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読めなくなったラグナロク  作者: ぷちラファ
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第一章 僕と友人と怪物と(後編)

「うーん、適当に話を合わせたけど。つまりどういうこと?」

「お前が魅せられている悪夢とこの怪物は、無関係の可能性が出てきたということだ」


 被害者は悪夢によって操られ、襲われるのが七不思議の話だ。しかし、怪物は何か力のある言葉で近くを通った人間を呼び寄せたと証言している。

 そのため話に食い違いが起きている。

 ニュースの事件や夏香達が魅せられている悪夢とは、直接で繋がっていないかもしれないと、卍は考える。


「私は貧乳ではありません! ところで……悪夢とはなんですか?」


 大切な主張なのか一言一句ハッキリと言い、怪物は悪夢という単語に反応した。卍は話す気が無いので黙る。この怪物は第二の事件を起こしているのではないかと疑っているからだ。


「うん、実は僕……君に良く似た人の夢を見るんだ。僕の知り合い、和樹もその夢を見ていて、今日突然この場所に走っていった。だから、君が和樹を呼び寄せたっていうのは嘘なんじゃないかと卍は思ってるってことだよ」


 詳しいことを知らない夏香がスラスラと事情を話した。

 卍は腰砕けの姿勢になりながら咎めようとするが、それより早く怪物が夏香に詰め寄った。


「その話、もっと詳しく教えていただけませんか。それと先程『危言』を使ってあなた方を呼び付けたというのは嘘です、すみません」


 敵対心丸出しの冷たい様子から一転、気力に満ちた声と生きた表情に夏香が驚く。


「え、あ、うん。いいよ。えっと、まずはウチの学校の七不思議について話した方が……」

「まて、まだ話すな」


 卍は二人の会話を遮る。


「そんなにイジワルしなくてもいいんじゃないかな?」


 怪物が睨むのはともかく、夏香も微妙な表情で卍に振り向いた。そのことに不服そうに鼻を鳴らした後、卍は怪物を見据えた。


「取り引きだ、こちらの情報を教える分の対価を払え」

「なんだい卍、お金が無いの? だったら貸すよ? 利子無しで」

「お前少し黙ってろ。この怪物の目的がまだ不明な上に、さっき力が戻れば俺達をまた襲うと言ったんだぞ。そんな状態で、有益か無益になるかわからない情報は与えられない」

「当然の判断です、私でもそうします。ですが、私は今この身一つ以外何も持ち得ていません。そして、やるべきことがあるので命も差し出せない。もう二度とあなた達を襲わないと約束しても、それは口約束にしか聞こえないでしょう。残っているのは」


 怪物が台の上に商品を置くように、両腕を卍に向けて差し出した。


「私の腕を両方とも差し上げます。足りないのなら脚や眼も捧げましょう」

「……。お前にはやるべきことがあったんじゃないのか?」

「口で話しさえできればいいです。ですから、私の四肢を奪ってください。それならあなた達も安心できるでしょう? 再生できないように傷口を焼いてもらってもかまいません」


 その行動は投げやりではない。怪物の瞳には燃えるような強い意思が宿っていた。本当に四肢をもがれても、這いつくばって目的を達成するような、おぞましいまでの活力に満ちた瞳。

 もがき苦しんでも前進するような気迫を感じ、アンドロイドは圧倒されて身を引いた。


「卍、君の負けだよ。ああ、それと本当に彼女の四肢を奪ったら本気で怒るから」


 事の成り行きを見守っていた夏香が言い、後ずさった卍の代わりに怪物と対峙する。


「君の手足なんていらない。貰ってもしょうがないし、警察にでも見付かったら捕まっちゃう」

「あなたは、まだ私が善人だとでも思っているんですか?」

「善悪なんてその時しだいだよ。どんな善人だって悪いことをする時はするんだから。ある時に一線を超えるか超えないかだよ、善人と悪人の違いなんてさ」

「僕には、君が今悪いことをしているようにはどうしても見えないんだ。だって、そんなに活き活きとした眼をする人が今から人間抹殺とかするようには見えないよ」


 直感なのか。笑顔で断言する人間に、アンドロイドと怪物はこいつ頭おかしいんじゃないかと本気で頭を悩ませた。


「あなたは、相当自分の眼に自信があるんですね」

「眼は口ほどにモノを言うってね、もしその眼が嘘なら騙された僕が悪いってことだよ。そしたら君の騙し勝ちなんだから、堂々と好きな事をすればいいさ」


 夏香が無邪気な笑顔を浮かべ、騙された方が悪いと言った。


「……そんなことを言われたら、なにもできなくなるじゃないですか」


 酷く困った表情で、怪物が二度目の敗北を認めた。夏香は嬉しそうに笑う。


「そう思える君は、やっぱりいい人だよ」

「ああ! もう調子が狂います! いいです! 契約をしましょう!」


 気恥ずかしいのか、怪物は感情を発散させるように叫んだ。


「契約?」


 単語の意味がわからない夏香が説明を求めてくるが、卍は首を左右に振って返した。


「このまま善意で見逃されるのは駄目です。遺恨が残りますし、判断が鈍ります。だから、取り引きの結果でこうなってしまったという形で……」

「面倒な奴だな」


 わなわなと両手を震わせる怪物に、卍は思ったことを正直に言った。

 人間にしてやられたことが怪物として許せないわけでなく。彼女は単純に、情に溺れるのが嫌らしい。


「それで契約って?」

「私に一つ、命令してください。そうですね……例えば、モノを口にするなと言うなら死ぬまで何も口にしない、服を着るなと言うのなら一生裸で生きる、歩くなと言うなら生涯這い続ける、声を出すなと言うなら二度と話さない、あなたのモノになれというのなら奴隷になる、足を切れと言えば切る、眼球を潰せと言うなら潰す。あなたの眼を鏡に、私が放つ呪いを私自身に返させる契約方法です。自分では解呪できません」


