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2話 変



 朝の検温から始まった入院生活8日目。


 

 午前中に来る作業療法士。

 午後に来る理学療法士。

 病院食は意外と美味しいし、今のところ不満はない。


 夕方に母親が着替えやタオルなどを持って来てくれたが、思春期の男子が親と話すことはない。


「何かあったら連絡する」


 で終わった会話。


 あっという間に夜になり、夕食を食べ、ホットタオルで体を拭く。

 寝る準備万端の俺はベッドに寄りかかり、持ってきてもらった漫画の世界に浸っていた。

 

 しかし漫画のクライマックスに俺の胸が最高潮に高鳴った時、漫画が手から滑り落ちた。

 理由は、20時ちょうどに勢いよく開いたカーテン。

 大部屋にもかかわらず大きな声が出そうになり、ギリギリのところでなんとか抑えた。



「やっほー」

「っ!びっくりするだろ!」

「面会時間終わってるから静かに、ね?」

「ね?じゃねえよ。お前のせいじゃんか。そんでもって、なんでこんな変な時間に来るんだよ」

「この時間しかなかったんだもん」

「いやいや、せめて昼間にこいよ」

「それができなかったからしょうがないじゃん」



 プンプンと言いたげな顔で、床に落ちた漫画を机の上に置きベッドへ腰掛ける彼女。



「はー、もうわかったよ。っていうかここに来て平気なの?」

「大丈夫大丈夫、ちゃんとこっそり忍び込んだ」

「ダメじゃん。いや、そうじゃなくて」

「ん?」

「体、弱いんだろ?」

「これくらいなら全然平気!」

「それはなにより。病人には見えないしな」

「元気いっぱいだからね!そうだ、正都くんはいつから入院してるの?」

「1週間ぐらい前」

「その足、転んだの?」

「いや、交通事故」

「事故!?」

「飲酒運転の車が突っ込んできた」

「やばいじゃん!他は?足以外は?怪我してない?」

「見ての通り骨折したのは足だけだし、他は打撲」

「よかった。それにしても足ガチガチだね」

「複雑骨折で手術したから」

「痛いやつじゃん」

「痛いよ」

「じゃあベッドに住んでるんだ」

「まあね。でも昨日からコンビニまでなら行っていいって」

「だから売店にいたんだ」

「うん」

「入院生活は暇って言うけど、昨日は息抜きのおでかけだった?」

「多少ね。そんでお前も入院中だろ」

「私は忙しいもん」

「何してたら忙しくなんだよ。リハビリか?そんなにかかんないと思うけど」

「乙女にはやることがたくさんあるんです!」

「ッン!乙女って!」

「じゃあ陽菜子ちゃん帰りまーす」

「はい?」

「もう20時15分になっちゃうよ?帰らなきゃ!」

「帰らなきゃって、そっちが勝手に来たんですけど」

「じゃ!また来るねー」

「いや、またって……」


 

