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読めなくなったラグナロク  作者: ぷちラファ
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第二章 二人の過去

 セシアは人波を掻き分け、法を追い掛けながら考える。


(あの子、どうして戻ってきたの?)


 鳥はセシアと契約を交わしており、使役している状態だ。そしてセシアは『夏香を見張りなさい、異常が起きた場合のみ戻れ』と命令している。だから夏香に何かが起きて戻ってくるならまだしも、勝手に戻ってきた上に、セシアの所へ帰ってこないのは明らかな命令違反だ。

 なぜそのようなことをしたか。セシアは疑問に思いながら、法に追い付く。


「なッ……」


 眼の前の光景を視て、セシアは絶句した。教室前の廊下で、鳥が一人の人間に襲いかかっていたからだ。

 スーツを着た茶髪の少女だった。服装からして生徒ではなく、首からは外来者が身につける入室許可証をぶら下げていた。

 少女は鳥に群がられ、必死に追い払おうと手を振っている。その様子を、生徒達が囲んで見ている。

 中には助けようとしている生徒もいるが、どうしたものかと困っている。


(敵? には見えませんし、とにかく一度戻しましょう)


 セシアが鳥を呼び戻そうとした時、法が先に声を上げた。


「戻っておいでグリーバード、ご主人様はこっちだ」


 法の言葉を聞いて、鳥は少女から離れ、セシアの右肩に止まった。

 セシアが驚いていると、法は苦笑を浮かべながら、少女に話しかける。


「すみません、この鳥……美人によくちょっかいかけるんです」

「……しつけは、ちゃんとしてください」

「本当にすみません、ほら……君も飼い主なら謝った方が良いぞ」

「ご、ごめんなさい」


 セシアがペコリと頭を下げると、怒り顔で少女はフンと鼻を鳴らし、周りで見ていた生徒達を乱暴に押しのけ、廊下の奥へ消えていった。

 騒動が終わり、生徒達もバラバラと立ち去っていく。


「あの……フェイカー、どうしてこの鳥の……」

「セシア、アレを追うぞ。絶対に逃がすな」


 セシアの言葉を遮り、冷えた刃のような表情で法は言い、少女の背を追いかけだした。




 藍音の話は、やはり夏香が知っている悪夢と同じ内容だった。その一言一言を夏香は聞き、しっかりと相槌を入れる。話を聞いてもらえるのは、解決にならずとも幾分心が軽くなると夏香は実感していた。

 それが気休めだとしても、今の藍音には必要な行為だと判断した。


「それで繰り返すようだけど、ずっと同じ夢で……どんどんリアルになってきていて……」


 藍音の表情に笑顔はなかった。話をしていて恐怖を思い出したか、笑顔が作れていない。

 自分の両肩をギュッと抱きしめ、身体を震わせている。

 法の言う通りだった。どんなに明るく振る舞っていても、藍音は女の子だった。

 その姿を見て、夏香は気休め以下の言葉をかけることしかできない。

 卍やセシア、法のように直接的な力になってやれないことが、夏香は悔しかった。だんだん藍音の言葉が、何もできない自分を責め立てているようにさえ聞こえてくる。

 夏香はテーブルの下で、自分の足におもいっきり爪を立てた。


(今のは最低過ぎる、先輩は僕を指名した。なら、僕にしかできないことが……)


 自分にしかできないことがあるはずだ。そう思えるだけの判断材料を、夏香は持っていなかった。

 藍音は胸の内に溜まった不安を吐きだすように話続け、喋り疲れたのか話の速度を緩めた。


「アタシ、このままじゃどうにかなっちゃいそうだよ」


 法達が頑張っているからもう少しだけ辛抱してほしいとは言えない。その言葉は、七不思議の悪夢が実際に起きていると証明してしまうことになるからだ。

 幸いにも藍音の周囲には、彼女と同じく悪夢を魅せられている人間はいない。七不思議通りの悪夢をみんなが魅せられているという事実を知らないため、まだ心の安定をギリギリで保つことができる。


(でも、時間の問題だよね。先輩の話だと、悪夢を見る人間は日に日に増えるらしいし、いつかは周りが自分と同じだと気付く日が来る)

