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読めなくなったラグナロク  作者: ぷちラファ
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第二章 ツヴァイト家の使者

 意識が感情に囚われていたせいで、夏香は法の唐突な行動が何を意味するか気付けなかった。


「おっと、戦う気は無いですよ。ほら、フリーハンドフリーハンド」


 気の抜けた声が夏香の耳に届く。通路の先から、両手を掲げたスーツ姿の男が近づいてくる。

 歳は法と同じぐらいだろうか。蒼い夜のような黒髪がザンバラに切られて広がっている。身長は卍より高く、細身だが決して弱さを感じさせない身体付きをしていた。

 シワの無い黒いスーツと相まって、仕事ができるといった風貌だ。藍色の瞳は人受けが良さそうに笑っているが、何故か背筋が凍るような冷たい印象を与えてくる。

 そんな明らかに普通の印象を受けない男は、無抵抗を示すように両手を上げている。

 しかし、法は銃を構えたままだ。その表情からは、少女の時にはあった余裕が消えている。


「止まれ。お前、終団ではないな。……怪物か」


 魔眼で男の全身を見やり、法がその正体を見破った。


「成程、素晴らしい鑑定眼をお持ちのようですね。申し遅れました、ツヴァイト家の副頭領を務めています。エンと申します」


 男は焦った素振りも無く、両手を上げたまま軽く会釈した。


「ツヴァイト……遥か昔、本物の魔女と交流を持っていたとされる名門の怪物一家が何の用だ? 私達はお前達に何もしていないぞ。まぁ、野良のフェイカー狩りが目的なら話は別だが」

「いいえ、現在フェイカー狩りは行っていません。ですから『今』はあなたに危害を加えることはないです。なので、少しだけ話を聞いてくれると嬉しいです」

「聞かなければ、お前達を敵に回すということか。脅迫だな」

「そう受け取ってもらってかまいません」


 エンがニコヤカに言うと、法は銃を下ろした。ここで一戦を交えるには、リスクが高いと判断したのだろう。そこら辺の話は全くわからないので、夏香は二人の会話を見守る。

「実は今現在ツヴァイト家は終団に眼をつけられておりまして、その対処のために私はここに来ました。そこで協力者の力を得て、この街に在る終団の拠点をなんとか突き止めました」

 エンの言うの協力者とは、終団に聖剣を送った者のことだろう。

「ただ、殲滅するには私一人では力不足でした。なので、情報収集も兼ねて一計を講じました」

「その協力者に終団をおびき出させ、確保の後拷問といったところか?」

「おおよそその通りです。しかし、そこで誤算が生じました。まさか、あなたというフェイカーがあの学校を根城にしているとは思いませんでした。あとは、言わなくてもいいですね」


 法が少女を追い詰め、昏倒させた。そして、エンが出てきた。


「事情はわかった。用件はなんだ? この女を引き渡せと言うなら等価交換だ。対価を示せ」


 タダでは渡さんと法が言うと、エンは呆れたような笑みを浮かべた。


「元々はこちらで確保するつもりだったんですが、まぁいいです。そこの女との連絡が途絶えたことで、今現在あの学校の周辺に現れた終団の先兵を潰しましょう。もちろん全てはこちら側が仕組んだことにして、あなたの存在は悟られないように。ああ、アフターサービスで死体処理も行います」

「至れり尽くせりだな。なおかつ、この場は見逃してもらえるときたものだ。十分な対価だ」

「では、この条件でよろしいですね?」


 法は頷いた。話が纏まり、エンは法の前をゆっくり通って少女に近づき、片手で担ぎ上げた。


「それでは、失礼します」


 エンが頭を下げて会釈を行い、夏香と法の前から歩き去っていった。

 その姿が見えなくなってから、法は緊張を解くようにゆっくりと息を吐いた。


「もしかして、結構やばい状況でしたか?」

「やばい状況だった。見逃されたのはあの男の気まぐれか、何か裏があってのことだろう」

「じゃあ、裏があるみたいですね。その……なんでしたっけ? ツヴァイト家?」


 どちらかわからないと茶化した法に対し、夏香は断言した。


「君のその空気の読めなさが異様にムカつくが、まぁいい。なぜそう思った?」

「疑問があります。あの男はこう言いました『あなたというフェイカーがあの学校を根城にしているとは思いませんでした』と。この言葉は、先輩だけがフェイカーだってわかってないと言えません。それだけじゃない、先輩が学校を根城にしていると、どうして知っているんですか? あの男の話では、ここで今のように出会ったのは偶然のはずです。どうして単に学校に通っているだけかもしれない先輩が、あの学校を根城にしていると言えるんですか?」