 俺の返事を聞くこともなく、10分足らずでカーテンを潜り一瞬で消えた彼女。


 忘れた頃にちょいちょいやってくるその姿は、学校に来なくなったあの頃と変わらない。


 また来ると言っていたけど、それは明日なのか、明後日なのか。

 だいたい何時に来るのか。

 俺がいなかったらどうするのだろうか。


 彼女はとても変わっているが、不思議なことにそんなに嫌じゃない。

 なんなら面白いとまで思っている。



 そのあとは消灯時間になり、イヤホンをつけて動画を見ているうちに寝落ち。


 入院してから何1つ変わらない朝。

 昨日と違うのは、親は来ないということ。

 もう1つ可能性を挙げるとしたら、あの変な女の子が部屋に来る可能性があること。


 そこでここが男4人のむさくるしい部屋で、女の子が軽々しく来るような部屋ではないということに気がついた。

 カーテンで仕切られてるし、病院という場所で何か起きるとは考えにくい。

 しかし彼女は元気には見えるものの、白くてか弱そうに見えた。背も150センチないんじゃないだろうか。

 この部屋に来るまでの時間も含め、何かあった時に無関心でいられるほど俺も図太い人間ではない。


 そんな心優しい俺の小さな鼓動を跳ね上げたのは、19時30分にひょっこりと現れた彼女。



「来ちゃった!」

「来ちゃったじゃないよ」

「え、ごめん。じゃあ帰ります」

「いやいや、そういうことでもないけど」

「ではおじゃましまーす」

「漫才か」

「初めての漫才!」

「いや、うん、もうなんでもいいや。そんでお前、今日はちょっと早かったな」

「暇で困っているだろう正都くんに、会いに来てあげました」

「頼んでないんだけど。そんなことよりお前の部屋、何号室?」

「内緒~」

「おい、ずるいぞ」

「黙秘します」

「いい加減にしてくれ。お前さ、女の子だろ」

「え、うん?」

「病院の中とはいえ、こんな時間に来たら危ないだろ」

「危ないかな?消灯前だよ?」

「いいや、危ないね!お前が暇なら俺が行ってやる。だから部屋教えろ」

「秘密なんだもーん」

「お前は自分が女の子だってことを自覚しろよ」

「そうじゃ、ないけど……。私の部屋はちょっと変わってるし、みんなをびっくりしちゃう特別な部屋だから秘密なの!」

「びっくりってなんだよ」

「びっくりはびっくり!それにその足、痛いし移動するの大変でしょ?」

「俺はもう松葉杖を使いこなしてるから別に」



 彼女の表情はコロコロ変わっていく。

 そんな彼女のペースに、俺は流されっぱなしだ。



「正都くんはずるいね」

「は、俺が?ずるいのはお前だろ」

「そんでもって面白い!」

「それもお前な」

「私が?そんなこと初めて言われた」

「面白いし変わってる」

「正都くんも変だよ?」 

「俺は普通だろ」

「はー、人と話すっていうのは楽しいね」

「お前の部屋には誰も来ないのか?」 

「お父さんとお母さんが日曜日に来るよ」

「友達とかは?」

「ずっと入院してるからいないよ」

「それは、なんかごめん」

「じゃあさ、もしも気分が乗ったら来てくれる?」

「え?」

「9701」

「お前の部屋番号?」

「うん」

「ちょっと離れてるな」

「あ、そうだよね。やっぱ遠いし、わざわざ来なくて大丈夫だよ」

「お前はわざわざ来てんじゃん」

「そうだけど。本当に絶対びっくりするから、できたらでいいからね」

「わかったわかった」

「あ、やばい!ごめん、私もう帰る!」

「はい?」

 


 今日も10分程で、彼女はバタバタと慌てて出て行った。

 暇じゃないというのは、本当かもしれない。

 

 再び1人になった俺は、消灯時間まで漫画の続きを読んだ。

 しかし面白くて変わってる彼女のことが、頭のどこかでずっとチラついている。

 

 会いに行くと思ったせいなのか、昨日とは違ってイヤホンを耳に突っ込んでも眠れない。

 ようやく寝ることができたのは日付を回ってからかなり後だった。

 おかげで眠気の残る朝を迎えた。

 

 リハビリから始まったすべての時間を、落ち着かないまま過ごすことになった俺が部屋を出たのは14時ちょうど。

 理由は面会時間が14時からだから。

 まあ面会時間終了の20時以降に彼女は来ているので、院内の人同士会うことは面会ではないかもしれないけど。


 夜とは異なりざわめく廊下をゆっくり松葉杖をついて歩いていると、体も気持ちも揺れてくる。 


 まず女の子の部屋に行くということへの緊張。

 次に、あんなに念押しされたのに行っていいのかという不安。

 そして彼女は俺に、本当は来てほしくないのではという心配。



 そうこう考えているうちに到着する……予定だった。



 歩いても歩いても、なかなか彼女の部屋に辿り着けない。

 まず、建物が違うせいでエレベーターを間違えた。

 1回目に乗ったエレベーターは彼女の棟には繋がっておらず、再び案内板と睨めっこ。



 ようやく彼女のいるフロアに辿り着いた時には、疲れから心のざわめきが消えかけていた。



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