第三章 ツヴァイト家
法が死体を処理し、夏香によって足止めされていた消防士達に幻覚を見せ、引き返させた。
その頃には、セシアは一人で立ち、話ができるぐらいには回復していた。
だが、少しでも押せばそのまま倒れ込んでしまいそうな危うさが漂っている。
卍は無理やりセシアを支え、法に奇幾何学部の部室に移動することを提案した。
そして場所は変わり、奇幾何学部の部室。
「あー……、これはちょっと安静にしてたほうがいいね。とりあえず保冷パックを」
部屋の奥から持ってきた椅子に座ったセシアの前に屈み、足首を視て夏香が顔をしかめる。
夏香は腫れの上に保冷パックを乗せ、かなり強めに包帯を巻いた。サッカー部である夏香にとって、捻挫などの足の怪我は日常茶飯事であり、手際良く処置を施していく。
「絶対安静だからね、動けば動くほど腫れは悪化するし、痛みも酷くなってずっと続くから」
「夏香、少しだけ話をしていいか?」
注意しながら救急箱を閉じた夏香に、卍は声をかけた。
「うん、いいよ。僕も話がある」
二人は窓際に移動し、壁に背中を預けた。
「すまない、俺は卑怯者だ。お前のことを知ってから、この話をしようとしている」
口火を切ったのは卍だ。悔いるように、夏香に向かって謝った。
「ああ、君が朝方卍の存在を乗っ取ったって話?」
ずっと前から知っていたかのように、夏香が軽く言い返す。
「やはり知っていたか」
「うん、一応ね。君は成長しないロボットで未来から来たはずなのに、僕とずっと昔から友達だったわけがない。君は、朝方卍と入れ替わったんだね」
卍がアンドロイドだとわかった時点で、夏香は気付いていたようだ。
「そうだ。俺の朝方卍という名前や立場は、本来俺のモノではない。俺がこの世界で生きていくために、本物の朝方卍から奪ったモノだ」
卍は白状した。夏香との偽りの友情を守るために、ずっと隠していたことを。
「本物の朝方卍はどうなったの?」
「病死した。朝方卍は重い病気に罹っており、君が高校一年生の時に居なくなった」
「そこに、病死したという事実を消して君が割り込んだんだね」
法の幻覚と似たようなことを行い、アンドロイドは朝方卍となった。
「そうだ。今まで隠していてすまなかった」
「それに対する返答は保留するよ。……次は僕だね。ごめん、僕は君にずっと嘘をついていた」
悔いるように、夏香が卍に謝った。
「君が境容夏香であって、境容夏香でないということか」
卍は頷き、受け止めるために言葉を待つ。
「うん、記憶を失ってから僕は人が変わっちゃったみたいで、両親も友達も離れていったんだ。そこに僕の友達だと言う君が現れた。僕は、境容夏香の友達である朝方卍に縋った」
夏香が白状した。一人は嫌だったから、嘘をついたと。
「僕は……朝方卍の友達である境容夏香じゃないのに、朝方卍の友達だと偽った。ごめん」
記憶と共に消えた境容夏香だと彼は自分を偽り、朝方卍の友達である境容夏香だと名乗った。
「……。結局、俺達はお互いを騙して、ずっと偽りの友情に縋っていたんだな」
「うん、お互いにお互いが嘘に気付かないことを祈って、心の中で怯えてた」
二人は苦笑し合う。お互いに嘘をついていた。一人は嫌だという同じ理由で、偽りの友情を守り続けた。
「夏香、俺は朝方卍じゃない。それでも、友達で居てくれるか?」
「卍、違うよ。僕も君の友達である境容夏香じゃない。だから、これから友達になろう」
夏香が手を差し出し、卍に握手を求めた。
「ああ、これからもじゃない。これからだ」
卍は手を握り返した。嘘を守るために、触れることを恐れていた自分の手で、握手をした。
「話し合いは済んだか?」
その様子を見守っていた法が確認すると、二人は手を離し、照れくさそうにそっぽを向いた。
「男同士で照れるな気持ち悪い。さて、現状は最悪だが、事態は良い方向に進んでいる」
悪夢を魅せている怪物が自分達から接触してきた。これを法は好機と捉えたようだ。
「相手の顔も割れた。ツヴァイト家、本来は敵にすることも憚られるが、事情によっては攻め込める。……話してくれるか、セシア・零・ツヴァイト嬢」
