10話 彼女の夢
胸の重みを少し感じながら見た、軽音部のライブ。
色恋に縁がない俺も、健とそれなりに楽しい文化祭を過ごした。
文化祭が終わった瞬間に部屋着となったクラスTシャツ。
彼女は文化祭を漫画の青春だと言っていたけど、そんな青春を送っていたのは友達だけだと言ったらガッカリするだろうか。
まあ何を思っても、月曜日を迎えればいつも通りの生活が始まる。
火曜日。
リハビリ後に面会受付を済ませ、ナースステーションに挨拶をして彼女の部屋に入る。
机の上には日記と、久しぶりのメモ用紙が置かれていた。
『文化祭おつかれさま!がんばった人には青春の星をあげます☆』
メモ用紙に添えられた小さな黄色い立体の星。
可愛らしいそれをありがたく頂戴し、潰れないよう制服のポケットに入れた。
『サンキュー/松本』
まるで子どものような彼女に、思わず口角が上がる。
しかし日記を開いた俺は、すぐさま大きなため息をつき頭を抱えることになった。
『9月12日土曜日』- - - - - - - - - -
文化祭はお祭りじゃー٩( 'ω' )و
↑
私は顔文字も(笑)も使いこなしています!
看護師さんに文化祭について聞いたら、
彼女と回るんじゃない?って言われた( '-^ )b
正都くんは彼女いるの?
言われてみたら恋愛って青春だよね!
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日記を読んだ感想は、余計なことを言いやがって。
彼女にとってお付き合いは漫画やドラマの話で、現実的にどういうことかはわかっていないかもしれない。
看護師さんに言われて、フィクションの世界と結びついただけなのかもしれない。
単なる青春への憧れに聞こえなくもない。
看護師さんがどこまで話したのかはわからないけど、問題なのは「彼女がいる人が他の女の人と親しくしない」という概念があるかどうかだ
それを勘違いして「会うのをやめよう」と言われることが1番困る。
そんな期限を、終わりを俺は望んでいない。
『9月15日火曜日』- - - - - - - - - -
彼女はいないし、女の子の友達も伊達しかいないんだな〜(笑)
文化祭は男友達の幼馴染と回ったよ(*'ω'*)
俺のクラスのお化け屋敷は大盛況でした:( 'ヮ' ):
それから青春の星ありがとう☆机の上に飾るね!
伊達が折ったの?
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これで俺に色恋のかけらもないことが伝わっただろうか。
会わないと言われるのも困るけど、これをきっかけに恋愛の話ばかりになるのも嫌だ。
万が一実際に好きな人ができた時はその時に考えるとして、今は彼女と普通のたわいもない会話がしたかった。
もしこれがきっかけで彼女との関係が変わったら、看護師さんにクレームを入れてやる。
そう思いながら病院を出た。
しかしこの事件は、あっさりと過ぎ去ることになる。
『9月16日水曜日』- - - - - - - - - -
私は男の子だけではなく、友達は正都くんだけです(笑)
↑
おそろい?
友達と文化祭ってザ青春だね o(≧▽≦)o
バンドといえば、こないだ青春音楽特集やってたよ♪
星は私が折ったの!
☆マスターである( ̄^ ̄ゞ
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看護師さんに残るモヤモヤと、まあいいかという気持ちがため息となって俺の口から漏れた。
そこから再び俺が望んでいたたわいもない話を始めた。
ただ、なんとなく俺は学校の話はあまりしなかった。
理由は彼女への配慮ではなく、彼女の思い描く青春を送っていないことに引け目を感じていたからだ。
しかし彼女は、少しずつ学校のことを聞いてくるようになった。
俺は幻滅されるのが怖かったけど、嘘をつくこともできなかった。
『9月30日水曜日』- - - - - - - - - -
やっと秋らしくなってきたね(ってテレビでやってた!)
もう外は涼しくなった?
今読んでる漫画に、期末テストが辛すぎると嘆く主人公が出てきました。
現実世界にも期末テストって存在するの(*'ࠔ'*)?
『10月2日金曜日』- - - - - - - - - -
陽が当たると暑いけど、朝晩は少し冷えてきたよ。
ちなみに来週定期テストです。
俺も友達も嘆いています( ToT )
↑
漫画は正しいです(笑)
高校のテストはクラスで何位とか、学年で何位とかまで出ます(泣)
『10月3日土曜日』- - - - - - - - - -
何番かもバレちゃうの?
嘆く理由がわかりました(笑)
何位だったか教えてね←絶対!
正都くんは勉強をして、大きくなったら何になるの?
夢はある?
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彼女の言葉に、ボールペンは俺の手から抜け落ちて床に転がった。
――夢
考えたことがないし、考えないようにしていたこと。
なんとなく大学に行って、とりあえず就職する。
恋愛をすることはないかもしれないけど、何をするわけもなく年老いていく。
俺は、漠然といわゆる普通のレールの上をなぞっていくと思っていた。
多分彼女は軽い気持ちで聞いたのだろうから、日記にてきとうなことを書いてもバレない……はず。
でも彼女の閉じた瞳を見ると、言葉を取り繕うことができなかった。
『10月6日火曜日』- - - - - - - - - -
順位教えるなら、もっとちゃんと勉強すればよかった(笑)
俺に夢はないし、将来について考えたこともないんだよね。
とりあえず大学に行こうとは思ってる。
伊達は夢とか何かしたいことあるの?