「もう一つ言えば、あの男がこちらに提示した条件が良過ぎる。あそこまでやってくれる義理なんてないはずだ。……だから、君の考えは正しいだろう。そうなると、あの男の目的がわからない。私への警告か? いや、それなら終団の死体でもグラウンドにばら撒けばいい」

「成程、見せしめに何かをするのは、確かに効果的ですね」


 納得して夏香が頷いていると、法が残念なモノを視る眼になった。


「いや、今のはボケなんだが……まぁいい。ディスカッションといこう」

「僕、ただの一般人なんですけど?」


 自分で言って卑屈だと夏香が心中で自嘲していると、法が呆れた表情で言った。


「一般人だが関係者で部活の後輩だろう? 私の脳のサブユニットとして働いてくれたまえ」

「……僕は外付けのハードディスクか何かですか?」


 その言葉を受け、夏香は自分を嗤うのをやめた。。


「そんなところさ。さて、あの男の本当の目的について考えよう」


 法の言葉を皮きりに、夏香は考え出す。


「えっと、あの男は悪夢を魅せている怪物と、同じ存在と考えてもいいんでしょうか?」


 エンが言ったツヴァイト家、そして悪夢を見せている怪物との関係性について夏香は確認する。


「その一味と考えて良いだろう。詳しいことは知らないが、ツヴァイト家はリジェネレーションと呼ばれる種族の怪物だ。そして、セシアもリジェネレーションだと本人から聞いた」


 セシアは同族を狩りに来たと言っていた。なら、セシアと同じリジェネレーションが悪夢を見せていると考えられる。


「じゃあ、その悪夢を魅せているのを、邪魔されないように警告してきた。というのは、違うんですよね。先輩が事件を解決しようとしているなんて、向こうが知っているわけがないし」

「そうだ。基本的に、私のように単独で動くフェイカーは厄介事に関わろうとしないからな。普通は邪魔しようとしているなんてわからない。むしろ、あちら側が私を襲ってくるパターンの方が多い。そして、それが第二の疑問点でもある。私が邪魔をしようとしているのを知らないにしろ、知っていたにしろ、なぜ私を見逃したかだ」

「うーん、終団を倒すことに戦力を集中していて、こちらに構ってられないとか?」


 夏香はぱっと思い浮かんだ理由を口にするが、法は首を左右に振る。


「根拠としては弱い。あの男の言葉をそのまま受け取るなら、今はまだ情報戦の段階だ。その段階なら、情報が無くても潰せる私を真っ先に狙うはずだ。そして、学校から離れた今日という日は絶好のチャンスだった」


 真周高校という護りの要である城から抜けだし、なおかつ不意打ちできるチャンスもあった。

 だが、法は今生きている。


「排除しなかった理由がある。もしくは、先輩を生かすことでなんらかのメリットがある」

「そのメリットがわからないな。終団を削る戦力としてカウントするのなら、今学校の周辺に現れるだろう終団をわざわざ自分達で狩る必要がない。そうじゃないなら、私を生かす意味はなんだ? まさか、私の美貌に一目惚れしたのかあの男」

「冗談はもういいです。そうなると……あの男の気まぐれである可能性だけじゃないはずです」

「今のは冗談じゃないんだがな」


 法がハッとした表情で言うので、夏香が冷たくあしらうと、小さく呟いていじけた。

 やはり男の気まぐれの可能性が高い。だが、そうじゃない可能性も存在している。ならば両方の可能性を一度許容し、片方の選択肢が無くなるまで考える。それが夏香の思考回路だ。