その名に、セシアは痛みを堪えるように視線を伏せた後、感情を削いだ声色で語り出した。
「……現頭領、クルト・零・ツヴァイトは私の父親です。彼の独断で今の悪夢を魅せています」
「私の知る限り、ツヴァイト家は怪物としての矜持を守る、誇り高き一族と聞く」
本来ならば悪夢を魅せるような輩ではない。法の疑問にセシアが頷く。
「ええ、ですから今のような悪夢を魅せるという行為に対して、一族の中でも反感を持っている者が多数います。なので、現状ツヴァイト家は頭領であるクルトとその配下、そして私が属する本家の二つに内部分裂しています」
「ああ、成程。セシアが単身でここに出向いているのは、分裂したツヴァイト家同士が争うのを避けるためなんだね」
反感を抱いている者達の代表としてセシアが出向き、クルト・零・ツヴァイトを説得ないし排除できれば、身内同士で争う理由は無くなる。夏香が納得したように言う。
「私はあの人の娘であり、次期頭領候補です。クルト・零・ツヴァイトから頭領の地位を奪い、ツヴァイト家を統制する資格があります。上手くいけば、ツヴァイト家の問題は無くなります」
「身内で争いたくない。だから、父親の責任を押し付ける形で、お前一人を向かわせたのか?」
卍の怒るような問いに、セシアが首を左右に振った。
「私は、そのように考えていません。これは私がやるべきことだと。いえ、娘として間違ったことをしているクルト・零・ツヴァイトを止めたい。そのことに他人を関わらせるわけにはいきません。ですから、ここからは私の問題です。フェイカー、協力関係をここで断ちましょう」
後は自分一人でどうにかする。そう言って、セシアが一方的に協力関係を終わらせた。
「いいだろう。私も他人の家の問題に口を出すつもりはない。好きにすればいい」
卍は声を上げようとしたが、法に片手で制された。
「だが、どうやって敵の本拠地に辿りつくつもりだ? 君が私と協力関係を結んだのは、この街にあるツヴァイト家の本拠地が何処にあるか知らないからだろう? まぁ、それも運良く見付けられたと仮定して、本拠地に居るだろう無数の手下を全員倒し、勇者や副頭領も倒した上で、君は自分の父親と戦えるのか?」
問題点を逐一上げ、法が確認した。だが、それぐらいは卍でも予想できる問題点だ。
「うっ……」
セシアの表情が崩れた。何も考えてなかったようだ。こいつ馬鹿だ。卍は改めて思った。
「そこでだ、実はこんなモノがある」
そう言って、法が手の平サイズの四角い物体を取り出した。
「そ、それは発信器? ……まさか」
「ああ、昼間の卍とセシアの混合(重要)案である発信器追跡作戦用の発信機だ。さっき話したフェイカーと、朱音に刃を突き付けられた時に一つずつ取り付けた。まぁ、協力関係を断ち切った君には関係ない話かもしれないがな」
「あ……う……」
セシアがオロオロしだす。焦り出す。
「チャンスをやろう。再協力するか? 対価はそうだな、私も君に同行する。もとより、もう君だけの問題じゃないんだ。セシア、ここまで一緒に来たんだ、どうせなら最後まで行こう」
その台詞は少しだけカッコいい。部員二人と怪物は法を見直す。
「それと、この件が片付いたら私をツヴァイト家の保護下に入れろ。そうすれば、この学校を卒業してからも安全が確保される。そうじゃなければ協力関係は結ばん」
見直して損した。三人の気持ちは一つとなった。
「な、なんだ? びた一文まけんぞ」
死んだ魚のような眼を向けられ、法がたじろぐ。その姿を視て、セシアは苦笑いを浮かべる。
「いいえ、あなたらしいと思っただけです。ホー」
そして、法の名を呼んだ。それを答えと受け取り、法は邪悪な笑みを浮かべた。
「そうさ、これが魔法少女のやりかたさ。改めて、よろしく頼むよ」
二人は握手を交わした。それから奇幾何学部の部長は告げる。
「通信機を仕込んだ以上、向こうからこちらを攻める理由を与えたのも当然だ。だから今夜、今直ぐにこちらから攻め入る。『白光の美少女に誘われる悪夢』を奇幾何学的に解明する」
法の宣言に異を唱える者は居なかった。




