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読めなくなったラグナロク  作者: ぷちラファ
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第二章 だから魔女は魔法少女に 

 少女は学校の敷地から離れ、街道を物凄い速さで駆け抜けていく。

 走る速度や人込みを軽やかにかわす身のこなしは、明らかに訓練を受けた者の動きだった。 

 法とセシアは少女を追い掛けるが、中々追い付けないでいた。距離は広まらないが、狭まりもしない。だが、法はこのままでは振り切られると内心焦っていた。

 このまま街道を走っていけば、今の時間帯では買い物客で混み合う商店街に入ってしまう。商店街は多数の店が並び、通路も入り組んでいる。追跡者を撒く手段はいくらでもある。

 商店街に入り込む前に追い付かなければ、撒かれる可能性は高い。


(どうする? 私の奇術は目立つし、セシアも)


 法と並走する形で走るセシアだが、既に息切れを起こしている。

 体調がまだ万全ではないのだ。苦しそうな表情を見せており、これ以上は走り続けられないだろう。


(相手の目的がわからない上に、校舎に入られた以上は逃がせば後がどうなるかわからない)


 だが、追い付く手段が思い付かない。法が思考を纏めようとしていると、制服のポケットに入っている携帯電話がブルブルと震え出した。着信だ。

 携帯電話を取り出して画面を確認する。卍からだった。


「もしもし、バン、今どこにいる?」

『後ろだ、振り向けば視える距離にいる。誰かを追っているようだが、敵か?』


 通話に出ながら確認すると、淡白なセリフが帰ってきた。

 法は走り続けながら後ろに振り向く。卍と夏香が並んで走っている姿が確認できた。校舎から離れる姿を視たのだろうか、追ってきたようだ。


(さて、どうしたものか)


 通話の内容からして、卍はまだ気付いていないようだが、時間の問題だろう。しかし、学校に帰すわけにはいかない。この場であの少女を捕まえるためには、卍の人並外れた脚力が必要だ。

 彼女と接触させた時に、卍がどういう反応をするかはわからない。だが、そんな不安要素より、この場で逃がした後の方が怖い。

 なら迷う必要はどこにもない。

 卍の友人としての法と、この事件を解決するフェイカーとしての法が数瞬せめぎ合う。だが、答えはすぐに出た。彼女はやるべきことのためならば、既に亡き友人の使い魔ですら処分することを躊躇わない魔女なのだ。

 法は卍に指示を出そうとする。その時、


「ハァ……ハァ……フェイカー、あなた自身の気持ちを……大切にしてあげてください」


 息も絶え絶えにセシアが言った。彼女はほほ笑み、わざと身体のバランスを崩した。

 当然、セシアは盛大に転ぶ。その様子を走り続けながら、法は唖然とした表情で視る。するとセシアの狙い通り、なんだかんだでお人好しの卍が転倒した彼女の前で足を止めた。


『卍はセシアと一緒に居て、先輩は僕が追う。あ、携帯貸して、僕先輩の番号知らないし』

『わかった、そろそろ通行人が増える……どの道これ以上はついて行けない』


 繋がったままの携帯電話からそんなやりとりが聞こえ、夏香だけが法を追ってきた。


「ああ! もう! お前ら勝手にやり過ぎだ!」

 珍しく法は毒づいた。しかし、彼女が怒っているのはセシアの行動ではなく、そんな行動を取らせてしまった上に、卍が足を止めたことに、一瞬でもホッとした自分がいたからだ。


『どの道、卍はこれ以上無理だと思いますよ。隣を一緒に走っていましたけど、むちゃくちゃ妙な足音していましたし。ガンガンって』


 法の言葉が聞こえたのか、夏香が苦笑混じりに言った。法は気付く、卍の身体は柔軟性が乏しく、速度を上げれば上げるほど、身体の硬さのせいで足音が大きくなる。

 いくら買い物客で混み合う商店街とはいえ、そんな異音を響かせながら走らせるのはマズイ。

 なにより間違って人にぶつかれば、車の衝突事故紛いの事が発生する。

 少し考えればわかることだ。だが、法は失念していた。


(私は……動揺しているのか?)


 ショックにも似た驚きに法が自問していると、夏香が追い付いてきた。

 その足の速さにも驚いたが、呼吸がほとんど乱れていないことに法は二度驚く。


「そうか……君はスポーツ関係の部活に入っていたんだったな」

「はい、一年の時にバッチリしごかれたんで、基礎体力には自信あります。というか、僕的には先輩の方がここまで走れることに驚きなんですが」


 法と並走しながら、夏香も驚いたように言う。彼の中で法は文系のイメージだったようだ。


「奇幾何学部は常時人手不足だからな。時には戦闘をこなさなければならないこともあった、そのために日々鍛えていたらこうなったんだ……」


 とてつもなく不服そうに法は答えた。彼女が思い描く魔法少女像はスポーツ万能ではない。望む姿が偏っているかもしれないが、法の中ではそうだった。


「それはご愁傷様ですね。……ところで、なんからしくないですね先輩、今追っている人と何かトラブルでも起こしてるんですか?」


 色々な前置きをすっ飛ばし、核心を突いた上に聞き難い事をサラッと聞く夏香を、法は睨みつけてしまう。


「出会って数日の君に、私の何がわかるんだ? 興味深いから教えてくれ」


 突き離すように、それ以上何も語るなというように脅す。

 夏香は難しい問題を解くように短く唸った後、お手上げだと笑う。


「わかりませんよ。僕は先輩のことが苦手ですし、先輩のことを知ろうともしてません」


 そして、そんなことを言うので法は驚いてしまうが、なんとか表情には出さなかった。


「言っていることが無茶苦茶だな」

「確かに、僕は先輩のことは全然わかりません。けど、セシアがあそこでわざと転んだ理由は、先輩に関係していることぐらいはわかりますよ。だって、セシアなら倒れるぐらい無茶な行動をする前に足を止めるでしょう? そうせずに転んだのは、僕と卍の足を止めるためだ」


