21話 紡ぐ黄色
自分に正直になると決めた土曜日の朝。
お昼ご飯を食べた後、枯れない花束を買ってきた花瓶に飾った。
幸運を願って編んでもらった黄色いミサンガ。
俺はそれを結び付けて病院へと向かう。
5月29日土曜日19時。
バカなことをしているという自覚はある。
正直自分でも自分のわがままさにドン引きするぐらいだ。
――コンコンッ
「どうぞー」
「やっほー」
「な、なんで……」
「来ちゃった。あのさ……入ってもいい?」
「……いいよ」
八の字眉の女の子は、ベッドの上で交換日記を開いていた。
俺はその姿を見て、つい口角が上がってしまった。
「あのさ、急に来た人がする質問じゃないんだけど」
「何……?」
「今時間ある、かな?」
「……お散歩しながらでよければ」
「ありがとう」
「えっとカフェでも行く?」
「時間をもらえるならなんでも大丈夫」
「わかった」
ため息混じりに笑う彼女は、いつものカーディガンを羽織る。
沈黙が続く中、カフェで話す前に何を言うか悩んだ。
でも、答えが出る前に口をついた言葉は「ごめん」だった。
自分で言っておいて謝罪した意味はわからない。
勝手に来たことなのか、部屋を出てから黙っていたことなのか、はたまた情けない自分のことなのか。
彼女は「いいよ」と言った。
それは俺が来たことなのか、話しかけたことなのか、約束を破ったことなのか、全部になのか……。
「何、飲む?」
「えっと、私は……カフェラテにしようかな」
「ホット?アイス?」
「ほ、ホット」
「イートインでいいかな?」
「あ、うん。大丈夫……」
「じゃあちょっと先座って待ってて」
「え?いや、お金」
「俺が誘ったからさ」
「……わかった」
俺は並んでいる間、これから話すことを頭の中で何度も繰り返しシミュレーションした。
それからカフェラテを2つ受け取り、彼女の向かい側に座った。
「お待たせ」
「全然、待ってない……よ」
俺はかすかに震える指でカップを握るも、感じる温もりはかすか。
それでも覚悟を決め、細く長い息をゆっくりと吐き彼女のことを見た。
彼女は手をテーブルの下に隠し、俯いていた。
「伊達」
「……うん」
「俺さ、お前と友達をやめたくなくて必死なんだよね」
「私……、私は正都くんには正都くんの生活を大事にしてほしい」
「俺もそうしたいと思ってるよ」
「じゃあ」
「でもさ、もうここに来るのが俺の普通の生活だよ」
「それは」
「それにもう証明したじゃん」
「……何を?」
「1年近くこの生活続けたじゃん。お前はどうかわかんないけど、少なくとも俺は普通にできたよ。お前は交換日記大変だった?無理してた?」
「そ、そんなことないよ!」
「ならよかった。じゃあこれでお互い大丈夫って証明できたよね」
「でもさ……」
「俺、この話をしたら勝てるって思ったんだけどな」
俺は俺の普通を提示すれば、彼女は折れると思っていた。
しかし彼女は想像以上に粘っている。
それは彼女が俺との青春を楽しんでくれていたことの裏返しなんだと思ったら、申し訳ないがめちゃくちゃ嬉しかった。
そこで俺は用意してきた次の作戦を決行することにした。
「だって私、やっぱりって言われるのが怖いんだもん……」
「そこなんだけど、俺は素晴らしい折衷案となる期限を思いついたんだけど聞いてくれる?」
「え?うん」
「俺が高校卒業するまでっていうのはどう?そもそも高校生活を分けるって約束したじゃん」
「いや、それは流れでというか」
「まだ2年生だよ?俺の高校生活、全然終わってないんだけど」
「でも……」
「高校卒業したらさ、会わなくなったり会えなくなる友達もいるよ。少なくとも小学校も中学校もそうだった。だから卒業するまで……、ってダメかな?」
「……本当、なんでいつも私に期待させるのかな」
そこでようやく八の字眉の笑顔の女の子と目があった。
だから俺は用意してきた作戦のトドメに移り、ズボンの裾を捲って右足をテーブルの下から出した。
「それ……」
「知ってる?」
「何を?」
「ミサンガって、右足首につけると友情運が上がるんだって」
「友情運?」
「色だけじゃない。手なのか足なのか、右なのか左なのかで意味が変わるってネットで見た」
「そう、なんだ……」
「それがもし本当で、今俺の運が上がってたらどうする?」
「ど、どうって何?」
「黄色は幸運なんだろ?俺にとって今1番幸運なことは、お前がまだ友達でいてくれることなんだけど。しかも俺、今日誕生日なんだよね」
「正都くんは……バカだなぁ」
俺もそう思う。
こんなに必死で交換日記をしようと縋る高校生は、他にいないだろう。
