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でたらめな本の正しい読み方

掲載日:2026/02/22

「ふぅ……」

僕は、思わず大きなため息をついた。

今や、どんな本でもネットで検索すれば必ず出てくる時代だ。

そんな時代に出された今回の国語の課題は、正直、嫌がらせにしか思えなかった。

――検索しても絶対に出てこない書籍を読んで、感想を書くこと。

たぶん、先生の狙いは分かる。

AIに検索させて、AIに感想を書かせる――そんなズルを封じるためだ。

確かに、それじゃ「自分の言葉」じゃない。

先生も、よく考えたよな……。

そう思いながら、僕は図書室の椅子に座っていた。

僕が知っている物語は、試しにAIに聞いてみたら、全部あっさり出てきた。

だからこそ、図書室を選んだ。

……なのに。

誰も、来ていない。

(みんな、この課題どうやってクリアするつもりなんだ?)

そんなことを考えていると、図書室のドアが静かに開いた。

入ってきたのは、女子生徒が四人。

やっぱり、考えることは同じらしい。

「やっぱ無理だよね」 「新人作家でもネットに出したら検索されちゃうし」 「この中から探すとか、大変すぎ」 「もうさ、諦めようよ」

そんな声が聞こえてきた。

そのうちの一人が、こちらを見た。

「小宮くん。何やってんの?」

同じクラスの小西ゆきだった。

「君たちと同じだよ。検索できない本探し」

そう答えると、女子たちは口々にうなずいた。

「やっぱ無理だよね」 「ネット小説に出したら、それもアウトだし」 「詰んでない?」

無名でも、ネットに出した瞬間に“検索できる本”になる。

……そうか。そういうことか。

そのときだった。

「あっ!」

思わず、声が出た。

「なによ小宮くん、びっくりするじゃない」 「ごめん。でも、思いついちゃったんだ」 「何を?」

僕は、少しだけ間を置いて言った。

「絶対に検索されない本」

「え? その本の探し方?」 「違う違う」

女子四人は、ぽかんとした顔をしている。

「自分たちで書くんだよ。本を」

「……はっ?」

一瞬の沈黙のあと、即座に返ってきた。

「無理無理、絶対無理!」 「やるなら一人でやって!」 「行こ!」

「いいよ」

僕は、慌てずに続けた。

「でもさ、僕の作品を公開しなかったら、検索されることは絶対にない。

君たちも、それを読まないと感想書けないでしょ?」

「え……でも、小宮くん。本、書けるの?」 「まあ……書けない」

がっかりした空気が流れる。

でも、僕はそこで止まらなかった。

「あ、でもさ。みんなで少しずつ書けばよくない?」 「どうやって?」 「例えば、最初を小西が書く。次を君。順番に続けるんだよ」

「でたらめな本になるじゃん」 「感想も書けないよ」 「タイトルはどうするの?」

「書いた人が、読んでつければいい」

僕は肩をすくめた。

「感想も、でたらめでいい。

先生も知らない本なんだから、検証しようがない」

「……それを逆手に取るってこと?」 「そう」

最初は、小西と僕だけだった。

でも、構想を話しているうちに、気がつけば五人全員が輪に残っていた。

そして、くじ引き。

最初の一枚を引いたのは――

服部早苗だった。

「服部さんって、何か好きな本とかある?」

僕がそう聞くと、服部早苗は少し考え込むように天井を見上げた。

「うーん……本っていうか、スパイアニメだけど」 「うん」 「シークレットファミリー、かな」

その瞬間、僕は思わず机を叩いていた。

「それ、いいじゃん!」 「え、なに、急に」 「いや、めちゃくちゃいい。じゃあ、それで行こう」

きょとんとする早苗をよそに、僕の頭の中では勝手に話が走り始めていた。

「え、ちょっと待って。何が“それで行こう”なの?」 「物語の方向性。シークレットファミリー風で」 「風って、どのへんが?」 「雰囲気。家族がいて、秘密があって、ちょっと危険で、でも日常」

