面白いから
「面白いから、付き合ってるだけだからね。それだけだからね」
彼女は、俺にそういったのは、はっきりと覚えている。
あの、ピンク色をしたマフラー、それよりは淡い色のジャケットを羽織り、紺色のズボンをはいて、俺の横に立っていた。
すねているようで、いつも俺のことを気にしているあたり、ツンデレとか言う奴かとは思ったが、よくわからん。
分かっているのは、今は、俺の横には誰もいないということだ。
面白みがなくなったというわけではない。
彼女は、今、病院で眠っている。
事故はあっという間に訪れた。
危ないという声も届かない間、俺は道路で彼女の身を助けようとして車にひかれた。
その刹那、俺の意識は暗転して、彼女のことも、頭の中がぐちゃぐちゃになったかのような感覚だけが、俺を支配していた。
目が覚めると、両足骨折の上腹部内出血という状態だった。
妹が、心配そうに見ている。
頭をなでてやると、急に泣き出してしまった。
まるで、彼女みたいだ。
そう思っていると、つい言葉が口から出た。
「ああ、いつでも一緒だもんな」
それを聞いた妹は、さらに激しく泣きだしていた。
しばらくして落ち着いてから、俺は妹に一緒に収容されたであろう彼女について聞いた。
「ん、ちょっと待っててね。看護師さんに聞いてくる」
タッタッタッと軽快なタップで妹が病室から出ていく。
そして、1分と経たずに帰ってきた。
「その人って、多山香内さん?」
「そう、その人」
「その人だったら、お兄ちゃんよりも深刻らしくて、意識が戻ってきてないって。今は、この隣の部屋で安静させられているそうよ」
「そうか、ありがとう」
妹に礼を言ってからすぐに、看護師がやってきて、体調検査をした。
その最中に、少し聞いてみる。
「あの、多山香内さんは、どんな感じなのでしょうか」
「どのようなご関係なのですか?」
にっこりとほほ笑みながら、白衣の天使は、カルテに体温などを書き込んでいるようだった。
「友人に聞いてもらえればすぐに分かりますけど、多山さんの彼氏です」
「助けたっていうことでしたものね。彼氏とすれば納得です。彼女は、横の病室で今も眠り続けています。現状はこん睡。いつ目覚めるのか分かりません。ご両親が、毎日いらして、いろいろと語りかけていますよ」
「ありがとうございます」
「いいえ、どういたしまして」
俺が知りたい情報を全て教えてから、看護師は出ていった。
2日もすれば、すっかり元気になった。
と言っても、足はまだまだかかりそうだし、今は、車いすに座って移動をする程度しかできない。
腹の縫い痕はたまに痛みだすが、それよりも今は彼女に会いたかった。
それができたのは、ちょうどその日、押してくれていた看護師が言ってくれた言葉だった。
「そういえば、こん睡患者というのは、ごく親しい人からの声に反応して起きるということもたびたびあるんですよ。どう反応しているのかは分かりませんが」
笑っていたその男性看護師の言葉で、俺は彼女の病室へ出向く事を決意した。
病室には、彼女一人だけが眠っていた。
俺は彼女に横に座り、そっと話しかける。
「なあ、この話を聞いているかは知らないけども、聞いていると思って話させてもらうな。いつも振り回されてばかりだったんだが、それはとても楽しかった」
ピッピッと一定のリズムで心拍があることを、彼女につながっている機械が教えた。
「でも、それは一人じゃできないんだ。お前がいてくれないと、することができないんだ。面白くないんだよ」
心拍の間隔が、若干速くなる。
「だから頼むよ。起きてくれよ」
「うるさいわね。せっかく面白い夢を見てたのに」
その声を今か今かと待っていた。
彼女はしっかりとした声で俺に話しかけてきた。
「やっと聴けた…」
「何よ急に泣き出したりして。面白く無いわよ」
自然と涙があふれてきた。
「君の声が、今、とても聞きたかったんだ」
「どうしたのよ。って何で私、こんなところにいるのよ」
「話せば長いことだけど……」
俺は彼女が事故にあった時の話をした。
それから病院に運ばれたこと、今まで昏睡状態と診断されたことも。
「…で、私がここにきたっていうことなのね」
俺は軽くうなづく。
「なるほどね。まあ面白い体験ができたからいいわ。無事に帰ってこれたしね」
彼女は笑って俺に言ってくれた。
それがとても嬉しいかった。