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読めなくなったラグナロク  作者: ぷちラファ
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第一章 七不思議『スカートをめくる幽霊』

 放課後。音楽室から聞こえる演奏や窓越しに届くグラウンドを駆ける陸上部の声、青春を謳歌する若者達の集いを背に、夏香は卍と共に奇幾何学部の部室にやってきていた。

 中に入ると、窓際に置いてある椅子に法が座っていた。部室に入った新入部員に、部長は緊張をほぐすようにほほ笑む。


「本当はクラッカーでも欲しい所だが、片付けが面倒だからなしだ。代わりに歓迎の言葉を贈ろう。ようこそ奇幾何学部へ、部長であり魔法少女であり先輩でもある桑井法だ」


 緩やかに歓迎と自己紹介、そして自分がボスであることを誇張した。


「席は自由だ。教室の後ろから椅子でも机でも好きにもってくればいい、黒板前の教壇の上でもいいぞ。ただ、そこまで馴れ馴れしいと後ではっ倒すかもしれないがな」


 はっはっはっと、無駄にテンションが高い法。余程、新入部員が入ったことが嬉しいと見える。その姿が夏香には、猛獣が餌を前に小躍りしているように見えてドン引き。卍は、


「お前、ちょっとキモイぞ」


 素直に表現した。しかし法は余裕綽々、涼しい表情で言い返す。


「いやすまん、手下……ごほん……部下……ごほん……男手が増えたことが嬉しくてね」


 コキ使う気満々である。彼女の頭には、同じ部の仲間とか青春を共に謳歌する友達とか、そんな清い単語は一片たりとも存在していないのだろう。夏香は無言で解釈した。


「さて、雑談はここまでだ。早く座るか這うかしたまえ、立たれたままだと話しにくい」


 空気を一変させ、法は静かに告げる。卍が壁際のパイプ椅子に座ったので、そのすぐ横の床に夏香は腰をおろし、あぐらをかきながら背後の壁に背中を預けた。


「バンは多少知っていると思うが、奇幾何学部の活動は人助けと七不思議の解明だ」

「お前が言うと、前者はとてつもなく胡散臭いがな」


 夏香が口から出掛けて必死に呑みこんだ言葉を、卍はストレートに言い放った。


「もともと人助けをするということ自体が胡散臭いのだから、問題はないだろう?」

「そこまで堂々と言われると凄いと感嘆してしまうな、感心はしないが」

「私の過程はどうでもいい。今日の議題は、学校で起きている異常事態についてだ」

「異常事態って言うと、僕が見てるんじゃなくて『魅せられている』悪夢とかですか?」

「それも含むな。……君は学校で噂されている七不思議をいくつ知っている?」

「七不思議? ええっと『白光の美少女に誘われる悪夢』『スカートをめくる幽霊』『真周高校に潜む魔女』『斬殺殺人鬼』、あと三つ……なんだっけ?」


 思い出そうと夏香は頭を捻らすが、答えは出てこない。その『異変』に反応したのは卍だ。


「待て、一つ増えているぞ。昨日までは『斬殺殺人鬼』なんて七不思議はなかった」

「え? あったでしょ? うーん、内容はよく覚えてないけど絶対にあったはずだよ」


 卍の唸りに、夏香は確信を持って言い返した。言い分が違う二人に、法が答えを出す。


「両方共正しい。バンの言う通り昨日までは『斬殺殺人鬼』なんて七不思議はなかった。だが、三号が言うように『斬殺殺人鬼』という七不思議は実際に存在し、校内で噂されている。理由は簡単、今日から追加されたんだよ……七不思議にね」


 さも当然のように常識がねじ曲がった。昨日は形さえなかった噂が今日現れ、しかも校内では誰もが知っている七不思議にまで昇華されたと言う。


「そんな馬鹿な、多数の人間が認知する噂が、簡単に蔓延するわけがない」

「アレ? そういえばこの七不思議は誰から聞いたんだっけ?」


 法の言葉で不審な点に気付き、夏香は思考を巡らせる。

 誰かから七不思議について聞いたはずなのに思い出せない。どうして?


「七不思議が追加されたってどういう意味ですか?」

「そのままの意味だ。この学校にはそういうモノがかけられている。今現在起きている怪奇現象をリストアップして七不思議に仕立て上げ、噂として蔓延させる面白いモノがね」


 皮肉気に、面白くもなんともないといった表情で法は続ける。


「アンドロイドであるバンにはそういう類が効かないからな、他の生徒より情報が耳に入るのが遅れるんだ。ちなみに、私の耳にも『斬殺殺人鬼』についての噂は既に入っている。今現在、この学校で『斬殺殺人鬼』の噂を認知していないのはバンだけだろうな」

