3.株式投資は博打ではない【長期投資のススメ】
大学三年生の秋に始めた就職活動の中で、私は銀行・金融業界はまるで研究をしなかった。この時にはまだ母の「金勘定は嫌い」という言葉に囚われていて、きっと私にもできないだろうと最初から決めてかかっていたからだ。
それだけではなく、就活中によく耳にした話に「証券会社はキツい」「内定をもらったら絶対に断れない」というものがあって(事実のほどは定かではない)、なんとなくの肌感覚として金融業界は志望度の高い人でなければ近づいちゃいけないんだなと感じていた。当時の私はマスコミ・エンタメ業界や社会インフラ業界への志望度が高かったので、つくづく金融業界とは縁がないなと思ったものだ。
今でも金融業界に転職しようとか、FPの資格を取ってみようといった気持ちにはならないのだが、就職活動時代から十五年以上が経った今頃になって、生涯かかわることはないだろうと思っていた投資の世界に足を踏み入れようとしているのだから、縁とは不思議なものである。なぜ私のもとにめぐってきたのだろう。
さて、投資と言えば株。そんな短絡的な考えしか持たなかった私だったが、学べばそうではないということが次第にわかり始めていく。
一口に「投資」と言っても、私の想像していた「株式投資」である個別株(主に上場企業の発行する株式)の売買はもちろん、証券取引のプロにお金を預けて運用してもらう投資信託や、不動産への投資、国債などの債券を購入するなど、その方法はさまざまあるようだ。じゃあなにがいいの? ということなのだが、これについては「資産を増やしたい」のか「資産を守りたい」のか、個々人のお財布事情によって選択が変わっていくというのが一般論らしい。
ここまでのことはネット上から拾い集めた知識だ。聡明な読者諸兄姉はご存じのとおり、ネットに落ちている情報というのは玉石混淆、なにが本当に大切なことかわからない。
そこで私は、証券会社に勤めている方が紹介していた本を読むことにした。何冊か候補があり、図書館で探して唯一見つけられたのが「バリュー投資の父」と呼ばれるプロの投資家・ベンジャミン・グレアム氏とジェイソン・ツバイク氏の共著『新 賢明なる投資家 割安株の見つけ方とバリュー投資を成功させる方法(上・下)』だったので、まずはこれを読んだ。上下巻合わせて九〇〇ページほどのボリュームだったが、書かれていることは単純だった。
「お金を確実に増やしたいなら、投資信託で運用をプロに任せること」
本の中で何度も出てきたフレーズであり、彼の出した結論だ。インデックスファンドへの投資こそ至高。長期投資こそ勝者の選択。それが彼の主張だった。
彼の言う「賢明なる投資家」になるためには、いわゆる「負ける株」に投資(投機)することのないよう、初心者はとにかくインデックスファンド(劇的にお金が増えるわけではないが、平均点を取りながら着実に資産を増やすことを目標とした投資信託)に投資してプロに運用してもらうのがいいとのことだった。ごもっとも。なにも知らないうちからいきなり個別株を買おうとしたって、いったいどれから買っていいのかがそもそもわからないのだから。
なるほど、投資信託ね。ここでようやく、私は「投信」という言葉の意味をはっきりと理解するのである。投資信託とはその名のとおり、投資を信託すること。自分のお金をプロのファンドマネージャーに預け、株や債券などさまざまな金融派生商品に投資をして運用してもらうことで、お金を預けた我々シロートはその成果を受け取る、という仕組みになっているわけだ。
投資先はファンドごとに異なっていて、新興国株を含む全世界株式がテリトリーのファンドや、500社の米国株式を扱うファンド(S&P500指数連動型)が昨今の流行で、運用実績も上々のようだ。先ほどちらっと触れたように、インデックスファンドは劇的にお金を増やすことを目的としておらず、リスクとコストを極力抑えながら何十年と時間をかけて資産を形成していくために利用する商品なので、リスクは低く、信託報酬などの投資コストも〇.一パーセント前後と比較的安い。その一方で、一気にお金持ちになりたい人には少々じれったい手段ではあって、そういう人向けの、高リスク、高コストでも当たればデカいというタイプのファンドもしっかりと準備されているという。なんというか、抜け目ない。
先述の本の著者であるベンジャミン・グレアム氏は、こうしてインデックスファンドに投資することこそすべての投資家のあるべき姿だと説いている。彼は長期投資を強く勧めていて、短期的な売買差益で稼ぐやり方は「投機」であると一蹴する。
この時私はまた一つ知識を増やした。「投機」と「投資」の違いについてだ。
