第二章 人外達の会議
部室での話し合いの末、法が食堂に蒼音を呼び出し、夏香が会いに行く手筈となった。
夏香が鳥を引き連れて食堂に向かった後、部室に残った人外三人は、引き続き作戦会議を行っていた。議題は悪夢についてだ。
「このまま狙われそうな奴を守るだけでは、根本的な解決にならない気がする」
卍がもっともなことを言う。正しいが、それだけだ。その在り方に法は苦笑いを浮かべる。
「いたちごっこをする気は無いさ。一番良い作戦は、悪夢で被害者を引き寄せ、狩るために現れた加害者を捕まえて情報を吐かせる。そして、その大本を叩くことなんだが……」
「素直に吐くとは思えません」
法の作戦に、セシアが首を左右に振る。自分で言っておいてアレだが、法もそう思った。
古くから一族として自分達の名を現在に繋げてきたオリジナルの結束力は高い。身内を売るという行為は、本当に死んでもしないだろう。むしろセシアのような存在が異端なのだ。
「拷問器具は今点検に出しているし、怪物にも通用する自白剤や睡眠薬なんてモノも今は手元にないからな。誰か良い案はないか? お、セシアくんどうぞ」
法が聞くと、セシアが優等生のように手を上げた。
「わざと逃がして追跡するのはどうですか?」
「それが妥当なんだが、問題は怪物の後をどうつけるかだ。ん、次は卍か」
「発信器を取り付けた後、わざと逃がして追跡する」
「それ私のパクリです!」
「お前より具体的だ」
顔を突き合わせ、卍とセシアが睨み合いを始めた。法は呆れながら間に入る。
「お前ら変な所で張り合うな。そうか、三号がいないと私が仲裁しないと駄目なのか……」
一般人という緩衝材を欠いており、法に心労が蓄積していた。
結果として、卍とセシアの混合(重要)案である発信器追跡作戦が採用された。
話し合いの次は被害者候補を探すことになり、三人は部室を出て廊下を歩く。まずは三階の三年生の教室、そこから階段を降りて二年生、最後に一年生と探していく手筈だ。
「ところで、こいつを連れてきて本当に大丈夫なのか?」
三年生の教室が視えてきた時、卍が後ろを歩くセシアを指差しながら法に確認した。
「安心しろ、幻覚の作用で周りの人間は、セシアをここの生徒だと誤認している」
「その幻覚というのがあまり信用できない。現に、夏香には通用していないぞ」
卍自身も幻覚の類が通用しないこともあり、信用できていないようだ。
「そういう場合もある。だが、周りが気にしないなら自分だけが騒ぐこともないだろう」
チラホラと三年生が三人の横を素通りしていく。幻覚はちゃんと通用している。
「学校の魔女を見ても何も反応しない、まさかお前も幻覚を使っているのか?」
「三年間一緒にいるやつらが一々反応するわけないだろ、慣れだ慣れ……というか言わせるな。言ってて悲しくなる。ああ、二人はここで待っていてくれ、三年は既に掌握しているし、悪夢について話を聞いてくる」
★
三人は三年生、二年生、一年生の教室を回ったが、有力な情報を得ることができなかった。ひとまず誰の眼にも入らない廊下の隅に移動すると、法が唐突にしゃがみ込んだ。
「もう一年生に噂が広まっている……誰だ広めたヤツ……見付けて殺すぅ~……」
一年生の教室を訪れた際、法を見て多数の生徒達がヒソヒソ話をしていた。それがショックだったようだ。ダウンした法を無視して、卍はセシアと話す。
「やはり、視ただけで見付けるのは難しいようだな」
「そうですね。こうなると、全校生徒を一人ずつ確認していく方法しかないです。二人は別の作戦を考えてください、私は一年生に話を聞いてきます」
セシアの発言は前向きであり、同時に焦っているように卍は感じた。何も情報が手に入らないのがもどかしいのだろう。セシアが今来た道を戻ろうとするが、卍はその腕を掴む。
「待て、それこそ時間の無駄だ。一度落ち着いて、冷静に物事を考えなおせばどうだ?」
「冷静に考えています。だから、離してください。ここであなたと話しても意味がないです」
「イノシシか、八百人もいる生徒一人一人に尋ねていっては時間がかかり過ぎるだろ。なにより、どうやって聞きまわる気だ? あなたは悪夢を見ていますか? とでも直接聞く気なのか。だいたい、そんな質問を初対面の人間にされて、素直に答えてくれると思うのか?」
「試してみなければわかりません。それに、最初から無理だ無理だと決め付けて、自分から何もしようとしないあなたと、ここでいくら話をしても意味がないことはわかります!」
