表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/18

4話 18度と3時間


 

 もう来ないと言った彼女と、顔を会わせないまま24時間が経った。

 しかし俺は彼女を忘れることができなかった。


  

 朝起きて、リハビリして、ご飯を食べて、寝る。

 漫画を読んで動画を見て、友達とくだらないメッセージを送り合う。


 彼女の存在以外は何も変わらないのに、たった10分の会話がないだけで1日がこんなにもつまらない。


 入院生活を送りながらも明るくふるまう彼女と、日常を退屈に生きる俺。

 彼女から目を逸らした俺と、ごめんと笑った彼女。



 住む世界が違う。

 


 ――でも



 19時15分。

 

 少しでも望みがあるならと諦められなかった俺は、ドアをノックした。

 

 

 ――コンコンッ



「はーい」



 聞きなれた明るい声。

 俺は松葉杖を握り直し、ドアを開けた。


  

「……正都くん」

「き、来ちゃった」

「来ちゃった……んだ」

「入ってもいい?」

「……ドア、閉めて」

「あ、ごめん」



 椅子の上で膝を抱えて座る彼女は、食べていたお菓子を机の上に置いた。



「――あのさ!」

 


 彼女を前にした俺は、自分でも驚くほど大きな声が出た。



「昨日、1日考えたんだけどさ」 

「もう1回ぐらい私のこと見ておこうかな……とか?」

「いや、そうじゃなくて」



「――それ以上言ったら私、期待しちゃうよ?」

 

 

 彼女は椅子からそっと足を降ろし、腕をぎゅっと握っている。

 その声は少し震えているのに、眉を八の字にして笑っていた。

 

 それから少しの沈黙が続いて、俺を見上げる彼女と目が合った。


 

「期待、していいよ」

「実はね、私友達いないんだ」 

「知ってる」

「1人もだよ?」

「知ってるよ」

「今なら私……、我慢できるよ」

 


 声を掛けられたのに、名前を聞くまで思い出すことのなかった女の子。 

 でももう今は彼女の顔を忘れることができない。


 これ以上踏み込むのは自己満足かもしれない。

 

 それでも彼女が俺の何かに期待してくれているなら……、もう1度彼女の笑った顔が見たかった。



「伊達は我慢してくれると思うんだけど。……でも、俺が我慢できなかったんだ」 

「へ?」

「俺さ、びっくりさせに来たんだけど」

「ふふっ、何それ」

「友達がいないって言うならさ」

「ん?」

「俺を友達にしてくれたりはしないかな……?」

「なんでそんなこと言うの?」

「あんなに何回も顔合わせたらさ、会わない方が変な感じするし。っていうか俺、楽しかったんだけど」

「……正都くんってさ、変わってるよね」

「俺も自分のこと変だって思ってる」

「自覚あるんだ」



 ゆっくりと大きく息をはいた彼女。

 椅子の上にあぐらをかき、頬杖をついて頭を抱えている。

 


「あのさ、お前ともう会えないとか嫌なんだけど」 

「それ本気で言ってる?」



 信じられないと笑いながら、俺を見上げる彼女の瞳が潤んでいる。


 だからダメ押しの一言を俺は口にした。

 

 

「会えない理由、教えてもらえないと納得できない……かも」

「でもさ、聞いたらびっくりしちゃうよ?」

「もう十分びっくりしたよ。……病気、聞く覚悟で来たんだ」


 

 彼女とまた会話できるなら、もしまた子どものように笑ってくれるなら……。


 いや、それだけじゃない。

 病気のことを含めて彼女のことを知りたいと思ってしまった。


 彼女は困り果てた様子で顔を覆い、うつむいたまま動かなくなった。

 静まり返った部屋に耐え切れず声をかけようかと思った時、彼女はナースコールを手に取った。



「伊達?」

「19時半まで。時間になったら帰って」

「わかった。だから教えててほしい」


 

 彼女は座りなよと椅子をポンポンと叩き、そこに俺は座った。

  


「あのさ、薄明って知ってる?」

「はく……、何?」

「かわたれ時とか黄昏時は?」

「明け方と夕方、だよね?」

「そうそう。薄明をきちんと説明するとね――」


 