「……七不思議を生徒達に伝え広める魔法ですか?」

「魔法ではなく奇術という、そもそも魔法というのはもっとファンタジーなモノだろう?」


 法の口から思わぬ単語が飛び出たことに驚く半面、夏香は魔女だから良いかと納得する。


「三号がわかりやすい覚え方で構わない。この奇術は今時の小学生がぶら下げている警報ストラップに近いな。生徒が怪奇現象に遭遇すると発動し、全校生徒にその怪奇現象を七不思議として知らせ、警告するんだ。まぁ、所詮は噂だから誰も気にしないがな」

「なんか面倒な魔法……じゃない、奇術ですね……先輩がかけたんですか?」

「こんなアホらしくて酔狂な奇術を私がかけるわけがないだろ。先代だ先代、十数年前に卒業した黒魔術部の部長が置き土産でかけていったんだ」


 そんな奇幾何学部の前身とも言える部活があったことに驚けばいいのか、眼の前にいる魔女のような人間が十数年前にも存在したことに驚けばいいのか夏香は迷う。


「しかも永続に続く奇術なのが末恐ろしい、きっと先代の技術は今の私より数段上だな」


 眼の前にいる魔女より恐ろしい存在を、夏香は咄嗟に想像できなかった。


「ひとまず奇幾何学部の部員として、この七不思議のシステムは知っておいてくれ。この学校で蔓延する七不思議は、実際に起こっている事だと。疑う理由はないな?」


 実際、怪奇現象に遭遇している夏香はもちろん、自分自身がそれに近い卍も無言で頷く。


「そして、その七不思議を幾何学的に探究するのがこの部活だ。怪奇現象の性質に形を与えて解明するのが主な活動だが、現存する幾何学分科における手法の中に、実際に起こっている怪奇現象に形を与える物は存在しない。ゆえに奇幾何学、全力で邪道を進む幾何学だ」


 饒舌に部の在り方を、自身の探究心を語る法は、とても熱く満足そうな表情をしている。


「数が矛盾しているが、今は全部で四つの七不思議が起きている。この内、優先的に解決しなければならないのは、被害者が明確に現れている『白光の美少女に誘われる悪夢』だろう。しかし、これについては待ちの一手だ。餌に獲物が食いつくのを待てば良い」

「僕餌扱いっすか……あ! もしかして僕を勧誘したのはこのため!?」

「問題は『斬殺殺人鬼』の方だ、字面がどう見ても危ない」


 夏香の叫びを華麗にスルーし、法が差し迫る問題に頭を悩ませる。


「『斬殺殺人鬼』について情報は? 被害者は出ているのか? 悪夢との関係性は?」

「被害者はいない。だが、七不思議として拡散しているということは、確実に生徒が巻き込まれている。しかし、この奇術の特性上、一つの怪奇で複数の七不思議は流れない」


 卍の問いに答えながら、法が矛盾した点を上げる。


「生徒が怪奇に襲われれば、生死を問わずに七不思議が発生するんだな?」

「そうだ、発動条件は『生徒が怪奇に接触する』ことだ」


 『白光の美少女に誘われる悪夢』を例にするならば、夏香や他の生徒が悪夢という名の怪奇を魅せられることで条件が成立した。つまり、眼に見えない接触でも条件は成立する。


「だとすれば昨日の一件ではないか? 昨日遭遇した化物に俺は攻撃、接触されたぞ」

「考えられるな。それならバンが殺されていなくても、これまでに殺してきた前科があれば『斬殺殺人鬼』として七不思議に登録される」


 辻褄は合う。可能性も高い、ならば疑うべきだ。しかし、確定でなければ両方の可能性を一度許容する男がここにいる。夏香は納得いかない表情で言う。


「その考えは早急過ぎないかな? 確かに、昨日のあの子が本当に殺人鬼だったとしたら卍の言う通りだと思うけど。そうじゃない可能性も有ると思うんだ」

「別に断定しているわけはないんだが……根拠は聞いておこう」

「昨日、あの子は約束してくれた。もう人間を襲わないって、だから僕はまだ判断しない」


 根拠の無い根拠に、卍が呆れてため息を吐く。法も嘆息しながら言う。


「まぁ、私はその怪物が『斬殺殺人鬼』であろうがなかろうが、被害を食い止められればどうでもいい。君に賛同するわけではないが『斬殺殺人鬼』について詳細な情報はない、早急に答えを求めるのは危険なのも事実だ。あまり保留にはしたくないが、この件も様子見としよう」


 このままでは水掛け論になると読み、部長が決定を下す。その決定に、卍が眉を潜めた。


「今の所、全部様子見だな。それでいいのか?」

「いいわけないだろ。とはいえ相手の正体、目的、勢力、本拠地全てがわからない状態で闇雲に探し回っても、無駄に労力を消費するだけだ。よって今夜は『スカートをめくる幽霊』の七不思議を奇幾何学的に解明する。決行は今夜の深夜一時、一階広場にて集合だ」


 部長が本日の活動内容を告げた。さっきまでに比べて緊張感のない話になり、部員達は脱力する。殺人事件の捜査から、性犯罪の取り締まりになったのだから当然だ。



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