自分で言いながら、だんだん楽しくなってくる。

「それ、でたらめにならない?」 「最初から、でたらめな本なんだから問題ない」

そう言うと、早苗は一瞬だけ考えて、ふっと笑った。

「……まあ、確かに」

その流れで、僕はスマホを取り出した。

「じゃあ、LINE交換しよう」 「え?」 「書いてて行き詰まったら、次の人に送る用。グループ作るから」

画面を操作しながら続ける。

「グループ名は……『シークレットファミリー』でいいよな」 「そのまんまじゃん」 「分かりやすいほうがいい」

数分後、画面に通知が表示された。

〈グループ「シークレットファミリー」が作成されました〉

「はい、決まり」

そう言ってスマホをしまうと、早苗は少しだけ照れくさそうに笑った。

「なんかさ……」 「ん?」 「本当に本、書くことになるんだね」

その言葉に、僕は少しだけ胸が熱くなった。

「うん。でたらめだけど」 「でたらめでも、いいんだ」 「いいんだよ。どうせ、検索もできないし」

僕たちは、まだ知らなかった。

この軽いノリで始めた“でたらめな本”が、

それぞれの中に、思ってもみなかった物語を引き出すことになるなんて。

早苗は家に帰ると、靴も脱ぎきらないまま机に向かった。

バッグを放り出し、スマートフォンを机の端に置き、ノートパソコンを開く。

――よし。

深呼吸をひとつして、指をキーボードに乗せた。

スザンヌはスパイだった。

早苗は一行目を書き、思わず自分でうなずいた。

うん、悪くない。

いや、かなりいい。

当たり前だが、スパイはスパイだとバレてはいけない。

もちろん、両親にも内緒だ。

スザンヌの両親は、この国の公務員だった。

しかも二人そろって財務省勤めの官僚である。

私の任務は――

財務省の「お金が足りない」という理論を崩すこと。

……と、ここまで書いて、早苗は一度キーボードから指を離した。

(よく分からないけど)

両親はいつも言っている。

国の財政は逼迫している、予算がない、我慢が必要だ、と。

それを改心させろ、というのが兄二人からの命令だった。

うーん。

これをスパイと呼んでいいのだろうか。

兄たちは、私と違ってとても優秀だ。

長男は地方の会計係として働く公務員で、毎日「予算が足りない」と頭を抱えている。

次男は会社を経営しているが、「税金が高すぎる」が口癖だ。

両親は口をそろえて言う。

この国には金がない、と。

けれど兄たちは知っている。

本当は、この国には潤沢に金があることを。

それでも「ない、ない」と言い続け、

予算を削り、税金を上げ、国民に我慢を強いる。

わがイワン民主主義国は、あの大国にも引けを取らないはずなのに。

そうした意見の違いから、

兄二人と両親は、いつの間にか決定的に仲たがいしていた。

だから――

この私、スザンヌが送り込まれた。

両親に、自分たちの考えが間違っていることを分からせるための、スパイとして。

……やっぱり、何か違う気もする。

でもまあ。

「任務」がある、という点では、スパイっぽいか。

早苗は最後の一文を書き終えると、満足そうに画面を見つめた。

よし。

これで、あらかた分かっただろう。

早苗は、原稿をコピーし、グループLINEに貼り付ける。

送信。

《続き、よろしく》

すぐに、ピコピン、と軽い音が鳴った。

一斉に既読がつく。

しばらくして、恵里香から返信が来た。

《よく分からんけど、了解》

早苗は、思わず吹き出した。

(だよね。でも、それでいい)

