第三章 お前が殺した
地響きを立てながら倒れる門。夏香が耳を防ぎつつ、法に向かって叫ぶ。
「こんな派手に入って大丈夫なんですか? 敵勢力未知数ですよ!」
「心配はいらないよん、夏香くん」
問いに答えたのは、法ではなかった。
倒れた門の奥には砂利道があり、百数メートル先に屋敷の入り口が見える。
だが、その入り口を塞ぐように二つの人影がある。
「朱音、エン」
セシアが二人の名を呼ぶ。怪物に雇われた勇者、そしてツヴァイト家副頭領だ。
「幼少の頃にお目見えした以来ですね。まぁ『背だけ』大きくなられまして」
ぶちっと、セシアの額に血管が浮かぶのを卍は見た。
「エンくん、それセクハラだよ~」
隣に立っていた朱音がエンをたしなめる。その姿は先程学校で出会った時と異なっていた。それが彼女の本来の色なのだろうか、髪と瞳が紅くなっている。
偽装を解いても笑顔を振りまいているのは新藤藍音の時と変わらない。彼女の素のようだ。偽装時には化粧をしていたのか、今の表情は藍音の時より幼く見えた。
「ところで、心配はいらないってどういう意味かな? というか君達以外に人はいないの?」
アレだけの物音が響き渡ったにも関わらず、屋敷の中から人が出てくる様子はない。
「他の方々は先程、捕えたフェイカーを連れて終団の所へ向かわせました。今この屋敷に残っているのは三人だけです」
眼の前に立つ二人に加え、この屋敷の主ということだろう。
「法ちゃんは騒ぎを起こすことで、団をここにおびき寄せて混戦を狙ったんだろうけど。それされたらこっちは都合悪いから、先手を打たせてもらったってわけだよ」
「ぶっちゃけますと。今の頭領に疑問を覚えている者が結構居まして、そんなところに次期頭領候補のお嬢様が来られますと、寝返りやら何やらで泥沼になりますし、ご退場願いました」
あっけらかんと内情を話す二人に、卍と法は驚くが、夏香は納得がいったように頷く。
「成程、じゃあ僕達の敵は君達だけなんだね。わかりやすい」
「そういうことです。この場に残った私達がお嬢様の敵です」
エンが腰に差していた刀を鞘から抜く。朱音も虚空から漆黒の魔剣を抜き放つ。
「エンは父様の行動に疑問を覚えないんですか! 朱音も、あなた一応勇者で人間でしょう!」
セシアの呼びかけに、二人は肩をすくめる。
「それは使用人である私の仕事ではございません。私の仕事はツヴァイト家に仕えることです。なにより私では器が足りない。止めるのは、次期頭領候補であるお嬢様がやるべきことです」
エンはツヴァイト家の執事。ゆえに無用な被害を避けるために、屋敷から人を外に追い出し、頭領と次期頭領の一騎打ちのために法と卍という邪魔者を排除するのだろう。
「前も言ったけど、アタシは英雄志望なんだよね。だから、善人でいる気はないよん」
朱音は自身の目的を果たすため、ここでセシア達と敵対する道を選んだようだ。
「なら、私とバンで君達をやればいいんだな?」
法が右手に持ったMP7の銃口をエンに向ける。
「ええ、お嬢様を止める気はないです。ですが、あなた達は向かわせられません」
「ならセシア、先に行け。私達は後から行かせてもらう」
「……わかりました。エン、あなたの忠義に敬意を。朱音には後で謝罪を要求します」
セシアが頷き、エンと朱音に一言ずつ告げ、その間を通って屋敷の中に入っていった。
「アレ? アタシの扱いだけなんか違くない?」
「自業自得です。……事が終わるまで待っていただけるなら、お茶の用意もありますが?」
朱音に冷たく言い放ち、エンが法に向かって休戦を申し込む。
「生憎、ここには茶を飲みに来たわけではない。ああ、それと私、朱音の襟に発信器をつけた」
休戦協定を、法は決闘状をつけて跳ね返す。
「アー、ホントダ―、気付カナカッタヨー、エン君ドウシヨー」
朱音が首の裏から発信器を取り外し、棒読みでエンに見せた。
「……フェイカーにもついていましたし、完全に敵対行動ですね」
「ああ、そこら辺ツヴァイト家に仕える執事としてどうする?」
執事は抜いた刀を構えることで答えた。
「バン、そっちは任せた。リベンジしてみせろ」
法がエンを視界に捉え、卍は朱音と対峙した。
「あっれー? 法ちゃんの相手はてっきりアタシがするんだと思ったんだけど?」
非難するように、朱音が法に向かって言う。
「私には髪の毛紅く染めたヤンキーの知り合いはいない」
「だそうだ。残念だな、眼中になくて」
「あらら、ちょっとショック……まぁ良いけどさ。ロボ友達くんの方がよわっちいし」
声のみ残念そうに呟き、朱音が魔剣を構える。
「あっ、ごめん、ちょっと待って、藍音……じゃない、朱音に話がある」
四人が今まさに戦闘を開始しようとした瞬間、夏香が手と声を上げて止めた。その場に居た全員が「お前空気読めよ」と夏香を睨む。だが、意に介した様子もなく夏香は用事を済ませる。
「君のおかげで僕は卍と本当の友達になれた。言いたかったのはそれだけ、後は卍に倒されて」
「えっと……なんというか、夏香くんって空気読めないんだね……」
朱音の呟きに、その場に居た全員が同意するように頷いた。
★
セシアは誰にも邪魔されることなく屋敷を駆け抜け、一番奥にある部屋に辿りついた。
「クルト・ツヴァイト!」
部屋と廊下を仕切る襖を破り、彼女は実父の名を、敵の名前を叫んだ。
部屋は何十人もの人が集まれるように広く、長方形の形をしていた。床は板張りであり、広さと相まって道場を思わせる。その最奥部に、男はどっしりと腰を降ろしていた。
黒髪の若い男だ。いや、若いのは見た目だけであり、その身体付きは熟練の戦士を思わせる。男は周囲を威圧するような気配をずっと漂わせており、寄れば切るを体現したような鋭い雰囲気を感じる。それが万を超える怪物を纏める長、クルト・ツヴァイトだった。
十数メートル離れた入口から飛び込んできたセシアに、クルトは視線を向けた。それだけだ。
「あなたの行いを止めに来ました。いますぐに、この街で起こしている悪夢を止めなさい! さもなければツヴァイト家次期頭領として、あなたをここで討ちます!」
室内に入り、セシアは宣言する。だが、クルトは喋らない。そのことが彼女を苛立たせる。
「何か言いなさい! 悪夢に母様の姿まで使って! もし語るまでもないと言うのなら……」
セシアが拳を握り締め、クルトに殴りかかろうとした時、
「……お前が殺した」
「……え」
不意にクルトが口を開いた。渇いたその声にセシアは止まる。
「お前が……杏玲を殺した」
クルトは妻の名前を、セシアの母親の名前を口にして、彼女が殺したと言った。




