9話 現実
夏休み明け。
久しぶりの学校にはバスで向かう。
いつもなら自転車で15分なのに、バスを使うと20分。
さらに5分も歩かなくてはいけない。
「おはよう正都。お前が入院してる間に文化祭の準備ほとんど終わちゃったよ」
「おはよう。ごめん、参加できなくて」
「まあいいよ。そんなことよりお前、受付に変わったから」
「は?」
「その足で教室の中は無理だろ」
「マジかよ……」
俺のクラスの出し物はお化け屋敷。
人と関わりたくないという理由で、目立たない空気砲役を勝ち取ったのに……最悪だ。
「松本は体育見学でいいよなー」
「まあなって言いたいけど、代わりにレポート提出あってそれはそれでだるいんだよね」
「あー、体育出席できてよかった!」
「手のひら返し早くね?」
教室に入ってまだ5分。
それだけで俺の平凡な生活は「あー、これだった」と体も頭も思い出した。
大して中身のない雑談。
女の子と関わることなんてありえない。
懐かしい冴えない男子高校生の日常生活が、今再開した。
火曜日。
30分のリハビリをこなし、会計受付をする。
しかし会計は15分以上待つと言われたので、先に面会受付をして彼女の部屋へ向かうことにした。
16時45分。
ナースステーションに顔を出せば「おかえりなさい」と言われるほど、すっかり常連になった。
俺はそっとドアを開け、眠る彼女の前を横切り椅子に座る。
そこには日記とかわいいメモ用紙、梅味の飴が置かれていた。
『学校おつかれさま!』
彼女らしい気遣いに、小さな笑いで体が揺れた。
『8月29日土曜日』- - - - - - - - - -
昨日はお母さんがシュークリーム買ってきてくれた!
↑
いいでしょー( ¯﹀¯ )ドヤ
しかもカスタードと生クリームが半々のやつ(*'ω'*)
正都くんは甘いのは好き?
それから学校はどうですか?
『9月1日火曜日』- - - - - - - - - -
俺も甘いもの好きだよ。
でも、エクレア派です\(^o^)/
学校は体育が見学でつまんない!
あとは2週間後に文化祭があるから、その準備をしてるよ☆
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滞在時間はたったの10分。
この10分が何よりもとても特別な10分間だった。
一方で学校生活はどうかというと、日記に書いた通り文化祭の準備でバタバタしている。
授業の合間の5分間は印刷したお札をハサミで切り、放課後は赤い手形をひたすら紙にスタンプ。
夏休みに参加できなかった分、できる限りの作業に参加した。
いや、強制されただけだけど。
金曜日。
リハビリを理由に、この日は放課後の作業を免除してもらえた。
机の上には、日記と梅味の飴。
『9月2日火曜日』- - - - - - - - - -
エクレアも捨てがたい(^^)
見学してるだけって暇だよね〜。
文化祭って本当にあるんだね!
漫画で見たことあるけど、まさしく青春ってやつだ(﹡ˆ﹀ˆ﹡)♡
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彼女が書いた文字はペンで縁取られていて、最近はイラストも少しずつ増えてきた。
驚くことに彼女の日記は、ノートを超えて俺の生活にも色を足し始めている。
生活の外側は変わっていないのに、俺の内側が少しずつ変わり始めているのがその証拠だ。
これは絶対に彼女のせいだと断言できる。
交換日記自体は、俺がとっさに思いついて提案したこと。
ただ俺は人生で日記が続いたことはないし、手紙に至っては書いたことすらない。
しかし彼女との日記は、既に1か月以上も続いている。
「マジでお前のせいだからな……。でもまあ、ありがと」
俺は独り言を部屋に置いて、滞在時間10分で退室。
彼女の部屋から一歩出れば、当たり前のように小テストや文化祭の準備でバタバタしている。
つまり、俺には俺の生活があるという彼女の考えが正しかったと証明された。
でも同時にリハビリをこなしながら日記も続けているから、両立できるということも証明できた。
「ただいま」
「おかえり」
「夜ご飯何?」
