危機!また危機!!
真っ暗な世界がどこまでも広がる。
(あぁ……あっけないなぁ)
無間の暗闇の中で、須藤佑樹はぼんやりと思った。自分が死んだことで世界はどうなってしまうのか。
そもそも世界の滅びとはどういうもなのか。天変地異が起こるのか。それとも存在が一瞬で、跡形もなく消滅してしまうのか。
どんな形にせよ、自分に出来ることはない。もう、自分は死んでしまったのだから。
「あー、もしもし? そろそろ目を開けなさい」
声が聞こえる。何処かで聞いた声だ。
「だから、目を開けなさいっての!」
「痛ってぇ!」
突然脳天を襲った衝撃に、佑樹は跳ね起きた。ズキズキと痛む頭を擦りながら、体を起こした。
「やっと起きた! 何時まで寝てるのよ!?」
「いつつ……いきなり何するんだ!? ……あれ?」
佑樹はふと気付く。自分は斬られて死んだ筈だ。なのにどうして生きているのか?
自分の首に恐る恐る触れてみる。傷は――無かった。
「どういう事だ……全部、夢だったのか?」
「夢じゃないわよ。貴方は確かに一度死んだ。だけど……まだ消滅していないの」
「なんだそりゃ?」
佑樹はナビ子の言葉に首を傾げる。そしてよくよく辺りを見回してみると、なんとも奇妙なことに気が付いた。
そこは確かにあの海岸だ。立っているのは小型艇の上で、悲痛な面持ちをした、佑樹が助けた女性もいる。
だが、その動きは完全に止まっており、そして何より世界が灰色に染まっているのだ。
「これは……何が起こっているんだ?」
「あなたに与えられた最後の力が発動したのよ。その名も〈リテイク〉。文字通り、時を引き戻して事象をやり直す力よ」
「事象をやり直す……時を戻すってことか?」
「そう。〈リテイク〉は貴方が死んだ瞬間、もしくは任意に時間を引き戻して、やり直すことが出来る能力。3つの力の最後にして切り札とも言える力よ」
ナビ子は胸を張って言う。確かに死んだことを無しに出来るというのは相当に強力は力だ。
「――でも、そんな力があるなら世界の命運とか気負わなくて良いんじゃないか? なにせ死んだってやり直せるんだから」
佑樹はふと、思い至ったことを呟いた。自分が死んだら世界は終わる。だが、死んだら発動してやり直せるこの〈リテイク〉がある以上、世界は絶対に滅ばないのではないかと思ったのだ。
しかし、そんな佑樹の考えを見透かしたのか、ナビ子は呆れ気味に嘆息する。
「そんな単純な話じゃないわ。この〈リテイク〉は確かに強力な力よ。だけど、詳しい説明は今は省くけど……その代わりに何度も使えないのよ。今はあと2回が限度ね」
「あと……2回」
「そうしたらもうやり直しは出来ない。世界は今度こそ、跡形もなく消滅する」
「………」
ナビ子の言葉に佑樹は声を失くした。まるでゲームの残機だ。ただし、こちらにはコンティニューがない。ゲームオーバー=世界の破滅だ。
改めて、自分の立ち位置がどれだけ危険かを理解させられ、佑樹は考える。
「それで……これからどうすれば良いんだ?」
「まずは死亡原因の排除。その為に〈リライト〉を使って」
「〈リライト〉か。だけど、内容はどうするんだ? それに何に書き込むんだ?」
「対象は今着ている服。内容は……そうね、〈その服は着ているだけで身体能力を極限まで高めてくれる特殊スーツ〉ってところが妥当かしら」
「ちょっと待て。〈リライト〉ってそんな事も出来るのか?」
「むしろこれが〈リライト〉の本領だもの。あ、〈リテイク〉中は他の能力は使えないからね。〈リテイク〉が解除されたら、すぐさま〈リライト〉。そして襲ってきたヤツを――」
「――倒す、か。だけど……大丈夫かな?」
弱気の声を吐く佑樹にナビ子が檄を飛ばす。
「大丈夫も何も、やらなきゃまた死んじゃうんだから! 倒さなくても一撃、ドカンと打ち込んでやるだけで良いから」
「……分かった。来ると分かっているなら、どんと来い! ……また殺されたくなんてないし」
ギュッと拳を握りしめ、佑樹は先程に受けた恐怖に身震いする体を抑え、鼓舞する。語尾に若干の弱気が見えるのも、元々は一般人であった以上、仕方ないことだ。
「さぁ、時間を戻しましょう。覚悟はいい?」
「あぁ……大丈夫だ。行くぞ……〈リテイク〉!」
佑樹が〈リテイク〉の宣告をすると、世界が勢い良く渦巻き始める。
全てが混ざり合って一つへと変わり、佑樹もまたその中へと引きずり込まれていく。
「うぉおお……っ! これは聞いてな――」
突然の出来事に驚く言葉ごと、佑樹は渦の中へと呑み込まれていった。
バリバリバリ――ッ!