「投資」は株式そのものの価値、ひいてはその企業の価値の上昇を見込んで株を購入し、長期で保有することで株価上昇分の恩恵や配当金 (インカムゲイン)を受け取ること。「投機」は先に述べたとおり、短期的な売買差益 (キャピタルゲイン)を狙って株を購入することであり、その企業がどんな企業であるか、どれだけの価値があるかという点には着目していない。また、株価の上下は確実な予測が不可能であるため、「投機」はいわばゼロサムゲーム、大勝するか大敗するかの賭け事であるとグレアム氏は説き、「賢明なやり方ではない」と主張した。株式投資は博打ではないのだ、と。
私はこの本を読んで大変感銘を受けた。私が持っていた株式投資に対するイメージは、まさにグレアム氏が否定する投機的な手法、すなわちデイトレードそのものだったからだ。
驚いた。株というのは、一度買ったら恩恵を受けられる日まで長く保有し続けるものだったとは。
そして同時に思ったのだ。
デイトレードは難しいけれど、長期の投資信託なら私にもできそうだ、と。
その日のうちに、私は証券口座とNISA口座の開設手続きを取った。思い立ったら即行動、である。抜本的に投資に対するイメージを覆された私は、いよいよ母の言葉の呪縛から解き放たれるための第一歩を踏み出した。
手続きは申し込みから二週間ほどで滞りなく整い、さっそく投資信託の商品選びを開始した。
スーパーの食品売り場のごとく、投資信託も各証券会社の運営するファンドがずらりと軒を連ねていた。証券会社ごとに多少の差はあるだろうけれど、基本的に投資信託は購入時には手数料がかからないものが多いようだ。その代わり、信託報酬という形で手数料を取られる。預けたお金を運用するにあたってのコストだけがかかる仕組みになっているということだ。
ここからは、スーパーでの買い物と同じである。コストのできるだけ低いもの、かつ、他の商品と比較した時の運用成績がよい良いものを選べばいい。青いバナナを青いまま食べなければならないようなファンドを選択しないように、口コミや運用実績をくまなく調べ、私は今年一年間はまずこのファンドで運用してみようという商品を四つに絞った。
①全世界株式
まずはこれである。インデックスファンドの代表格であり、投資信託はこれ一本でいいとおっしゃる方もいらっしゃるくらい、信頼と実績を積み重ねているファンドだ。日本を含む先進国だけでなく、新興国の株式にも投資をして運用し、利益を上げていくことを目標としている。ちなみに全世界株式のことを「オルカン(オール・カントリー)」と呼ぶことがあり、これは三菱UFJアセットマネジメントという証券会社の販売している商品名なのだが、今は「オルカン」と言えば全世界株式のことを指すというのが一般的な解釈となっているようだ。なのでこの先「オルカン」と表記する場合は全世界株式のことだと思って読み進めていただけると幸甚である。
話は戻って、外国株式を含むインデックスファンドの選択肢として、米国株式(S&P500)ファンドも運用成績や人気が高かったため運用先候補としてかなり迷った。しかし、アメリカという国をよく知らないままアメリカ一国にすべてを託す勇気が私にはなく、結局はオルカンでの積み立てに落ちついた。
とはいえ、オルカンの構成銘柄も六割は米国企業が占めているのが現状で、どちらにせよアメリカの出来次第、米国偏重の資産運用になることは覚悟の上だ。この投信では、今のところつみたてNISA枠で毎月二千円を積み立てていく。来年の五月以降、息子の学童クラブ費がかからなくなる予定なので、一部を積み立てに回すことも検討している。
なお、この記事を書いている時点での運用実績はプラス一パーセント。同じ金額を預金口座に寝かせていたらこうはならなかったと思うと、微々たる金額でも増えていることをひときわ嬉しく感じてしまう。
②国内株式(TOPIX連動型)
日本に住んでいるのだから、日本の企業にやっぱりがんばってほしいよね、という観点と、米国偏重投資の解消に一役買ってもらおうという目論見から、このファンドでも積み立て投資をすることにした。TOPIX(東証株価指数)は「東証一部に上場している銘柄(企業)の時価総額合計を指数化したもの」らしいのだが、私はざっくりと、上場企業全体の株価の変動をポイントにして現したものととらえている。
一方で、こちらのほうがニュースでよく聞く「日経平均株価」という値は、日本経済新聞社が選定した二二五銘柄の株価の平均値だそうだ。恥ずかしながら、この歳になってはじめて日経平均という言葉の意味を正しく理解した。
二二五社の情報というのだから、およそ二千社で構成されるTOPIXよりも銘柄数が少なく、着眼点も時価総額ではなく株価そのもののため、TOPIXが時価総額の大きな企業の株価変動に左右される値であるのに対し、日経平均は「値がさ株」と呼ばれる一株の価格が高い株の値動きに左右される値になっている。二つの数字は、計算方法も分母も違うのだ。