 そんな命を奪うよりも辛い楔を打ち込む行為に、自ら進み出た怪物に卍は驚き。


「成程、じゃあ二度と人間を襲わないってことで」


 考える間もなく即決した夏香に、卍は二度驚いた。


「『二度と人間を襲わない』ですね、わかりました。では……」


 夏香の眼を見ながら、怪物が復唱する。


「うん、じゃあ僕が知っていることについて話すよ」


 それから夏香が悪夢について話す間、トントン拍子で話が進むことに納得がいかず、卍は沈黙していた。呆れているのもあるが、若干拗ねている。


「私と似た女性の悪夢……ですか」


 夏香の話を聞いた後、要となる単語を呟く怪物の表情は暗い。だが、気を取り直すように頭を一度振り、金の髪を宙に舞わせた。


「これにて契約は完了です。できれば、もう二度と会わないことを祈ります」


 怪物が義務的な口調で告げ、早々と墓地から立ち去っていく。


「お前はどうしてアレを信じようと思った? 白装束の奴らから助けられただけでは、友好的だと判断するには弱いはずだ。ましてや、お前とそこに倒れてる女子が生きているのは結果論に過ぎない。まさか本当に眼だけで決めたとか言うんじゃないだろうな」


 立ち去る怪物の背中を睨みつけ、納得いかない表情で卍は夏香に聞いた。

 追いかけないのは、隣に立つ夏香を一人で残していく事に不安を覚えたからだ。

 キツイ口調の問いに、夏香は気恥ずかしそうな表情を浮かべた。


「最終的に判断したのは眼だけど。そうだね……えっとさ、なんというか……初めてあの子に見つめられた時、凄く胸が高鳴ったんだ。初めての感覚だったよ、身体の芯から熱くなるような感覚がして、息もできないぐらい苦しくなって。多分、彼女に魅入られたんだと思う」


 そう言う夏香の頬は僅かに紅潮しており、口調は戸惑いを隠し切れていなかった。


「それは、いや、なんでもない。あの女を止めなかった時点で俺も同罪だ、忘れてくれ」


 夏香の気持ちに水を差すような、もしくは野暮な事を言おうとして、卍は口を閉ざした。

 死を認知するほどの緊張、恐怖による生理的興奮を逆のベクトルで解釈した結果、『吊り橋効果』による恋愛感情の誤認知の可能性が高いだなんて言えるわけがなかった。


(中身はともかく外見は確かに綺麗だったからな、見惚れるのも無理は無い)


 それが錯覚でも誤認知でも、感情がそう解釈した以上は本物だ。夏香が怪物に向けて言ったように、騙された方が悪い。言いかえれば惚れた弱みとも言える。

 なにより今後二人が怪物に出会う可能性は、怪物が約束を破らない限りまずないだろう、なら気にする必要は無い。そう卍は納得して、眉を潜めた。 結局、卍も怪物を信じていることに気付いたようだ。


(悪夢の話を聞いた時、あの女が浮かべた表情は嫌悪と苛立ちだった。そして、最後には俺達に対する興味を失くしていた。少なくとも俺達は、アレにとっての獲物ではなくなった可能性が高い。しかし、目的がわからない以上は不安要素が残るか。……。後は法に任せるか)


 ただし、卍の場合は夏香と異なる信じ方だった。そんな卍の思考を遮る音が遠くから響く。周囲に危険を知らせる警告音、サイレンの音だ。教会裏の墓地に響く異音、空へと走る光等々、パトカーや救急車、更には消防車が来るには十分な理由だ。

 このあとの展開を想像し、荒らされた墓場で二人は顔を見合わせる。


「卍はここに居たらまずいでしょ、事情聴取とか検査とか受けさせられるかもしれないよ」

「それはまずい。だが、お前はどうする?」

「和樹がそこら辺の草むらで放置されているらしいし、ここに残るよ。というか疲れたし、動きたくない。って、いったい!? あ~、もう踏んだり蹴ったりだなぁ……」


 夏香が草むらに腰を降ろした。しかし、石が落ちていたのか声を上げて顔をしかめた。

 アンドロイドであることを隠さなければならない。そのため、この場に残るのはまずい。だが、今さっきあんな目に遭った友人を放置するのは嫌だ。 卍は数瞬の迷いの後、夏香に背中を向けた。


「幸運を祈る。今日の事について聞きたいことは山ほどあるだろうが話は明日だ。ああ、今晩もあの悪夢を魅せられるかもしれないが気にするな」

「悪夢を見ている時点で気になるよ。はぁ……たたでさえ今のベッドは身体に合わないのに」


 夏香が泣き言を言う間に、卍は墓地を脱出していた。自分一人と共に行動するより、多数の人間と一緒の方が身体的にも精神的にも安全だと考えたからだ。





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