でも彼女と出会う前の生活は今の俺にとって暇で退屈だとわかるのは、彼女がそれを教えてくれたから。
つまり、俺がこうなったのは不可抗力だ。
「どう?バカな男子高校生と交換日記を続けてくれる人、いたりしないかな?」
「また私の負けかー。私だって紙の上でお話したいに決まってるじゃん」
そこから俺たちは短い時間の中で話し合った。
結果、今までは週2で来ていたところを金曜日1日に変更。
その代わり、次の夏休みは顔を合わせて会おうということになった。
「金曜日、楽しみにしてる。ありがとな」
「私も楽しみにしてる」
「昨日、意地悪でまたなって言ったじゃん?」
「うん、意地悪だと思った」
「今日はちゃんと言ってもいい?」
「いいよ」
「またな」
「うん、またね!」
優しく笑った彼女をナースステーション前まで送り届けた俺は、エレベーターの中でガッツポーズをした。
それから生ぬるい空気の中、高鳴る胸でペダルを全力で漕いだ。
これが俺たちの決めた最後の期限。
俺はこれに納得しているし、これ以上延ばすつもりもない。
昨日の夜から彼女のもとに行くまでの間、真剣に考えた。
俺は家の近所の高校に通っているうえに帰宅部で、バイトもしていないから時間に余裕がある。
でも大学は近所じゃない可能性が高いし、忙しさは今の比じゃないだろう。
大人になって働きながら毎週病院に通うなんて、今の俺には想像もつかない。
彼女を中心に動けば、不可能ではないと思う。
でも、守れるかわからない約束を彼女は望んでいない。
それは俺も同じだ。
困難を乗り越えた週明けの月曜日の放課後。
今度は配られた進路希望調査票を前に、俺は将来について悩んでいた。
彼女と会うまでは、自分の頭で入れそうなその辺の大学に行くつもりだった。
というか何も考えていなかった。
なんでこんな紙を書かなきゃいけないのかとまで思っていた。
でも、今は時間の使い方について考えている。
ダラダラと時間を垂れ流すことは、彼女を含めた他人にも自分にも失礼だと考えが変わったからだ。
そしてこうも思っている。
友達の期限がやって来て会わなくなっても、巡り廻って彼女と繋がれるような未来を歩みたいと。
もちろんそう思ったところで、簡単に答えが見つかるわけじゃないけども。
しかしひとまず俺は望んでいた日常を手に入れた。
学校では健と陽仁と過ごし、金曜日は彼女と紙の上で雑談をする。
家では彼女と看護師さんに笑われないようテスト勉強をしながら、時々将来について考える。
そうやって時間を意識的に大切にしても、楽しい毎日が過ぎ去るのはあっという間だ。
6月に入ったら体育祭。
体育祭が終わるとすぐに定期テスト。
少し上がった成績を、彼女と彼女を通して看護師さんに自慢しているうちに夏休みがやってきた。
7月26日月曜日の19時15分。
肩まで髪が伸びた彼女と、俺が持ってきたコンビニのお土産のプリンを2人で食べている時にノートの話になった。
「もうあと3ページだし新しいの買わなきゃな」
「ねえねえ、次のノートは私が用意してもいい?」
「いいよ。この大学ノートも母親がてきとうに持ってきたやつだし、微妙だった?」
「ち、違うよ!私はただ」
「わかってるって。からかってごめん。次はどんなノートがいいの?」
「もう!次はミサンガと同じ黄色いノートがいいから、お星様柄にしようかな」
「いいね。カラフルなノートに見合ったやつがいいかもね」
「カラフルなのは私が書いたとこだけだよ。あ、そうだ!正都くんも2冊目は頑張ってデコってよ」
「いつか言われると思ってた。でも俺にはできる気がしないんだよな」
確かに俺の書いたところは、彼女のものと比べると寂しい。
顔文字が精一杯の俺がカラフルにする方法……。
「じゃあさ、俺はシール貼ろうかな」
「何それズルい!私もやりたい!」
「ズルくないだろ。別にお前も貼ればいいじゃん」
――ピピピピッピピピピッ。
「あーあ」
「じゃあ俺エレベーター前で日記書いてくるね」
「私もパジャマ着替えてトイレ行かないと」
「じゃあまたな」
「うん、またね」
夏休みは約束通り、月曜日と木曜日は直接会うことになった。
しかし会いに来たから日記を書かないっていうのがもったいないからと、入院していたときと同じシステムで動くことになった。
ちょっと違うのは、まず彼女が預けた日記を俺がナースステーションで受け取る。
日記を読んだ後に彼女の部屋に行き、時間になったら帰る前に日記を書く。
最後に日記をナースステーションに預けて帰る。
彼女の時間は俺の16分の3であることは変わらない。
でも紙の上で流れる時間は、俺も彼女も平等だった。
それがたまらなく嬉しかった。




