月は胸を膨らませた。
生物災害――それは、ウィルスによって変異したクリーチャーやゾンビ達と戦い、閉鎖空間から脱出するというサバイバルホラーゲーム。発売されてから、今年で17年目を迎えるほどブランドソフトである。
閉鎖空間で襲ってくるゾンビをショットガンやハンドガンで倒す爽快感。魅力的なキャラクター達が繰り広げる手に汗にぎるドラマ。グロかっこいいクリーチャーとの戦闘――う~、考えるだけで顔がゆるんでしまいそう。
那月はこのゲームが大好きだった。
(…ホント、父さんに感謝しなきゃ)
このゲームを好きになったのは、父のお蔭である。
今から5、6年前の事。
居間で楽しそうに遊んでいる父に「そのゲーム面白いの?」
画面の方を見ながら、那月は問いた。
「ああ、面白いぞ。やってみるか?」コントローラーを那月に渡そうとする父。
「え~ いいよ~ 敵みたいなのキモいし、画面暗くて見づらいし…」
「そうか。でもためしにやってみたら意外とハマるかもしれんぞ?」ニヤリとする父。
父の言った通りだ。みごとにハマった。自分でもびっくりするくらいハマった。
夢中になってる那月を見ながら、父は嬉しそうに微笑んでいたことを今でも覚えている。…近くで母が少し複雑そうな顔していたこともね。
昔の思い出にふけりながら、パッケージを開け、中のBD-ROMを取り出す。
腰を上げ、大型テレビの傍に行き、床にあるコンセントのスイッチを入れる。
すると、据え置きゲーム機がスタンバイモードになる。
本体の起動ボタンを押し、テレビの電源を入れる。
ゲーム機にROMを入れ、さっきのテーブルに戻る。
テーブル上のワイヤレスコントローラーを取るためだ。
手に取った後、テレビに向き直りカーペットに腰を下ろす。
ちょうど、このゲームのタイトル画面であった。
画面中央に表示された丸い窓ガラスごしの「眼」と一瞬目が合う。
それは、なにかを探すように眼球をキョロキョロ動かし、時に瞬きをする。
その眼は、人間のものではないと思う。
黒い瞳孔の周りが、充血以上に真っ赤であったから。
画面には「スタートボタンを押してください」というテキスト。
コントローラーにある三角形のボタンを押すと、タイトルコールが始まる。
コールと同時に「眼」が見つけた! といわんばかりに、じっと見つめてくる。
「っ、こっちを見るな!」
エピソードが終了しリザルト画面。ふと、壁時計を見上げた。
「…もうこんな時間か…」針は6時を示している。
そろそろ親が帰ってくる頃だろう。
「そうだ、ご飯を炊いとかないと!」
立ち上がり、台所へ向かう。
炊飯器をセットした後、風呂場に行き、浴槽掃除を行う。
掃除を終え、洗剤やスポンジを片付けていると、玄関の方から音が聞こえた。
那月は手を止め、耳をすませる。
話し声が聞こえる。
どうやら2人いるようだ。
那月は、早足に脱衣所を出て、帰ってきたばかりの2人に
「おかえりっ!」満面な笑顔で迎えた。
読んでくれてありがとうございました。
もしよろしければ、コメントなどをしていただけると嬉しいです。