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俺は正直な事実を書き、同時に彼女のやりたいことを知りたくなった。
『10月7日水曜日』- - - - - - - - - -
偏見だけど、正都くんは頭が良さそうだから大丈夫だよ!
↑
人生で使ってみたかった言葉「偏見」(笑)
大学生って響きかっこいいし、いいと思う(^^)
私の夢は友達が欲しいことだったから、もう正都くんが叶えてくれた!
もう1つは絶対に叶わないけど、友達と普通のお出かけをしてみたいな。
ショッピングモールに憧れる( *¯ ³¯*)
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テスト終わりの金曜日。
彼女らしい回答だと思った。
同時に、軽い気持ちで聞いたことに自分の軽薄さを感じた。
俺はコードに気をつけながら、眠り姫の横まで歩いた。
「……俺も行きたい、かも」
紙に残す勇気がないから、俺は眠る彼女にそれを伝えた。
ずるいかもしれないが、思春期だから許して欲しい。
『10月9日金曜日』- - - - - - - - - -
俺は英語がとんちんかんだから、やばいかも(汗)
じゃあ頑張ってかっこいい大学生を目指すことにします(^^)v
俺の無理難題を聞いてくれて、俺を友達にしてくれてありがとう。
ちなみに友達とのショッピングモールといえばクレープ?
↑
伊達はチョコバナナが好きと予想した!正解?
それから俺はとうとう松葉杖が1本になりました!
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俺は彼女の夢について考えていたら、いつもより5分も長く部屋に滞在してしまった。
しかも軽率な考えが浮かんでしまった。
1時間半もあれば、ショッピングモールぐらい行けるのではないか、と。
ゆっくり買い物はできなくても、全く無理ではないんじゃないかと。
「あの、すいません」
「あら松本くん、気をつけて帰ってね」
「いや、あの……」
「どうかした?」
「……伊達さんは、ちょっとのお出かけもできないんですか?」
「うん。それはちょっと難しいかな」
「でも夜ならお店やってるし、1時間半あれば!」
「お出かけに行こうと思ったら、何をしなきゃいけないかわかる?」
「それは、その……」
「支度して、駅まで移動して、そこでようやくお店に着くのよ」
そこまで言われないと、俺はそんなことに気がつかなかった。
俺が入院している時だって、彼女と1時間半まるまる会えたことはない。
冷静に考えたらわかることなのに。
「それにもしそういう時間が解決したとしても。……残念だけど、病院からは出られないわ」
「どうして」
「彼女の病気は何もわかっていない。いつ何が起きるかわからない彼女を、病院の外に連れていくのはリスクが高すぎるのよ」
冷や水を浴びせられた心臓が、耳元でバクバクしていく。
彼女が言った「絶対に叶わない」という意味。
自分の浅はかさに頭痛がする。
一緒にお菓子を食べたり交換日記をしただけで、彼女のことをわかった気でいた。
……俺は何もわかっていなかった。
「申し訳ないけど、これからも彼女と友達でいるならわかって欲しい」
「……いや、あの、バカなことを言ってすみませんでした」
「松本くんと話すことが、日記が彼女の支えになっていることは間違いないわ」
「はい、ありがとうございます」
彼女と話すことも交換日記をすることも、支えになっているのは俺のほうだ。
自分が普通であることに疑問はなかったし、この生活に満足していた。
でも以前母親が言っていたように、入院前の俺とはもう違うのだろう。
彼女が俺に普通の中の面白いを教えてくれた。
だから、そのせいで、きっと俺は欲張りになってしまったんだ。
『10月10日土曜日』- - - - - - - - - -
私は英語を1つも書けないから、正都くんは大丈夫だと思うよ!
かっこいい大学生って何するんだろうね?
クレープ食べたいってよくわかったね!Σ(◉ω◉)
ちなみに正解ははいちごとバナナどっちものやつでしたʅ( ˙-˙ )ʃ
私の夢を看護師さんに話したでしょ!
内緒って言えばよかった(笑)
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でもちょっと嬉しかった(*´﹀`*)
それで新しい夢ができたから、何って聞いて?(笑)
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火曜日の16時半の病室。
相変わらずモニターの規則正しい音だけが響いている。
日記を読んだ俺は、思わず頬杖をついた。
そこにいるのは同い年の女の子。
しかし彼女の中に流れる時間は人より何周も遅れていて、心は高校1年生よりも遥か未来にいるのだろう。
ホワイトボードを見たから、彼女はあと40分程で目を覚ますとわかっている。
会おうと思えば全然会える時間。
会えるけど……。
彼女のことを知るには、少しずつ時間を重ねるしかない。
彼女のことを考えれば考えるほど、胸に少しずつ痛みが溜まっていく。




