6話 待ち合わせ
彼女と友達になれたという事実にふわふわしながら目覚めた朝。
午前中のリハビリを終えて部屋に戻ると、ご機嫌な母親が椅子に座って待っていた。
「お疲れ様」
「あー、うん」
「入院中に勉強するなんて偉いじゃん」
「は?」
「ほら、着替えと頼まれてたノート」
「大学ノート、か……。ありがとう」
「参考書も持ってきたよ。優しいお母さんに感謝しなさいよ」
「……ありがとうございます」
誤解されているようだが、この際なんでもいい。
もしも彼女が可愛いノートを想像していた場合は、あとで謝ろう。
静かになった病室で、心地よい揺れを生ぬるい手に乗せてボールペンを握る。
待ち合わせ場所は、紙の上。
緊張と少しの恥ずかしさを感じつつも、俺は日付を書くところから始めた。
『7月31日金曜日』- - - - - - - - - -
まずは俺と交換日記をしてくれてありがとう。
字は汚いけど、頑張って綺麗に書こうと思うので許してください(笑)
マンガを読むって言ってたけど、伊達の好きなマンガは何?
俺は流行りのやつを片っ端からぐるぐる読んでます。
そして今日の夜は選択食です。
俺はAの野菜炒めにしたけど、Bはシャケでした。
伊達は肉派?魚派?
明日(8月1日)は19時に部屋へ行きます。
- - - - - - - - - -
正直、言い回しも内容も不自然な気がする。
でも他に何を話したらいいのか全く浮かばない。
交換日記についてネットでたくさん調べた。
しかし1番知りたかった日記の終わせ方については、ほとんど見つからなかった。
毎回「またね」とか「正都より」で終わらせるのは変だろう。
悩みに悩み、10分かけて書けたのは大学ノートの4分の1ぐらいだろうか。
白黒なノートは、ネットで調べたカラフルにデコられたものとは程遠い。
だから万が一お願いされたら、その時考えようと思う。
それから彼女の希望通り普通に漢字を使い、ふりがなを振った。
これで勉強するらしい。
そうこうして、なんとか書け終えた。
さっそく昼食後、俺は日記をショルダーバッグに入れベッドを出た。
勝手に部屋に入るのは悪いかと思い、ナースステーションに一声を掛けた。
彼女が話を通してくれていたのか、返ってきたのは「どうぞ」の一言。
ドアを開けると、白い部屋のベッドに眠る彼女が目に入った。
女の子の部屋にいると意識してしまうと、罪悪感を感じるぐらいに俺は女の子慣れしていない。
だからバッグから日記を出すのに椅子を借りて、机の上にノートを置きすぐさま部屋を出た。
その日1日、日記の内容を思い出すたびに謎の羞恥心に襲われた。
入院2週間目に突入した土曜日。
19時1分。
時間ぴったりに行く勇気がなく、1分経ったことを確認してからエレベーターホールを出発した。
――コンコンッ
「どうぞ〜」
「失礼します」
「やっほー!」
「……その、お邪魔します」
「なんでよそよそしいの?」
「いや、改めてこう面と向かったら……恥ずかしくて」
「なんで?」
「いやー」
「あ、思春期だ!」
「えっと、うん……」
女の子と2人きりになるなんて、俺が普通に生活していたら絶対にありえないことだった。
つまり、彼女の言う通りだ。
「さっ、お散歩に行こ!」
俺にお構いなしな彼女は、カーディガンを羽織りトートバッグを持って準備万端だ。
「ちなみにどこまで行くの?」
「1階まで降りて、ぐるっとしてから帰ってくるの」
「了解」
「なんかさ、悪いことしてるみたいだね」
「そう?」
「いつもは気にしてなかったんだけど、廊下って薄暗いし静かだなって。だからなんかコソコソしてる感じがする」
「俺は消灯前でも危ないって何度も言ったろ」
「あはは、今気づいた。でも朝はもっと静かだよ」
「3時半だっけ?」
「そうそう。夏でもちょっと肌寒いかも」
「確かにカーディガンはあった方がいいかもね。半袖だと肌寒いかも」
「あ、でもこれ半袖っていうのかな?」