「――っ!?」
佑樹がハッとして我を取り戻すと、空間に異変が起こり、グールポーンと呼ばれた異形が出現するところだった。
「本当に……時間が戻ってる!?」
「佑樹! ボサッとしないで!」
「あ、あぁ……っと……〈リライト〉!」
ナビ子に急かされ、慌てて自分の服に触り、〈リライト〉を発動させる。予め内容を決めてあった事で上手く書き換えが完了した。
書き換わった途端、特殊スーツに変わった服から体に、物凄い力が溢れてくる。
「凄い……これなら!」
みなぎるパワーに佑樹は興奮する。ギュッと拳を握りしめ、佑樹は空を仰いだ。さっきは気付かなかったが、空にも下と同じ異変が起こっていた。
佑樹を先程襲ったグールポーンは、ここから来たものだったらしく、今正に、脱出艇の上に落ちてくる。
「グールポーンがこちらにも!?」
「大丈夫、下がってて」
驚きの声を上げる少女を庇うように立ち塞がり、佑樹はグールポーンの振り上げた鉤爪を真っ向から受け止める。
一度は自分の命を奪ったそれのギラリと光る切っ先に、思わずゾクリとしてしまう。
「このっ……! 死ぬのは一度だけで沢山だっての!!」
佑樹は一気に鉤爪を押し返すと、懐に飛び込む。そして腕を鷲掴みにすると、そのまま力任せに砂浜目掛けて投げ飛ばした。 他のグールポーンも巻き込んで盛大な音が立つ。
「凄い……! なんて力なの!?」
「今の内に逃げよう。さ、乗って」
驚く少女の前に腰を落とし、背に乗るよう促す。まともに動けない以上、これが手っ取り早く逃げる最上の手段だ。
「あの、でも……」
「いいから乗って!」
戸惑う少女の背中をナビ子がグイグイと押す。少女も恐る恐る、佑樹の首に腕を回した。
「……よし。それじゃ、とっとと逃げるぞ!」
足をしっかりと持って、佑樹は立ち上がる。その間にグールポーンも起き上がってきていた。
「うわ、もう立ち直ってる!」
「構わず行っちゃえ!」
グールポーンはこちらを排除するべき対象と判断したのか、砂地を蹴っていきなり走り出した。佑樹も少しだけ下がり、一気に助走。思いっ切り装甲板を蹴り叩いて、ジャンプする。
「うぉおおおおっ!?」
「きゃあああっ!」
踏み切った足が、二人の体を一気に空高く打ち上げる。あっという間に十数メートル程まで上がってしまい、バランスを崩してしまう。
足をバタつかせて何とかバランスを立て直し、派手な砂煙を上げて砂浜に着地する。
「くぅ~っ! こんなに飛ぶ気なかったのに……!」
「佑樹、急いで! あいつらが来る!」
一瞬で真上を飛び越えられてしまったグールポーンもすぐさま取って返し、佑樹達に向かってくる。
「おっと、それはヤバイ!」
佑樹は慌てて走り出す。一歩踏み出すと体がハイジャンプしたかのように跳ね上がってしまうので、出来るだけ前傾姿勢で地面を滑るように駆ける。
その勢いのまま、今度はジャンプの高さを意識して、踏み切る。高々と舞い上がると、電柱を蹴って、ビルの屋上に着地。更に三軒隣りの家の屋根に降り立って、そこから悠々と飛び降りる。
そうしてしばらく走っている内に、砂浜はすっかり遠くになっていた。グールポーンも完全に撒けたらしく、佑樹は一先ずは逃げ切れたかと、安堵の息を吐いた。
「とりあえず……ここまで来れば大丈夫かな?」
辺りを見回すと、中央の噴水を木々が囲み、地面には石のタイルが敷き詰められている。何処かの大きな公園のようだ。
佑樹は噴水の縁に少女を降ろし、自身もその隣に腰を下ろす。
「あの……助けていただき有難う御座いました。私はフィーリア・リ・アムストールと申します」
「俺は須藤佑樹。こっちはナビ子。ところで……えっと、フィーリアさん。どうして追われているのか……良ければ教えてくれるかな?」
