第三章 お邪魔します(物理)
四人は校舎を出て、バスに乗って移動する。行き先は真周町の北東部、人気の無い山間部だ。
そこは夜更けに向かうような場所ではなく、バスの中には四人と運転手以外の人影はない。
「バンが君を止めなかったのは意外だったよ」
座席に腰掛け、夏香がぼんやりと考え事をしていると、法が隣の席に座りながら言った。
「先輩が止めなかったからだと思いますよ。それに、卍は僕に命令する権利なんてないですし」
「ああ、そういうわけか。なら、私が止めたら君は途中下車するのかい?」
夏香の腹部に固く冷たいモノが押し付けられた。デリンジャーと呼ばれる小型拳銃だ。
「いいえ、先輩を説得します。というわけで、話し合いをしませんか?」
法の眼が本気だと解りながら、夏香はほほ笑む。
「仮に君を連れていって、敵に捕まった上に人質にされるぐらいなら、ここで脚を撃ち抜いて病院送りにした方がマシだと私は考えている」
最悪のケースを考え、人間である夏香は邪魔だと告げてくる。
「……『現実に至っていない結果なんて行動でいくらでも変えられる。それともなんだ? お前は未来でも視えるのか?』。僕、先輩のこの言葉好きですよ」
セシアを疑っていた卍に、法が言い放った一言を、夏香は繰り返した。法がしかめっ面で言う。
「……今から行くのは文字通り怪物屋敷だ。判断材料としては十分じゃないのか?」
「足りません。僕が何かをできるか、それとも何もできないのか。まだわかりません」
何もできないとは言い張れない。何故なら、未来なんて誰にもわからないからだ。
そして、法は未来を確定するような言動が嫌いだと言った。だが、ここで夏香を降ろすということは、彼女の言葉に矛盾を生じさせることになる。それは魔法少女としての自分を曲げるということだ。舌打ちした後、法が銃を下ろした。そんなこと、彼女にはできないだろう。
「もし君が足手まといになったなら、その場で撃つ。覚悟しておけ」
「ええ、痛いのは嫌なんで頑張りますよ。頑張って、僕にできることを見付けます」
「朱音と対峙した時も思ったが、君がそこまで行動的だとは知らなかったよ」
非難するように法が言うが、夏香は笑顔のままだった。
確かにこの間までの夏香なら、自分の無力さや怪物屋敷に乗り込むという情報から邪魔だという結果を導き出し、残ると言う選択肢を選んだだろう。
だが、夏香は結果が出るまで判断するのを止めた。結果を待つのではなく、追い求めることにした。ただ判断して結果を受け入れるのでなく、少しは抗おう。そのように考えを変えたのだ。
「行動的になれたのは、先輩のおかげなんですけどね」
夏香が変わったのだとしたら、変えたのは法だ。彼女の未来を追い求める姿勢は、今までの夏香の根底を覆すには十分なエネルギーや魅力を持っていた。
「先輩の七不思議を解決しようとする意思や、抜け目なくて意地の悪いところとか、善悪関係ない柔軟な思考とか。大人っぽいと感じて、僕もそうなりたいと思っちゃったんです」
今の夏香より、法の方が強くしなやかで美しい。だから、彼女のようになりたい。
一般人である夏香は、魔法少女である法に魅入られ、そんな魔法をかけられたのだ。
「君は……恥ずかしいことを平然と言うんだな」
掛け値なしの称賛と憧れを向けられ、法が困ったように頬を掻く。
「ええ、だって先輩に憧れちゃいましたから」
「そうか、なら……手本にした私を失望させるな」
法が不敵に笑った時、バスが停まった。目的地に到着したようだ。
「着いたぞ」
眼帯で片目を隠し、長袖の制服で腕の切断面を隠した卍が、二人に呼びかける。
「ああ、わかってるさ」
法が立ち上がり、後ろの座席に置いてあった黒いケースを手にバスから降りた。
★
バスから降りた四人を出迎えたのは、鬱蒼と生い茂った森だった。
道路に覆いかぶさるように成長した木々は、夜の暗さと相まって襲いかかってくるようにしか見えず。木々の間を風が吹き抜ける音や、虫のさざめきが、嫌に反響して耳に届いた。
ふと卍が空を見上げると、不気味なほどデカイ月が地表を照らしていた。
四人は木々の間に敷かれた石で舗装された道を移動する。
数分後、築数年ほどの真新しい塀と、奥の様子を全く見せない巨大な門が視界に入った。
数年前、とある富豪が税金対策と娯楽を兼ねて山を一つ丸ごと買い取り、余りある土地を存分に使った広く大きな武家屋敷を建てたそうだ。築数年の割には赴きがあり、まるでずっと昔から森の中に建てられていたかのように、周囲の風景との協調性が武家屋敷にはあった。