「カレー。あんたは時間かかるんだから先お風呂入っちゃいな」
「うん」
ギプスが外れサポーターになっても、松葉杖であることには変わりない。
ゆっくり湯船に浸かることもできないのに、服を脱いでから髪を乾かし終わるまですごく時間がかかる。
正直お風呂に入るのがめんどくさい。
彼女も似たようなものなんだろうか。
それでもなんとかお風呂を乗り越え、俺は夕食にたどり着いた。
「お父さん残念ね。正都の文化祭行きたがってたのに」
「いやいや高校生だよ?来なくてよかったよ」
「お母さんと2人でお化け屋敷に行くんだ!って息巻いてたのに。出張なんて運のない人ね」
「俺受付に変わっちゃったから、余計来ないで欲しかったし」
「正都、あんたつまんないこと言うのね。彼女がいるから恥ずかしいとか言ってくれてもいいのに」
「あー、カノジョイルカラハズカシイ」
「はいはい。でもさ、好きな子が本当にできたでしょ?」
「は?」
「なんか入院してから変わったよね。女の子から心配の連絡が来たりしたんじゃないの?」
「変わったのは……頭打ったからじゃない?」
「息子が性格変わるほど頭を打ってたら、さすがにお母さん困ります」
「ほんと、みんなすぐに恋愛にしたがるんだから」
「まあ恋じゃなくても、人が人で変わる時って結構わかるよ。少なくともあんたはそんな感じに見えるけどね」
「……さあ、どうだろうね」
確かに俺は、彼女に会って変わったのかもしれない。
でも積極的になったりわがままになったりする相手は彼女にだけで、それがなぜなのかは自分でもよくわからない。
学校生活は変わらないし、女の子の友達は相変わらずいない。
ただ1つ確かなことは、彼女といるとたくさんの感情が湧いてくるということだ。
文化祭1日目の土曜日。
「お、正都!お前の足はお化けにやられたのか?」
「健、もう聞き飽きた」
「人間とは恐ろしいものだよな」
「なんで今日はそんな厨二病チックなわけ?」
「俺のクラスが執事喫茶だからに決まってるだろ」
「執事と厨二病は関係ないだろ」
彼は幼稚園からずっと一緒の山一健、高校でも隣のクラスの腐れ縁だ。
なぜ高校まで同じなのかというと、単純に俺たちの家から学校が近いから。
断じて仲がいいからじゃない。
「関係ないことはないだろ。厨二病の執事ってモテそうじゃね?」
「いや、モテないよ」
「え、マジで?」
「っていうか何しに来たんだよ。お化け屋敷入るのか?」
「いやいや、入るわけないじゃん」
「なんでだよ」
「お前のクラス、ガチすぎて怖いんだよ」
廊下に貼り尽くされた赤い手形。
模造紙に絵の具を飛ばして血飛沫まで演出。
その隙間にお札をこれでもかというほど貼った。
大変だったけど、それに見合った素晴らしいものが完成した。
「そんなことよりさ、あとで軽音部のライブ見に行こうぜ!」
「あー、健の片想いね」
「おい!あんまり大きな声で言うんじゃねえよ」
彼は青春を謳歌している。
好きな女の子への熱意としつこさは引くほどすごい。
なんだかちょっと可哀想なので、受付を交代した俺は健と視聴覚室に向かってあげることにした。
「健さ、夏休みにアピールするって言ってたけど結果は?」
「いやデートに誘ったりしたんだけど……」
「けど?」
「……バイトが忙しいって」
「完全に脈なしじゃん」
「そんなこと言うなよ!今日のライブは彼女から声をかけてくれたんだぞ」
「ほんとかよ。健の妄想じゃね?」
「いやいや、お前に色恋の話がないからって僻まないでほしいね」
現在恋にかまけるこいつも、実は彼女と同じ1年1組の教室にいた。
俺たちは当たり前のように高校生になった。
でも彼女は病院から出ることもなく、あの部屋で眠っている。
もしも彼女が普通の高校生活を送ることができていたなら、部活に入ったり彼氏を作ったりしたのだろうか。
もしそうだとしたら、彼女は俺を普通でつまらない人間だと思うのだろうか。
恋に燃えたり、部活に打ち込んだりするわけでもない。
やりたいことも特にない。
勉強を頑張るわけでもない。
もしも彼女が同じ教室にいたとしたら、俺は彼女と友達になることはなかったと思う。
そんな自分の妄想に、胸がズキンと音立てた。