「……はい。私はここから遥か遠くにあるアシュター銀河系――惑星アルストスを治めるアムストール王家の者です。」
「王家の者って……もしかしてお姫様だったのか!? 確かに着ている物とか、凄く高級そうだなとか思ったけど……まさかお姫様とは」
「姫といっても末姫で、殆ど庶民と同じようなものですけど」
そう言ってクスリと笑うフィーリア。庶民と言いながらその振る舞いの端々に、高貴な家柄の気品というものが見て取れる。
「私を追ってきたのはクーデター派の追手でしょう。船から逃げた私を追ってきたのだと思います。未関係な貴方を巻き込んでしまったこと、どうかお許し下さい」
沈痛の面持ちで深々と頭を下げるフィーリア。そして胸元に手をやり何かを取り出した。
「迷惑ついでと言っては失礼ですが……これに触れていただけますでしょうか?」
そう言って差し出されたのは掌に収まる大きさの、鎖に繋がれた真円型のプレートだった。表面には歯車と獅子に似た動物が浮き彫りにされている。
「これは……ペンダントにしちゃデカイな。何なの?」
佑樹はそれを受け取り、まじまじと見る。だがどう見ても金属のプレートにしか見えない。精々、見事な彫り物だとしか思えない。
そんな様子にフィーリアは意気消沈といった風に、小さく溜め息を吐いた。
「申し訳ありません。あの剛力や胆力ならばもしや……と、思ったのですが」
「……?」
差し出された手にプレートを返す。
「それって【ギア・プレート】ね」
「っ……!? ナビ子さん、どうしてその名前を!?」
「ナビ子、ギア・プレートって何だ?」
「【ギア・プレート】。アシュター銀河系の古代技術によって創られた、”世界”に十二しか存在しない”大いなる護り手”。その中でも”獅子”は力の象徴。最も気高く、そして勇気ある者。ま、佑樹が適正者っていうのは相当な見込み違いね」
「……悔しいが、言い返せない」
「どういう事ですか? どうして見込み違いだなんて?」
事情を知らないフィーリアは首を傾げる。
「それは……っ!? 佑樹!」
「なっ……!?」
ナビ子の慌てた声に佑樹がハッとして周囲に視線をやると、振り切った筈のグールポーンが公園の木々の影から現れた。
「こいつら、まだ追いかけてきてたのかよ!? っ……!?」
驚いて立ち上がった佑樹だったが、途端に蹌踉めいて膝を付いてしまう。立ち上がろうとしても、四肢に力が上手く入らない。
「くそっ……何で?」
「〈リライト〉で作ったパワードスーツのせいよ。幾ら力を強くしても、体力まで上がる訳じゃないもの」
「そういう事はもっと早く言えよ!」
グールポーンは無機質な敵意をむき出しにして、一斉に襲い掛かってくる。
佑樹も震える足で何とか立ち上がる。だが、そこに凶刃が振り上げられる。
「危ないっ!」
「どわっ!」
悲鳴に近いフィーリアの声。佑樹は両手で挟むように刃を受け止める。
「くっ、力が入らない……!」
ギリギリと、刃が迫り来る。佑樹の脳裏に、一度目の死の瞬間がリフレインし、ゾワリと肌が粟立つ。
冗談じゃない。せっかく助かったというのに、またすぐに殺されてたまるか。と、必死に力を振り絞る。
だが、佑樹の視界の隅に別のグールポーンの刃が映り、咄嗟に刃を横に流して体を倒し、前の敵を蹴り飛ばす。その真上を殺気の刃が通り過ぎた。
「きゃあああっ!」
「しまった!!」
フィーリアの悲鳴に佑樹は目を見開く。彼女がグールポーンに捕らえられたのだ。
すぐに助けようとするも、次々に刃が襲いかかり、交わすだけで精一杯になってしまう。その間にも、フィーリアは引き摺られるようにして連れ去られそうであった。
「くそっ、邪魔だ!」
フィーリアを助けようと動く佑樹だったが、その行く手を阻まれ、すぐに足を止めさせられてしまう。
(〈リライト〉……〈リテイク〉……いや、ここは!)