 接近戦で卍を圧倒したセシアが転倒するわけがない。夏香はそう判断したようだ。


「わざと転んで足止めするという割には、君はついてきているじゃないか」

「そうですね。だから、卍だけを足止めしたかったんだと考えました。でも、それなら学校に居る時についてくるなと連絡すればいいじゃないですか? 例えば、今敵を追跡している、伏兵がいるかもしれないから学校に残れとか。もしくは。僕をダシにすれば卍は残るはずです」


 法は黙って話を聞いていた。普段の自分なら必ずそうしていたと、自分に呆れていたからだ。


「なにより先輩は僕達の部長なんですから、その言うことには従います。僕と卍は怪奇については素人ですから、あなたの言うことには反発しませんよ。……これぐらいのこと、先輩ならすぐに思い至るはずだ。あなたはずる賢くて、狡猾で、残忍な魔女なんですから」


 夏香は法を知らない。知っているのは、自他共に認める魔性の力を持った女性であることだけだ。


「だから、今言ったことをしなかったのが先輩らしくない。それに先程の毒づきから考えるに、セシアの転倒は彼女の独断ですね? そうじゃないと、この方法はあまりにお粗末です」

「その独断に流された私は、もっとお粗末ということだな。一般人くん」

「ええ、そうなりますね。その発言も含めて、今の先輩は校内で噂の魔女らしくない」


 自虐の笑みと反撃を加えた法に、何も知らない一般人である夏香は平然と言い返してくる。


「所詮は噂だよ。それに私がなりたいのは魔女ではない、魔法少女だ」

「ですが、みんながあなたの存在に魔女を見ています。どうせ魔女も魔法少女も似たようなモノなんですから、いっそ噂の魔女になってみればどうですか? 僕は応援しますよ」


 笑顔で他人事のように、夏香が無責任に呟く。その表情を苦痛で歪めてやりたい。法はそう思いながら、熱くなりかけていた思考がだんだんと冷えてきているのを感じていた。

 夏香の言う通り、今の法は噂の魔女でも、魔法少女でもない。どっちつかずの存在だ。


「君は他人の話を本当に聞かないな。私は魔女にはなりたくないんだ」


 だが、なりたいのは魔法少女であることに変わりはない。


「ですが、僕にとってあなたはもう魔女です。違うと言うのなら証拠を示してください」


 厚かましい発言に法は嗤う。いつもの内心が読めない表情で嗤う。


「証拠か。中々に難しい注文だな。どうせ君は言葉で納得しないのだろう?」

「そうですね。言葉は証拠として軽いです。ですから、先輩が自分ことを魔法少女というのが妄言にしか聞こえません。正直、ドン引きしてます」

「なら、君は今日から魔法少女のケツを追うストーカーに成り果てろ。そして、私の生き様を拝み、魔法少女が何たるかを知ればいい」


 今のどっちつかずの法では、夏香は魔女という認識を変えない。変えたいならば、これからの行動で示していくしかない。それがなによりも確かな証拠となる。


「わかりました。僕は先輩から魔法少女を学びます、ちゃんと教えてくださいね?」

「期待しろ。私が目指す魔法少女は、中々に面白い存在だぞ」

(そう、私がなりたいのは『そういう存在』なんだ。陰湿で自己の中で世界を完結する魔女ではなく、臨機応変、変幻自在、形を持たず捉えどころがない、そんな魔法少女になりたいんだ)


 世界の畏怖の対象ではなく、自分の想いを胸に勝手気ままに生きる魔法少女に法はなりたい。それが彼女の亡骸を見て、この時代を生きていくためには必要だと感じた姿だ。

 こんなことで一々揺れているようでは、思い描く魔法少女になれるわけがない。


「期待しています、応援もしますよ。先輩は、僕より沢山のことができる人ですから」

「ふふっ、全く心がこもってないように聞こえるよ」


 夏香に言い返し、法は思考を巡らせる。


「三号、眼の前を走る茶髪の女に追い付けるか?」

「持久力は自信ありますけど、速さは並です。というか彼女は誰ですか?」


 今だ速度が衰える様子のない少女を指差し、夏香が再度聞いた。


「私もそこまで足は速くない。だが、このままでは商店街に入られて見失うだろう。それは非常にまずい。ところで三号、君はこの街の生まれでこの街育ちか?」

「なんで今そんな事? ああ、成程……そうです、ここ生まれで育ちです、先輩は?」


 唐突な質問に夏香は一瞬戸惑ったが、すぐに考えを理解して問い返してくる。


「私も同じだ、ではいくぞ」


 二人は速度を維持したまま左右に別れた。







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