19話 縁
この春休み、俺は彼女の瞳を見ることはなかった。
でもそんなに寂しくないのは、会話が途切れていないからだろう。
俺たちは週に2回、いつも通り日記の上で言葉を交わし続けた。
俺は主に学校のことを話した。
2年生に上がる時、クラス替えがあること。
文理選択という存在。
俺は理系を選択したこと。
彼女は食べ物の話が多かった。
紅茶のクッキーが好きになったこと。
新作のラテが美味しくなくて悲しかったこと。
久しぶりにお子様ランチを食べた感想は、エビフライにはタルタルソースが必須だということ。
くだらない話をする俺たちは普通の16歳。
そして俺は進級した。
クラス替えの結果、健と同じクラスになった。
彼との腐れ縁のせいで、俺はこの日から卒業まで退屈することはなかった。
一方で新しく可哀想な被害者が生まれた。
彼の名前は村田陽仁。
「松本」と「山一」という名字の間に挟まれてしまった可哀想な男。いや、幸運な男かもしれない。
春休み明け1日目から、健はさっそく俺との会話に陽仁を引きずり込んだ。
結果いつメンというものが誕生。
2人は陽キャと呼ばれる人たちで、すぐに意気投合した。
「いやー、彼女が可愛すぎる」
「確かに健の彼女可愛いよな」
俺と違い春休み中に変化があったのは、健。
無事佐藤さんとお付き合いすることになったそうだ。
しかし佐藤さんは別クラス。
「俺も文系選択にすればよかった」
そういうわけだ。
一方すっかりお馴染みの竹田さんは同じクラス。
2人が結ばれたことを、俺と同じ気持ちで喜んでいた。
順調な学校生活。
リハビリも好調。
充実した毎日。
ドアを開ける時、少しの高揚と緊張を感じる彼女の部屋。
椅子に座り日記を開くと、彼女の過ごした時間が俺の中に流れ込んでくる。
俺はそこに、俺の数日間を載せる。
俺が文字を書いて、彼女も文字を書く。
その繰り返し。
週にたった2回。滞在時間は10分程度。
でもこれが俺たちの普通。
俺たちの会話。
彼女はすごい。
学校生活は大して変わっていないのに、割と毎日楽しくなった。
もちろん健と陽仁のおかげでもある。
でも何よりも大きいのは、彼女に何の話をしようかと思うこと。
楽しいことも嫌だったことも、つまらなかったことでさえ青春になってしまったのだ。
2年生も順調。
そんな中ゴールデンウィークが明けた火曜日。
今週の金曜日に行く遠足のしおりが配られた。
クラスが大盛り上がりしたのはバスの座席決め。
まさかのくじ引き、それも男女混合である。
女の子とだったら気まずいなと思いながら引いたせいなのか、案の定女の子の隣になってしまった。
「なんだかんだ私たち、縁があるみたいだね」
「ほんとだね」
「多分これは被害者の縁だ」
そう、隣は竹田さんだった。
思わぬ幸運。
困難を乗り越えた放課後、今日は遠足の話をしようと思い病院に向かった。
いつも通り受付をして、いつも通りのリハビリ。
この後も、いつも通り彼女の部屋に向かう予定だった。
のに……
「松本くんは治りが早いから、前倒しで1ヶ月早くリハビリ卒業できるよ」
――俺が作った友達の期限が、予定よりも早くやってきてしまった。
「あの、最後の日はいつですか?」
「えーっと、5月28日だね。おめでとう!長かったけどよく頑張ったね」
「あ、ありがとうございます」
長かった通院生活へのピリオド。
目の前の期限に喜びや達成感など微塵もなかった。
しかしリハビリ室を出て面会受付をしている時も、ノックをしてドアを開けても、俺の気持ちは追いつかなかった。
彼女はいつもと変わらない。
胸につながる点滴と、カラフルなコード。モニターからする規則正しい音。
次の言い訳を考えればいい。
何か理由を見つければ、きっとこの関係は続くはず。
でも、もしそれを彼女が望んでいないとしたらどうだろうか。
終わりを決めたい彼女と、終わらせたくない俺。
それが現実だとしたら……。
結局この日、退院のことを書くことはできなかった。
『5月11日火曜日』- - - - - - - - - -
いちご狩りの目標は15粒( ̄^ ̄)ゞ
金曜日は遠足でリハビリも休みなので、次は18日の火曜日に来るね!
