第一章 素直な怪物
「顔は知っているようだが一応な、私の部員達だ。ああ、片方は食料にしていいぞ」
「なんですかそのぞんざいな紹介!? えっと、改めまして……僕は境容夏香、よろしく」
「……昨日の今日でまた会うとは思いませんでした。大丈夫、契約はちゃんと守ります」
不安を解くようにセシアが言い、夏香とも握手を交わす。そして、卍と向き合った。
「……。部長の言葉には従う。だが俺はお前の事を信用できないな、怪物」
不満ありありの卍は、セシアを睨みつけて吐き捨てる。
「信用してもらえるとは考えてないです。なにより私は……裏切るかもしれないですし」
眼を伏せ、セシアが言う。卍が拳を作り、詰め寄ろうと動く。夏香は二人の間に割り込む。
「ちょ! 卍、昨日あんなことあったけど、昨日の敵は今日の友とかって言うでしょ」
なだめるように夏香が言うと、卍とセシアは同時にため息を吐いた。
「アレ? なんで二人して呆れているの? 僕なんか変なこと言った?」
「いや、お前がそれを言うのかと思ってな。もう知らん、怪物の餌にでもなってしまえ」
「元凶の私が言うのはアレですが。あまり友達を苛めると、いつか喧嘩別れしてしますよ」
卍が拗ねて言うと、セシアもシラッとした冷たい視線を夏香に向けた。アレ? と、首を傾げる夏香を後ろに追いやり、法が間に入る。怪物を背に彼女は言う。
「信用しろとは私も言わん、見張りたいならば許す。だが、根拠なしで手を出すな」
「手遅れになったらどうする気だ? 不安要素は即刻に排除すべきだ」
「手遅れになるのも、不安要素となるのも、全ては結果論だ。現実に至っていない結果なんて行動でいくらでも変えられる。それともなんだ? お前は未来でも視えるのか?」
「……。屁理屈だ、アレの監視はさせてもらう。お前の言論も納得しない」
「納得なんてしなくていいさ。私の意見とバンの意見、どっちが正しいか結果を見てみないとわからないからな。……そういうわけで、こいつが周囲でウロチョロするがいいか?」
黙って話し合いを聞いていたセシアに確認が取られる。
「いいです。私も、彼の存在をこの眼で見定めさせてもらいます」
「……君にも言っておくが、卍から手を出さない限りは手を出すなよ。こいつは私の連れだ」
「その時は、事前に協力関係を終了させます。闇討ちなんて卑劣なことはしないです」
心外だとでも言うように、セシアはムッとした表情で法に言い返した。
「それは失礼。……では、情報交換をしよう。まずはこちらのネタばらしだ、この建物……いや土地は魔を引き寄せる。土地柄か何かしらの呪いかは知らないが、君がここで倒れていたのもそれが原因だ。そのせいか、この街で起きている怪奇現象はここに向かって集束していく。君が追っている何かも、いずれはここに来るだろう。よって、こちらからは後払いだ」
そんな部員にも話していなかったことを、法は躊躇いなく語った。自分達が通う学校が心霊スポットも真っ青な人外魔境だったと知り、夏香と卍は心底嫌そうな顔をした。
あり得ないと思えないのは、現実としてこの場にアンドロイド、魔女、怪物が揃っているからだ。
「待ってください、そんな魔境にも関わらず、どうして終団の眼を欺けるんですか?」
「それは……ここにかけられた奇怪な奇術のせいだ。ここに集まった怪奇現象は全て七不思議として処理される。どこにでもあるくだらない噂に変換されるというわけさ」
セシアの問いに、嫌そうに法が答えた。変な呪いとしか理解できない夏香や卍とは違い、その奇術の真価を正しく理解できるのか、セシアは眼を丸くして驚く。
「実際に起きている怪奇現象、すなわち真実を、七不思議という空想であり妄想でもある虚実に変換する? それは真実を隠蔽する所の話ではないです、現実と空想を混合しています」
「残念だがそういうものだ。全くもって……素晴らし過ぎて憎らしいよ」
眼の上にできたタンコブとでも言うように、忌々しげに法が言う。自分より遥かに上のレベルの者が残した物は、目標であると同時に目障りなものであっても仕方がないと言える。