佑樹は自信の体に触れ、叫ぶ。
「〈リメイク〉! ――どおりゃあっ!」
発動した力が、体を”疲労前の状態”へと一瞬で戻す。回復した体で群がる敵を吹き飛ばす。そして今度こそ、フィーリアに向かって一気に駆け出した。
だが、彼女は完全に体を抱えられ、今にもこの場を離脱しそうであった。佑樹は全力で走る。
「くそっ! 間に合え!!」
「――大丈夫。間に合ったから」
「何――っ!?」
フィーリアを抱えていたグールポーンが、突如として佑樹のすぐ脇を飛んでいった。
一体何が起こったのかと、佑樹は滑るように足を止める。
「……誰だ?」
見れば、フィーリアをジャージ姿の男がそこに立っていた。背は佑樹より頭一つ程高く、体つきもガッシリしている。
髪は短く切り整えられており、少しあどけなさを残す顔付きは佑樹に、もしかしたら自分と近い年頃かも知れない、という印象を与えた。
フィーリアも突然のことに驚いたのか、男に視線が張り付いたままだ。
「あー、なんだ。いきなり殴っちまったけど………確認していいか?」
「あ……はい」
苦笑いを浮かべる男に問われ、フィーリアは気の抜けた返事を返した。
「あのへんな鎧着ている奴らが、君を攫おうとしてて……でもって、そっちの彼がそれを助けようとしてた……で、合ってるか?」
「「……」」
大まかなではあったが、間違っていなかったので二人は頷いて答えた。
「そうか。なら、遠慮はいらないな。どうやら人間じゃないみたいだし」
ゴキゴキと拳を鳴らし、男は恐れること無く足を踏み出す。
「魔法プログラム〈肉体強化〉、ドライブ!」
男の手首に巻かれたデバイスがキラリと光る。と同時に、男は一気に駆け出し、佑樹の真横をあっという間に通り過ぎる。
「速っ!」
佑樹が驚きに振り返れば既に三体、宙に舞っていた。男は更に踏み込んで、鋭い回し蹴りを叩きこむ。腕が、足が胴が弾け飛んで、バチバチと火花を散らして飛ぶ。
強化してもようやく何とか出来る相手を、ただ一人で薙ぎ払っていく男に、佑樹は只々唖然とした。
「すげぇ……何なんだ、あいつは?」
「身体強化はレベル4。でも、その特化型は上位の5、6クラスにも匹敵する強さね」
ふわりと隣に来たナビ子が説明する。魔法は通常、誰もが幾つかの種類が使えるものなのだが、特化型というのは一つの能力しか使えない代わりに、レベル判定以上の力を発揮できるタイプの事だ。
それに加えて、使い手たる本人が戦いに慣れている事もまた、この強さの要因であろう。
そうこうしている間に、グールポーンは全て倒されてしまった。男は「ふぅ」と軽く息を吐きだし、その手の埃をパンパンと払った。
「さて、やっちまった後で何だけど……ぶっ壊して良かったんだよな?」
「え、えぇ……大丈夫です」
「そっか。なら良かった。いやぁ、『ぶっ壊したんだから後で弁償しろ!』なんて言われても金なんて無いからなぁ~」
などと言いながら男は苦笑する。
「俺は桐谷光太郎。見ての通り、ただの通りすがりだ。で、おたくらは?」
「私はフィーリア・リ・アムストール。こちらはスドウ・ユウキ様です」
「須藤佑樹です。えっと……桐谷さんはどうしてここに?」
「日課のランニングしてたら、いきなり人の真上を通り過ぎる連中がいるもんで、一体どんな奴らかと思って追いかけてたんだど、撒かれちまって。でもって探してたら……こんな状況だろ? 思わず手が出ちまってたって訳さ」
「あ……そうですか。ともかく助かりました」
事情はどうあれ助けてもらったので、佑樹は素直に礼を述べた。フィーリアもそれに倣って頭を下げる。
