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読めなくなったラグナロク  作者: ぷちラファ
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プロローグ その2

 午後の授業を終えて放課後、サッカー部に所属する夏香は、卍と別れて校舎前に広がるグラウンドへ足を運んでいた。

 グラウンドに並列するように建てられた部室へ入り、制服から黒のジャージに着替えた。

 靴を履き替えてグラウンドに向かい、先輩後輩同級生に挨拶をする。それからストレッチを始めた夏香に、一人の男子生徒が声をかけた。


「よっ、夏香」

「やっ、和樹」


 手を上げて挨拶する男子・桜蘭和樹おうらんかずき。夏香と比べて頭一つ分背が高く、ガタイもしっかりとしたいかにも体育会系な身体をしている。全身が日に焼けており、その笑顔は暑苦しい部類だ。

 夏香とは中学校からの付き合いだ。


「聞いたぜ、またあの魔女と話をしたとか」


 和樹は夏香の隣りに並び、ストレッチを始めながら話を振ってきた。


「ああ、話したけど。というかそれ、誰から聞いたの?」

「いや、知り合いから。今日は色んな場所に魔女が現れたらしいぜ、だから校内大騒ぎ」

「本当に珍獣扱いだね……。確かに、外見から言動まで常識離れしてたけどさ」


 思わず納得しかけてしまう。それほどに法という人間は珍しかった。


「そりゃ入学していきなり謎の権力で奇幾何学部を発足、連日深夜の学校を徘徊するわ、泊まり込みの事務員の夜食であるカップラーメンを強奪するわ、話のネタが尽きないぜ」

「それどこまで本当なんだよ? あの人だってこの学校の生徒なんだから、どこにいても不思議じゃないだろ、そういう身も蓋もない噂……僕は嫌いだな」


 呆れたようにたしなめる夏香を、和樹は不思議そうな眼で視た。


「魔女の肩持つじゃん、もしかして惚れたか? やめとけやめとけ、なんでもあの身体目当てに言い寄った男子は数日間の記憶を失う事になるという噂が」

「また眉唾物な……というか違う違う、確かに綺麗だって思うけど、あの言動は怖すぎる。今日だって悪魔とか魔法少女とか、凄かったよ」


 信憑性がない噂については否定するが、言動がオカシイことは間違いないので否定しない。


「お前そういうの好きじゃん。ミステリアス系とか不思議っ子とか」

「いや、好きじゃないですから、僕は至って普通な子が好みデスヨ」


 ちょっと変わった子と付き合ってみたい。そんな幻想を抱いていた時期は、確かに夏香にもあった。

 だが、実際にそういう人種と会ってみると、話が通じないので無理だった。


「冗談だって、わかってるから怒るな怒るな。じゃあ、もう一人の方が目当てか?」

「もう一人? 誰?」


 心当たりが全くない夏香は、そのまま聞き返す。


「ほら、あの潔癖症の……ずっと本読んでるか虚空を眺めてる」

「卍は男だから……あと虚空とか言わないでよ、印象悪いからさ」


 ウンザリとした表情になる夏香だが、和樹は興奮したように続ける。


「いやいや、男子の制服は来ているが顔立ちは女っぽいし、男子にも女子にも身体を触れさせない高潔さ。更には身体計測や水泳の授業みたいな服を脱ぐモノには参加しないときたもんだ。一部では、実は諸国から来た身分を隠す王女様との噂が、もしくは魔女に女に変えられた不幸な男子とも」

「キモイから興奮しないでよ。……確かに卍の身体には触ったことないし、服とか脱ぐのもみたことないけど、絶対に女子じゃない。って、なんかこの言い方、僕も気持ち悪いな」


