2.投資を始めようと思ったきっかけ【財形とは? 資産形成とは?】
人が動くきっかけの多くは、他者からの影響なのではないかと私は思う。
たとえば京都という街を知らない人が、ある日突然「そうだ、京都へ行こう」という心理にはならないだろう。京都が魅力的な観光スポットであると知っているから行きたくなるのであって、京都が魅力的な観光スポットであることを知るためには誰かが積極的に「京都は魅力的な観光スポットですよ」と発信している情報に、たとえ受動的であっても触れなければならない。京都という街の存在を生まれた時から知っている人はいないのだ。親から受ける言葉の中に出てきたり、教育を受ける過程で知ったりと人それぞれ京都という都市にはじめて触れるタイミングは違えど、それが人間の営みによって訪れる時間であることに変わりはない。人は、人によって動かされるようにできている。
私が投資に興味を持ったのもまた、職場の先輩との会話がきっかけだった。
私は地方の機械部品メーカーで営業事務の仕事をしているのだが、昨年末、別部署の先輩からこんな質問を受けた。
「財形ってさ、七年の満期が来てお金が戻ってきたその後ってどうなってんの?」
財形? 満期?
そんなもん、営業事務の私に聞くなよ。本当はそう言い返してやりたかったが、主担当が営業事務とはいえ所属が総務部である以上、同じ会社で働く社員は私のお客様だ。無下に扱うわけにはいかなかった。
本来であればお金のことは経理担当者が回答するのが筋である。しかし幸か不幸か、その日たまたま経理担当者が終日不在だった。「今日、Mさんがお休みなんですよね」と私はその先輩に、私に聞かれてもわからんぞとやんわり伝えたのだが、先輩は私を引き留めて「結局、俺のお金って増えてるのかな」とその話をやめなかった。「俺のお金って運用されてるの?」と。
つまり彼は、早急に明確な回答を得たかったのだ。彼は資産運用に対しとても前向きで、ただお金を貯め込んでおくのがもったいないと考える人だった。
結果として、それが私の投資意欲に火を付けることにつながった。経理担当者不在という状況もあって、彼の問いに私が調べて答えることになったからだ。
なんの知識も持たなかった私は、ひとまず直属の上司である総務部長に相談した。財形の満期が来たあとのことを教えてください。純粋にそう尋ねただけだったのに、これがまたおもしろい(と言っていいか絶妙なラインだが)対応をされた。「そんなもん、就業時間内に聞いてくれるな」とあっさり突き返されてしまったのだ。
その場では「はい、わかりました」と素直に引き下がった私だったが、そりゃあないだろ、というのが正直な想いだった。だって、財形って会社で取り入れてる制度でしょ。それなら時間内に対応するのが筋ってものじゃないんですか、と。
知識こそなかったけれど、「財形」という言葉だけは知っていた。私は今から二年ほど前に現在の職場へ転職したのだが、今の務め先はもちろん、一つ前の職場でも財形貯蓄制度を福利厚生として取り入れていたからだ。
いわゆる「財形」と言われる制度には三つのコースがあり、一般財形貯蓄、財形年金貯蓄、財形住宅貯蓄と、それぞれ目的に応じて給与天引きで積み立て貯蓄を行うことができる。普通預金や定期預金のように、預けたお金には利息がついて、普通預金の金利より高く設定されていることが多いようだ。
利息がたくさんつくこと以外にもメリットがあって、コースによっては利息に対する非課税措置など税制上の優遇が受けられたり、財形給付金制度という事業主による給付金(上限額あり)が受け取れるオプション(と言っていいのかわからないが)をつけられたりもする。貯金をしながらちょっとしたボーナスが得られるイメージだ。家を建てたいとか、年金生活の足しにしたいとか、今から少しずつ貯めていきたいと思っている人にとっては非常に恩恵の大きな制度だと思う。給与からあらかじめ引かれていくのだから貯金し損ねるということもなく、安心してお金を増やしていくことができると考えていい。
なるほど、これはいい制度だと思われた方はぜひ利用を検討してみてはいかがだろうか。なお、私の務め先では毎月十日が申込期日となっているのだが、このように企業によって積み立てを始められる時期が決まっているかもしれないので、もし制度の利用を検討する方がいらっしゃれば一度ご自身のお勤め先の総務または経理部門まで問い合わせをしてみてほしい。もちろんその時は私のようなボンクラ事務員ではなく、経理のスペシャリストを捕まえて話を聞くことを強くオススメする。ちなみに私はお金があれば使いたい派なので、当然のように制度は利用していない。もらえる給料は全部自分の手もとにほしい。
