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読めなくなったラグナロク  作者: ぷちラファ
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第三章 ツヴァイト家の家庭内事情

「止まれ! 三号! それ以上近づくな!」

 

 指示が出る前に、夏香は法を連れて後ろに数歩退いていた。二人は屋敷の最奥部に向かうために廊下を歩いていたのだが、通路の先から黒いガスが流れてきた。


「なんだ? 奇力をおびた煙?」

「毒ガスみたいですね。って、アレ? なんか廊下の奥に戻っていきますよ」


 夏香と法に近づいてきていた黒いガスは、ゆっくりと廊下の奥へ戻っていく。


「どうやらセシアお嬢様が死んでしまわれたようですね」


 唐突にエンの声が響いた。ただ、若干声がくぐもっている。音源は法のポケットの中からだ。


「瓶の中から喋れるんだ……というかどういう意味?」

「そのままの……意味だよ」


 今度は朱音の声がした。後ろからだ。二人が振り向けば、全身を引き摺るようにして朱音が廊下を歩いてくるのが視えた。左腕を握り締め、顔にはびっしりと脂汗を浮かべている。


「なんか死にそうだなヤンキー勇者、トドメ刺して楽にしてやろうか?」


 法が冷めた笑みと声で言うと、朱音は苦笑で返した。


「遠慮しまーす。トドメ刺さなくても、この状況がもう少し長引けば死ぬから大丈夫よん」

「先輩、話ずらさないでください。この状況って言うと、今エンが言ったようにセシアが死んだ状況ってことだよね? それはさっきの黒いガスと、君のその腕となんか関係あるの?」


 一言釘を差された法がムッとした表情で夏香を視るが、それを無視して彼は聞いた。朱音は肘全体が紫色になるまで広がり、今もなお拡大し続けている紫の染みを握り締めながら頷く。


「この黒いガスを出しているのはセシアちゃんだよ。セシアちゃんが死ぬと勝手に発動するみたい。一回アタシが殺した時も出てたし。詳しいことは、エンくんの方が知ってるよね?」

「……そうですね。セシアお嬢様がこのまま死なれますと、ツヴァイト家が潰れますので背に腹は代えられません。お話しましょう。ツヴァイト家は超高速再生能力に加え、古来では魔女との交流を深め、奇術の扱いに長けた一族として、今日まで存続してきました。ただ、昨今の世界の情勢によって一族は衰退の一途を辿り、次の世代へと繋げる手段を選ばなくなりました。ツヴァイト家の本家はツヴァイトの血を守るために、頭領の奥さまに人間を選びました。それがセシアお嬢様のお母様であられる杏玲様です」


 夏香は理解した。悪夢に登場したセシアと瓜二つの人物は、セシアの母親だと。


「ここからは他言無用ということで頭領から聞いた話なのですが、頭領の奥さまとなられた杏玲様は重い病気を患っておりました。肺癌です。余命も残り少なくないと診断されていましたが、それでもセシアお嬢様を産み落とし、その命を次に繋げられました。ですが、その悪性腫瘍はセシアお嬢様に転位しておりました」

「ちょっと待って、普通は母親から胎児に癌って転移しないよね?」


 つい夏香は話を区切った。癌は母から子に転移しない。遺伝によって発症する確率が高くなるかもしれないと言われているだけのはずだ。


「普通ならな。人が怪物の子を産む際、怪物の子は母親から胎盤を通して、必要な栄養源を貰う。その他に、別のルートで怪物としての能力を発育するため、母親の血肉を同化させ、徐々に食らう。その時、母親の血肉と一緒に、悪性腫瘍がセシアの身体に転位したのかもしれない」


 怪物としての身体を作るために、母親を少しずつ食べるというのは、ゾッとする話だ。


「そのように私も推測しています。元々ツヴァイト家が持つ超高速再生は、細胞の分裂や増殖の速度を自分の意識で制御できるようにするモノであり、セシアお譲様もその力を有しております。しかし、その身体に悪性腫瘍という、自律的に暴走する細胞を有してしまったのです」

「悪性腫瘍がセシアの身体に入ったことで、人間の細胞から怪物の細胞となり、自律的に超高速で分裂や増殖を行うようになったと?」

「そうなるのですが、セシアお嬢様は無意識に悪性腫瘍を制御しているようなのです。ツヴァイト家は自身の細胞のコントロールに長けた一族であるがゆえに、そのような現象が起きていると推測しています。ですが、セシアお嬢様が死亡した場合は話が異なります。セシアお嬢様によって抑えられていた細胞は急速に活性化、分裂や増殖を繰り返し、身体から溢れ出ます。更に、怪物化した悪性腫瘍は体外に出ても死滅するどころか増殖や分裂を繰り返し、周囲に拡散し続けます。それがあの黒いガスです」