 事実をちゃんと知っているので否定する。


「なぜに?」

「子供の頃に遊んでいたから、小学校までは家でお風呂とか一緒に入ってた写真あるし絶対だよ。そういえば、近所のプールとかも一緒に遊びに行ってた写真もあったなぁ」

「じゃあ、なんで今はああなったんだ?」

「それは知らないけど、卍は冗談とか子供っぽい理由でそういうことはしない。怪我とか何か理由があるはずだよ」


 絶対の確信と信頼を根拠に 夏香は判断する。


「……じゃあ服とか脱がないのはそういう理由か?」

「さぁね、無責任な事は言いたくないから黙秘権発動。あ、この事は誰にも言わないでよ」


 友人の妙な噂が広がることを嫌がる夏香に。わかってるわかってると、笑顔で頷いていた和樹だが、不意に笑みを消して怯えるような小声を出す。


「そういやさ、お前に話すのは初めてなんだけど……七不思議の『白光の美少女に誘われる悪夢』って知ってるか?」

「え?」


 その言葉に心臓が嫌な鼓動を刻み、夏香は眼を見開く。夏香の様子に気付かず、和樹は話を続ける。


「俺、それっぽい夢を見るんだ。七不思議の話通り、夢の中で綺麗な白いドレスを着た女の子が俺の名前を呼びながら手招きをする。ここ二週間その夢でさ、三日前に病院行って薬を貰ったんだけど効果無いし、だんだん怖くなってきてよ。って、聞いているか?」


 夏香が見ている夢と似た内容だ。比べてみなければわからないだろうが、背筋を震わせるには十分だろう。まだ走ってもいないのに、心臓が早鐘を打ちだす。


「う、うん。というかそんなの偶然だろ、どうせ夢なんて本当に見ているかどうかわかんないんだからさ。一度見た夢を何回も見てるように錯覚してるんじゃないの?」


 相手にも自分にも言い聞かせるように言う。

 二人の人間が同じ夢を見る可能性は限りなくゼロに近い。もしも、仮に同じ夢を見たとしても、内容が同じ夢を夏香は一週間、和樹は二週間見ているという現象は説明できない。

 現象が起きているのに説明できない。そして自分だけならまだしも、他の人間にも起きているなら冗談じゃない。

 偶然だと思っていたが、七不思議は本当にあるんじゃないか? 現実味を帯びた事に戸惑い、夏香は呼吸を乱す。対照的に和樹は勇気を貰ったのか強気に笑う。


「よくよく考えたら最近読んでるマンガのキャラに似てた気もするし、そんなんだよな」

「決まってるだろ、というか夢に見るほどってどれだけなんだよ」


 二人は笑いあい、キャプテンに呼ばれて練習を始めた。

 その日、夏香は珍しくミスプレーを繰り返した。





 日が沈み、帰宅ラッシュが終わってから数刻が経った頃。

 部活帰りの夏香は、和樹と共に帰路へついていた。周囲は既に暗く、僅かな外灯に照らされた夜道は酷く不安定に見える。加えて近道をするため、住宅街から離れた人通りの少ない道を選んでいた。

 そのため人の気配がなく、代わりに不気味な雰囲気が満ち足りていた。まるで異界へ続くトンネルを歩いているような、何度も無意味に後ろを振り返りたくなる空気だ。


「八時から見たいバラエティあるんだ、さっさと帰ろうぜ」

「ああ、僕もそれ見たいんだよねー。よし、早く行こう」


 先を行く和樹に、夏香は僅かに身を震わせ頷いた。なにより、今歩いている場所が墓地の前だから尚更怖い。和樹が選んだ近道は教会裏の墓地の真横を通る道であり、日が高くても普通は通らない場所だった。