 太陽が昇ったり沈んだりする時に起こる、暗闇と光の境目。

 明るさにグラデーションがかかる時間。

 難しいことはよくわからなかったけど、水平線からの角度が18度までの間の時間を薄明と呼んだりするらしい。



「実は私も、専門用語とか難しくてわかってないんだけどね」

「その薄明がなんなの?」

「それが私の病気なんだ」

「ど、どういうこと?」

 

 

「――私が起きていられるのは、薄明の時間だけなの」


 

「起きていられる?寝てたっていうのはそういうこと?」

「私は1日の大半を眠ってる」

「じゃ、じゃあどれくらい起きてられるの?」

「明け方と夕方にだいたい1時間半ずつかな」

「……それだけ?」

「知ってる?普通の人はね、1日に16時間も起きてるらしいよ」

「え?」

「私の時間はみんなのたった16分の3しかないんだ」

「……どうしたら治るの?」

「治んないよ」

「それは……」

「まだ病名もついてないんだ。私、世界で2人目なんだって」



 おかしいよね、なんて彼女はチョコレートを食べている。


 

 1日3時間。

 そのうえ3時間続けて起きてるわけじゃない。

 たった1時間半で何ができるのか……、俺にはわからない。


 重いと言った彼女。

 そんなこと言われなくたって、たくさんのコードと点滴を見たら想像つく。

 彼女が治らないと言った時、ずっと入院していると言った彼女の顔を思い出した。 


 でも、まさか病名すらないなんて想像できなかった。


 病と闘っていると勝手に勘違いしていた。

 目の前の女の子は、闘えすらしない。

 

 

「点滴はね、治療じゃなくて対処療法ってやつなんだ」 

「対処……どこが悪いの?」

「それがどこも悪くないんだよね」

「え?」

「血液検査も、脳波とか心電図とかいっぱい検査したの。でも、本当に寝てるだけなんだって」

「寝てるだけ……」

「問題はさ、ご飯食べる時間がないとかかな」

「ご飯?」

「ご飯食べるのって結構時間かかるんだよね。だから起きてる時間が短い私には、それが1番問題というか」

「そのお菓子は?」

「これは趣味かな」

「趣味?」

「どうせ点滴で栄養入れてるから、起きてる時間は好きなの食べたいというか」

「それは……そうだよね」



 ご飯を食べることにかかる時間なんて、考えたことがない。

 給食の時間は20分くらいだろうか。

 それくらい俺の意識していない時間を、彼女は選ばないといけない状況にあるとようやく理解した。

  


「しかもほとんどの時間を寝てるから、筋肉が落ちないように運動しなきゃいけないし」

「筋肉?」

「寝たきりになったら筋肉が無くなって、がりがりになっちゃうんだって。だから簡単なスクワット10回とか、つま先立ち。それと夜はちょっとだけ歩いてるんだ」

「だから夜に来たの?」

「うん。そのついで、ってだけじゃないんだけどね」

「あんなに早く帰るのは、病気のせい?」

「うん、時間がバラバラになったのもそう」

「忙しかった……んでしょ?」

「それはちょっと違うというか。だんだん日没が早くなっていくからさ、私の睡眠もそれに引っ張られるというか」

「季節によって時間が変わるの……?」

「陽が昇るのが早いとか、日中が短いとかそういうやつ。0から18度までなのは変わらないから、季節関係なく1時間半は起きてられるんだけどね」

「俺、入院しているし朝来れるよ」

「それは……困っちゃうな」

「あ、そんなに来たら困っちゃうよね」

「あのー、今は夏だから3時半に起きるんだよ?」

「それはまだ夜じゃん」

「夏は日が昇るの早いからね」 

「3時半に起きて1時間半……5時?」

「まあそんなもんかな」



 朝の3時に起きている人は、起きた人ではなく寝てない人だと思う。


 頑張って起きて、それが多分5時。

 でも俺が起きると同時に、彼女は眠りにつく。


 彼女の時間は短いだけじゃない。

 その時刻さえ選べなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