話は戻って、先ほど少し触れたように、この財形貯蓄制度には追加オプションを付けられる場合があって、私の務め先では財形を申し込むと自動的に「財形給付金制度」というオプションがついてくる。詳しくは厚生労働省のホームページなどを見ていただければよろしいかと思うが、この制度を採用している企業で財形貯蓄をすると、毎年最高十万円までの給付金が企業からもらえるというものだ。おぉ、素晴らしい。
もらえる額は企業ごとに違っていて、たとえば年間の貯蓄額の十パーセントを支給します、といった契約になっていた場合、月に一万円、年間十二万円を積み立てたとすると、積み立て合計金額の十パーセントに当たる一万二千円が会社から支給される。この支給額は年間十万円が上限のため、たとえば毎年十万円、年間百二十万円を積み立てたなら、十パーセントに当たる十二万円のうち十万円が支給対象となる。
また、この制度は七年で満期が来ることになっていて、毎年十二万円を七年間積み立てた場合、支給される給付金の合計である八万四千円が満期到来時に一括で本人に支払われる。毎年一万二千円がもらえるわけではない。
これはなかなかおいしいボーナスだ。給与天引きで銀行に預けたお金に発生する利息とはまったく別のお金なので、もらえた時のハッピー度は満点だろう。すぐにお金を使う予定のない人は積極的に活用したいサービスの一つと言えそうだ。
で、本題。ここがくだんの先輩が私に尋ねてきた問題で、満期が来て支払われた給付金というのは、その後いったいどのような扱いになるのか、というのが彼の知りたいことだった。
結論から言うと、受け取った給付金はただの現金で、それ以上でもそれ以下でもないらしい。
さっきの例でいくと、月一万円を七年間積み立てて得た給付金の八万四千円は、受け取り口座の普通預金に入り(そうでない場合もあるかもしれない)、悪い言い方をすればそのまま増えも減りもしないで眠ってしまうお金になるということだ。普通預金の金利なんて今はまだまだ微々たるもので、年四パーセントの利回りで、なんてことには当然ならず、使わなければほぼ横ばい、使ってしまえばなくなるお金なのである。ただ貯金をしただけでお金がもらえたことは嬉しいけれど、それ以上増えないと思うとなんだか物足りないような気がしてくるのは人間の欲深さゆえの感情だろうか。
さて、ここまでのことを調べるのに二時間ほどを費やした私は(遅すぎるという指摘は甘んじて受けるが、他の仕事をこなしながらだったという言い訳だけはさせてほしい)、くだんの先輩にありのままを伝えるべく彼の働く製造現場へ向かった。彼は私の回答を待ち望んでいたようで、仕事の手を嬉々として止めて私の話に耳を傾けてくれた。
そんな彼が私の話の内容を理解し、発した言葉はこうだった。
「そっかー、なんかイメージと違ったなー。もっと運用してもらいたいんだよね、お金を」
運用。ここでもまた、私にとって知っているようで知らない言葉が飛び出したのである。
「運用ってあれですか、株とかですか」
悲しいかな、知識がないとこういう馬鹿の一つ覚えのような受け答えしかできない。けれど彼は私を見下す風でもなく「そうそう」と相づちを打ってくれて、「投信とかねー」と私を相手に話を広げようとさえしてくれた。
投信。またよく知らない単語が出てきた。ポケモンカードゲーム世界チャンピオンのとーしん選手なら知っている(正しくはイトウシンタロウ選手。プレイヤーネーム、愛称が「とーしん」さんである凄腕ポケカプレイヤーだ)。
私がよくわからないまま「じゃあ、財形じゃ○○さん(くだんの先輩)の希望には合っていないっぽいですね」と言うと、彼は「そうだよね。ありがとう、とても参考になったよ」とさわやかにこたえて仕事に戻っていったのだが、その後彼が受け取った給付金をどのように運用することにしたのかは聞いていない。わかっているのは、銀行に預けたままにしておくという選択だけはしていないということだ。彼の希望に合った資産運用に出会えていることを切に願う。
この日のなにげない会話がきっかけで、私は私自身がいかに金融関係の知識を持ち合わせていないかという事実を思い知らされた。経理担当者の偶然の不在という追い風もあって、私はその日、暇を見つけてはこっそり「投資信託」という言葉の意味を調べたり、「資産運用」の方法について検索したりという一日を過ごしたのだが、そうして少しずつわかることが増えてくると、次から次へと新たな疑問が湧いてきてしまうのが基本的に勉強好きな私のいいところであり、悪いところでもある。一度知りたいと思ったことは、とことん調べたくなってしまうのだ。
そしていよいよ、私は「投資」という未知の領域へと片足を突っ込むことになる。
資産運用について調べたことの正しさや有用性を、自分自身の手で実践して、結果を証明してみたくなってしまったのだ。