 なんでこんな道を選んだのかと、夏香は心の中で和樹を呪う。

 二人は早歩きで墓地の横を突破しようとする。視線を墓地内に向ければ、墓石が無音で立ち尽くしており、不気味さを煽っているからだ。


「そういえば、ここって外人墓地だったね」


 広大な土地に無数の十字架が刺さっている光景を見て、夏香は思い出す。 ついでにここの墓地は遺体を火葬せずにそのまま土葬するという余計なこともだ。


「きっと土の下では腐った遺体がそのまま……」

「ちょ! ふざけないでよ和樹!」


 冗談混じりの和樹に、膝を震わせながら夏香は叫ぶ。昼間の事もあり、普段より恐怖を感じていた。背筋を走る悪寒に従い、夏香は早歩きから駆け足に切り替えようとする。


「ぎゃああああああああああああああ!」


 声が聞こえた。悲鳴だ、この世のものとは思えない絶叫に石のように硬直する。

 声は墓地の方からした。墓地の方へ顔を向けると、二度目の悲鳴が轟いた。ふざけた悲鳴でもなければ、女子が害虫を見てあげるような悲鳴でもなく、まして有名人と出会った時のような黄色い悲鳴でもない。例えるならドラマでよく聞く断末魔の叫びに似ていた。

 悲鳴を上げた人物の姿は見えない。夜の闇もそうだが、今二人が立つ場所からでは広大な墓地の一部しか見えないからだ。


「と、とりあえず電話だ」


 三度目の悲鳴が聞こえた直後、夏香は迷わず携帯電話を取り出し、ボタンをプッシュした。ドラマや映画の撮影をするなんて聞いておらず、仮に肝試しなどで上がった悲鳴でも墓地でふざけるのはいけないことだから問題無いだろう。との判断だ。


「アレ……繋がらない? どうしてだよ? って、和樹! どこに行くんだ!」


コール音が延々鳴り響くことに不安を掻き立てられ、夏香は舌打ちしながら電話を切る。直後、隣に立っていた和樹が墓地を囲む柵を乗り越え、草むらをかき分けながら進むのが見えた。


「この声、俺……知ってる」

「はぁ?」

「この声俺知ってるこの声俺知ってるこの声俺知ってるこの声俺知ってるこの声俺知っ」


 何度も同じ言葉を反復するのは壊れたラジオのようだった。その様子に怖気を感じながらも、夏香は肩を掴んで止めようとする。しかし、ガタイを上回る和樹は止められず。墓地へ入っていくのを見逃す形となる。

 明らかにオカシイ、異常とも言える和樹の行動に夏香は迷う。このまま戻れば、何事もなく無事に帰れる。だが、明らかに様子がおかしかった和樹を見捨てることになる。伸ばした手を数瞬さ迷わせた後、夏香は判断を下す。


「なんだってんだよ……ああ、もう! 和樹! 待ってよ!」


 愛想の欠片も無い友人と長年付き合えるほど、付き合いを大切にする夏香に、和樹を見捨てるという選択肢はなかった。まだ現状は自分一人でなんとかできると思えたのもある。

 夏香も柵を飛び越え、敷地の中に入った。腰まで届く茂みに苦戦しながらも和樹を追いかけるが、その背は既に見えない。しかし、進行した跡が茂みに残っているため追跡は可能だった。

 歩を進める度に、人里から森の奥深くに入っていくような違和感を感じながら、夏香は茂みを抜け、墓石が規則正しく並んだ墓地に足を踏み入れる。 帰り道の確認をしようと背後へ振り向けば、茂みや木のせいで草木の壁のようなモノができていた。


「正面入口から帰るしかないか」


 今さっき通ってきた道だが、なぜか帰れないような不安を感じ、声に出しながら帰れるという暗示を自身にかける。

 それから和樹の姿を探しながら墓地の奥深くへ入っていく。人を招くような悲鳴が消えていることに、夏香は気付いてなかった。しかし、もう一つのことには気付いた。


「アレ? 和樹?」


 周囲を見渡し、人らしき影が無いことに。気休め程度だが、墓地内は僅かな光で照らされている。奥深くまでは夏香の位置から見えないが、茂みから飛び出した和樹を視界の内に捉えるには十分な明るさを持っていた。例え走っていたとしても明かりから遠ざかるには時間が足りず、倒れている場合も細く背が高い十字架の墓石では視界を妨げる障害物にはなりえない。