「先輩を生かすメリットがある。そのメリットを終団はいつ見付けたんでしょう? 今日である可能性は、先輩の事を知っていた可能性を考えると違う。それ以前となると、先輩はツヴァイト家にいつ接触した?」

「私が学校以外で奇術を使ったとなると、一番近いのは教会の裏の墓地の時だな」


 卍とセシアが戦った時の余波で荒らされた墓地を法が直した。それは夏香も視ている。


「セシアと初めて接触した時ですよね。その時にメリットを見付けたとなると」


 二人は顔を見合わせた。


「あの日、僕の友達が悪夢によって墓地に引き寄せられました。その友達を狩るために、あそこにはツヴァイト家の怪物が潜んでいた。そして、あそこで起きていたことを全て視ていた」


 それならば、法が何者かを知っていた辻褄は合う。


「仮にそのツヴァイト家の怪物が、実際にその場に居たセシアだとしよう。いや、違うな。あの場で私の危険性を認知したとしても、今日のように終団を使って私を校舎の外におびき出して殺せばいい。危険を冒してまで彼女を送る理由がない。そうなると、別の怪物が居たと考えるのが妥当だが、私の魔眼には映らなかったことから、協力者であった勇者の可能性が高い」


 特殊な力を持っているが、人間である勇者は法の魔眼には映らない。


「でも、セシアが無関係ということはないと思います」


 いつも通りの口調で、夏香はセシアを疑った。いや、最初から夏香はセシアを疑っていた。前に夏香自身が言ったように、彼はセシアの言葉を信用しているが、味方か敵かの判断を下していない。その両方の可能性を、いまだに許容したままだ。


「だけど、セシアが先輩を殺しにきた可能性は無い。終団に関する情報収集は勇者という協力者がいるから必要無い。セシアがツヴァイト家と敵対しているのは事実なんでしょうけど、セシアが関わっている可能性を含めた場合、ツヴァイト家の狙いってなんでしょう?」


 結局、疑問はそこに戻る。


「……セシアはツヴァイト家と敵対しているのは聞いたが、ツヴァイト家はセシアと敵対しているのか?」

「発想の転換ですか?」

「ああ、セシアはツヴァイト家と敵として見ている。だが、ツヴァイト家はセシアと敵として見ていない。そうだとすれば、私が生きているメリットはいくつか思い浮かぶ。まずセシアはあの学校という隠れ家が得られることで、終団から狙われなくなる。さっきの引き渡し条件で学校の周辺に現れた終団を自分達で倒したこともこれで説明がつく。そして、私という協力者を得ることができる」


 ツヴァイト家がセシアを敵として見ていない場合、いくつかの答えは出てくる。


「それなら先輩が生きているメリットの答えは出ますけど、違う疑問が出ませんか?」


 仮にエンの目的が、セシアを助けるためだとする。その場合、どうしてツヴァイト家は自らと敵対しているセシアに力を与えるようなことをするのか? という疑問が生まれる。


「それについてはセシアに聞くしかないな。だが、的外れではないはずだ」


 どうやら勘ではなく根拠があるようだ。


「この疑問は、彼女がどうして同族討ちをやっているか。そのことに関係しているはずだ」


 セシアがなぜ同族を討つか。彼女の個人的な理由は聞いたが、全体的な経緯は知らない。


「ツヴァイト家がこちらに接触してきた以上、事態は動く。しかし、このタイミングで私達はセシアを疑う情報を得た。まだセシアは私達という戦力を手放したくないはずだ。そのためには、彼女は真実を話すしかないだろう」

「同族を討つ経緯ですか……。セシアは何かしら答えてくれるんでしょうか?」

「彼女は気高い、現実から逃げはしないさ。今の問いをぶつければ、ハッキリするはずだ」


 それが今日まで、法がセシアと一緒に行動して唯一判断できたことなのだろう。


「そうですね。僕も先輩と同じ判断をしました」

「ディスカッションはここまでだ。バンとセシアと合流しよう」

「そうですね。早く学校に戻りましょう、卍とセシアが心配です」


 夏香の言葉を最後に、二人は路地裏から出ていった。





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