「他に知っているのは、被害者の総数や襲った方法、事件現場についてだが……聞くか?」
「結構です。必要な情報とは思えないですし、何より被害者の数に大差なんてないです」
「それはどっちの意味でかな? ああいや、他意はないさ。次は君の番だ」
楽しげに聞いた返答は無言の視線であり、法が肩をすくめながら話し手の交代を促す。
「私は、あなた達の言葉を借りるならば『悪夢』を止めるため、この街に来ました」
「君の言葉で表すなら、それはなんて言うんだ? できれば答えてほしい」
「恥ずかしながら同族です。姑息な手で獲物を狩っている、語るも苦痛な者達です」
苛立ちを隠そうともせず、形の良い眉を歪めながらセシアは答えた。
「君は同族を討ちに来たのか? まさか味方同士で潰し合うつもりか?」
信じられないと言った表情で、法が問い返す。
「同類とはいえ下衆は下衆、身内の恥を晒すぐらいならこの手で討ちます」
覚悟を示すように拳を作り、胸の前に掲げた。その眼は、ただひたすらに真っ直ぐだった。
「まぁ、私が止める理由はないな。そいつらの目的は知っているのか?」
「いえ、人間の血を吸うことで、力を蓄えていることしかわかりません」
「不可解だな。ただ力を蓄えたいなら、悪夢なんて魅せずに直接夜道で襲えばいい。なんでわざわざ悪夢なんて使っているんだ? そんなことをしても、敵をおびき寄せるだけだぞ」
「わかりません。いったいどうして、そんな姑息な手段を用いているのか」
セシアが僅かに俯く。その表情は落ち込んでいると言うよりは、苛立っている。
「まぁいい、いずれ解明していくさ」
「これからどうする気だ? あまり有力な情報は得られなかったように聞こえたが」
「そんなの、これから考えるに決まってるだろう」
卍の問いに、ムッとした表情で法が答えた。思わず卍は「え?」という表情になる。
「バン、私は策略家じゃないんだ。考える時間ぐらいほしい。というわけで、悪夢についてはまた明日だ。今は眼の前の事に専念する」
「眼の前の事?」
気分を代えるために法が声を張る。事情を知らないセシアがきょとんと首を傾げて返す。
そういえばスカートめくりする幽霊を止めるんだったと、セシアの登場ですっかり忘れていた卍は思い出した。
「ああ、実は今校内を見回っていてな。終団も近所にいるし、探索用の使い魔とか放たれていないかチェックをしていた。その途中で君を見付けたというわけだ」
「え? 先輩なに言っ……ムグググググ」
笑顔で呼吸をするように嘘をついた法に、馬鹿正直な夏香が物申そうとしたが、その口を手で塞がれた。卍は展開が予想できたので、黙って話を聞く。
「成程、強力な術とはいえ綻びが生まれる可能性は十分にあります。それも生死が関わっている以上、点検の必要性は高いです」
根が素直なのか一切の疑いを持たずに、セシアは納得する。
「そこでだ、君にも巡回を手伝ってほしい。ついでに校内も案内しよう、これから根城になるんだ、内装は把握しておいたほうがいいだろう?」
「一理あります。それに最初の共闘として最適かもしれないですし、同行します」
「頼む。ああ、だがその服装は目立ち過ぎるな。これから校舎内で行動してもらうことになるだろうし、これに着替えてもらってかまわないか?」
法が女子用の制服を取り出した。当初の予定では、卍が着るはずだったモノだ。
「確かにこのドレスは目立ちますし、残念ですが着替えた方が良さそうです」
セシアが純白のドレスを見下ろし、残念そうに呟いてから制服を受け取る。
「あー、そういうこと。って、ちょっと待ってよ! セシアそれ騙され……」
話の流れをようやく読んだ夏香が止めようとするが、両手で制服を抱えたセシアにジト目で睨まれる。その頬は僅かに赤い。
「あの……できれば男性方は退出してもらっていいですか?」
「その台詞はもう少し見れる身体になってから言え、貧乳」
夏香が最後まで言い切る前にセシアが言い、卍が条件反射で暴言をぶっ放す。直後、部屋に置いてある冷蔵庫がセシアによって持ち上げられる。男性陣二人が部屋から逃げ出すのと同時に、大きな音を立てて扉が閉められた。