 考えられるとすれば、


「消えた? そんな馬鹿な」


 しかし、即座に否定する。そんな出来事は推理小説かテレビの中だけだ。トリックもしくは眼の錯覚に違いない、理由も無く人が消える訳ないのだから間違いない。


「きっと見落としだ、そうに違いない。おーい、和樹!」


 自分に言い聞かせながら、夏香は歩を進める。自分の足音が聞こえるほどの無音は、彼の恐怖心を一歩進む度に増幅させるからだ。

 墓石の合間を通り抜け、湿った大地を踏む。ネチャリとぬかるんだ音がして、夏香は眉を潜める。そして、直ぐさま青ざめた。今日は晴れの日だ、なのになんで地面がぬかるんでいる?


「いやいや、水とか撒いてるんだろ……芝生に水撒くみたいに」


 暗がりにしては地面がいやに黒い。トリックを解くため、真実を追い求めるように夏香は歩を進める。しゃがんで地面を触るような勇気は、もう恐怖に削り取られていた。


「お~い、和樹、冗談はやめて出てきてよ」


 願う。和樹が「やーい、引っ掛かったな~」と無邪気な笑顔を見せながら現れるのを。悪い冗談だが今なら許せる、悪い真実よりは百倍マシだからだ。


「和樹! 出てきてよ! どこに隠れているんだ!」


 叫んでいた。恐怖に突き動かされ、走ろうとして転ぶ。黒く染まった大地に視線を向けないようにしていたので、足元に転がっていた何かに気付かず足を引っ掛けたようだ。

 なんとか両手を付いて、顔面から地面に激突するのは避けた。だが、触ってしまった。大地を覆う液体に。そして、鼻を地面に近づけたから臭った……きなくさい臭いが。


「うわああああああッ!」


 跳び起きる。両手にベットリと付着したモノが僅かな光に照らされた。赤黒い液体だ。僅かに粘つく液体に身の毛がよだつ。きなくさい臭いを放つ液体を、夏香は血以外に知らなかった。

 怯えながら辺りを見渡す。夏香は見間違いであると思いたかった。だから、ないはずだ。

 数秒後、彼は足元に転がるモノを見付けた。


「っ!」


 息が、呼吸が止まりかけた。足元に転がっていたモノはやはりというか、誰がどう見ようが人だった。しかも夏香と同じ学生服を着た女子生徒だ。ただし、ピクリとも動かない。

 そこで気付く、先程聞こえた悲鳴、それを発していたのはこの女子生徒なんじゃないかと。なにより夏香を驚かせたのは、女子生徒の身体が赤黒い液体でべっとりと汚れていることだ。

 うつむけになっているため、夏香から女子生徒の表情は視えない。だが、確認はしたくない。なんの確認? もちろん、死んでいるかいないかだ。


「ま、まさかね……」


 夏香は唾を呑み、早まる心臓の鼓動に息苦しさを感じながら、恐る恐る女子生徒に近づく。


「待て」


 だが、夏香の前に立ちはだかる者が現れた。複数、少なくとも十人以上の野太い男の声と共に、眼の前が白い壁で閉ざされる。初め、夏香は白いカーテンに仕切られたと錯覚した。それほどまでに早く、男達は真っ白だった。 闇夜でさえ毒々しく映る白濁の神父服に加え、顔や頭まで覆う頭巾、よって感じるのは神聖さではなく威圧感だ。


