1話 再会
9年ぶりに再会した元クラスメイトが、自分の人生を変える。
そんなことを誰が予想できただろうか。
高校生になってから交換日記を始める。
普通の男子は、そんなことを想像するわけがない。
冷房ガンガンな部屋でぬるくなった手。
丁寧に折り目をつけ、緊張の1ページ目を前に俺はボールペンを握った。
『8月30日土曜』- - - - - - - - - -
まずは俺と交換日記をしてくれてありがとう。
字は汚いけど、頑張って丁寧に書こうと思うので許してください(笑)
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自分でも拙いとわかる書き出しに、彼女もぎこちないと思うだろう。
でも、許してほしい。
彼女と出会うまでは静かに、普通に、平々凡々な生活を送っている高校1年生。
友達は狭く深く。女の子の友達は1人もいないと言い切ってもいい。
そんな俺の人生を変えたのは、夏休みに入ったばかりのある日。
きちんと点字ブロックよりも手前で、信号が青に変わるのを待っていた。
そこに飲酒運転の車が、ルールを守る真面目な俺を入院生活へと送ったのだ。
人生で初めての入院は、足を複雑骨折し即日手術。
麻酔が抜けて目が覚めた時、1番最初に思ったことは「暇な夏になるんだろうな」だった。
しかし翌日の午後にはリハビリ開始。
残った時間も漫画や動画、SNSという文明により退屈することはなかった。
現代っ子の入院生活7日目。
松葉杖で歩くのもお手の物。若いとはすばらしいものである。
そんな俺は振り子のように歩きながら、現在24時間営業の売店に向かっている。
先ほど行った病院内のコンビニが、19時に閉店してしまっていたせいだ。
夕食後のポテトチップスを楽しみにしていたのに、ウェットティッシュが無いと気づいたのは20時手前。
我慢できず15分かけてやってきた売店には、店員さんが1人のみ。
静まり返る店内で息をひそめ歩いていた俺は、すぐにウェットティッシュを発見。
しかしここで問題が発生した。
ウェットティッシュが置かれている場所に、杖を握る手がギリギリ届かない。
棚の向こう側にいる店員さんは、多分俺の存在にも気づいていないだろう。
面倒だがお願いしに行こうと杖を握りしめた時、突然後ろから声が聞こえて肩が跳ねた。
「あの、困ってますか?」
「え?」
「よかったら取りますしょうか」
「あ、ありがとうございます。そこのウェットティッシュ、取ってもらえますか?」
「これですか?」
「はい、助かりました。ありがとうございます」
指で受け取ったウェットティッシュを、人差し指と中指でつまむ。
しかし軽くお辞儀をして松葉杖に体重を乗せた時、再び俺の肩が跳ねた。
「――あの!」
大きな声に驚いて振り向くと、女の人が眉を八の字にして唇をかみしめている。
「な、なんですか?」
固まる女性にゆっくりと体を向けると、服を両手で握ったその人は蚊の鳴くような声で俺の名前を口にした。
「あの……人違いだったらすみません。正都くんですか?」
「はい、そうですけど……。え、誰?」
「伊達陽菜子です。覚えて、ないですよね……。すみません」
――伊達陽菜子
俺がその名前を知っている。
隣の席のその子は小学1年生の終わりが見えた頃、突然学校に来なくなった。
その子はとても足が速かったうえに、ドッジボールも強かったからよく覚えている。
しかし2年生になっても3年生になっても、学校に来ることはなかった。
彼女の席は、決まって窓側の1番後ろ。
名前はあるけど会うことはない。
気がつけば彼女がいないことすら、ゆっくりと忘れていった。
その後彼女のことを思い出したのは、中学校の入学式に1度だけ。
クラス表の同じ欄にある彼女の名前を見て、その存在に気がついた。
しかし彼女の顔を1度も見ることなく中学校を卒業した。
「えーっと、不登校の……。1年1組、だっけ?」
「お、覚えてるの!?」
「いや、覚えているというほど覚えてないけど。お前学校来てなかったし……あ、お前とか言ってごめん」
「そんなの全然!」
「っていうか、そっちも入院してんの?」
彼女はカーディガンを羽織っているが、その服装はパジャマ。
面会時間も終わっている。
「そういうことになるね!あ、とりあえずお会計行く?」
「あ、うん」
俺は今とても気まずいので、足早にレジへ向かう。
はるか昔の同級生で、しかも女の子。
お会計を済ませた俺は、すぐにでも部屋に戻りたかった。
しかし嬉しそうに話す彼女に、背中を向けることはできなかった。
「知ってる人に会えるなんて思ってなかったから、私びっくりしちゃった」
「まあ、俺も……。あのさ、お前ずっと入院してんの?」
「うん。でもそんなことよりさ、前みたいに陽菜子って呼んでよ」
「いやいや、女の子を呼び捨てできるわけないじゃん」
「そ、そうだよね!あ、私も……、正都くんの名字なんだっけ?」
「松本」
「じゃあ……松本くんって呼んだ方がいいかな」
「それは別にどっちでもいいけど……」
「じゃあ正都くんって呼ぶね。それで正都くんは骨折しちゃったの?」
「うん。お前は、なんか元気そうだな」
「まあね!でも意外と?体が弱いんだ」
ニコニコとしながらも落ち着きがない。
まるで小さな女の子のように体が揺れている。
「やばい!こんな時間だ!じゃあね!」
「あ、うん」
「ねぇ、ちょっと待って!正都くんの部屋番号は?」
「えっと、8112号室だけど」
「了解!バイバイ〜!」
「はい?」
一緒にいたのは多分10分ぐらい。
再会した女の子は体が弱いと思えないほど、嵐のように走り去った。
つかみどころのない彼女は、小学生のように元気いっぱい。
入院中には見えないという若干の違和感は感じたが、本人が言っているのだから体が弱いのだろう。
よくわからない女の子のことを考えても仕方ないので、俺はこの大部屋でいかに快適に過ごすかについて考えることにした。
というのも、怪我をしているとベッドの上では手が届かず不便だと初めて知った。
何と言ってもギプスで固定された右足が邪魔で、体が全然動かない。
ありとあらゆる日用品をベッド横につけた机の上に並べ、充電コードも落ちないように枕の下にきっちりと入れる。
ようやくポテトチップスを手に漫画を読み始めたが、あっという間に消灯時間の21時を迎えた。
こんな時間に寝るのは、小学生ぐらいだろう。
普段23時まで起きている高校生は、普通こんな時間に眠れない。
画面を最大限に暗くした携帯で、寝転びネットサーフィンをする夜。
SNSには、夏休みを謳歌している友達の写真が並んでいた。
怪我をしていなければ出かけたのかと言われると出かけはしないが、出かけられないとなるとモヤモヤする。
体を起こすと小さなため息が漏れ、それを水で流し込んだ。
可哀想な俺はあくびと共にベッドに沈み、天井を見上げた空っぽとなった頭にあの女の子がチラついた。
同じ教室にいたのはもう9年も前の話なのに、なぜ俺のことを覚えていたのかはわからない。
しかし俺はさっき会ったばかりの彼女の顔が、もう記憶の中から薄れ始めている。
教室で別れた彼女と出会ったけれど、こうして別れていく。
ここはとても大きな総合病院だし、もう会うことはないだろう。
――という俺の考えは甘かった。




