第一章 深夜の学校探検隊
人気が途絶えた深夜の学校。正面玄関から入って直ぐの広場に、学生服姿の夏香と卍、法の姿があった。
灯りはついておらず、窓から差し込む月の光だけが校内を照らしている。それは良くも悪くも雰囲気が出ているが、夏香は怖がる素振りを見せず、法に話しかける。
「ところで先輩『スカートをめくる幽霊』って、具体的にはどんな七不思議なんですか?」
「その名の通り、激しく、大っぴらに、あっけらかんと大胆にスカートがめくられる」
緊張感の欠けた軽い口調での問いに、法は重苦しい表情で答えた。
「それだけか? ただスカートがめくられるだけか?」
眉を潜め、胡散臭げに呟いた卍を、法が冷たく睨む。
「バン、女子のスカートは誰にも触れさせてはいけない尊き理想郷だぞ。それをむざむざとよくわからん奴にめくられる、それは聖域を土足で踏みにじる行為そのものだ」
同じ女性として憤りを感じているようだ。やる気に満ち溢れている姿はとても頼もしい。
「ああ、そういえばお前も女だったな。スカート穿いているし」
その姿を見て、卍が今思い出したように手をポンと叩いた。
「はっはっは、本当にバンはナチュラルに傷つくことを言うな。言語機能ぶっ壊れてるぞ」
「ちなみにその七不思議は、人為的だったり風とかのせいって可能性はないんですか?」
口だけ笑う法に、夏香は咄嗟に考えられる怪奇現象の原因を口にした。
「七不思議の奇術による裏付けに加え、子飼いにしている生徒からの情報だ。怪奇現象が起きているのは、東側二階から三階に繋がる全二五段の階段だ。形は斜め上に直線であり、その二十段から二十五段目の間でスカートめくりが起きている。しかし、あそこは窓もなければ隙間風もない。それに被害者からの証言では、人影は見当たらなかったそうだ。なにより、あそこは遮蔽物がないから盗撮には不向きだ。やるなら西側二階廊下が最適となる」
「あー……ところで幽霊って、スカートめくりとかするんですか?」
幽霊の存在の有無、子飼いにしている生徒、盗撮に向いている場所を何故知っているかなどなど疑問点や突っ込みたい部分は多々あったが、全部無視して夏香は聞いた。
「するんじゃないか? 私は聞いたことも視たこともないが」
そもそもの前提が成り立っておらず、夏香は絶句した。すると、諭すように法は言う。
「だが、被害者が出ている。しかし、加害者は見付けられない。そして、通常ではありえない矛盾も起きている。なら、それは私の専門だ。なにより同じ女として、痴漢は許せない」
校内で魔女と忌み嫌われ、恐れられている人間とは思えない立派な発言である。
「なによりタダでスカートの中を見ているのが許せない、見物料ぐらい納めろ」
台無しである。一瞬でも見直そうとしたり、認識を改めようとしたのを夏香は止めた。
「見物料払っても見たら駄目でしょう。同意とか、互いの了承がないと痴漢と一緒です」
「論点がズレている。幽霊の存在はどうあれ怪奇現象は止めるんだろ? どうする気だ?」
卍が首を左右に振り、法に解決策を問う。
「辿りつくべき結果は、スカートめくりをやめさせること。そのためには幽霊を退治、成仏させるなどが考えられる。しかし、私は除霊師ではないし、バンや部員三号も幽霊を退治や成仏させることなんてできないだろう?」
魔女の確認に、アンドロイドと一般人は頷く。
「そこで今回はこれを使う」
法が制服のポケットから小瓶を取り出し、掌に乗せて二人に見えるように差し出した。
「ファイト一発快便丸、先輩便秘だったんですか? ちゃんと野菜食べてまッ!」
夏香が小瓶に貼ってあるラベルを読み、心配の言葉を言い切る前に、グーで顔を殴られた。
「昔、知り合いから買った税込三万二千円の封印の瓶だ。大人一人を閉じ込めることは不可能だが、形の無い幽霊ならば封印は可能だろう。もちろんラベルは偽装だボケ」
