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8話 わがまま

陽菜子は小学2年生程度の漢字までしか書けません。

だから彼女の書いた日記はひらがなだらけです。

しかしすべてひらがなにすると読みづらいので、8話からは漢字表記にしました。

頭の中で「ひらがななんだろうな」と思ってください!



 木曜日。

 彼女と会う最後の日。

 俺は明日、退院する。



「あ、正都くん」

「あれ?カーディガンとカバンは?」

「今日はお散歩なし!サプライズがあるの」



 いつも以上に楽しそうな彼女は、ドアを開けて早く早くと手招きをしている。



「今日は、最後のお菓子交換こでしょ?」 

「……うん」

「だからこれ!」

「何これ」



 渡されたのは細々としたお菓子の入ったポリ袋。


 

「遠足の時のおやつは300円までってあったじゃん?」

「あー、あったあった」

「でも今は物価?が上がってお菓子が高いんでしょ?」

「そうだね」

「だから500円分、お母さんに選んでもらったんだ」


 

 彼女の右手にも同じポリ袋。

 それをひっくり返して机の上に広げ始めた。


 俺は渡されたお菓子の袋を持ったまま動けなかった。


 どれくらい動けず時間が経ったのかはわからない。

 ずっとだった気もするし、一瞬だった気もする。

 

 ただ目の前の彼女が楽しそうだなとだけ思っていた。



 ――最後にちゃんとバイバイってお別れしたいんだ。

 


 ニコニコしている女の子を見つめていたら、あの日八の字眉で笑った彼女の声が頭の中で聞こえた。



「……あのさ、俺も広げていい?」

「もちろん!あ、でもこっからこっちが私のだから混ぜないでよ?」

「同じなんだからいいじゃん」

「お母さんはランダムにしたって言ってたよ」

「そうなの?じゃあこっち側が俺な」

「わかった。あ、でも正都くんのそのグミ欲しい」

「いいよ。じゃあそのラムネと交換な」



 多分ほとんどの高校生は、お菓子を買う時に予算なんて考えない。

 交換しようなんて言わなくてもだいたい許される。


 それでも彼女といると、そんな俺の中の普通の日常を忘れそうになる。


 まるでこの部屋では時間が行ったり来たりするような、特別な感覚。

 一方でこの部屋にいる時の自分こそが、本当の普通なんじゃないかと思うこともある。

 


「正都くん」

「ん?」

「私を友達にしてくれてありがとう」



 俺に向けられた静かで優しい声は、いつものじゃれた声とは違う。

 彼女は両手を絡め、俯きながらも微笑んでいる。

 

 

「正都くんとの時間が、人生で1番楽しかった」



 彼女と過ごしたこの1か月で、その本心だと俺にはもうわかる。

 


 初めての入院生活で知った。

 家では暗くて静かな夜の方が落ち着くのに、病院ではふいに不安になることがあるということ。

 1人でいることこそが気楽だと思っているけど、ふとした時に自分は独りなんだと感じるということ。


 俺は、普通というものを知ったかぶりしていたのかもしれないとも思った。

 


 彼女が壊した普通のおかげで、女の子と話すことが気を使うだけじゃないということを知った。

 彼女が普通でつまらないと思っていた俺を、少し特別にしてくれた。


 

「俺こそ、俺を友達にしてくれてありがとう」



 嘘じゃない。

 生きる意味ができたとか、人生が180度変わった……、なんて壮大なことは起きていない。

 ただ自分の中の普通という価値観がちょっと揺らいで、知らない世界が垣間見えただけ。


 それを彼女が教えてくれた。



 ――だから俺は、自分のわがままでこの関係を終わらせないことにした。


 


「あのさ、俺たち喧嘩してないよね?」 

「え?うん」

「実はさ、友達って1回なったらずっと友達なんだよ。知ってた?」

「……知らない」

「俺たちもう友達じゃん?」

「まあ、ね」

「だからさ、俺が退院しても俺たちは友達だと思うんだよね」

「そ、そうだね」

「そんで俺、リハビリでまだまだ病院に来るんだよね」

「それは……、大変だね

「だから俺、病院に来るんだ」

「えっと……?」

「俺はまだ病院に通うから、日記をやめる理由はないよね?」

「でも、入院してる間だけって話だったし。あ、その、心の中でも友達的な?」

「心の中でも友達だし、日記なら今の関係続けられると思うんだよね」

「……正都くんは高校生でしょ?」

「うん?」

「勉強は大変だって聞いたよ」

「ちょっとだけね」

「……退院したら今と違うと思う。学校も勉強もあって、学校には学校の友達がいるでしょ?」

「そうだけど」

「学校が終わってリハビリして、高校生って忙しいよ?」



 彼女の言っていることは正しいと思う。

 入院中はやることがなくて、時間が有り余ってた。

 でも学校が始まればテストもあるし、俺の友達は彼女1人だけじゃない。

 帰宅部の俺だってお出かけすることだってある。



「確かに、入院中ほど暇じゃないね」

「ほらやっぱり」

「でも、それは友達と会わなくなる理由にはならないと思うんだけど」



「――あのさ!私……、やっぱり無理って言われたくない」



 彼女がこぼした本音。

 彼女がずっと我慢してきたこと。

 でも、それを聞けたことはこの上ない光栄だ。



「それ、俺に言ってくれるんだ」

「え?」

「ありがとう。めっちゃ嬉しい」

「えっと……」

「俺と会いたいって思ってくれてるってことでしょ?」

「あの、それは……」

「じゃあ次の期限決める?」

「次の?」

「俺のリハビリが終わるまでなら。期限があれば急にじゃなくなるよ」

「……本気、なの?」

「うん。病院に来てリハビリだけなんてつまんないし。でも友達に会えるなら頑張れるかも」



 彼女は大きなため息をつき、八の字眉の笑顔を覆ったその手の隙間からこっちを見る目と目が合った。


 

「……また私の負けかな」

「じゃあ俺の勝ち?」

「うん、降参します」

「よし!ちなみに期限は来年の6月末まで延長ね」

「えー、喜ばせないでよ」



 ――コンコンッ。



「……はーい」

「陽菜子ちゃん?そろそろ時間だよ」

「はーい……」



 お菓子をしぶしぶ片付け始めた女の子は、むっとしながらも口角は上がっている。



「あーあ。でも今日で終わりじゃないんだもんね!」

「うん、火曜と金曜の週2で来るよ。だから次の火曜日に日記の上で待ち合わせな」

「体調悪い日とか予定がある時はいいからね」

「無理はしないって約束する。じゃあまたな」

「うん、またね!」



 翌日、俺はいろんな意味で無事に退院した。

 松葉杖ではあるものの、大部屋のベッドから自分の部屋のベッドに帰ってきた。


 彼女は今もあの部屋で眠っている。

 そんな眠り姫との話せることを、俺はすごく楽しみにしている。

 それがたとえ紙の上であっても、早く火曜日にならないかと思えるほど。



 でも残念ながら俺は高校生なので、まずは月曜日に学校へ行かなければならない。


 


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