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まだ3週間はある。
今日言わなくてもいい。嘘をついているわけじゃない。
ただ勇気が出ないだけ。
もやもやしたまま迎えた遠足当日。
8時にジャージで学校集合。
バスの中ではイヤホンをして漫画と動画。
目的地に到着する前に寝落ちた俺は、竹田さんに起こされバスを降りた。
そこから歩くこと15分。
まず最初に田植え体験をするからと、靴と靴下を脱いで日陰に座らされた。
泥の中で転びかける陽仁と、佐藤さんを見かけて浮かれる健。
そして大半の時間を3人で道端に座り、喋って過ごした。
その後は道の駅の食堂で昼食。
御膳の中にはタルタルソースのかかった大きなエビフライ。
彼女が絶対に必要だと言ったタルタルソースのおいしさを、この時少しだけわかった気がした。
ご飯を食べたらいよいよメインのいちご狩り。
目標15粒と言ったけど、結局10粒でお腹いっぱい。
いちごは甘くて美味しかった。でも、それだけ。
最後は道の駅に戻り自由時間。
健と陽仁は、ソフトクリームを食べると言って行ってしまった。
俺が2人の誘いを断ったのは、ソフトクリームを食べている場合じゃなかったからだ。
悩みの種はもちろん彼女について。
「松本くん、お土産買うの?」
「竹田さん」
「お家用?」
「いや、友達に」
「それはコームをプレゼントした子?」
「よ、よくわかったね」
「松本くん顔に出てるもん」
「え、マジで?」
「うん。よかったらお手伝いしましょうか?」
「なんか、毎度すみません」
「いいよいいよ。ちなみに何を悩んでるの?」
「このゼリーを買おうと思ってるんだけど、4個と6個と8個のどれがいいかなって」
「その子は何人家族?」
「3人」
「んー、じゃあ4個でいいんじゃない?」
「やっぱり、そうだよね」
「別に6個でもいいかもしれないけどさ。もっと食べたかった!ぐらいかちょうどいいと思う」
「そうなの?」
「その方が次楽しみになるでしょ?女の子はそういうの好きだと思うし。まあ知らんけど」
「そう、か。そういう考え方もあるんだ」
「私はそうってだけだけど。そんなわけで私も4個入り買ってくから、またバスでね」
「うん、ありがとう」
竹田さんのおかげで無事お土産を買えた俺は、再びバスに揺られて学校に戻ってきた。
そして春休みに入る少し前に自転車の許可が降りた俺は、事故に遭う前と同じように15分かけて健と家に帰る。
帰宅後お土産を机の上に置き、疲れ切った体を大の字にしてベッドの上に倒れこむ。
俺の見かけは何も変わっていない。
帰宅部でバイトもしていない、勉強もそこそこな普通の男子高校生。
やりたいこともなければ、やりたくないこともさほどない。
恋をしたことはないし、恋愛に縁はない。
傍から見たらつまらない人間だと思う。
でも世の中の大半はそういう人ばかりで、それが一般人の日常。
健のような青春を謳歌している人の方が実は少ない。
本気でそう思っていた。
――今は違う。
たった1つ。
俺の生活に彼女という人生が交わって、俺の気持ちは変わってしまった。
病室に行って日記を書く。
話している内容はくだらないし、特別な話もしていない。
それだけだったのに、今は健と自分に大差ないと感じている。
俺と彼女は言葉を交わし縁が重なった。
しかし今、再び分岐点にいる。
リハビリが終わった先の未来を、自分で選択しなければならない。
――彼女と友達を続けるのか、きちんとお別れをするのか。