「な、なんなんだよお前ら」


 気が付けば囲まれていた。お互いに手が出せない距離を保ち、白装束は怯える夏香を見下ろす。頭巾で顔は見えないが、睨まれているように感じた。とても友好的とは思えない。


「教会内に現れる『アンティーク』は女というお告げだ。違うな。紛れ込んだか、どうする?」

「部外者なら弾きだす。しかし、教会の中に入れたのはなぜだ?」

「そこに女が転がっている、供物は二人とのお告げあり」

「なら餌だ、大物を狩る餌だ」

「異議はあるか?」

『無し、全てはテロスのお導きの下に』


 異口同音で男達が合唱し、神父服の下からアサルトライフルを抜き放った。急過ぎる展開に、夏香はそれがオモチャの銃にしか見えず、この男達は深夜に集まってサバイバルゲームでもしているのかと思った。それなら足元に倒れている女生徒も、ペイント弾かなにかで撃たれたと説明がつく。

 夏香がそういう結論に辿りつくのは、男達が取り出した銃がM4と呼ばれるアメリカの特殊部隊などが用いる銃であることを知らなかったからだ。


「ちょっと、やめろよ! こんな時間に他人を巻き込んでサバイバルゲームだなんて……」


 向けられた銃口に対して、手を掲げて身を守ろうとする。そんなもの紙にも等しい防御だが、事実を知らない夏香はそれでなんとかなると思っていた。

 口早にまくし立てる夏香の口を封じるため、白装束の一人が上空に一発、牽制射撃を行う。

 あまりにも重く、鈍い音だった。エアガンのような軽い音ではない。銃口からは僅かに白い煙が吐き出され、コトリと空薬莢が排出されて夏香の足元を転がる。いくら銃に対して知識の無い夏香でもわかった。


「ほ、本物……」


 それも十数以上が夏香を囲んでいる。いつ蜂の巣にされてもおかしくない。

 青ざめる、腰が抜ける、悲鳴を上げる、夏香がそれら三つの行動を行う前に、白装束が引き金に指をかける。だが、それよりも早く動くモノがあった。


「お待ちなさい」


 二度目の制止の言葉が響く。しかし、今度は格が違った。有象無象の響きとは違う、魂に響くような重さを感じる号令に、夏香は呼吸をするのを忘れそうになり、男達は浮き足だった。


「上だ! 銃撃開始!」


 いち早く状況に適応した白装束の一人が、手にしたアサルトライフルを上空に向ける。しかし、手にした銃が弾は吐きだすことはなかった。男が空を見上げた瞬間、脳天にかかと落としを食らって倒れ、地面にキスをしていたからだ。


「今から撃つぞ。だなんて教えてくれるとは、優しい殿方です」


 凛としながらも、耳に甘く響く少女の声だった。上空から現れ、男にかかと落としをかました少女もまた白い衣装に身を包んでいた。だが、ペンキを塗りたくったような毒々しい白とは異なる。まるで月が具現化したかのような、神々しさを感じる純白だった。

 ほころびも傷も汚れもない純白のイブニングドレス、黄金を思わせる肩まで伸びた金の髪、そして雪のように白くしなやかな手足、さぞ愛らしいであろう顔は白の仮面によって隠されているのが惜しい。まるで仮面舞踏会に招かれたお姫様のようだ。