彼女はいそいそとカーディガンの袖を捲った。
「これって半袖?」
「それは8分丈かな」
「なにそれ、初めて聞いた」
「そんでお前、腕綺麗なんだな」
「ん?」
「点滴の跡ないんだなって思って」
入院してから何日間は、俺も点滴をしていた。
血管が見つからないとかなんとかで何度も刺し直し、今でもほんのりアザが残っている。
「あー、そういう意味ね!」
彼女は笑って胸元のボタンを外し始めた。
突然のハプニングに慌てて下を向く。
何せ両手は杖を掴んでいるため、顔を覆うことができなかった。
「おい!女の子がそんな」
「見て見て、って待って!?気持ち悪いかも!」
「大丈夫!?」
驚いて顔を上げると、彼女の鎖骨の下に五百円玉サイズのしこりのようなものが見えた。
「ごめん、気持ち悪いよね」
彼女は慌ててカーディガンで胸元を隠し、うつむいた。
「気持ち悪いって……、そういう意味?」
「へ?」
俺は安堵の深いため息が出た。
「俺はてっきりお前の具合が悪いのかと思って。体調が悪いわけじゃないんだな?」
「し、心配してくれたの!?」
「当たり前だろ。そもそもな、お前はいい加減自分が女の子だってことを自覚しろ」
「女の子?」
「男の前で普通にボタンを外すな。誰かに見られたらどうするんだよ」
「き、気持ち悪くないの?」
「お前も、見えたやつも別に気持ち悪くねえよ。それが何かはわかんないけど」
「その、ポートって言って、ここに針を刺してもらうから手は綺麗なの。採血の時は手だけど」
「それ痛いの?」
「痛くないよ。どのみち寝てる時にやるから痛いことはないけど」
「痛くないに越したことはないだろ」
「……正都くんってさ」
「何?」
「優しいね」
「は!?そんな恥ずかしいことを堂々と言うなよ」
何度でも言うが、俺は両手がふさがっている。
熱い顔を隠すことができない。
「だって……ほんとだもん」
「いいか?これが普通の高校生男子だ」
「女の子がなんとかとか、痛くないのかとか言われたことなかったし。気持ち悪いって言われるって思ってたから……」
「だってお前、俺以外に友達いないじゃん」
「あー、ダメだな〜……」
「え、マジでごめん!悪かった!そういう意味じゃ」
「わがままになっちゃいそう」
「ん?」
「あんまり優しくしないで……」
笑う彼女の眉が、だんだん八の字になっていく。
「いいじゃん」
「へ?」
「わがままぐらい言えばいいだろ。俺、別に困んないし」
「そんなのわかんないじゃん」
「じゃあ何か言ってみろよ」
「え、えっと……」
「ほら」
「月曜日……、カフェに行きたいです」
どんどん声が小さくなり、もじもじとカーディガンの裾をぎゅっと握っている。
そんな彼女に、俺は思わず吹き出した。
「な、なんで笑うの!やっぱり困った?」
「うん、困ったかも」
「やっぱり、そうだよね……」
「それってさ、テイクアウト?」
「うん、そのつもりだった……」
「それは伊達が持ってくれるの?」
「どういう意味?」
「俺の手見て?カップ持って歩けないんだよね」
「あっ……、困らせたね」
彼女はくすくすと笑いながら顔を覆い、指の隙間から見える目と俺の目があった。
「私が持つ、って言ったらどうかな?」
「わがまま言ってごめん、よろしく」
「あれ?なんか話変わってない?」
「いいのいいの。そんで結構いい時間だから、今日のところはもう解散にしようか」
「わ、わかった!」
ナースステーション前に戻ってきた俺たちは、時計を見て結構ゆっくり歩いていたことに気がついた。
「あ、ちなみに日記読んだ?」
「読んだ!」
「返事は?」
「ま、まだ……。その、緊張しちゃって」
「明日の午後部屋に行くからさ、返事は書けたら書いといて」
「絶対書くよ!」
「月曜はカフェ、行こうな」
「うん!」
「じゃ、またな」
「またね!」
スキップしながらナースステーションに入っていく彼女を見届けてから、俺はエレベーターに向かった。