 黒いガスのように見える無数の細胞群の正体は、怪物化した悪性腫瘍だとエンは語る。


「しかも、吸って肺から浸入されるか、触れて皮膚の細胞から体内に入られると超高速で増殖され、一気に全身が機能不全になって死ぬと。最悪だな」


 法がハッキリと言った。細胞が一つでも体内に入れば死ぬ。まさに、生物の天敵である。


「でも、朱音の話を聞く限り。一回セシアが死んで細胞が暴走したけど、納まったんだよね?」

「うん、一回セシアちゃん殺して血と一緒に細胞を浴びたけど、二人揃って生きてるし」


 夏香の確認に、自らの身体を実証として朱音は頷く。


「成程、だからセシアはあのペンダントを持たされていたわけか」


 法が一人だけ頷き、納得した。意味がわからない夏香と朱音は首を傾げる。


「あの黒い煙には、微弱だが奇力が視えた。ツヴァイト家の超高速再生は、怪物が本来持ち合わせている再生能力を、奇術で更に加速化しているんじゃないか?」

「そうです。生まれ持って有している再生能力を奇術で加速化させて得たのが、超高速再生能力です。ただ、長い年月をかけて昇華してきたことで、私達は無意識に奇術を使用しています」

「つまり、このペンダントを身に付けている時は、奇術の効果が抑制され、細胞の分裂や増殖がある程度抑えられている状態となり、超高速再生を使っても細胞を制御化に置いたままにできた。逆にペンダントを失くした状態では、分裂や増殖をさせれば制御化に置けなくなる」

「だから、卍と戦ってる時は骨折をすぐに直せたけど。僕がペンダントを持ってる時は捻挫さえ治せなかったんだ」


 わざと細胞の分裂や増殖の速度を落とすことで、制御化に置くことができるのだろう。


「ってことは、昔セシアが死んだ時も、このペンダントを身に付けさせて事態を納めたの?」

「そこまではわかりません。当時、私は現場に居ませんでしたし」

「ところでさ、今の話が事実だとすると。どうして黒いガスは引っ込んでるのかな?」


 ずっと気になっていたのか、朱音が周囲を見渡しながら言った。

 言われてみればそうである。怪物化した悪性腫瘍は分裂や増殖を繰り返し、無限に拡散する。だが、先程視た黒いガスはその逆の現象が起きているように見えた。

 不思議に思い、夏香は考える。そして、気付いた。


「……先輩、実はセシアのことでずっと気になっていたことがあるんです。彼女、卍と始めて会った時に、アンドロイドを『次世代の人間』って言ったんです」

「ああ、私もそう推測しているよ。それがどうしたんだ?」

「その推測って、学校の奇術が卍を人間扱いしていることが根拠ですよね。じゃあ、どうして七不思議を知らないセシアは『次世代の人間』ってわかったんですか?」


 卍の言葉だけで、なぜセシアはアンドロイドが『次世代の人間』だとわかったのだろうか。


「まさか、セシアの力が人類衰退の原因なのか? 自分の力を無意識に感じ取り、卍の話を聞いて、アンドロイド化することが人類生存の道だと知らずに理解していたのか? なら、卍が現在に来たのは……。三号、君はここに……って、おい」


 法がハンカチで包んだペンダントを取り出し、夏香に指示を出そうとする。しかし、夏香は法の手からペンダントを奪った。睨んでくる法に、夏香は笑って返す。


「先輩は身体がボロボロでしょうし、ここは手下である僕が返してきます」


 一人で歩くことさえ難しい法を視て、夏香は申し出る。


「……ローブを着ていけ、多少は護りになるだろう。ただそれ高いから、絶対返しに戻れ」

 

 何か言いたげな顔をしたが、結局何も言わずに法は身に纏っていたローブを夏香にかぶせ、命令する。


「はい、約束します。じゃあ、行ってきますね」


 夏香はしっかりと頷き、廊下の先に走っていく。


「わお、男の子してるねぇ~夏香くん」

「ああ、無駄に男の子だ」


 朱音が茶化すが、法は姿が見えなくなるまで見送っていた。






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