ここまでのことを理解した上で投資信託の話に戻る。国内株式に特化した投資信託には私が選んだTOPIX連動型のものと、日経平均連動型のものとがあって、これもまた①の「オルカンかS&Pか」といった具合に「日経平均かTOPIXか」という選択に迫られた。答えも①と同じく、二二五銘柄に絞るよりも、東証一部全体に分散して投資してもらおうと考え、私はTOPIX連動型の商品を選んだ。
こちらは毎月千円から始めてみたが、二千円に増やそうかなと考えている。というのも、こちらも①と同じくプラス〇.一パーセントでのスタートを切ることができ、怖がらずにNISAを始めてよかったなと思えているからだ。
幼い頃から貯金は苦手だったけれど、こうして日々目に見えてお金が増えていくと俄然楽しくなってくる。人間とは実に単純な生き物で、だからこそ目の前に転がるおいしい話に飛びつかないよう、詐欺の被害者にならないよう注意しなければならないのだが、それはそれとして、苦手を得意に変えられるかもしれないと思うとワクワクするのは誰もが同じだろうと思う。積み立て投資は毎日金額を確認する必要はないと言われるけれど、始めたばかりということもあり、勉強も兼ねて毎晩アプリを開いてはその日の増減を確認するようにしている。いつか株価の大暴落に見舞われたとしても、明るい未来を信じて根気よく続けていきたい。
③8資産均等型バランスファンド
正直、このファンドをオススメしているYouTuberさんを私は知らない。オススメしないと断言していた方もいらっしゃった。
しかし、このタイプのファンドは京都銀行の投信ご担当者様が執筆されたコラムでオルカンとの組み合わせ先としてオススメされていた。なるほどなと思うところが私にはあったので、とりあえずこの一年間、毎月千円を積み立てていく計画で動き始めた。
私の買ったファンドの8資産とは、①先進国株式②国内株式③新興国株式④先進国債券⑤国内債券⑥新興国債券⑦米国REIT(不動産投資信託)⑧国内REITの八つの投資先を指している。これらに資産を分散して運用を行い、利益を得るのが目的のファンドということだ。信託報酬を含むコストはオルカンや国内株式ファンドと同水準で、しかし投資先が株式だけではないというところに大きな違いがある。
京都銀行さんのコラムによると、株式投資が「資産を増やす」目的であるのに対し、債券投資は「資産を守る」ための投資であるとのことだった。先述した本でも、著者のグレアム氏は「株式だけに投資をするのではなく、債券にも投資することが重要」と記していた。理由としては、一般的に株式と債券は逆相関の関係にあるから、ということらしい。株価が下がれば債券は値上がりする、といった具合だそう。
つまるところ、債券への投資は株式投資に対するリスクヘッジ手段になり得るのだ。株価が下がって含み損をかかえる一方で、債券の値段が上がれば資産が増え、株での損が帳消しになるかもしれない、というのである(あくまで可能性の話であって、そううまくはいかないものなのかもしれないが)。
株式のことはよく知らなかったけれど、債券のことは実は少しだけ知識を持っていた。債券とは、たとえば国債なら国が発行する借金の借用証書みたいなもので、借りる先は投資家だ。投資家が国債を購入した代金が国に入り、国はそのお金で政策を実行する。一方でお金を貸した投資家は、時期が来ればそのお金に利子を乗せて返してもらえる。銀行の普通預金口座に一定期間お金を預けると利子がつくのと同じことで、一般的な金銭消費貸借契約となんら変わらない。ただし、債券の利子は普通預金よりずっと利回りがいい。たとえば普通預金の利率が〇.二パーセントのところ、国債は一.二パーセント、といったイメージだ。
だったら個人向け国債を買えばいいじゃない、という考え方ももちろんできるが、国債の購入で得られる利子は、普通預金の利息と同じく課税対象だ。せっかくNISAという非課税制度を利用しているのだから、それじゃあなんかもったいなくない? という心理が働き、私は投資信託で債券にも投資する道を選んだ。利息への課税と信託報酬のどちらが割高か、と考えるのはひとまずまたの機会にしようと思っている。今はとにかく、投資の経験を積むことを優先したい。
債券に投資したいなら債券特化のインデックスファンドにしたら、という声も聞こえてきそうだが、私もそう考えなかったわけではなかった。けれど、この疑問に対する回答は単純で、信託報酬の差でバランスファンドを選択した、というだけの話だ。
あとは、REIT(不動産投資)が含まれていた点も買った理由の一つだった。不動産投資についてはまだ一つも勉強していないのだけれど、どの投資家さんも口を揃えておっしゃる「リスクは分散せよ」という言葉に倣い、どうせなら八方向に分散しちゃえ、と考えた。余談だが、この「リスクは分散せよ」というフレーズに触れるたび、推理小説のトリックでよく使われる手法の一つである「困難は分割せよ」と同じだよなぁ、と思ってしまう私である。バラバラ死体をゴロゴロ並べて喜んでいるみたいで、なんとなく不穏。は?