何が正しくて、何がでたらめなのか。

もう、誰にも分からない。

物語は、今ここから、勝手に転がり始めるのだから。

早苗からメールを受け取った恵里香はすぐに気付いた。

両親の名前がないじゃない。

えーっと……父はリチャード、母はキャサリン。

うん、かっこいい。我ながらセンスがいい。はははっ。

父と母は、最近スザンヌの様子がおかしいことに気づいていた。

部屋の本棚には、財務省批判の本がずらりと並んでいる。

およそ、スザンヌが読むような本ではない。

「……兄たちだな」

父はすぐに察した。

どうせ、兄ふたりが何かしら吹き込んだのだろう。

賄賂か、洗脳か、あるいはその両方か。

――はははっ。スパイ活動、開始早々に終了である。

だが、スザンヌの抵抗は、意外にも多岐にわたっていた。

母に向かっては、 「税金が上がってるんだから、無駄な買い物は控えたほうがいいと思う」 などと言い出す。

父が飲んで帰ってくれば、 「国民を苦しめておいて、自分は飲み歩くんだ」 と、論点のよく分からない説教を始める。

理屈はめちゃくちゃだが、やっていることは間違っていなかった。

家の中で、財務省の役割をスザンヌが一手に引き受けていたのだ。

(そのうち、根を上げるはず)

スザンヌはそう踏んでいた。

「おもしろい」

グループLINEに、みんなの感想が届く。

「うちのパパも、物価も税金も高くてやっていけないってよく言ってる」 「そのせいで、バッグも買ってもらえなかったし」

心の声が、妙に現実的だった。

次は舞――白石舞の番だ。

原稿を送信する。

既読がつく。

「了解」

国家保安警察です。

スザンヌさん、スパイ容疑で逮捕です。

「逮捕してやった、ざまあみろ」

舞の心の声が、勝ち誇ったように叫ぶ。

「悪い人間は成敗されなければならないのよ。はははっ」

スザンヌが逮捕されたという知らせに、両親は大慌てだった。

すぐに警察へ向かい、事情を説明し、あっさり釈放。

「……すみません」

父と母は肩を落としながら言った。

「これからは、国にはお金があるって認めます」 「だから、買い物も……」 「飲みにも行かせてください……」

そして、なぜか裁判が開かれた。

舞の心の声が、またしても響く。

「将来、刑事を目指すためにもね」 「ここでひとつ、有罪判決を取っておかないと。はははっ」

だが、判決は意外にも穏健だった。

――両親は、二度と「国にはお金がない」と言わないこと。

――それを条件に、スザンヌと和解。

これにて一件落着。

舞は満足げに送信した。

「事件解決。めでたしめでたし」

……が、すぐにグループLINEが荒れた。

「え? 早くない?」 「まだ小西と小宮、残ってるんだけど……」

舞からの返信。

「良いじゃん。事件解決したし」

小西からのメッセージ。

「私が何とかする」

……こわい。

グループLINEは、笑いに包まれた。

小西ゆきは、スマホを握りしめたまま考え込んでいた。

(……強気なこと言っちゃったけど)

正直に言えば、何のアイデアも浮かんでいない。

早苗が世界観を作り、恵里香が辻褄を合わせ、

舞が警察を出動させて事件を終わらせてしまった。

――さて、私の番だ。

「……あっ」

頭の中で、電球が灯った。

(スザンヌはきっと、兄たちに褒められるよね)

スパイの任務が成功したなら、ご褒美があってもいい。

いや、あるべきだ。

(ご褒美、ご褒美……うふふ)

指が勝手に動き始めた。

「あーっ、気持ちいい〜……」

湯気の向こうで、スザンヌは目を細めた。

「日本、最高……!」

信じられない。

まさか本当に日本の温泉に入る日が来るなんて。

湯船の縁に頭を預けながら、スザンヌは兄たちとの約束を思い出していた。

『ねえねえ、スパイの成功報酬は?』

『お前、日本の温泉に行きたいって言ってたよな』

『えっ? まさか、連れて行ってくれるの?』

『プレゼントだ。安いものだよ。国民みんなが喜ぶことをしたんだから』

『やったー!』

――そうして私は、はるか遠い国、日本にやってきた。

湯に浸かりながら、スザンヌは空を見上げる。

(日本の冬は寒いって聞いてたけど……)

まだ秋らしい。でも、思った以上に冷える。

だからこそ、この温泉がたまらない。

「はぁ……」

明日は大阪。

その次は京都、横浜、東京。

(両親も連れてくればよかったかな)