「意味がないのはお前も同じだろうが、焦っていて周りが見えていないぞ」
売り言葉に買い言葉で二人は睨み合い、周りの眼を気にせず口論を始めてしまう。
「っと、おいおい、そんな聞かれたらマズイ言葉を連呼しながら喧嘩するな」
法が仲裁するため間に入ると、二人はプイッと顔を反らした。
「子供か。ほら、君達が騒ぐから周りの視線が……む?」
法の言う通り、教室前に生徒達が出てきてさざめき立っているが、その矛先はこちらに向いていない。
「え? どうして?」
セシアが驚き、固まった。法はそれだけで何が起きているのか予想できたらしく、慌てた様子で生徒を掻き分けながら奥に進んでいった。
「なにが起きた?」
「鳥が戻ってきてしまったようです。私達も行きましょう」
卍が聞くと、セシアが訝しげな表情で答え、法の後を追おうとする。
「俺は夏香の様子を見てくる。この身体で人混みは駄目だ」
「わかりました。鳥が戻ってきたこともありますし、二手に別れましょう」
自分の腕を擦りながら卍が言うと、セシアが頷きながら提案した。
★
夏香は三人と別れた後、窓から鳥を外に出し、食堂に向かった。
食堂は夕方六時まで学生達に解放しており、女の子がおしゃべりをしたり、人目を気にしないカップルが仲良くするのに一役買っていた。その間を移動しながら、夏香は藍音の姿を探す。
「おーい、夏香く~ん、こっちこっちー、藍音はここにいるぞー」
すると、人目どころか周囲の邪魔をする勢いで名前が呼ばれた。藍音だ、窓際のテーブルで手をぶんぶん振っている。かなり目立っていたので、夏香はダッシュしてやめさせた。
窓際の席は法が用意したモノだった。窓から外を見れば、グラウンドで部活動に励む生徒達を見下ろすことができた。
先程窓から出した鳥も、窓から一番近い木の枝に止まって、こちらをジッと見ている。
藍音の正面の席に座りながら、夏香はその光景を一目見やり、視線を正面に戻した。
「昼間ぶりだね、まさか藍音が先輩の知り合いだとは思わなかったよ」
「アタシも夏香くんが奇幾何学部の部員だとは思わなかったよ。それに、昼間からいきなりこうなるとはアタシも予想外だったなぁ。あ、これ昼間渡せなかった飲み物」
「別に気にしなくてよかったのに。でも、ありがと。お礼に僕からはお菓子を出すよ」
笑顔で言い、藍音が缶ジュースをテーブルの上に置く。夏香もお菓子の袋を置いた。
「おおっ! 気が効くねぇ~、そういう男の子は好きだよ」
「どうも、じゃあ早速本題に入るけど大丈夫? 話し辛いことだし日を改めてるのも」
「大丈夫大丈夫、法ちゃんから話は聞いているし、本当に言いたくないなら断ってるよ……」
一瞬、藍音から笑顔が消える。しかし、すぐに戻った。だが、夏香には無理をしているように見えた。
どこか歪で、眼の下にクマがある笑顔は見ていて辛い。
「悪夢のことだよね。法ちゃんにも相談して、色々と聞いたんだけど、やっぱりまだ見てるんだ。そしたら法ちゃんが夏香くんを紹介してくれて、アタシ……期待しても良いのかな?」
「いや、僕には君を悪夢から解放してあげられる力はないよ。こうして話を聞いてあげることしかできない。先輩は、僕が昔から悪夢にうなされていたのを知ってるから、相談役として君に紹介したんだと思う。期待させちゃったならごめん」
嘘をついた上に、藍音の期待を裏切ったのが心に痛かった。だが、なんとか表情に出さないようにする。ここでそんな表情をしても、不安にさせるだけだからだ。そのために夏香は多大な労力を使った。
藍音は眼に見えて落胆した表情になるが、また笑顔を作る。
「ううん、大丈夫、法ちゃんも相談相手って言ってたからさ。アタシが勘違いしてただけだよ。じゃあ、今から話をするけど大丈夫かな? かなり内容が支離滅裂になると思うけど」
「大丈夫、僕は先輩に言われたから来たんじゃなくて、自分から君の力になりたいと思ってきたからさ。全部ちゃんと信じるし、馬鹿にしたり、嘘だと思ったりしないよ」
それは夏香の偽らざる本心だった。悪夢という言葉を口にしてからの藍音は、奇幾何学部に入る前の夏香そのものに視えた。いや、笑顔を浮かべられるだけ、ずっと強い。だから、夏香は力になろうと思い、昼間彼女を疑ったのは間違えだと判断した。
「ありがとう、じゃあ話すね。白い服を着た女の子の夢を、ここ最近ずっと見るんだ」
夏香は真剣に藍音の話を聞いた。誰かに言いたくても言えない、悪夢の話を。