 アサルトライフルを構えた男にかかと落としを放ち、あまつさえ周りの人間は小馬鹿にしたじゃじゃ馬プリンセスに、場違いにも夏香はそんな感想を抱いた。

 第三者、いや、第三勢力の登場に白装束は互いに目配せし合いながら現状に対応、次のアクションを模索する。それを遮るように、少女が高らかに言葉を紡ぐ。


「さて、どうします? 今宵の私は少々気が立っていますが……手を取り踊ってくれる殿方はいらっしゃいますか?」


 脅しの言葉に、男達は即座に撤退を開始した。夏香や少女に背を向け、墓地から走り去る手際はお見事と言いたくなるほどだ。


「逃げ際を見極めているのは感心します。ですが、忘れ物です!」


 その背中に向けて、少女が最初に昏倒させた白装束をサッカーボールよろしく蹴り上げた。

 蹴られた男は宙を舞い、仲間達の背中に激突する。そのままボーリングのピンのように倒れる姿は、襲われかけた夏香から見ても憐れみを誘った。

 人間が人間を数メートル蹴り飛ばしたことに驚けないほど、夏香の脳はマヒしていた。


「ふん、こんな静かな夜に銃なんて持ち出して騒ぐのが悪いです」


 気絶した仲間を担ぎ上げ、無様に敗走する男達に少女が冷たく言い放つ。 蚊帳の外からその様子を見ていた夏香は、マヒした思考をなんとか回転させ始めていた。


「ええっと、助けられたんだよね? ありがとう?」


 半信半疑、こちらから言っておいて疑問系かつ訝しげな表情はかなり情けない。


「礼なんていりません、私は私のために動いたのですから」


 少女が振り向き、凛とした態度で答えた。お姫様のような姿をしながら、中身は救出に現れた騎士のようである。夏香はカッコいいと見惚れると共に、自分の立場が情けなくなる。

 渋面を作る夏香に少女は歩み寄っていく。不意打ち気味な行動に夏香は心臓が高鳴るのを感じた。そして、少女が仮面を外した瞬間、二重の意味で再び心臓が大きく鼓動を刻んだ。


「え……」


 仮面の下の素顔は想像以上に魅力的だった。深淵を思わせるほど黒い大きな瞳、まだ幼さが残っている素顔は凛々しさと共に愛らしさを感じさせる。視線が釘つけになる。それも当然、その素顔は夏香が最近見る悪夢の登場人物と瓜二つだったからだ。


「三人目の生贄なんて予想外……きっと暗示のミスですね。それに終団まで現れて、素顔を見られていないのは幸運としか言えません」


 助かったという錯覚から冷静になっていた夏香には、その愚痴が良く聞こえた。


(さっきの白装束は僕が二人目の供物と言っていた、多分そこに倒れている女生徒と僕で二人ってことだ。けど、この子は僕を三人目だとカウントした。白装束は除くとして、この墓地に入ったのは女生徒、僕、そして……和樹でちょうど三人で正確だ。って、ことは)


 考えれば考えられるほど、現状がいかにマズイ状況か理解していくことになる。あの白装束より、この少女の方が夏香にとって危険だという事実を。

 安堵していた気持ちは大暴落、夏香は一気に顔を青ざめさせる。


「き、君は誰だ!? 和樹を知っているの!?」


 それでも悪あがきの気持ちで夏香は確認する。眼の前の少女以外の人物が、この赤にまみれた現場を作りだしたという希望を持って。


「カズキ? ああ、あなたは友達を追ってここまで来たのですか。友達想いなのですね」


 少女は褒め称えるように呟き、なぜか嬉しそうに首を数度頷かせた。温かみのある表情だ。


「……彼なら私が襲いました、後ろで倒れている女性のように」


 しかし、答えは最悪だった。声にならない悲鳴を上げ、夏香は逃げようとする。


「待ちなさい、ここを見た以上は逃がしません『足を止めなさい』」


 少女の黒い瞳が見逃すまいとその姿を捉えた。途端、夏香の身体はその意思に反して動きを止めた。まるで少女の言葉に身体が従ったようだ。


(足……動かない、なんで!? ふざけるな! 動けよ!)


 夏香は必死に足を動かすが、下半身は石になったかのようにビクともしない。動く上半身だけをじたばたさせるのは、蜘蛛の巣に捉えられた虫のようだ。そこに主である少女が近づく。


「安心しなさい、痛みは一瞬……直ぐに落ちられますから」


 黒の眼が細められる。それに見抜かれた夏香は満足に呼吸もできず、ただ喘ぐように口を何度も開け閉めさせる。気付けば、背を向けるどころか視線も反らすことができなくなっていた。

 近づく少女に魅入られ、夏香は動かず、声も発せず、ブレーカーを落とすように視界が掌で閉ざされるのを茫然と眺めていた。


「……怪物」


 それが、夏香が唯一発することのできた弱弱しい悲鳴だった。







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