でも今は、仲良しのマリアと一緒だし、日本は治安がいいらしい。

それに、さっき食べた博多ラーメンが驚くほどおいしかった。

「明日、大阪……楽しみだなぁ」

スザンヌは、湯気の中で小さく笑った。

――送信。

小西ゆきは、満足そうにスマホを伏せた。

数秒後。

《お前の願望か?(笑)》

小宮からの即ツッコミだった。

「悪かったわね」

すぐに打ち返す。

《それが小説でしょ。舞なんて警察の権力振りかざして逮捕してたじゃん》

ピコピン。

《侮辱罪で逮捕》

舞から、間髪入れずに返信が来る。

「むちゃくちゃすぎでしょ……」

グループLINEには、笑いのスタンプが次々と流れた。

その流れの中で、小西は最後に一言だけ送った。

《さて、小宮くん。どう締めるの?》

既読がつく。

……しかし、返事はない。

代わりに送られてきたのは、意味の分からないスタンプと――

どこか不気味な笑い声を思わせる一文だった。

《ヘヘヘ》

小西は、画面を見つめたまま肩をすくめる。

「……嫌な予感しかしないんだけど」

物語は、まだ終わらない。

「小宮くん。ねえ、小宮くん。」

誰かが肩を揺すった。

僕はゆっくりと目を開ける。

目の前にいたのは、小西ゆきだった。

「あっ……寝てしまった。」

僕は慌てて体を起こし、両手を合わせる。

「ごめん。すぐに最後を書くから。今日中には送るから、ちょっと待って。」

「……なにを?」

ゆきはきょとんとした顔をしている。

「なにをって、物語の最後だよ。」

「物語?」

ゆきは首をかしげた。

「なに寝ぼけてんの?ここ、図書室よ。」

僕は一瞬、言葉を失った。

「え……?じゃあ、早苗たちは?おまえの友達……」

「なに言ってるの?もう、意味わかんない。」

ゆきはそう言うと、肩をすくめて立ち上がった。

「じゃ、行くね。」

ゆきが去ったあと、僕はしばらく呆然と座っていた。

――あれ、

夢……だったのか?

いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

あまりにもリアルで、内容もはっきり覚えていた。

現実との境目が分からなかったほど。


「……はっ!」

僕は思い出したようにスマホを取り出す。

――グループLINE。

急いで画面を確認するが、

そこに「シークレットファミリー」というグループは存在しなかった。

「ああ……やっぱり、夢か。」

僕は深く息を吐き、机に突っ伏した。

でも、僕は顔を上げニヤリと笑った。

数日後。

感想文の提出日がやってきた。

「みんな、検索しても出てこない本、見つかったかな?」

先生は、いつものようにニヤニヤしながら教室を見回した。

当然、誰も手を挙げない――

はずだった。

ひとり、まっすぐに手を挙げている生徒がいた。

僕、小宮かずきだった。

「冗談だろ?」

教室がざわつく。

「そんな本、見つかるわけないよな?」

「先生。」

僕は立ち上がり、少し得意げに言った。

「ちゃんと感想文、書いてきました。」

小西ゆきは、不思議そうに首をかしげている。

僕は原稿用紙を手に、先生のところへ向かった。

そこには、びっしりと文字が埋め尽くされていた。

表紙には、こう書かれている。

『でたらめな本の正しい読み方』

先生は眉をひそめる。

「こんな本、あるわけないだろう?

でたらめな感想文じゃないのか?」

僕は落ち着いた声で答えた。

「じゃあ、先生。パソコンで検索してください。」

教室が静まり返る。

「出てこないはずですよ。

先生の言う通り、“検索しても出てこない本”の感想文を書いてきましたから。」

僕は胸を張り、席に戻った。

不思議そうにこちらを見るゆきに、

僕は小さくピースサインを送る。

そして、心の中でつぶやいた。

――これが、「でたらめな本の正しい読み方」さ。






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