「どうにかなんてならないよ、悪夢はしょせん悪夢なんだ。僕だって今はもう平気なんだから、君なら直ぐに悪夢なんて振り払うことができるさ」


 夏香の言葉は嘘だ。でも、今は本当にする。夏香は言葉に真実味を持たせるため、全力で芝居をする。それが今の夏香にできる、唯一のことだった。


「アタシは……夏香くんみたいに強くはなれないよ。凄く不安だよ、今」

「僕も強くないよ。僕の周りはみんな強い人ばっかりで、羨ましいって思っちゃうぐらいなんだから。だからこそ、自分が作る悪夢になんて負けられない。だから、君も抗い続けて」

「そうやって抗い続けてどうするの!? アタシ、もう疲れたよ」

「それでも抗い続けるんだ。自分に負けないで、駄目なら何かに縋ってもいいから」

「じゃあ、夏香くん……ずっと一緒に居て」

「それはもちろ……え?」


 素に戻って夏香は固まった。藍音が助けを求めるように、目尻に涙を浮かべていた。

 潤んだ瞳に視線が奪われる。


「何かに縋ってもいいなら、縋らせて……一緒に居て、怖いの」

「……ああ、わかった。先輩に言っておくよ」


 なんとか動揺を隠し、夏香は言った。法の都合は知らないが、この流れはまずいと判断した。


「うん、ありがと。今日は話を聞いてくれてありがとう、また今度……いいかな?」

「いいよ、先輩に言ったら僕のところに話が来ると思うから、連絡してみて」

「あ、そうか……そうなるんだ。じゃあ、電話番号とメルアド交換しよう」

「別にいいけど、そっちこそいいの?」

「え? なにが?」


 携帯電話を取り出し、藍音はわからないといった表情を浮かべる。気にし過ぎかと思い、夏香も自分の携帯電話を取り出した。

 お互いの携帯電話を近づけ、二人は電話番号とメルアドを交換する。


「夏香」


 その時、食堂に卍が現れた。彼は二人が座るテーブルに近づく。


「どうしたの卍? あ、彼は僕の友達で朝方卍、同じ二年だよ」

「新藤藍音です、よろしく。しっかしほぇ~、綺麗な子だね。まるでお人形さんみたい」


 藍音の感想に卍が眉を潜めたが、気を取り直すように息を吐き、夏香に視線を向ける。


「夏香、問題が起きた。法と合流する」

「え? あー……」

「アタシは大丈夫だよ。何か用事があるなら、気にしないで行って」


 夏香がどうしたものかと迷っていると、藍音が気にしないでと笑って言った。


「ありがとう。この埋め合わせはどうにかして付けるよ。行こう、卍」

「行ってらっしゃーい、また明日ね~」

 

 藍音に見送られ、夏香は卍と共に食堂を出た。






 茶髪の少女は一人で校内を歩きまわっていた。一つ一つの教室に顔を覗かせ、中に居る生徒に写真を見せている。どうやら誰かを探しているようだ。

 その様子を、法とセシアは十分な距離を離して窺っていた。


「フェイカー、彼女を追う理由は何ですか? 見た感じでは、ただの人間にしか見えませんが」

「私の魔眼でもそうだよ。彼女はただの人間にしか見えない。だが、追わなければならない」

「……あやふやにしないで答えてくれませんか? 先程の件も含めて」


 どうして誰も知らないはずの鳥の名前を知っていたか。その理由も含めてセシアは聞いた。法は珍しく躊躇う表情を見せたが、力を抜くように背後の壁に背中を預けた。


「ああ、いや、そうだな。バンの事もあるし、君には知っておいてもらった方がいいかもしれない。ただ、三号には言わないでほしい。私とバンの個人的な話だからな」


 その前置きにセシアが深く頷くと、僅かに視線を落として法は話を始めた。


「結論だけ言ってしまえば、私は君以前の鳥の使役者を知っている。というよりは友達だった。自分で言うのはなんだが、私を理解してくれた上で付き合ってくれた良い女の子だったよ」

「だった……ですか」

「ああ、もう居ないよ、この世界のどこにもな。だから、その鳥が校内に居た時は驚いたよ。まぁ、覚えていたのは私だけだったようだがな」


 セシアの肩に止まった鳥を視て、法は悲しそうに笑う。


「彼女が居なくなったのは去年だ。当時敵対していた怪物に、校舎への侵入を許してしまってね。その頃は、私とバンは出会ったばかりで仲は今以上に悪く、対処に酷く手間取ったよ」