「ところで……こいつらは何なんだ? 俺も機械にゃ詳しくないが……地球のロボットじゃないだろ、これ?」
「ちょ……っ!?」
ゴンゴン。と、足元の残骸を蹴る光太郎。下手なショックでまた動き出さないかと佑樹は戦々恐々としたが、どうやらその様子もなく、安堵の息を吐く。
「これはグールポーン。私の星の……禁忌の技術で作られた機械兵士です」
「禁忌の技術?」
フィーリアの言葉に、二人は眉を潜める。
「このグールポーンは遥か昔の戦争で生み出されたもので、動力に死者の魂を組み込むのです。ですが、倫理的な問題からその技術は完全に破棄された筈なのです」
「でも、こうして此処にあるじゃないか。本当に破棄されてたのか?」
死者の魂を使うという、不愉快な話に顔を顰めた佑樹が言うと、フィーリアはキッと佑樹を睨んだ。
「本当です! ですが……ある者がそれを、どうやってか復活させたのです。そのせいで王都は陥落。お父様にお母様、兄様、姉様の行方も知れず……私は別の星に留学していたから……っ!」
ポロリと涙が溢れる。どういう経緯でこの星にやってきたのか、それを言葉にしたことで改めて、フィーリアは自分の今を思い知ったようだ。
行方不明の家族。落ちた王都。逃げた先は見知らぬ星。頼れる者もなく、たった独りっきり。
今までは必死に逃げることだけを考えていたが、一つの危機が去ったせいで、心中を言いようのない不安が襲ったのだろうと、佑樹は思った。
「これから……私はどうしたら……」
「――それでしたら、心配は無用ですわ」
「「「っ――!?」」」
突如として真上から声が響いた。それと同時に薄紫色のヴェールが空を覆い、周囲に降り注ぐ。
その中心には黒い僧衣を纏った、仮面の女がいた。女はその手の杖振るい、空に魔方陣を描く。
「〈ダークプリースト〉!? まさか、ランダム転移を追いかけて……!?」
「まさか、グールポーンが全機破壊されるとは思いませんでしたが……これで終わりにしましょう」
ダークプリーストが杖を振るうと、魔方陣から巨大な柱が降ってきた。
光太郎はフィーリアを抱えて、佑樹は慌てて逃げる。と、その背後か粉塵と共に烈風が叩きつけられた。
「くそっ! 今度はなんだよ!?」
辺りを覆い隠す粉塵の向こうに、巨大な影が見える。徐々にハッキリしてくる視界が、その異形の姿を晒した。
「で、でけぇ……」
それは柱ではなく、そう見えたのはそれの足と胴であった。
石造りの巨人兵。命の光なき単眼が、ギロリと佑樹達を捉えている。
「グールポーンはどうにかできても……このオーガルークはどうかしら?」
「へっ。図体がデカけりゃ良いってもんじゃないぜ!」
光太郎は再び〈フィジカルブースト〉を発動させ、最短距離を一気に疾走する。その勢いのまま、一気に飛び上がり、オーガルークの胸に鋭い蹴りを見舞った。
「何……!?」
光太郎が目を見開く。自身でも会心の一撃だったであろうそれは、しかしオーガルークには何のダメージも与えられなかった。
驚く光太郎を尻目に、オーガルークはおもむろに腕を持ち上げる。ハッとして光太郎が蹴り足を踏み切って飛び退くと、「ぶぅん!」という寒気のするような音を立てて、巨碗が振り抜かれた。
「チッ、なんて硬さだ」
「オーガルークは敏捷性がない代わりに、防御力とパワーは随一。生身の人間が一人二人でどうにか出来るなどと……思い上がるな、虫ケラが」
ダークプリーストがその杖を振るって、闇色の刃を発射する。それを咄嗟に躱す光太郎だったが、その一瞬の隙をオーガルークに捉えられる。