「話には聞いていたが無駄にでかいな、そこらのしみったれた寺よりしっかりしている」
門の手前まで移動し、感心するように卍は言った。
「ええ、そうですね」
セシアが隣に並び、門を見上げる。視線は鋭く、やはり痛みを堪えているように見えた。
「……。もしもの時、お前は本当に父親と戦えるのか?」
卍は考えた。法と協力関係を結んだ時に、セシアはツヴァイト家より先に終団の排除を優先した。それは単に自分の手で事を終わらせたかっただけではないはずだ。話し合いで終われば、それで済めば良いと思っていたからではないだろうか? と。
「自分で決めました。迷いは無いです。あの人は私が止めます、止まらないなら……討ちます」
卍の確認に、セシアが言い切った。
それがセシアの決めた生き方なのだろう。例え親が眼の前に立ち塞がろうと、自分の意思を折らない。それで自身が傷ついても止まらない、愚直なまでに真っ直ぐな在り方だ。
「それに、もう後戻りはできないんです。沢山の人が一方的に傷つけられました、だから迷う迷わない以前に、もうこの道しか私は選べないんです。バン、あなたはナツを助けたいんでしょう? なら、そんなことは気にしないほうがいいです。友人を脅かす敵の事情なんですから」
気にしなくていいとセシアが言うが、卍は気にした。
確認せずともセシアは逃げないとわかっている。彼女は失うことも、後悔を背負うことも恐れない。何故なら、痛みを受け入れられるだけの器を持っているからだ。
そうでなければここまで来れない。逃げ道はあったはず。だが、セシアはここに立っている。
その意思の強さが卍とは決定的に異なる。彼は心の痛みを知り、失う恐怖を知ってしまった。
「俺は自分を信じて大切なモノを失った。相当辛かった、それに今もずっと後悔している」
そして、今も負の感情に囚われている。そんな卍だからこそ想う。
「だから、君に大切なモノを失ってほしくない。俺と同じ痛みを背負わないでほしい」
それが卍の本心だった。自分と同じ後悔をしてほしくない。卍はセシアを想う。
「二度は言いません、私はもう決めました」
「わかっている。だから、俺は君が大切なモノを失わないように協力する」
卍はセシアから学んだ。恐れを知っているからこそ、できることがあると。
それは自分が感じる痛みと同じモノを他者に背負わせないことだと、卍は考えた。
「多分、それが今の俺にできることだ。お前は自由にしろ、後ろは勝手に守る」
セシアの決意と自身の決心を頷くことで卍は示す。セシアが頷き返し、法に振り向く。
「ホー、中の様子はわかりますか?」
「見えない。何かしらの魔眼封じが働いているのか、それとも人がいないのか」
闇夜に魔眼を光らせ、中の様子を視ていた法が、首を左右に振る。
「まさか入れ違いで終団を攻めにいったとか?」
「無いとは言い切れませんね」
夏香の言葉に、セシアが歯切れ悪く言い返す。
「ひとまず中に入ればわかるさ。最悪、中で帰ってくるのを待てばいい」
気を取り直すように法が言った。それから、持ってきたケースを地面に置き、開けた。
中には、絵本に出てくる魔女が着ているような、漆黒のトンガリ帽子とローブが納められていた。それらを身に纏った法は、いかにもそれっぽいのだが、卍には見えてしまった。ローブの裏側に多数のマガジンとナイフが納められていたのを。
「アレ? まだなんか入って……うわぁ……」
まだケースに何かが入っていると気付き、夏香が覗き込む。そして、嫌そうな声を上げた。
法が『それら』を取り出し、両手に納めた。二丁の黒い銃だ。
その内の一丁を、卍は映画で見たことがあった。その名は『M29』出回った当時は『最強の拳銃』という触れ込みで販売された、大型獣類さえ仕留めることができる回転式拳銃だ。
もう一つの銃は『MP7』と呼ばれる個人防衛火器とも呼ばれる短機関銃である。
「B級映画にいそうだな、こんな奴」
トンガリ帽子とローブを纏い、M29の弾薬庫に弾薬を入れ、MP7にマガジンを装填する法を、卍はそう言い表した。
「黙れ、私のフェイカーとしての能力は攻撃力皆無なんだからしょうがないだろ」
本人もさすがにないと自覚しているのか、嫌そうに両手で銃を構え、三人を見渡す。
「さて、お邪魔するとしよう。バン、エスコートを頼むよ」
茶化した法の横を素通りし、卍は門を蹴りつけた。
内側から施錠されていたにも関わらず、さながら衝車の一撃を食らったかのように、門が内側に向けて倒れた。