ちなみに運用益について記しておくと、現時点でプラス〇.四パーセント。多くのリターンを期待できないとはいえ、プラスになるならなんでも嬉しい。しばらく様子を見る価値はありそうだと感じた。
④ハイリスク・ハイリターン型インデックスファンド
これに関しては、詳細を話してしまうと投資先がバレてしまうのでできれば言及は避けたいところだが(この時点でもはやバレているのではないかと思うが)、一言で言うと、先に挙げた三つのファンドが「守り」であるなら、このファンドは「攻め」の姿勢で選んだやや尖ったファンドだ。毎月千円、資産を増やす増やさないはともかく、単純に私の好みと冒険心だけで投資をしている。ちょっと危ないよね。わかる。私もそう思っているから。
とはいえ、なにごとも経験、失敗は成功の母である。トライ&エラーの精神で、少額ではあるけれどもチャレンジ枠として積み立てを開始した。
結果として、こいつだけは現時点でマイナスをたたいている。信託報酬も先述のファンドと比べて高額なのでさらに痛い。
だが、少額だから問題ない。多少のリスクは取らなければ大きなリターンは得られないのだ。気長にプラスへ転じる時を待ちたいと思う。
以上四つの投資信託で、合計投資額は毎月五千円。私の投資生活はここからスタートした。現時点ではこの金額を捻出するだけで精いっぱいと考えた。だいたい毎月、私はこのくらいの額を無駄なものに使っている。出費先は出番の少ない服であることが多い。お恥ずかしい限りだ。
投資で一番怖いのは、生活が苦しくなるほどの金額を突っ込んだり、最悪の場合借金までして株を買ったりするようになってしまうことだ。身近に株をやっている人はいないけれど、借金をくり返してしまう人なら知っている。元夫も、ギャンブルこそしないもののどちらかというとそのクチだった。欲しいもののために見境なくお金を使い、いつの間にか資金が尽きているタイプ。彼はバイクとお酒が大好きな人だった。タバコも金食い虫だった。
元夫が近くにいたからこそ、私はああならないよう気をつけようと思えていた。じゃあおまえも無駄づかいするなよ、と読者諸兄姉は思われたことと察するが、それはまた別のお話なのである。
私の手もとにお金が残るのは、残したくて残しているわけではなく、少ないお給料で息子を育てていくために削れるところをとことん削った節約生活を送っているからであって、私が余ったお金でつい無駄遣いをしてしまうのはその反動なのだ。私の名誉のために断っておくけれど、私は必要経費に手をつけたことは一度もない。元夫はそれができない人だった。私たちの離婚原因はその一点に尽きた。
わかっている。こんなものはただの言い訳だ。いくら余ったお金だからって、無駄づかいはしないほうがいいに決まっている。
でも、ちょっとくらい贅沢したっていいじゃない。息子ばっかり好きなお菓子を買ってもらえるなんてズルいじゃない。私たち両親のせいでさみしい想いをさせていることについては全力で謝るけれど。
とはいえ、もうその贅沢をするのもやめにしたのだ。これからは、余ったお金(余る予定のお金)を活用し、家族のために少しずつ増やしていくことに注力する。
インデックスファンドでの投資で資産増額を目指すには十年以上の時間をかける必要があるけれど、長い目で見れば増えることが期待できるのだから、続ける以外に選択肢はないだろう。マイナスになる年があったとしても、いい結果を信じてコツコツ積み立てていきたいと思っている。
私にとって投資をする目的は、浪費癖を直し、貯金のできる人間になること。
貯金はともかく、浪費癖だけは絶対に直したい。いつまでもお金のない大人でいたくない。
息子のためにも、がんばりたいと思う。私ががんばっている姿を息子にも見てもらいたいし、いつか息子にお金のことを教えてあげられるくらい知識をつけて、一緒に資産形成をしていけたら、それはとても素敵なことだ。
振り返れば三十年強の人生、貧乏がスタンダードだったけれど、少しでも変われればいいなと思う。
せっかく投資という選択肢に出会えたのだから、これを機に変わりたい。お金に余裕のある人生を送りたい。
そのためにも、まずは一年、つみたて投資をやりきってみる。それができたら、この先もずっと続けていくことができるはずだ。
一年後、このエッセイで私がどんな言葉を綴っているか、ぜひ見届けていただければと思う。書く時間が取れる限り、この場所で投資結果を報告していく予定だ。
そうこうしているうちに、一月が半分を過ぎた。
投資信託の仕組みがわかり始めたというところで、次に考えるようになったのは個別株への投資だった。