 法が嘲笑を浮かべて言った。きっと、過去の自分を嘲笑っているのだろう。


「その時だった、彼女は私と同じフェイカーだったが戦闘向きではなく。私の判断で後方に隠れてもらっていた。だが、私達が怪物を追い返して戻って来てみると、四肢に一発ずつ、そして眉間を銃で撃ち抜かれていた。私とバンがバカやっている間に、漁夫の利を狙って現れた何者かにやられたんだろう。だが、彼女は敵に何も話さなかった。今日という日も、私がここを根城にできているのが、その証拠だ」

「友達想いの方だったんですね」


 きっと良い人だったに違いない、セシアがそう思っていると、法がジッとこちらを視てきた。


「どうかしましたか? フェイカー?」

「……なんでもない。彼女は自慢の友達だった、今でも顔をハッキリと覚えている。だから」


 法が廊下の先を行く少女を見据える。


「あそこで、ああしているのは絶対にオカシイんだよなぁ」

「!? まさか?」

「瓜二つだ。それこそ鳥が間違えるぐらいに似ている。つまり本人ないし、本人にもっとも近い何かだ。はッ、確か双子の姉妹はいなかったはずなんだがなぁ」


 苛立っているのか、法の口調は刺々しい。

 セシアは法と知り合った間もないが、今の彼女が気が立っていることぐらいはわかった。


「顔が似ている程度なら、使い魔が自分の主人を間違えるはずがありません」

「だが、私はこの眼で彼女が死亡しているのを確認した」


 死亡したはずの人間が眼の前に居るという怪奇現象に、二人は考え込む。


「奇術を使って化けている可能性が高いが、それなら私の魔眼でわかるはずだ」


 ゆえに得体が知れない。

 だからこそ、法は距離を取って同行を窺っているようだ。


「では、このままバンやナツと合流しますか?」

「いや、バンは関わらせられない」


 法が首を左右に振って決定する。何故だと視線でセシアが問うと、法は眉を潜めた。


「……バンにとってあの子は特別だった。アレはまだ彼女の死を割り切れていない。バンが自主性を捨てたのも、怪物を嫌悪しているのもそれが理由だよ。そんな状態であの女と遭遇させても、ロクな結果にならないことは眼に見えている。だから、バンは今回邪魔だ」


 卍は足手まといだと、淡々と法は切り捨てた。


「そう……ですか。フェイカー、あなたは大丈夫なんですか?」


 法にとっても彼女は特別だった。眼の前の現象に、普段は見せない感情をありありと見せている法に、セシアはそう思った。

 だが、法はため息を吐いて返した。


「自分のやるべきことはわかっているつもりだ。それに、反省と後悔はもう十分にしたさ」

「……わかりました。二人で何とかしましょう」

「勝手な都合ですまないな。それに、余計な事も言い過ぎた。贔屓するつもりはなかったが」


 卍を擁護するような物言いだったことに、自粛するように法は頭を下げた。


「構いません。その人と同じように、バンもあなたにとって大切な友人なんでしょう?」


 微笑ましいモノを視た気持ちになり、セシアは優しい声色を出す。


「足手まといになる可能性が高いのは本当なんだがな。ああいや、そうだな……そんな気持ちも少しはあるのかもしれない。なんせ私とバンは、腐り過ぎて糸を引くレベルの仲だからな」


 照れ隠しなのだろうが、法の例えにセシアは少し引いた。

 その時だった。少女が服のポケットに手を入れ、手の平サイズの四角い物体を取り出した。

 二人が携帯電話だと気付いた時には、少女は誰かと通話しており、一言二言会話を行った後に、セシアと法の居る方向へ視線を向けた。いや、二人を視界に捉えた。


「見付かった? どうして?」


 セシアが驚いて声を上げる間に、法は素早く周囲に視線を走らせていた。セシアも周囲を見渡すが、怪しい人影はどこにもない。電話の相手は、いったいどこから二人を見ているのか?


「フェイカー! 逃げましたよ!」


 セシアが視線を正面に戻してみれば、少女は素早い身のこなしで廊下を走りだしていた。


「くっ! 追うぞ」


 歯噛みしながら法が言い、二人は少女を追い掛け始めた。






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