廊下をスライディングしながら倒れた夏香に、拳を構えたまま法が吐き捨てた。
「今のは夏香が悪い、もう少し配慮を持ったほうがいいぞ、本当だったらどうするんだ?」
「おい、アンドロイド。お前は自分の発言を振り返れ」
廊下に倒れる夏香を残念な眼つきで見下ろす卍のケツに、法が後ろから蹴りを入れた。
「それで、その小瓶をどう使うんだ?」
もちろん、刀のような爪で斬りつけても無傷なアンドロイドに、物理的ダメージは無い。
むしろ蹴った側が痛かったらしく、法がうずくまった体勢で爪先を抑えながら答える。
「私の片目は視えないモノが視える特別仕様だ、試したことはないが幽霊も視えるはず。そして、姿さえ見えればこちらのモノだ、小瓶の蓋を開けて呪文を唱えれば封印できる」
「呪文? どんな呪文なんだ?」
「『ファイト一発、絶対無敵快便丸』だ」
法が大真面目な顔で言い放った。
「それ本当は下剤じゃないのか? というか、もっとマシな呪文はなかったのか?」
そんな呪文で封印される相手を不憫に思い、心底嫌そうな顔で卍が聞いた。
「色々と残念だが性能は本物だ。呪文は開発者の性癖だよ、売りつけた相手に変なこと言わせて興奮しているのさ。女の子に嫌がらせして気持ち良くなるのと似たようなモノだ」
ドン引きした卍と入れ替わるように、のそのそと起き上がりながら夏香は確認する。
「ところで、それをどう使うんですか? 先輩が階段を登りながら使えるなら僕達を呼んできた意味がないですし、まさか嫌がらせで連れてきたとかじゃないですよね?」
「私に対する評価はどん底のようだね、残念だが嫌がらせの類じゃないさ。これを使うには『対象物を見る』『小瓶の口を向ける』『呪文を唱える』『使用する者が奇術を使える』の計四つの工程が必要となる。この内『対象物を見る』『呪文を唱える』『使用する者が奇術を使える』のはクリアしている。問題は『小瓶の口を向ける』ことだ。情報だとスカートをめくられるのは一秒にも満たない一瞬だ、舞いあがったスカートが定位置に戻るまでの間、犯人はその場で中を見ているか既に立ち去っているかがわからない以上、咄嗟に小瓶の口を向けられるかどうか怪しい。しかも同じ人間のスカートはめくらないようだし、チャンスは限られている。必中で行かなければならないだろう。ゆえに、良い案を出させるために君達を連れてきた」
「先輩、一回で成功するかわからないなら、チャンスを増やしたらどうですか?」
夏香は片手を上げ、アッサリと無茶な事を提案する。
「言っただろう、チャンスは一度だ。犯人はどういう基準でスカートをめくっているかわからないが、髪型を変えたり、眼鏡を装着する程度じゃ別人だと判断しない」
法が形の良い眉を潜め、問題点を指摘する。
「いや、変装じゃなくて女装ですよ。とりあえずスカートを穿いていれば良いんですよね?」
「ん、まぁ確かに容姿では選んでいないようだったな。……試してみる価値はあるか」
その考えは意外だったか、法が腕を組んで考え出す。
「それなら先輩も、その下剤瓶を使うことに集中できるじゃないですか」
「成程、それなら成功率も上がる。考えたな三号、まさか女装癖を持っているとは」
「先輩凄いですね、どうやったらそんなアホな解釈できるんですか?」
二人は笑顔でお互いをたたえ合い、一人蚊帳の外だった人物を同時に視た。
「じゃあ、後は任せた。絶対似合っているぞ女装、それも物凄く」
「じゃあ、後は任せた。絶対似合っているよ女装、それも物凄く」
「オイ待てこらふざけるな、なんでそんな時だけ息ぴったりなんだお前ら」
姿だけなら男にも女にも視えるアンドロイドは、当然だが不服そうだ。
「だって卍は僕より女装似合いそうだし、というか僕女装したくないし」