振られた平手はまるで壁だった。その直撃をブロックするが、全身を貫く衝撃に光太郎の意識が霞む。
「ぐは……っ!!」
そのまま中央の噴水を粉砕し、向こうのベンチまで光太郎は吹き飛ばされた。その余りの光景にフィーリア、そして佑樹の顔が青ざめる。
「さぁ、フィーリア様。これ以上の犠牲を出したくなければ……共に来て頂きましょう」
そう言って、ダークプリーストは手を差し出す。
これ以上の犠牲。それはつまり佑樹の事であり、無関係な近隣住民の事である。
「っ……!」
フィーリアは言い知れない程の悔しさと言い表せない程の憤りに、ギリッと歯ぎしりする。
佑樹としても、こんなヤツの言いなりになるのは癪だった。なにせこいつらのせいで一度殺されているのだ。言いなりになるなど御免だ。
「なぁ……ナビ子。一つ、聞いて良いか?」
「何?」
佑樹はゴクリと唾を飲み込みながら、隣に来ていたナビ子に尋ねた。
「あの……桐谷光太郎って、もしかして?」
「……多分、考えている通りだよ」
「そうか……ならっ!」
「えっ!?」
佑樹はフィーリアの体をヒョイと担いだ。フィーリアが驚きの声を上げるが、それに構わず駈け出した。
「ふふっ。此処は既に結界の内。逃げられると思って?」
「言ってろ!」
佑樹は構わず走る。オーガルークが佑樹を捉えようと腕を伸ばすが、それを躱して走った。
「フィーリア、さっきの【ギア・プレート】を!」
「えっ!? でも、あれはユウキ様は……っ!」
佑樹の言葉にフィーリアはハッとした。そして頷くと、佑樹の手にギア・プレートを渡した。
「あれはギア・プレート? オーガルーク、さっさと捕らえなさい!」
ダークプリーストが若干の焦りの色を滲ませた声で叫ぶ。だが既に、佑樹の策は殆ど済んでいた。後は、どうやってオーガルークとダークプリーストを躱すか。
「くっ……そぉっ」
と、瓦礫を押し退けて、光太郎が立ち上がった。だがダメージが深く、既に満身創痍の状態である。しかし、これは佑樹にとって僥倖であった。
敵の目はこちらに引きつけられている。その状態で、狙う相手が立ったことで作戦の成功率は上がったのだから。
「おい! こいつを受け取れ!!」
佑樹は光太郎目掛けて、ギア・プレートを投げた。大きめの石程度のギア・プレートはオーガルークの股の間を抜けて、真っ直ぐに飛んだ。
「どわっ!?」
いきなり飛んでいたギア・プレートを、光太郎は驚きながらも見事にキャッチする。
「何だ……?」
すると、ギア・プレートの獅子がその瞳を輝かせ、同時にプレートの歯車が勢い良く動き始める。そして凄まじい光の奔流が光太郎を、そして公園全体を呑み込んだ。
「これは……まさか!?」
ダークプリーストの声に初めて焦りの色が見える。夕闇の世界を真昼に塗り替えた光の柱は徐々に細まっていく。
やがてその中心にて終息した光は、覆い隠していたモノを露わにする。
それは戦士であった。頭部には流線型のフルフェイスヘルム。全身を漆黒のインナーで包み、四肢と体を銀色の装甲が囲う。
そして最も特徴的なのは左腕だ。そこのアーマーだけ右よりも一回り以上大きく、そして獅子の頭部を模った姿をしていた。
「な、なんだこりゃあ……!」
鎧の戦士――光太郎はすっかり変わってしまった自分の体を、足元の水溜りで見て、呆然とした声を出した。
「おい、ナビ子。あれがそうなのか?」
「そうよ。正確には左腕のが本体で、他はそのオマケみたいなものだけど」
「そうなのか。だけどあれはどう見ても――」
佑樹はマジマジとそれを見て、呟いた。
「変身ヒーロー、だよな」