「俺もしたくない。お前も十分女顔だろうが、ここはじゃんけんでいいだろ」
襟首を掴む勢いで卍が夏香に突っ掛かるが、法が首を左右に振りながら言う。
「いや、君がやれバン。もし犯人がこちらの女装を見破った場合、どういう手段に出るかわからない。しかし、君なら多少のことではダメージを負わないのだから安全だ」
安全を重視するならば、階段から転げ落ちても死にはしない卍が最も適任だという考えだ。
「……。わかった、今の所は知恵も何も出してないからな。やればいいんだろやれば」
卍が渋々とだが了承した。それから三人は細かな打ち合わせに入ろうとしたのだが、
「では……む? バン……東廊下の隅、用務員が寝泊まりしている部屋に誰かいないか?」
「待て、今センサーをサーモグラフィーに切り替える。ん? 誰かいるな」
アンドロイドと魔女が眼を光らせながら、二人並んで壁越しに何かを見ている。それを背後から眺めながら、幽霊よりこの二人の方が断然怖いと思う夏香であった。だからこそ、この場で全然怯えないで済んでいたりするのだが、なにかが間違っている。
「で、何が視えているの? 僕には壁に向かって話しかけているようにしか視えないんだけど」
「用務員室付近に怪奇が通過した痕跡がある。バン、形はどうだ? 人か? 獣か?」
「いるのはわかるんだが、形が不定形だ。まるで幽霊のように揺らいでいる」
形容しがたいモノを見ているような、なんとも言えない表現で卍が伝える。
「それってスカートめくりの犯人なんじゃ?」
「例の階段以外で被害は出ていないはずなんだが、調べておいた方が良いな。行くぞ」
訝しげに呟いた後、決定を下した法を先頭に、三人は用務員室に向かった。
法の話では、今晩に限って被害が出ないように人払いをしているらしい。よって校内に居るのは夏香、卍、法、そして居てはいけない何かということになる。
用務員室の前で三人は立ち止まる。部屋の中からは何かを漁るような音が聞こえていた。
「まさか、用務員のおっさんのパンツとか漁っていたりしてるのかな?」
「おい三号、嫌な想像をさせるな。狙われているのは女子限定だから、大丈夫なはずだ」
不吉な想像をしてしまい、夏香と法は青い表情で言い合う。その間に、卍が扉の前に出る。
「俺が扉を開ける。夏香は廊下の隅に隠れていてくれ、何が起きるかわからないからな」
「私は入口で待ち伏せする。バン、相手が動かないなら下手に刺激するなよ」
夏香は言われた通りに下がる。入口前で二人は小声で打ち合わせ行った後、法が手を上げ、五本の指を一本ずつ折り曲げカウントを取る。五本の指が全て折り曲げられたのと同時に、卍が音もなく扉を開け、スッと部屋の中へ身を滑り込ませた。それから静寂が訪れる。
卍が突入してから何のリアクションもないことを不審がり、続いて法が部屋の中に入った。それからまた静寂が訪れる。
約一分後、争う声や物音一つ聞こえないことを訝しがり、夏香は部屋に入った。
「二人共どうしたの? って暗ッ! 電気電気」
夏香は壁伝いに歩き、電気のスイッチを探し当てた。直後、天井の蛍光灯に光が灯り、室内が照らされる。
用務員室の床は畳みが敷かれ、小型のテレビやタンス、冷蔵庫など生活に必要な最低限なモノが設置されていた。
そして、卍と法が驚いた表情で並んで固まっていた。その視線を夏香は追う。
三人の眼が向いているのは冷蔵庫だ。詳しく言えば、開けられた冷蔵庫に上半身を突っ込んで身動きを止めている、三人と同年代ぐらいの女の子だ。 奇遇と言うべきか、悲しむべきか、夏香と卍はその女の子に見覚えがあった。一度見たら忘れられない純白のドレス、そして黄金の髪、昨晩出会った怪物だ。
なにゆえそうなったのだろうか、怪物は冷蔵庫に上半身を突っ込んでいる。更に、中に入っていたマヨネーズの容器を掴み、身動きを止めていた。




